第七百四話 オオウミガラスたちの誕生日(後編)
「アル、やっと逢えた……? るーるるるー……。るるるーるー……」
背中にピッタリと張り付いたまま、謎の鼻歌を歌うぽわ子ちゃんの機嫌は良い。
彼女はそのまま這いずるようにして俺の背中をよじ登り、おんぶの姿に納まった。
「……むんっ!」
そしてたぶん、コロンビアのポーズ。
すぐ隣にいるパルフェルさんが、口に掌を当ててクスクスと笑っている。
「ミルちゃん、ホントにアルトくんが大好きねー……」
「……むむん……っ。し、しらない……っ?」
照れているのか、そのまま俺の背後に隠れ潜むぽわ子ちゃん。
褐色のおねぃさんは、再びクスクスと笑った。
星読みの娘さんは、それを意図的にスルーしてヒソヒソと俺の耳元に囁く。
「アル、ここで何してる……? アルも、オオウミガラスたちに、会いに来た……?」
「ん? ああ。今日はバラモスの誕生日だからね。フィーたちと一緒に、プレゼントのお魚を持ってきたんだよ」
「――っ!? 私、それ知らない……? パールフェル~、何で教えてくれなかった……?」
「ただ単に云いそびれてただけよ。というか、普通は動物の誕生日って祝わないし」
「むん……。おーうみがらすたち、私の親友……? 家族……? 並の動物とは違う……? 私もお祝いしたい……? 視界……? 歯医者に行ったことはない……?」
わけのわからないことを云いながら、更に密着してくるぽわ子ちゃん。
そのとき――。
「あーーーーっ!? ふぃーのにーたに、何してるのーーーーっ!?」
「きゅえぇ~っ!」
銀髪の幼女が、大激怒して駆けてきた。
何故か一緒に、白い海鳥も怒りながら駆けてきた。
「ふぃーのにーたにおんぶして貰う、それ、めーなのっ! すぐに離れるのーーーーっ!」
「きゅえぇっ! きゅえぇ~っ!」
マイシスターはぽわ子ちゃんに食って掛かり、一方でバラモスは怒りの雄叫びと共に俺をついばんできた。何でだよぅ!
「むん……? フィール……? 久しぶり……?」
「みゅううううううっ! フィール違うっ! それ、何度も云っていることっ! ふぃーは、ふぃーっ! にーたのいもーとっ!」
「きゅええっ! きゅええええっ!」
「痛っ、痛た……っ!? だから何で、俺をつっつくんだよぅっ!?」
剣幕に屈し、その場へへたり込むと、その瞬間を狙うようにして一羽のオオウミガラスがぺたぺたよちよちと歩いてきて、俺の脚に乗っかった。そして、頭を擦り付けてくる。撫でて撫でて、と要求しているようだ。
「あーーーーっ!? ふぃーの場所がーーーーっ!?」
妹様が激怒されるが、オオウミガラス様はどこ吹く風。
要求に屈し、おずおずと頭を撫でると、膝の上のオオウミガラスは、気持ちよさそうに目を細めた。
「あらあら、アルちゃんはモテモテねぇ? フィーちゃんとミルちゃんだけでなく、相変わらずシキちゃんにも懐かれているのねぇ」
マイマザーが、助けもくれずにそんな気楽なことを云うが――。
「え……? この子、シキちゃんなの? 相変わらずって何……?」
「――――っ!?」
俺がそう口にした瞬間、脚に乗っていたオオウミガラス様が目を見開き、お腹をついばんできた。
「ピィ、ピピィィッ!」
「ヒェーッ! や、やめてくれぇ~……っ!? 何すんだよぅぅっ!?」
「むん……。今のは、アルがダメ……? シキシキ、悲しんでる……?」
「えっ、どういうことっ!?」
心なしか、皆の視線が冷たい。まるで俺が、悪いかのように。
そのとき。
「ふふふっ。では、私がアルくんに、そのへんのことを説明しますね?」
俺とオオウミガラス(シキちゃん?)とぽわ子ちゃんの三人を一気に抱え込んでしまうハイエルフ様がひとり……。
「へ、ヘンリエッテさん!?」
「はい。アルくんのお姉さんの、ヘンリエッテですよ? お久しぶりですね、アルくん?」
副会長様、登場。
※※※
「申し訳ありませんでしたァッ!」
「ピィッ!」
渾身の土下座に対し、拗ねたようにそっぽを向くシキちゃん(たぶん)。
ヘンリエッテさんの説明するところでは、このシキちゃん(たぶん)は、オオウミガラス軍団の中で、生まれたときから俺に一番懐いてくれていた個体なのだそうだ。
いや、俺も『たまに寄ってきて甘える子がいる』くらいの認識はあったけどさ、見分けが付かないんだもん。別々の子が、気分で寄ってきているだけだったのかなと思ってたわけさ。
ところが、母さんによると、シキちゃんだけが一貫して俺に懐いていたんだそうだ。
「アルちゃぁん……。それで見分けてあげられないのは、流石にシキちゃんに失礼よぅ……。傷つくのも、分かるわぁ」
「……返す言葉もありません」
なのでこうして、平謝りしているわけでして。
しかし、当のシキちゃんはお冠だ。
「ピィッ!」
気分を害したようにして、お腹を撫でることを要求してくる。
一方、背面――俺の背中では、ぽわ子ちゃんとフィーが、熾烈な場所取り争いを繰り広げており、こちらに気を回す余裕はなさそうな感じだ。
俺の前方では、四つん這いになった副会長様が、柔らかい笑顔でニコニコと俺たちを見つめている。
