第七百二十二話 ダブル(その十一)
証明。
これは、証明だ。
その少女は、心の底からそう考えた。
自分は劣った者ではないと。
才ある者なのだと。
自国に。
他国に。
そして何よりも、父に。
明確な形で、それを見せつけるのだ。
――だが、彼女の進むべき道程には、巨大なる『才』が立ちふさがる。
それはムーンレイン最高の魔術師と謳われた、双杖の魔術師の愛弟子。
極少数の門下の中で、年少であっても既に、双璧とも竜虎とも云われる程の者。
十年の後、どれ程の者が、この両者に並びうるだろうかと評される程の、正真正銘の才子。
少女に、マノンの才は分からない。
少女に、マノンの才は計れない。
けれども、自らに挑んでくる以上、あの生意気な子猫のような小娘は、腕に憶えがあり、研鑽を積んではいるのであろうということは予測出来る。
(それでも、この私が勝つのだ……ッ!)
努力ならば、存分にした。
多くのものを切り捨てて、磨いたものを積み上げた。
こんな連中に、この私が後れを取るものかよと。
すぐ傍には、傍観者を決め込む異国の者たちの姿が見える。
知をため込む以外に何も出来ない弱国の姫と、太平楽な阿呆面を並べている、脳天気な兄妹――。
(こいつらは、一切の苦労もせず、厳しい鍛錬もせず、命を賭けた戦いに臨んだこともないような連中だ……。私は違う!)
それは心の呟きではあったが、もしもその言を太平楽一号ことアルト・クレーンプットが聞けば、自然体で頷いたことであろう。
曰く、然りと。
「ちいさな子どもに必要な環境は、過酷な練習風景なんかじゃない。家族と笑って過ごせること。ただ、それだけだ。幼子が苦労する必要なんてないんだよ。子どもは幸せであれば、それで良い」
両者の見ている『幸せのカタチ』の差は、そのまま現在の環境を良しと出来るかとなっていたのだ。
つまるところこの少女は、クレーンプット兄妹ほど図太くもなく、不真面目でもなかったということだ。
※※※
多少の悶着があったあと、暴言製造器王女と、マノンが仕合うことが漸く決まった。
ルールは単純。
魔的盤に十発魔術を打ち込んで、その命中率を競うというもの。
勝利者特典も先に話した通り、村娘ちゃんへの挑戦権を得るか失うかというものだ。
ちょっとだけ荒れたのは、審判役の取り決めだ。
流石に審判がひとりという訳にもいかないので、三人を選出することとなった――のだが、ベアトリーチェ王女からの視点だと、自らの護衛役以外は、お月様な幼女の側に見える、とのことだ。
まあ、心情的に一方的に絡んでくる子を支持しようとする人もいないだろうから、これはある意味当然ではあるのだが。
少しの話し合いの後、比較的中立に近いブルームウォルクの王女様がまず選ばれ、次にフードの子。
最後のひとりは……俺になった。
これは残りがフィーと村娘ちゃんと、おっかないお付きの人となるからだ。
村娘ちゃんとお付きの人は論外、とケンプトンの王女が吠えた。
このふたりは不正を好むような人柄ではないのだろうが、モロに『当事者』の側でもある。なので、脱落。
次に、フィーだ。
この子は幼すぎるという理由で外された。
ハタから見ればその通りではあるのだが、魔術の天才でもある妹様は、頼めばちゃんと審判役をやってくれるとは思うんだけどね。
まあ、この子の凄さを『外』に出すわけにもいかないから、こういう誤解はありがたいと云えばありがたいのだが。
んで、消去法で残り物の俺だ。
「下級貴族のダメ息子よ。一言云っておくぞ。公正でない判定を下したら、ただでは済まさぬ!」
任された以上は真面目にやるつもりなので、頷くより他にない。
だが、マノンが食って掛かった。
「公正うんぬんを口にするなら、そっちのフード被った審判役にも当てはまるでしょ! あたしのアルトだけをけなすのは、やめて貰える!?」
「めーっ! にーた、そっちの違う! にーたは、ふぃーのなのーっ!」
ちゃんぽんなことになりそうになったが、結局は村娘ちゃん寄りと看做される俺と、暴言王女側と看做されるフードの子で、相殺ということになった。
それはつまり……。
「う、うぅ……」
一番重い責任を負わされて、お下げの幼女が青ざめている。
まあ、とんだとばっちりだよね。
そんな文学ちゃんに、マノンは云う。
「――平気よ、へーき。誰が見ても分かるくらいに、あたしが圧勝するんだから」
自信満々だなァ……。
まあ、相手の実力は知らないが、このおしゃまな女の子が後れを取るとは、俺も思ってはいないけどさ。
だが、ガブリエラ王女だって、マノンの実力は知らない。
不安そうに(何故か)俺の袖を引っ張りつつ、上目遣いで見上げてくる。
「あ、あのぅ……。も、もしものときは、お助け下さい、ね……?」
別にかまわんけどさァ……。
この中で一番頼りない人間にそれを云っても、効果薄いと思いますよ?
「めーっ! ふぃーのにーたに近付く、それ、めーって云ったのーーーーっ!」
妹様、大激怒。
なのは、恒例行事として――。
「アルト様は、いじわるです……。本日は、わたくしが構っていただける日だと思っておりましたのに、他の方ばかり……」
村娘ちゃんが、拗ねたーーーーっ!?
でも、そうだよなァ……。
今日のメインはこの子で、しかも俺を呼び出した張本人なんだから、ないがしろにしてはいけないんだよねぇ。
フォローとか、後でちゃんとしないとね……。
※※※
色々とあったが、いよいよマノンとベアトリーチェとの勝負となった。
……何で俺は当事者でもないのに、開始前からこんなに憔悴してるんでしょうかね?
一方、やる気横溢の暴言製造器様は、ズズイッと一歩前に出てニヤリと笑った。
「――まずは、私からだ。格の違いというものを、教えてやろう」
随分と自信のありそうな感じだ。
彼女は早々に詠唱を始める。
(うん。語句が聞き取りやすい。この一事だけでも、練習をしっかりやっているのが分かるな)
王女の態度は、日々の鍛錬に裏打ちされたものであったことがわかった。
彼女が行使するのは、土の魔術。
自身の魔力をちいさな土の塊を変換し、よ~く狙いを付け、指定した番号へと向けて放った。
果たしてそれは、過たずに命中する。
「おおっ、凄いなっ」
「ま、まだ幼少の身で、こんな命中精度を……っ」
俺と文学ちゃんは、素直に驚く。
それが聞こえたのだろう。
ケンプトンの姫は、得意そうに口端をつり上げた。
「フン。どうだ?」
「はいはい、お上手お上手。さっさと済ませてよ。まだ十分の一なんだからさ」
他方、マノンは感銘を受けてもいない。
やる気を出すどころか、どこか白けているかのような態度だ。
ベアトリーチェ王女は、それを虚勢と認識したらしい。
「そうやって強がっていられるのも、今のうちだぞ」
肩を怒らせながらも、土の玉を次々と命中させていった。
いや、年齢一桁でこれって、普通に凄くね?
性格に難はあれど、この子は間違いなく逸材なんだろう。
ここまで五回の魔術発動で、土玉は五回とも命中していた。




