第七百十四話 ダブル(その三)
「ア~ルトっ♪」
抱きつかれた。
思い切り、腕に抱きつかれた。
振り返った先から駆けてきた、おしゃまな美少女に、俺は抱きつかれたのだ。
やって来たのは、このお化粧ばっちりなリュネループの女の子だったわけである。
「――久しぶりだね、マノン。キミは、どうしてここに……?」
「ふふん? 何でだと思う?」
ツーサイドアップの美少女は、ニヤリと笑いながら身体を擦り付けてくる。
相も変わらず、ものッ凄い短いスカートっスね……。
そんな彼女の視線の先には、お月様な幼女の姿が。
(ああ、そういう――)
この子と村娘ちゃんは、母子共に友人同士なんだっけか。
つまり彼女は、俺が第四王女殿下の御伽役だと知っているわけね。
それでこうして、こちらの登城の日を『狙い撃ち』にしたと。
胸中で勝手に納得していると、マノンはぷくっと頬を膨らませた。
「もうっ、アルトったら! すぐに察しちゃったのね!? ニブい男は嫌いだけど、なんでもかんでも察せられると、それはそれでつまらないっ! あたしが教えてあげようと思ってたのに!」
そんな理不尽なことを云われても。
しかしそこに、激怒されてなだれ込んでくる御方がひとり……。
「めーーーーっ!」
我らが妹様である。
この子にとっては、俺にくっつく全てのものが許し難いに違いない。
今も必死の形相で、マノンをグイグイと引きはがそうとしている。
「ふぃーのにーたから、離れるのーーーーっ! ふぃーのにーたには、すぐ女の子が寄ってくる! ふぃー、それとってもイヤっ! だからにーたを、あまりお外に出したくないっ!」
「あ、ちょっ。ちょっと、引っ張んないでよ、服が伸びちゃうでしょーっ!?」
レベルは、近そうな感じである。
そしてこの『醜態空間』に、新たなチャレンジャーが。
「も、もう……っ! ダメですよ、マノンっ! アルト様が困っています! は、早く離れてください……っ!」
ロイヤル村の村長さんの娘さんである。
彼女は年相応に頬を膨らまして、みっつの瞳を持つ友人(絆創膏装備)に「めっ」ってしてる。
一方、マノンのほう。
彼女はどうにかフィーを抑えながら、親友に返す。
「はぁ? あたしみたいな可愛い女の子に抱きつかれて、嫌がる男子なんかいるわけないじゃない? ね、アルト?」
「めーっ! 早くにーたから離れるのーーーーっ!」
「ま、マノン……っ! ダメです……っ! ダメですってば……っ!」
しっちゃかめっちゃかだ。
このままにするわけにもいかないので、どうにかマノンの身体を引き離し、マイエンジェルをだっこした。
すると泣き怒りしていたはずの妹様は、たちまち笑顔におなりあそばれた。
「ふへへ……っ! にーたは、やっぱりふぃーを選んでくれたの! 流石は、ふぃーのにーたなの! ふぃー、にーた好きっ! 大好きっ!」
勝ち誇っているところ悪いが、別に殊更、フィーを選んだとか、そういう状況ではないからなー?
そんな我らクレーンプット兄妹の様子をむすーっと睨んでいたマノンは、ふいに村娘ちゃんに矛先を転じた。
「それにしても、シーラぁ……? あたしがアルトにくっついたとき、やけに必死だったわよねぇえ……?」
「な……っ!? ち、違います……っ! わたくしはただ、アルト様のご迷惑になるからと――」
「ふぅ~~ん? アルトの、ねぇ……?」
とか云って、ニヤニヤしながら俺と村娘ちゃんを見やっている。
「う、うぅぅ~~……っ!」
何故か俯く、ロイヤル村の娘さん。
それを見たマノンは更にニヤニヤを加速させ、俺にだっこされているフィーは、我関せずでもちもちほっぺを擦り付けている。
「ねね、アルトアルト」
この子、いちいち近いんだよなァ……。
「アルトって、シーラの誕生月だから、今日は来たんでしょ?」
正確には、召されたんですがな。
「で。で! 誕生月と云えばぁ……」
俺の肩に、身体を寄せるマノン。
「めっ!」
しかし妹様、大激怒。
威嚇して追っ払う。
ツーサイドアップちゃんはヒラリと身を躱し、そのまま言葉を続ける。
「あたし、二月が誕生月なのよね」
ユーちゃんこと、ユーラカーシャ姫と同じ月っスね。
母さんやフェネルさんは、絶対に会いに行きたがるだろうなァ。
「むぅ……。アルト、別の子のこと考えてたでしょ!?」
フリーのほうのほっぺを、つねられた。
力が入っていないのか、まるで痛くはないが。
にしても、誕生日ねぇ……。
これ、『催促』だよね?
