特別編・フィーとお年玉
「しんねん、あけましておめでとーございます!」
「まー! にー! まぁすっ!」
年が明け、元日。
朝早くから、クレーンプット家の仲良し姉妹が、笑顔で挨拶的抱擁を繰り出している。
左右から抱きつかれて、俺もご満悦。
でも母さんにもくっついてあげないと、ジェラシーで俺が責められるから、ほどほどにね?
「にーた、にーた! ティーネちゃんたち、いつ来てくれるっ!?」
「にー! にぃぃっ!」
今日がお正月ということもあって、我が家のちびっ子たちも昨日からもう、わっくわくである。
例年通りの餅つきなどのイベントももちろんあるが、今回はそれだけではない。
ある企画を、子ども大好きフェネルさんが計画してくれているのだ。
「エルフの皆さんは午前中から来てくれるとは思うけど、流石に朝ご飯の後だろうねぇ」
年明け早々に、果下馬のタリカとドリカに荷物を載せてやって来るのですよ、商会メンバーが。
「にーた! ふぃー、早くおもち食べたい! おかわりする!」
「にー! のあ、ぺったん! ぺったんしゅき!」
うちの子たちは、餅つきに期待するところ、大であるようだ。
「はーい! おもちは入っておりませんが、お雑煮は出来ましたねー。私が子どもの頃に食べていたものより、ずっと豪華ですねー」
ミアが、お盆にお雑煮を乗せて持ってくる。
お正月の朝ご飯は、ミアと母さんとエイベルの三人が作ってくれているのだ。
「エイベルは、煮豆を作ってくれたんだ?」
「……ん。甘く作った……!」
それ絶対、貴女の趣味ですよね?
まあ、当家の女性陣は、甘いほうが喜ぶだろうけれども。
「あぁーん! お昼からはおもち三昧で、また太っちゃうわぁ……っ」
云いながら、娘たちを抱きしめる母さん。
というか、体重を気にするなら食い控えをすれば良いんじゃないですかね?
そんな心の呟きが届くこともなく。
朝からおせちをお腹いっぱい食べて、母娘三人で苦しそうに横たわっているクレーンプット家なのである。
「んゅゅ……っ! にぃたぁぁ……! ふぃー、おなか撫でて欲しいの……っ」
「にー……。のあもー……」
「アルちゃぁぁぁん……っ」
取り敢えず、『自制』という言葉を覚えていただきたいんですがね。
思わず、恩師と顔を見合わせてしまった。
※※※
午前九時くらいになると、商会のトップスリーとヤンティーネの、いつもの四人がやってきた。
うむ、今年も皆、耳美人ですな!
「新年、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます」
一見折り目正しく一礼し、その実エイベルをガン見しているのは、商会のリーダーであるショルシーナ会長である。
フェネルさんに至っては、到着早々に母さんと女児の奪い合いを始めている。
「アルくん。新年あけましておめでとうございます」
柔らかく微笑んで傍に来るのは、毎度お馴染みヘンリエッテさん。
エイベルとは別のベクトルで、一緒にいて落ち着く人なんだよねぇ。
「明けましておめでとうございます。ヘンリエッテさん」
「はい。きちんとご挨拶の出来る偉いアルくんには、お姉さんからお年玉をあげちゃいますっ」
スッと差し出されるポチ袋。
それに反応したのは、例によって当家の妹様たちであった。
「みゅみゅっ!? それ、なぁに!? ふぃー、とっても気になるっ!」
「んみゅ~っ! のあも~!」
ヘンリエッテさんの傍に、たちまち幼女ランドが!
母さんとフェネルさんが、嫉妬全開の顔をした。
喧噪に正気を取り戻したショルシーナ会長が、微笑しながら云う。
「もちろん、おふたりの分も用意させていただいておりますよ」
会長さんだけでなく、ヤンティーネとフェネルさんまでポチ袋を差し出してくる。
「ふおぉぉぉおおぉおぉおぉぉぉ~~~~~~~~~~~~っ! にーた! これ、お金入ってる!? ふぃー、何もしてないのに、お金貰える!?」
「にー! にぃぃ!?」
お年玉というシステムを知らないふたりは、おめめをパチクリ。
……んで、母さんとミアはどうして期待いっぱいな顔をしているんですかね? お年玉は、お子様だけの特権よ?
ポチ袋の中には、硬貨が一枚。
五百円くらいの銅銭が入っているのかと思ったら、まさかの金貨である。
銀貨でなく、レアな金貨。
お値段、日本円換算で、約十万円。
間違っても年齢一桁の子どもに与えるものじゃないよね。
そのへんの意識の違いか、ヘンリエッテさんとティーネからのお年玉は、きちんと『子ども用』のお値段に設定されている。
これはこのご両名が吝嗇なのではなく、常識を弁えているからなんだろうな。
一方でフェネルさんは、商会長と同じく、十万円。尤もこちらは、銀貨だが。
ふんすふんすとドヤ顔を晒しているところを見ると、ご機嫌取りのための奮発っぽい。
我欲優先して、しつけとか出来ない人だこれ!
