第七百十六話 ダブル(その五)
「にーた! にぃたぁぁっ! ふぃー、また変な枝拾った! これ持って帰って、うちのお庭に飾るっ!」
ここは王宮の庭。
その遊歩道から離れた草地の上で、妹様が大はしゃぎをされている。
この子にとっては、落ち葉も木の実も木の枝も小石も、全てが宝物に見えるらしい。
笑顔で俺の所に何かを持ってきては、興奮しきりに抱きついてくる。
こういう場所で導線以外を駆け回るのって、本来なら許されないことなんだろうけどね。
この国の王女様はそれを咎めるようなことはせず、静かに笑いながら、俺たち兄妹を見守ってくれてる。
ホント寛容だよね、この子。
一方、呆れ気味なのは、第三の目を持つ美少女様だ。
彼女はピンクのリップの塗られた口をへの字にして、俺たちに云った。
「貴方たち兄妹って、ホント大物よね。普通、王宮でピクニックみたいなことはしないと思うけど?」
どこにあっても、フィーはフィーなのですよ。
そこは不変なのです。
うちの母さんがTPO関係無しに、いつもああであるように。
「もうっ! アルトってば、ここに、こぉ~んなに可愛い女の子がふたりもいるのに、自分の妹しか見てないんだからっ!」
ぷくっとほっぺを可愛らしく膨らませるぷんぷんマノン。
しかしまあ、彼女の言葉に一理なくもない。
飛び入りの三つ目っ子は兎も角、今日は村娘ちゃんのためにここに来たのだし。
チラリと横にいるロイヤルビレッジガール様を見てみると――。
「――――っ」
うわぁ……っ。
村娘ちゃん、すっごい期待に充ち満ちたおめめをしているよぉぉ!?
これはアレだね。自己主張しないだけであって、構って欲しいんだろうねぇ……。
「む、村娘ちゃんも、一緒に遊ぼうか……?」
「――はいっ」
良い返事だァ……。
だがしかし、マノンは更に、ほっぺをぷくくーっ!
俺の腕に、取りすがってくる。
「アルトっ! 何であたしには構ってくれないのよっ!? ていうか、もっとあたしに構ってよっ!」
くぅっ、構ってちゃんめェ。
だが俺に、三人同時に切り盛りするだけの能力はない!
密度が薄くなれば、フィーは泣き、村娘ちゃんは悲しみ、そしてマノンは怒るだろう。
これを回避する手段は、ただひとつ!
『皆で遊べること』に活路を見いだすのだ。
というわけで、鬼ごっこか、かくれんぼでもしてみない、と提案してみた。
「え~っ!? レディに、そんな幼いことさせるつもり!? アルトってば、女の子をバカにしすぎ!」
俺たち、年齢一桁の集団だと思うんですが、それは。
四人合わせて、やっと三十才よ?
「わ、わたくしは、鬼ごっこに……ずっと憧れておりましたが……っ!」
キラキラエフェクト付きで、そんなことを云う村娘ちゃん。
そわそわしてるし、割と本気でやりたそうね。
この子くらいの身分だと、気楽に鬼ごっこ誘うような人もいないだろうし。
「はいはーいっ! ふぃー! ふぃー、鬼ごっこ得意っ! いつもにーたに勝つっ!」
マイエンジェルの勇ましい叫びに、マノンは苦笑し、村娘ちゃんは穏やかに微笑んだ。
どうやら、俺がガチ負けしているわけではないと、理解してくれているらしい。
「もうっ! 何なのよ、皆して。そんなので遊ぶくらいなら、まだこっちのが良いわよ」
云いながらリュネループの少女が取り出したのは、一枚の丸い板。
ダーツの的のような、点数の書かれた石板である。
「それ、魔的盤かい? 随分と数字が細かいな」
魔的盤――というのは、遊具の一種であり、またトレーニング器具のひとつでもある。
内容はシンプルで、ダーツの的と同じように、魔術を狙った場所にぶつけるだけ。
素材に特殊な魔石を用い、かつ高度な術式を刻み込むことで、低威力の魔術に限れば、吸収拡散し、あまり傷が付かない作りになっており、繰り返し使うことが出来る。
普通の石板だと、一発で壊れちゃうからね。
耐久性が高いというのは、大きな魅力だ。
また、魔術が命中した部位は少しの間だけ発光し、『どこに当たったか』がしっかりと分かるようになっている。
なので、遊びにも訓練にも使える、というわけだ。
ただ、前述の通りに特殊な魔石と熟練魔道具技師による調整が必要なため、とてもお高いのである。
ぶっちゃけ、あれ一枚のお値段で、日本円換算すれば軽自動車程度なら、楽に買えちゃうくらいになるのです。
そんなものを、平気で娘に持たせてるってことだね、あのヴェールの魔術師は。
ちなみに、俺が『細かい』と云ったのは、『得点』部分が細かく区切られており、かつ、ちいさい、という意味だ。
あれでは、狙った場所に当てるのは相当に難しいと思うのだが。
「これも、あたしのお母様の英才教育の一環ね!」
「マノン、自分でそれを云うのですか……」
村娘ちゃんが苦笑している。
