第七百二十一話 ダブル(その十)
「えと、あの……」
アレな王女に絡まれた村娘ちゃんの対応は――。
「わ、わたくしは、その……かくれんぼのほうが、楽しそうだと思います……」
やんわりとした軌道修正であった。
まあ、あの優しい王妃様曰く、
「うちの子は、あまり人と競うことが好きではないのですよ。逆に、他の誰かと一緒になって、仲良く遊ぶことを好むのです」
とのことだからね。
暴言王女に絡まれなくても、かくれんぼのほうをを選んだのだろうな。
さて。
このベアトリーチェ王女が、村娘ちゃんにケンカらしきものを吹っ掛けたいというのは何となく見ていてわかったが、その彼女自身が口実にしたのは、あくまで『遊び』だったわけで。
まさかそれで、『勝負』に拘泥するわけにもいくまい。
当初の予定通りの、かくれんぼを主張されれば、押し黙るより他にない。
結果、軋轢製造器は苦虫を噛み潰したかのような、忌々しそうな顔を作るハメになった。
そしてそのやり場のない怒りの矛先は、この国の第四王女殿下へと向けられているようである。
(これ、アレだ。村娘ちゃんが何をやっても怒りを買っているパターンだ)
こんなのに絡まれて、彼女も可哀想に。
これは素早くかくれんぼを実行し、引き離してあげないと。
幸い、今のところはケンプトンの王女に食い下がる材料もない様子。
今のうちに、さっさと――。
「いいじゃない」
「マノンっ!?」
しかしここで、第三の声が。
ツーサイドアップのおしゃま少女が、暴言王女に相乗りしてきたのである。
彼女の子猫のような大きなツリ目が、獰猛な光を宿している。
これはアレだね。
ベアトリーチェ王女が『勝負』を持ちかけたもんだから、負けん気の強いマノンがやる気になったと云うことなのだろう。
じゃなきゃ、あんだけ煙たがってた相手に対して、ノリの良い発言をするわけがない。
果たして、やたらと短いスカートをはいた女の子は、『親友の敵』の鼻っ柱を叩き折るために動き出す。
「アンタ、シーラと勝負したいんでしょ? 億が一にも私に勝てるようなら、この子と勝負させてあげるけど?」
「何ィ……?」
暴言王女は、不快そうに顔を歪ませる。
それは平民風情に生意気な口を利かれたからなのか、はたまた不逞な挑戦を挑まれたことがカンに障ったのか。
だがマノンはそれを理解しているのか敢えて無視しているのか、幼女にしては艶めかしい顔でこう云ったのだ。
「……ふぅん。怖いんだ?」
「何だと……」
「魔的盤で、あたしに負けるの。だから、やりたくないんでしょ? まあ、気持ちは分かるけどね。だってあたしは天才だもの。現時点で既に、凡人魔術師なんかじゃ到底及ばない高みにいるの。アナタと違ってね」
録音でもされていたら数年後に物笑いのタネにされそうな彼女の発言はしかし、ケンプトンの二人組の態度を一変させた。
片方は怒りに顔を真っ赤にし、もう片方はそれを小声でなだめている。
当然ながら、護衛役の子のほうが、ずっと冷静であるようだ。
「――めっ! にーた、その子見る、それ、めーなの!」
だから、何でお前はあの子に対しては、無闇矢鱈に厳しいんだ。
一方、ベアトリーチェ王女は、マノンを睨み付けたままに、問うた。
「貴様をあしらえば、シーラ殿下と戦える保証があるのか?」
「ええ、もちろん。だってシーラは、あたしの云うことなら、何でもきいてくれるもの」
「は、初耳ですよぅっ!?」
村娘ちゃん、おめめがバッテンになっていらっしゃる。お気の毒に……。
しかし、さて。
俺の立ち回りはどうすべきか?