「あの……私の分は?」
母さんの言葉は、独り言として意図的にスルーされている。
「フィー。ノワール。皆さんにお礼を云おうな?」
「はーいっ! みなさんっ、ありがとーございます!」
「ましゅっ!」
セットでぺこりんちょと頭を下げるクレーンプット姉妹。
その様子に母さんとミアとフェネルさんが拍手を始めたら、何故か皆も拍手を始めた。なんだこの絵面。
「さあっ! 今年のお正月は、それだけではありませんよっ!?」
パンパンと掌を打ち鳴らす局長様。
すると応接室の中に、たくさんの荷物を持ったエルフたちが入ってくる。
商会の制服を着ているから、職員なんだろう。見覚えのある顔も、チラホラいるし。
彼女らはエイベルにキラキラとした視線を向けながらも、テキパキと荷物を広げていく。
「おおお、これは――」
数分後。
出来上がったのは、いくつかの『露店』であった。
小物、絵本、お菓子、衣類、置物、ぬいぐるみ、アクセサリー、そしておもちゃ。
品物は、様々である。
ヘンリエッテさんが、柔らかい笑顔で云う。
「せっかくの機会ですから、フィーちゃんやノワールちゃんには、『お買い物の楽しさ』と『お金の使い方』を学んで貰おうと思ったんですよ」
成程。
確かに普段は、必要なものを買い与えているだけだ。
こういう経験も必要だろう。
『お店形式』ならば、『どれを買うか?』『予算をどう割り振るか?』そういう勉強にもなるだろうからね。
(……尤も、軍資金が二十万以上もあるんだけどさぁ)
フィーたちは、室内に出現したお店に突撃して行く。
「ふおおぉぉおぉぉぉおぉぉぉ~~~~~~~~~~~~っ! にーた、どうしよう!? ふぃー、目移りしちゃう! どうしたらいいっ!? だっこ!」
「みゅーっ! まーく、ないっ!」
フィーはさっそくどれを買うかで悩んでいるようだが、マリモちゃんは魔石が陳列されていないことにお冠なようだ。
「うぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~っ! アルちゃぁぁぁん……っ!」
そして、お買い物に参加できないマイマザーは、涙目で俺の袖を引っ張って来る。
(しょうがないなァ……)
手持ちを握らせることにする。
と云っても、今貰ったばかりのお年玉を渡すのは何か違う気がするので、自分のお財布から銀貨を取り出して、母さんに手渡した。
「だからアルちゃん好きィ~~~~~~~~~~~~っ!」
母さんは大きな子どもと化して、娘たちと一緒に露店へと駆けていった。
「アルくんが保護者みたいですね」
ヘンリエッテさんが、クスクスと笑う。
まあ、母さんにはまとまった収入がないしね。これくらいは構わないだろう――という言葉は、口には出さない。
照れくさいからね、しょうがないね。
というわけで、話題を変えてみる。
「商会のエルフさんたち、お正月に駆り出されて文句は出なかったんですか?」
「まさか。高祖様にお目通りできて、新年の挨拶を出来る貴重なチャンスですから、寧ろ争いになったんですよ」
わざわざ耳打ちしてくる副会長様。
こそばゆいなァ……。というか、近いです……。
しかしまあ、伝説のアーチエルフに会える機会なんだから、これは当然か。
ちなみに俺は、今年もエイベルとコッソリ初日の出を見に行って参りました。
ふたりっきりだよ! どやぁ!
「にぃたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「まーっ!」
やがて、フィーは俺に。マリモちゃんはマザーに、駆け寄っていく。
どうしたのかと小首を傾げていると。
「はいっ! 大好きなにぃさまに、プレゼントですっ!」
「まー! しゅきっ!」
「――――」
なんとなんと。
姉妹が最初に買ったのは、俺や母さんへのプレゼントであった。
「う、うぅうぅぅうぅぅぅ~~~~~~~~~~~~っ!」
泣き出してしまうマイマザー。
心配そうに目元を拭ってあげているマリモちゃん。
俺も思わず、フィーを抱きしめる。
「ふぃー、にーたにだっこされた! ふぃー、嬉しいっ! ふぃー、幸せっ!」
嬉しくて幸せなのは、俺のほうだよ……。
「ふふふ。良かったですね、アルくん」
副会長さんは柔らかく微笑んで、それから俺の髪を撫でつけた。
こうして俺と母さんの新年は、初笑いと初泣きが、同時にやってきたのでありました。まる。
新年、明けましておめでとうございます。
本年も拙作を、どうぞよろしくお願い申し上げます。