ツーサイドアップちゃんは、こちらに向き直った。
「それにしてもアルト、貴方当たり前に魔的盤を知ってるのね? それもその様子だと、知識の上でなく、実物をしっかり知っているか、持っているって感じよね?」
その言葉に、俺は苦笑した。
魔的盤の大元は、実は『天秤』の高祖様なのだ。
彼女が『命の季節』に末の妹のために作ってあげたのが原点なのである。
尤も、それを直で知っている者は、この世に既にふたりしかいない。
つまり、高祖姉妹だけ。
あの美耳姉妹はこういうことを触れ回る性格じゃないから、このことを知っている者は現代でも酷く限られる。
「この魔的盤は、マルヘリート先生の手作りなのですよ。ありがたいことに、わたくしも作っていただいております」
「そうか。村娘ちゃんの魔術の先生は、マノンのお母さんだもんね。云ってしまえば、ふたりは同門なわけか」
俺の言葉に、ツーサイドアップちゃんは、お月様な幼女の腕を取った。
スキンシップ大好きなのかな、この子。
「単なる姉妹弟子じゃないわよ? あたしたちは親友で幼なじみで、そしてライバルなんだからっ!」
村娘ちゃんは眉をハの字にして笑っているが、それでもどこか嬉しそうな感じだ。
傍目から見て、本当に仲良しなのだとよくわかる。
一方、俺に抱きついている妹様は、そちらに興味がないご様子。
「にーた、早くふぃーと、鬼ごっこする! ふぃー、今日も勝つ! 勝ってご褒美にキスして貰う!」
あんまり魔術に関心がない子だからなァ……。
おしゃまな女の子は、それを別方向に解釈したらしい。
「そっか。貴方の妹は、魔術師じゃないものね。魔的盤で遊ぶのは、ちょっと無理ね」
うちの子は魔力の操作が完璧すぎて、魔力感知を持っているエイベルから見ても、パッと見ではわからないレベルなのである。
マノンに感知能力があるのかどうかを俺は知らないが、どちらにせよ、彼女からは、『ただの子ども』に見えることだろう。
ツーサイドアップちゃんは的を離れた場所の木の枝に吊るし戻ってきて、それから改めて肩を竦めた。
「この距離だと、並の魔術師じゃ的に当てるだけで精一杯でしょうけど、あたしやシーラなら、どの数字を指定しても百発百中なんだし、どっちにせよ遊びにはならなかったわね」
的の数字群の大きさは、サイコロくらいしかないんだけど……当てられるんだ。
やっぱこのふたりは、凄いんだなァ……。
魔術と云うのは、詰まるところ、エネルギーの放出だ。
つまり僅かでも魔力の形が均一でないと、真っ直ぐに飛んで行かない。
球技のボールだって、デコボコになればなるほど、軌道は不安定になるはずだ。
だから魔術の命中というのは、かなり大ざっぱなのだ。
野球で云えば、『ストライクゾーン』に入るならば、それで御の字。
外角や内角を要求することは、最初からナンセンス。そういうこと。
しかもこのふたりのように、『数字』に当てるならば、変換される魔力を、ちいさく安定させねばならない。
これも大変難しい。
細かい氷は溶けるのが早いように、ちいさな魔力は、すぐに消えてしまいやすい。
だから相応の量の魔力を圧縮して、『形だけちいさい』という方向に工夫せねばならない。
この幼なじみコンビは、それを当たり前に出来ると云うことだね。
云うまでもないが、齢八歳の子どもが出来ることじゃないからね、本来は。
ちなみに、うちの妹様も、この手の訓練では必中である。
だからこそ、遊ぶのが大好きな子なのに、興味を示さないというわけだ。
逆に、本物の的当てゲームだったら、喜んで挑戦し始めたかもしれないが。
俺の視線を受けたマイエンジェルは構って貰えると思ったのか、更にギュギュギュ~~~~っと、抱きついてきた。
「にーた! 鬼ごっこじゃなければ、かくれんぼする!? ふぃー、かくれんぼも得意っ!」
「わぁ……っ! かくれんぼ……っ! わ、わたくしも興味があります……っ! ず、ずっとやってみたくて……っ」
村娘ちゃんェ……。
二名の幼女の様子に、マノンは諦めたかのように肩を竦めてお手上げのポーズを取った。
どうやら観念して、一緒に遊ぶことを選択してくれるらしい。
「――ま、ここなら隠れる場所もたくさんあるし、狭い範囲でもそれなりに遊べるでしょうけどね」
それはたぶん、独り言。
けれども、おめめキラッキラの幼女ズは、殆ど同時に一点を指さした。
「あそこにひとり、隠れてるのーっ!」
「あ、あの場所に、お一人、潜んでおられます……っ!」
ねえ。
キミらがそれ分かるのって、能力込みのインチキなんじゃないんです?
(このおっかないお付きの人以外に、護衛でもいるのかな……?)
なんとなしに、そちらを見てみると――。
「――ひぅ……っ」
そこには、これまで見たこともない、おさげにメガネの、大人しそうな美幼女が立っていた。




