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妹のいる生活  作者: むい
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第七十二話 エイベル先生の課外授業(氷原編)


「……雪精や氷精について説明しておく」


 園からだいぶ離れ、速度を落とすと、エイベルは『彼ら』について敷衍してくれた。


 雪精たちに限らず、精霊の生まれ方はみっつ。実質はふたつ。

 除外のひとつは神によって作られる場合なので、数に入れる意味があまりない。

 まずあり得ない事例だからだ。


 残るふたつのうちの片方は、人間族のように、つがいになって繁殖する方法。エニネーヴェがこれだ。

 もうひとつは、自然発生する場合。

 この氷の大地のように、魔力ある雪や氷が高濃度に圧縮されると、意志を持つ存在に変じることがある。

 園の周辺にぷかぷかと浮いている連中は、大半がこれのようだ。


 繁殖で産まれる場合は人間の赤ん坊と同じように初めから知性を備えているが、繁殖率はおしなべて低いと云う欠点も持つ。

 他方、自然発生の場合は成長に時間が掛かる上に、知性もあまり無い。本能だけで生きている感じ。

 ただ、つがい繁殖よりは圧倒的に増えやすい。

 今、俺の肩に乗っかっている小箱にいた幼体が、こちらのタイプ。


 自然発生型の精霊が強く育つかどうかは、エサの質による。

 繁殖型は安定した力と知性を誇るが、その一方で魔力量などは親の資質に大きく左右される。

 中級程度の精霊同士の子供だと、矢張りその殆どが中位精霊で終わるようだ。

 多少の例外もあるようだが。


 自然発生型の場合はエサの質によって、どんどん強くなれるのが強みだ。

 最初はそれこそ羽虫のように弱く脆いが、取り込む魔力次第で大化けするのだとか。

 ただ、強い精霊になるには、余程の幸運と最高級のエサに恵まれねばならないので、その殆どが下位クラスで終わるようだ。


 彼らは自らが産まれる切っ掛けであり、より強い存在になるために、『上質のエサ』を多く求める傾向がある。云ってみれば、繁殖型よりも、ずっと貪欲だということだ。

 なにせ、腹を満たすだけではない。あればある程、成長と強化が出来る。だからいくらでも食べる。

 魔力を放出したフィーが氷精や雪精に集られたのは、それが理由だ。


 また、貪欲であっても好き嫌いがあるらしく、気に入った魔力は何をおいても優先して貪り続けるのだと云われる。

 早い話、俺やフィーの魔力は、この小箱の雪精の好みドストライクだったようだ。


「ミー! ミー!」


 俺にちいさな身体を擦り付け、ずっと催促してくる。

 マイエンジェルは集られた恐怖からか、もうエサを与えようとしない。

 結果、俺だけが食わせることになる。


 別に甘やかしているのではない。

 精霊の取り込む魔力には、大きな意味があるのだ。


 たとえば園の周辺の魔力は清澄で、それが雪精たちに良い影響を与えている。

 食いしん坊でも悪さはしない、素直な存在に育つ。


 他方、澱んだ魔力は澱んだ精霊を生み、育む。

 園で産まれたような無垢の精霊でも、澱んだ魔力を取り込み続ければ、『邪精』へと堕ちる。


 邪精はもう、モンスターと呼ぶ以外に無い存在だ。

 荒れ狂い、暴れ回る危険な存在だ。

 普通の精霊よりも更に貪欲なので、放置すればエサ場も奪われてしまう。


 だから精霊たちは邪精を同胞とは考えない。駆除すべき敵であると認識する。

 氷雪の園の騎士は迷い込んでくる一般モンスターをやっつけるだけでなく、この邪精との戦いや、澱んだ魔力の駆除も重要な任務と定めているのだと云う。


 さて、我らが敬愛すべきエイベル先生だ。


 彼女がバイクを爆走させてやって来たのは、雪の邪精の住処だった。

 園からはだいぶ離れているので放置していても生涯交戦することが無かったかもしれないが、駆除出来るならば駆除はしたほうが良いらしい。

 それは無駄な殺戮ではなく、元の綺麗な魔力に還してあげる行為なんだとか。


 エイベルはこの『倒すべき敵』で、俺に授業をしてくれるのだという。

 その為に、前回単独で来た折りに、邪精を見つけておいたのだそうだ。

 普通はだだっ広い氷原の中からピンポイントにほいほいと発見できるものではないが、魔力感知が出来るお師匠様には造作もないのだとか。


「……雪精は寒く、魔力あるエサ場の近辺でしか生きられない」


 エイベルはそう説明してくれる。

 ただ、例外もあると彼女は云った。


 ひとつはあの小箱のように、冷たい空間を作れる場合だ。

 たとえば巨大な冷凍庫でもつくって、そこに魔力の氷を毎日ぶち込んでおけば、ちいさな雪精なら生きていけるだろう。まあ、外出の出来ない閉じた生活になってしまうが。


 もうひとつは、特殊な魔石や魔道具を保持する場合だ。

 総族長のお宝だった聖湖の結氷のような、強力な魔力を秘めた宝玉。

 ああ云ったものを身につけておけば、外出も十分可能なのだという。


 あとは常に自分の魔力を消費して冷気でガードし続ける場合。

 しかしこれは燃費が悪すぎる。

