第七百十三話 ダブル(その二)
神聖歴1207年の十二月。
師走である。
つまり、今年ももう終わりだ。
あいも変わらずに濃ゆい人生を歩んでいる、今生の俺である。
なので――というわけでもないが、今年最後の月も、何かしらがあるわけで。
「……村娘ちゃんからの、手紙かァ……」
めっちゃ綺麗な字を書くのね、あの子。
というか王族の直筆って、もの凄い価値があるのでは?
尤も、後奈良天皇のように、生活に困窮するあまり、直筆の書を各大名に(一方的に)送って金銭を得るという涙ぐましい『内職』に勤しみ、従って直筆の書が多く存在するという理由で他の天皇のそれよりも価値の薄くなってしまう人もいるから、一概にどうとは云えないが。
(いや、王族が一庶民に贈った手紙なんて異例だろうし、しかも宮廷事情をある程度察することの出来る内容だと、後世に残っていれば一級の資料価値のあるものになるか)
などと、『内容以外』の部分から考えてしまう。
今月は、あの子の誕生月。
つい先日、結構豪華なパーティをやったのだと、風の噂で聞いている。
こちらの世界だと誕生日を盛大に祝うのは、五歳、十歳、十五歳の、節目のときが主なようだが、王族だとそうでもないようだ。
誕生日にかこつけた、出席者同士の『話し合い』なんかもあるみたいだしね。
――お母様がわたくしのことを、たくさんたくさん祝って下さいました。
という一文からは、豪奢なパーティよりも、大好きな王妃様と一緒にいられることを、心から喜んでいる様子が伝わってくるかのようだ。
そうして、伝わってくると云えば、もうひとつ。
「……これ、『今月は遊びに来て欲しい』ってメッセージだよねぇ……」
表向きは、自身の誕生会を含んだ世間話。
でも裏面には、御伽役として来て欲しいと催促されているような気のする内容だったっぽい。
だって、『来られるなら』という文言と一緒に、候補の日がいくつか記載されているし。
(えーと、割とすぐの日と、年末近くの、どちらかかァ……)
年末はどうせバタバタするだろうし、いくなら、すぐのほうか……?
すぐのほうなら、誕生日プレゼントを渡すのにも違和感ないしね。
というわけで、そちらをチョイス。
ササッと返信する。
すると朝に出した手紙は、夕方――フィーやマリモちゃんと一緒に、お庭で遊んでいると、既に返ってきていた。
曰く、ぜひお越し下さいと。
こうなったらもう、腹をくくって行くしかない。
こうして俺のお城来訪は、電撃的に決まったのであった。
※※※
「村娘ちゃん! お誕生日、おめでとーなの!」
「ふふふ、フィーちゃん、ありがとうございます」
「ふぃーも! ふぃーもこないだ、お誕生日だった! にーたたちに、たくさんお祝いして貰った! 楽しかった!」
というわけで、登城の日だ。
場所は村娘ちゃんの強い希望で、畏れ多くも王妃様のお部屋である。
なんでも、パウラ様が直々に俺たち兄妹に会いたいと仰って下さったのだとか。
ロイヤルマザーは今もニコニコとした様子で、フィーに話しかけていてくれる。
「フィーちゃん、うちの子を祝ってくれて、ありがとう。それから、貴女もお誕生日、おめでとう」
「ふへへ……っ! ふぃー、おーひさま好き! これ、おーひさまに、お土産なの!」
云うが早いか、遠慮会釈も無しにベッドに上がり込むマイシスターよ。
そして我が家の天使様は、パウラ様の枕元に、『オオウミガラスちゃんぬいぐるみ』をデンと置いた。
これは例のレジャー施設の限定品であり、殆ど常に売り切れている人気商品なのだ。
それを、コネを使って手に入れたものである。
元々は村娘ちゃんのお誕生日プレゼントとして考えていたのだが、心優しい妹様が、
「おーひさまにも、持って行ってあげるの! それ、きっと喜ぶ!」
という鶴の一声で決定されたのであった。
「あら可愛い! フィーちゃん、ありがとうっ」
王妃様は笑顔である。
あまりお会いする機会のない御方であるが、なんかガチで喜んでくれているような気もする。
「あ、村娘ちゃんのぶんも、もちろんあるよ? はいこれ。お誕生日、おめでとう」
「はいっ! ありがとうございます! とっても嬉しいですっ!」
ぬいぐるみをだっこする第四王女殿下も、満面の笑顔。
機嫌良さそうに、身体をフリフリしている。
こういうところは、年相応なんだよね。
微笑ましい。
「それから、頼まれてたものも用意してきたよ?」
そう云って取り出したのは、カメラだ。
村娘ちゃんは、これでお母さんと一緒の写真を撮りたかったらしい。
本当はカメラそのものをあげたいんだけど、エルフ族の皆さんが本体そのものを、人間たちに流出させることに難色を示したので、俺が撮影するかたちに納まっている。
もともとカメラは『エルフ族との共同開発』という触れ込みだし、実際に薬液の開発はエイベルなのだから、それを口実に『申し訳ないけど譲ることは出来ない』ということにさせて貰っている。