最初はロイヤル村の娘さんを暴言王女から引き離してあげようとも思ったが、やる気満々のマノンが戦いを挑もうとしている。
いっそここで暴れさせて、ケンプトンの王女の気勢を殺ぐのも、ひとつの選択肢か。
(同世代を相手にして、マノンが魔術戦で後れを取るとはとても思えんしなァ……)
さくさくっと勝負を終わらせ貰って、村娘ちゃんがやりたいであろうかくれんぼをさせてあげるという方向性も、有りと云えば有りな気もする。
だが、関わること自体を嫌がってるから、素直に引き離してあげるほうが――。
むむむ、と唸っていると、おさげにメガネのお姫様が、ちょいちょいと俺の袖を引いた。
その様子は、何か凄い遠慮がちな感じで、クラスメイトの地味で目立たない子みたいな印象を受ける(いや、彼女、もの凄い美少女なんですけどね?)。
失礼ながら、この子も王女様っぽさは、あまりないんだよねぇ。
セロに住む大人しいハトコ様あたりと会わせてあげたら、案外馬が合うかもしれない。
まあ、一市民の幼女と、他国の王族を会わせるって、普通に考えて無理だけどもさ。
文学ちゃんは、小声で云う。
(ベアトリーチェ王女のご気性を考えますと、生半可なことでは、シーラ殿下への挑戦を諦めることはないかと……)
つまり、バッサリ行く必要があるってことね……。
一方、すぐ隣にいる村娘ちゃんは、困り顔だ。
いくらマノンが勝てそうだとしても、この子自身が争い自体を疎んでいるんだから、これは当然の反応だろうが。
とはいえ、このままじゃ何も好転しない。
お月様な幼女様には申し訳ないが、必要な痛みだと割り切って貰おうか。
「えっと……。村娘ちゃん」
「……はい。アルト様の仰りたいことは、わかるつもり、です……」
聡い子だもんなァ……。
こちらの考えなんぞ、先刻ご承知か。
叩き伏せて退場させるなんて方法は、そもそもからして間違っていて、たぶん『皆で仲良く遊べる』という光景のほうがこの子の望む景色なんだろうさ。
ただ、そうなるためには、目の前の暴言製造器の敵意を霧散させねばならないわけで。
だから、俺は云った。
「あのう、ベアトリーチェ王女殿下」
「……なんだ!? 貴様如き下級貴族の発言を許した憶えはないぞ!?」
「はい。ですが、非礼を承知で申し上げます。――どうかマノンと、勝負をしてやって下さい」
俺の言葉に、ケンプトンの王女はジロリと睨み付けてきた。
「そこな痴れ者と仕合う理由が、こちらにはない。益体もないことを云うな!」
「それはマノン自身が云った通り。彼女を下せば、こちらの村むす――いえ、シーラ殿下と競えることを、お約束させていただきますが」
「貴様に、そんな権限があるとでも?」
胡散臭気に睥睨してくる王女には答えず、ロイヤルな幼女様をチラリと見つめた。
彼女は一瞬だけ目を伏せて、それからしっかりと頷いてくれたのだ。
「こちらのアルト様や、マノンの申している通りに致します」
「フン……」
ベアトリーチェは平静を装いつつ鼻を鳴らすが、その裏側では、獰猛な笑みが浮かび上がって来ているように俺には思えた。
やっぱりこの子、是が非でも村娘ちゃんと戦いたいんだろうなァ……。
暴言製造器は、鷹揚な態度を示すかのようにして頷く。
「いいだろ――」
「――その前に」
王女の言葉を、俺は遮った。
とんでもない不敬のはずだが、もう不敬を重ねすぎていて、今更ジタバタしても仕方がない。
憤怒の表情を浮かべている彼女が何かを云う前に、被せて告げた。
「貴女がマノンに敗れるようなことがあれば、もうシーラ殿下に絡むことを、やめてあげて欲しいんです」
「な――」
「貴女が勝てば、シーラ殿下と戦う資格を得る。ならば負ければ、そのチャンスを失う。こいつは、対価の釣り合った取引だと思いますけどね」
「貴様ぁ……っ」
怒りに燃える暴言製造器。
まあ、客観的に見れば、俺のやり口のが無礼だから、これは仕方がないが。
相手がどう出てくるにせよ、『高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する』以外に出来ることもないので、受けの姿勢で構えていると、護衛役のフードの子が、ベアトリーチェの袖を引っ張った。
「※※※※……」
「※※※……ッ!」
「※※※」
両者は何事かを云い合っているようではあるが、内容までは聞き取れない。
でも。
けれども。
その様子に、俺はある種の違和感を憶えたのだ。




