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妹のいる生活  作者: むい
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第七十話 出発前の一幕


「本当に……! 本当に感謝致します」

「ます」

「ありがとう……! ありがとうございました!」

「した」


 この光景を、どう表現すべきか。

 枯れ木のようにやせ細った老人が、手を付いて頭を下げている。


 決壊したダムのように涙を流し、力なくも大声でわめくため、助かった方――エニネーヴェの声が殆ど聞きとれない。

 多分、彼女も「ありがとうございました」とか、「感謝致します」とか、それに類する言葉を口にしているのであろうが、最後の部分しか聞こえて来ない。


 老人の気持ちは分からないこともない。

 俺も妹様が体調不良で倒れて打つ手がない状況で救われたら、大泣きするだろうから。


「フィー、また魔力を借りても大丈夫か?」

「うん! ふぃー、へいき! ふぃー、にーたすき!」


 元気よく手を挙げて、「はーい!」と返事を返してくれるマイシスター。

 俺は妹様を抱き上げて、枯れ木のような氷精に近づいた。


「総族長様、お手を拝借……」


 ひんやりと冷たい手を取った。

 どうせ掌を握るなら、フィーかエイベルのが良いのだが。


「アルト殿、一体何を……?」


 老人が首を傾げる。

 今さっき雪精の少女を治した時にやった、エネルギーとしての冷気。

 氷精ならば、これで元気になったりしないだろうか?

 妹様から魔力を貰って、氷精に流し込む。


「お、おおおぉぉぉ……! 信じられん! 私の身体がッ!」


 枯れ果てた身体に、張りが戻っていく。

 成功だ。

 どうやらある程度は元気に出来たようだ。


 構成材質が魔力を帯びた氷だから可能な芸当だ。

 この辺、孫娘のエニネーヴェの修復も同様だ。

 肉の身体だったら、修復なんて出来ない。


「アルト様、心より感謝致します。わたしのみならず、お爺様までお救い頂いて……!」


 エニネーヴェは心底嬉しそうに頭を下げた。

 これはアレだね。

 自分よりも祖父が復調して喜んでいる感じだ。

 他人のために喜び、他人のために泣ける。良い子じゃないか。


「…………」


 そんな俺の様子を、うちの先生が真剣に見つめている。


「エイベル? どうしたの?」

「……魔力の流れを辿って、大元に干渉することに、問題はない?」

「もちろん」


 それは妹様が産まれる前の救助作業として、母さんのお腹で既にやっていたことだ。

 魔力量さえ足りるなら、エニネーヴェにやったようなことも、今後は簡単にできるだろう。

 コアへの接触方法は、もう覚えた。


「……ん」


 エイベルは頷いて俺の頭を撫でる。

 どうやら機嫌が良いようだ。

 エイベルが嬉しいと、俺も嬉しい。思わず笑みがこみ上げる。


 すると。


「めー! にーたほめる、ふぃーのとっけん! ふぃーだけがにーたをなでてあげるの! にーた! ふぃーのこと、なでて!」


 支離滅裂気味にマイエンジェルが激怒された。

 これはエイベルが俺の頭を撫でたことだけでなく、俺がそれで笑顔を見せてしまったからだろう。

 この娘は、俺の笑顔も独占したがる傾向がある。それに、俺がエイベルに『明るい感情』を向けることを明らかに嫌がっている、と云う理由もある。


 ただ、救いがあるのは――。


「ほぉら、フィー。なでなで~!」

「きゃん! ふぃー、にーたになでなでされるのすき! にーただいすきッ! もっとなでて?」


 しっかりと抱きしめて丁寧に撫でてあげると、曇った感情が即時、霧散することだろうか。

 これはチョロいだとか簡単だとかではなく、それ程までに愛されているが故なのだろう。

 つまりは注意して接してあげなければならない部分で、この娘が真っ直ぐに育つかどうかは、俺次第でもあると云うことなのだ。気を付けてあげなくては。


 一方、妹様の敵意も柳に風と受け流したエイベルは、総族長に声を掛けている。


「……スェフ。私はこれから氷穴に向かう。問題はない?」

「はい、無論でございます。ただ、あの場の熱線は、他の場所の熱線よりも高温、高威力になっております。御身ならば万が一と云うことすらありますまいが、どうかお気を付けくだされ」