なお写真機の開発者である『ヴルスト』の存在は基本的には秘密だが、王宮には届け出をしている都合上、一部の人には知られてしまっている。この、お月様な幼女のように。
「わあ……っ! アルト様っ、ありがとうございます……っ!」
それでも、村娘ちゃんは嬉しそうだ。
パタパタと大好きなお母さんの元へと、その身を寄せている。
俺はフィーを回収し、それからロイヤル母娘のツーショットを、二枚撮った。
もちろんこれは、村娘ちゃんとそのママンへ、一枚ずつ渡るようにするためだ。
「あああ……っ! わたくしと、お母様が……っ! ――アルト様、本当にありがとうございます! 一生、大事に致します……っ!」
寄り添っている親子の姿は、どちらも本当に嬉しそうで。
思いつきで開発した品が、他所様の幸せに寄与してくれて良かったと心から思えたのだ。
「アルトくん、実は、もう一枚撮って欲しいのですが、よろしいですか?」
おや、王妃様から想定外のお願いが。
もちろん構わない。
というか、村娘ちゃんがたくさん欲しがるかなと思って、用紙はいっぱい持ってきている。
俺がそう伝えると、母娘は、嬉しそうにはしゃいでくれた。
今日はたくさん撮ってあげられるね。
――で、王妃様のお願いだ。
「ゾイ、私の傍に、来て下さい」
「は、はい……。王妃様っ」
彼女が呼んだのは、お付きのメイドさん。
陰に控えているから目立たないが、この子も相当な美少女だよね。
パウラ様は、そんな彼女に微笑みかける。
「ゾイにも、私たちと一緒に写真を撮って欲しいのです。――貴女も私の、大切な家族なのですから」
「――――ッ!」
メイドさんの頬が、紅潮している。
村娘ちゃんからの情報だと、このメイドさんは王妃様個人を強く慕っているって話だし。
感激に打ち震えている彼女の様子を見ると、俺には分からない絆みたいなものがあるんだろうね。
その後、彼女の撮影は、ロイヤル母娘との三人のものと、ゾイさん個人のもの、そして王妃様とのツーショットのものを激写した。
彼女は、生涯の宝物にすると断言してくれた。
※※※
「にーた! ここのお庭、とっても綺麗! 凄く広い! ここで、ふぃーと一緒に落ち葉拾いする! どんぐり探す!」
王妃様のお部屋でお話をしていると、妹様がお庭に出たいと仰られた。
抑えきれない冒険心が、マイエンジェルを外へと駆り立てたらしい。
というわけで、村娘ちゃんの案内で広い庭に出た。
大きいもの、雄大なものが大好きなマイシスターは、おめめキラキラだ。
なお外出のお供には、部屋の外で待機していた、いつもの怖いお付きの人がおり、ゾイさんは当然、王妃様のほうに付いている。
このお付きのおねいさん、相変わらず俺のことを睨んでくるのよね……。
なんとか懐柔できないものかと、必殺の営業スマイルを繰り出してみたところ――。
「面妖なッ! 何を企むかッ……!?」
柄に手を掛けられてしまった……。
「怪しげな笑みによる精神攻撃を仕掛けてくるとは、油断ならぬ奴……ッ!」
この人の中で俺の評価、一体どうなってんでしょうね……。
お付きの人は云う。
「いいか、殿下は現在進行形で問題を抱えられている! その御心を騒がせること、許さん……っ」
「えっ、村娘ちゃん、何か困ってるの?」
お付きの人は終始おっかないので気にするだけ無駄と割り切り、ご本人に訊いてみた。
果たしてリトルプリンセスは、困った風に笑った。
ロイヤルな笑みだった。
「ええと……。現在、逗留されていらっしゃる方々に、少し……」
「殿下、そのことは――」
「エルマ、貴方が云い出したことですよ?」
「むぐ……」
何だろう? 何かあるのかな?
気にならないと云えば嘘になるけど、万が一にも厄介ごとに巻き込まれるのも困っちゃうが。
それでも、俺なんかがこの子の力になってあげられるなら、可能な限りは手助けしてあげたいとは思うけれども。
お月様な幼女は、穏やかに云う。
「実は今日、アルト様に来て頂いたのは、そのことで少々愚痴を聞いていただきたかったのです。もちろんこれはわたくしの問題ですから、アルト様にそれ以上のご造作をおかけするつもりはございません」
ふぅむ……。愚痴とな?
まあ、こんなちいさな子が心労を抱え込むのは酷だし、その程度なら喜んでお付き合いするけどね。
(前世の末期は、愚痴を垂れる時間と気力すらなかったからなァ……)
吐き出して楽になれるなら、いくらでも吐き出すべきだ。
こっちはただ聞くだけで、それ以上の責任もないからね。気楽なもんさ。
などと考えていると、落ち葉拾いに勤しんでいたはずの妹様と、穏やかな微笑を浮かべていた村娘ちゃんが、ほぼ同時に背後を振り返った。
物音も何も聞こえないが、誰かが接近してきているのだろう。
俺とお付きの人は、ふたりの幼女に遅れて振り返る。
そこには――。