「――ずいぶん、大きくなりましたね?」
「もう、生後一年ですからねぇ……」
何気なしに俺は答えた。
このアオオオウミガラスたちの場合、生後二年でほぼ大人と同じ外見となる。
今は前述の通りに一年目なので、『大きめのヒナ』という感じだ。
なお、繁殖が出来るようになる年齢は、五歳くらいかららしいので、彼ら彼女らが本当の意味で大人になるのは、まだ四年も先の話である。
そんな俺の呟きに、ヘンリエッテさんは柔らかく首を振った。
「私が云ったのは、シキちゃんたちじゃないですよ? ――アルくんのことです」
「うえ? 俺……ですか」
「はい。アルくんです」
ふんわりとした掌が俺の頬を撫でた。
この人が俺を見る目って、凄く優しいんだよね。慈しむみたいな感じで。
「子どもは、すぐに大きくなってしまいますね」
しみじみとした言葉に、時の重みを感じさせる。
この人って俺が爺さんになっても、この容姿のままだろうからなァ。
ただ、あのミチェーモンさんもミィスと出会ったのは十代前半のときだったと云っていて、しかも今でも仲良しみたいだし、俺もエルフ族の皆さんとは今後もそういう良い関係であれたら良いな、とは思うけどね。
そんなことを考えていると。
「めーーーーっ!」
舌っ足らずな、甘い声が響いた。
「ヘンリエッテちゃん、ふぃーのにーたに近付く、それ、めーなのーーーーっ!」
妹様、大激怒。
慌てて間に入り込んでくる。
うん。怒りに我を忘れていても、シキちゃんを押し潰さないように配慮できてるのは偉いぞ?
一方、背中にいた子は。
「むむん……っ。アルの背中、私が独り占め……? 野締め……? 活け締め……?」
満足そうに、負ぶさってくる。
むふーむふーと息が荒いから、機嫌は良いようだ。
「あーーーーっ!? にーたの背中がっ!? めーーーーっ!」
慌てて背後へ戻っていく天使様。その姿、まさに右往左往。
ヘンリエッテさんは、クスクスと笑いながら云う。
「アルくん。私これでも、ちょっとだけ従魔術が使えるんですよ?」
「そりゃもちろん、知ってますよ。毎朝、イーちゃんが来てますし。……と云うか、今日ここにイーちゃんはいないんですね?」
「――ああ。あの子は、もの凄いやきもち焼きなので、自分の目の前で他の鳥類が可愛がられる姿を見ることには、耐えられないでしょうから連れてきておりません」
当家でも、未だに母さん以外に懐いていないあの青い小鳥の性格はヘンリエッテさん曰く、『高飛車なお嬢様みたいな感じ』だそうである。
それじゃ俺みたいなクソガキに、易々と気を許すわけがないよなァ……?
「と、いうわけでアルくん。『ちょこっとテイマー』な私が、アルくんにシキちゃんだけでも見分けられるように、特訓してあげちゃいます」
貴重な副会長様のドヤ顔である。
ていうか、別に識別の仕方だけなら、従魔術はそこまで関係ないのでは。我が家の女性陣も見分けられているんだし。
飼育係さんの中には、テイマーじゃない人もいるだろうし。
この様子をすぐ横で見ていた褐色のおねぃさんが、スッと手を挙げる。
「あの、副会長。識別の特訓なら、私が請負いますが」
「ダメです♪」
「え、あの――」
「めっ、ですよ?」
「あ、はい……」
笑顔で念を押され、パルフェルさん、撤退。
何だろう。
ヘンリエッテさんって、実は結構、押しが強い人だったりしたのかな?
「むん……っ! オオウミガラスたちの見分け方なら、私がアルに教えてあげる……?」
それまで背中に張り付くことに夢中になっていたぽわ子様が、おんぶ姿のままに名乗りをあげた。
フィーは涙目になりながら、懸命にその星読みの娘さんを引きはがそうと頑張っていたが――。
「にーた! なら、ふぃー! ふぃーがにーたに、バラモスの見分け方、教えてあげるの! ふぃーに、任せるといいの!」
いや、バラモスを見分けられなかったら、そいつヤバいだろ……。
そんなふうに騒いでいる俺たちの前に――。
「ピィ!」
「ピィピィ!」
チーちゃん、スイちゃん、フーちゃん、ヒーちゃん、クーちゃんと、五匹のオオウミガラスたちが、ぺたぺたよちよちとやって来た。
(そうだよな、今日はこの子たちの誕生日祝いなんだし)
こんなところで、トンチキな騒ぎを起こしている場合ではない。
母さんやマリモちゃんのように、この子たちと遊んであげるべきだ。
「きゅえぇ……っ!」
「ピィッ!」
すぐ隣では、俺やフィーを急かすようにして、シキちゃんとバラモスが俺たち兄妹に寄り添った。
「フィー、ミル。今日の主役はバラモスたちだ。皆で楽しく、お祝いしてあげよう」
「うんなのっ! ふぃー、バラモスたちを、一生懸命お祝いするっ!」
「むむん……っ! 私も、オオウミガラスたち、祝う……? イワーク……? 誰それ……?」
「では私はそのお手伝いと――お祝いの後に皆の『見分け方』をアルくんに教えますね?」
わいわいガヤガヤと、身を寄せ合って。
そうしてオオウミガラス軍団の誕生会は、笑顔のままに過ぎていく。
ちなみに俺は、無数のダメ出しの後に、どうにかシキちゃんの見分けだけは付くようになったのであった。