 ふぅむ。

 熱線は場所によって温度が違うのか。

 俺でも対応出来る程度の威力だと良いのだが。

 基本的にはエイベルが守ってくれるだろうけれども、万が一を考え、自力での対処も選択肢に入れておかねばならないだろう。大切なフィーを守る為にも。


「……アル。準備は良い?」

「ああ、平気だよ」


 俺は頷く。

 目的も理由もよく分からないが、これからその氷穴とやらに向かうのだろう。

 フィーを抱きしめたまま起き上がると、スェフとレァーダが同時に声をあげた。


「その幼子も連れて行かれるのですか!?」


 ものの見事にハモっている。

 この反応からすると、矢張り危険な場所なのだろうか。


「……アルには『その為』に同行を頼んだ。連れて行くのは当然」


 淡々と答えるエイベルに、しかし、レァーダが食い下がる。


「高祖様、現在の氷穴は特に厳しい環境。子供の行ける場所ではありません。お考え直し下さい」

「……私には破壊のための力しかないと云っているはず。園を救いたいなら、アルの才覚は絶対に必要」

「高祖様……」


 今度はスェフが声を出す。


「私や孫娘を癒した不思議な魔術が使えるのですから、ひとかどの術士なのは認めます。なればこそ、幼い恩人をみすみす危地に送るなど――」

「……ひとつ云っておく」


 ちいさな声で、しかしハッキリと、エイベルは言葉を紡ぐ。


「……この子を幼いからと心配してくれるのは良い。けれども、真価を知らず、年齢だけで侮ることは許さない」


 初まりのエルフが云い切ると、ふたりは黙って跪いた。

 何と云うか、国王に命令を受けた騎士のような姿だ。一切の異論もなく、ただ従うのみと云った感じ。


「アルト殿、お詫び申し上げる。高貴なる御方の判断に疑いを抱くなど、あってはならないことであった」


 総族長は俺にそう云ったが、これは仕方がないだろう。

 俺が彼の立場で「五歳児を危険な場所に連れて行く」と聞かされたら、やっぱり止めるに違いない。


「私もお詫び致します。ですが、流石に氷穴まで同行させるとは夢にも思いませんでした」


 レァーダは俺が付いてくるのは、総族長の屋敷までだと思っていたようだ。

 うん。こっちも仕方ないね。


「あ、あの……」


 幼い雪精の女の子が、おずおずとした態度で俺に近づいてくる。


「わたしを助けて下さった貴方様も、エイベル様に同行されるのですか?」


「そうなるね。あ、俺はアルト・クレーンプット。こっちは妹のフィーリア。挨拶遅れてごめんね?」


 エニネーヴェが回復した直後に、総族長には名乗って挨拶をした。

 だからこの娘も俺たちの名前は聞こえていたと思うが、こう云った形式は大事だろう。世の中には、無用有害な形式もあるけれども。


 俺が名乗ると、雪精の少女も頭を下げた。

 丁寧な所作だった。気のせいか、俺を見る瞳が潤んでいる。


「氷の精霊王ヴェフラの子、スェフの孫の、エニネーヴェと申します。改めてアルト様に、御礼申し上げます」


 この娘、今サラリと凄いこと云ったな。随分と高貴な血筋だったらしい。


「お礼なら、俺じゃなくて妹に云ってあげて欲しいな。この娘がいなければ、キミもお爺さんも救えなかったから」


 俺の言葉通りに、エニネーヴェは、ちゃんとマイエンジェルに頭を下げてくれた。

 一方で当の妹様は、ちいさく首を傾げるばかり。

 何故頭を下げられるのか、あまりピンと来ていないようだ。

 治したのは俺だと思い込んでいるし、自らの供出した魔力の行方もわかってないに違いない。


 何せ根源魔術の訓練では、この娘の魔力を借りることが当たり前なので、今回もその範囲だと思っているのかもしれない。

 仕方がないので、俺が代わりに褒めてあげることにした。


「フィーのおかげで皆、助かってる。偉いぞ」

「みゅ~~ん? ふぃー、にーたのやくにたってるの?」

「ああ。凄く役に立ってる。フィーがいてくれて、俺も助かる」


 頭を撫でると、途端に笑顔の花が咲く。


「やったああああああああああああああ! ふぃー、ふぃー、にーたにほめてもらったあああああああああああああああああ!」


 ぴょんぴょこと飛びはね、それから抱きつかれた。


「にーた、にーた! ふぃー、にーたすき! きすしてほしい!」

「ふふふ。アルト様に褒められることが、一番嬉しいようですね」


 微笑ましいものを見るかのように呟く、総族長の孫娘。

 まあ、実際、マイシスターはそうなんだろうけれども。


(ともあれ、これで漸く氷穴とやらに向かうのかな?)


 そんな風に考えていた俺に、ほんのちょっとの寄り道が待ち構えていた。


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