 尤もうちの妹様くらいの保有量があれば、問題は生じないだろうが。


 ただ、いずれの場合でも空腹――食糧問題がつきまとう。

 精霊だって生きている。飯がなければ死んでしまうし、元気も出ない。戦えない。


「……けれど、魔力供給が出来る場所では、無類の強さを発揮する」


 邪精は三体みつけていると云う。

 そのうち、一体だけが他の二体と距離を取っている。

 まずはそちらに移動した。


 100メートルくらい離れているが、見通しの良い氷原である。

 邪精はすぐにこちらに気がつくと、うなり声を上げて突進してくる。

 エサ場の近くに入るものは、お仲間以外は皆、敵と看做すようだ。


 何と云うか、雪で出来たゴーレムの様な外見だ。

 微塵も可愛くないし、見るからに凶暴そうな感じ。

 確かにこれはモンスターと呼ぶより他にないかもしれない。


 エイベルは左手をかざす。

 拳くらいの大きさの岩石がみっつ程、現れる。


「……アル、見ていて」


 弾丸のような速度で繰り出された岩石は、一瞬で距離を詰め、右肩、左足、右脇腹を貫通し、遙か彼方へ消えて行く。

 邪精の『端っこ』ばかり狙ったのは、わざとだろうな。


 赤ん坊の頃から愛用している視力強化のおかげで、邪精の様子はよく見える。「見ていて」と云われたのだから、ちゃんと注目しないとね。


「エイベル。核を貫かなかったのは、わざとでしょう?」

「……ん。核を撃ち抜いたら、アレは死んでしまう。それでは授業にならない」


 普通の生き物ならば、エイベルのもたらした損傷だけでも大怪我と表現すべき状況なのだろうが、目の前の邪精は違った。

 ビデオの巻き戻しのように、もこもことくすんだ色の雪が再生していく。

 脚を壊され倒れ伏したが、すぐに起き上がって、突進を再開する。


「……エニネーヴェがそうであったように、魔力供給のある雪精はたちどころに回復する」

「実質、核を破壊する以外に勝ち目がないってことか」

「……熱には弱いから必ずしもそうとは云い切れないけれど、耐久面に優れるのは事実」


 魔力感知の出来るエイベルならば、核の位置も常に把握が出来るのだろうから、この手の存在は簡単に打倒できるのだろうが。


「……ただ、アルに学んで欲しいことがある。再生は雪精の特権ではないと云うことを」


 上位の魔物や、幻想領域に生きた存在は、皆、当たり前のように再生能力を備えるのだと云う。

 もちろん再生力には差があって、コアが残っていても身体の大半を失えば死ぬものもいるし、核さえ無事ならば、どんな損傷からも復活するものもあるようだ。


「……だからここで、再生が当然の存在との戦い方は学んでおいて欲しい。それが園を救うことにも通じる」

「つまり、効率良くコアを見抜けるようになれってことだね」


 火炎なり熱線なりで倒すことは、他の再生持ちを倒す訓練にはならないはずだから。


「……基本的には、そう。今のアルでは、別の手段で再生持ちを殺す事が出来ない」

「他の方法? エイベルは、核の破壊以外でああいうのを倒せるの?」

「……ん」


 アーチエルフは再び左手をかざす。

 今度は岩石も何も出ていないが――。


 あと20メートル程度までに迫っていた邪精は、突如動きを停止した。

 そのまま、砂のように崩れていく。


 静かで、そして一瞬の出来事だった。

 即死したとしか思われない。

 何をしたのだろう? 何も見えなかった。

 俺のように、生のままの魔力をそのまま使ったわけでもないだろうに。


「答えを聞いても?」

「……霊体を直接破壊した。再生能力が強いものや、物理防御の高い存在には、特に有効。防御か再生に自信を持つものはそれを頼みにし、無謀に猪突してくることが多い。対魂防御(たいこんぼうぎょ)を所持しないものは、私にとっては、ただのマトでしかない」


 何だよ、対魂防御って。初めて聞いたぞ、そんな言葉。

 普通、硬いとか再生するとか、そういう強みを持つ奴は厄介なはずなのだが、エイベルには羽虫を潰す程度の存在でしかないらしい。

 流石は精霊よりも幻想種よりも強いと云われる、始まりのエルフ様だ。


「ねえ、エイベル。俺もそれ、覚えられるのかな?」

「……わからない。今のアルの保有魔力量では、使用した瞬間に死ぬと思う。霊体への干渉は適性を持つことと、一定以上の魔力量を保持することが条件。どちらが欠けても、実行できない。しかし覚えてしまえば、不死の肉体を持つものも、簡単に葬れるようになる」


 凄い魔術だ。

 しかし、使いこなすにはそれに見合うだけの資質と能力が必要な訳か。

 俺が使えるかどうかは、これから次第なのだろう。


 まあ、明らかに人間には過ぎた技能なので過度の期待は禁物だが、目標自体は高く持つべきだ。エイベルが期待してくれているのだしね。

 遼遠たる前途だ。

 でも、届いたらいいな。


 俺がそんな風に考えていると、腕の中から元気な声が響いた。


「はーい! ふぃー、ふぃー、それ、きっとできる! やってみたい! ふぃー、にーたすき! だいすきッ!」


 可愛い可愛い妹様が、元気いっぱいに手を挙げていた。


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