まさか、おめでとうを云って貰いたいだけなわけがないし。
「……望みは?」
「さっすがアルト! わかってるぅっ!」
「もう、マノン! はしたないですよっ!」
村娘ちゃん、保護者みたいだァ……。
だが、おしゃま少女は一顧だにしない。
堂々と要求を口にする。
「アルトって、写真機の開発者なんでしょ?」
この子にまで、漏れてるんかい。
後でお月様な幼女に聞いたところでは、それでも俺が『ヴルスト』の正体というのは、本当に一握りしか知らない情報なのだそうだ。
コンプライアンスはしっかりしてはいるらしい。額面通りに信じるのなら、だが。
「アルトなら将来、バイエルンやエッセンに匹敵する発明家になれると思うのよね、あたし」
ああ、うん……。
匹敵は、してるんじゃないですかね、既に。
「というわけで、あたしからのリクエスト! 何か、オシャレで可愛いものをちょうだい? 出来れば、身につけられるものが良いかな?」
「はあ……」
まあ、『何でも良い』とかよりは、方向性がある分、楽ではあるか。
俺の『中身』にセンスなんぞないだろうが、前世の知識を用いるのであれば、色々と話は変わってくるし、そのへんは何とかなるかな?
「了解でございます、お姫様」
「うむ! よきにはからえー」
ツーサイドアップちゃんの機嫌は良さそうだ。
しかしそこに、本物のお姫様が。
「もう、マノン! アルト様に甘えすぎです! 貴女はここに、何をしに来たのですかっ」
怒っている姿も可愛い村娘ちゃんである。
迫力がないというのは、王族としてどうなんだというのは置いておいて。
「別に、シーラの邪魔をしに来たんじゃないのよ? 寧ろ、お手伝い? だって貴女今、面倒くさいのに絡まれてるでしょ?」
「それは……」
と、口ごもる第四王女殿下。
そういえば、なんか愚痴があるとか云ってたっけか。
視線を向けると、リトルプリンセスは、上目遣いにこちらを見ていた。
「話してみてよ、村娘ちゃん」
「う、は、はい……。申し訳ありません……」
別に謝ることではないと思うが。
俺はジェスチャーで続きを促す。
「実は聞いていただきたいのは、先日開かれたわたくしのお誕生日パーティに出席した、さる王族の話なのです」
「お猿さんっ!? お猿さんいるっ!? ふぃー、お猿さん見てみたい!」
妹様の関心に、残念ながら誰も乗る者はいなかった。取り敢えず、俺が撫でておこうかな……。
「王族というのは、村娘ちゃん。キミの身内の話なのかな?」
俺が生で見たことがあるのは、クララちゃんと第三王子と、それから園芸好きのオッサンくらいしかいないけれども。
「あ、いえ……。わたくしの――ムーンレインの王族ではないのです」
ということは、有力なのは同盟国のブルームウォルクかケンプトンかな? フェーンストラ大公家は、一応『身内』になるだろうからね。
他にも沿岸諸国とは漁業関連で協定を結んでいるとか聞いたことはあるが、細かい中身は知らないし、同盟とは別口だろう、たぶん。
口を挟んだのは、マノンだった。
「そう。今ここに来て残っているのは、軍事大国と学術国家のふたつ。で、より面倒なのが、軍事国家のほうね」
ほーん。
北方の同盟国の、その両方が来てるのか。
となると、単なる挨拶だけでなく、村娘ちゃんが目当てとかか?
この子の才能と見た目なら、そりゃ引く手数多だろうからね。
お月様な幼女は、神妙に頷いている。
マノンは王族の実物を知っているのか、珍しく真剣な顔で呟いた。
「あたしの見る限り、アレは絶対に無用なトラブルを起こすタイプね、間違いなく」
それで良いのか、同盟国。




