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妹のいる生活  作者: むい
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第六百八十六話 翠玉の瞳に映る空(その十五)


「あ……。あ……」


 厚意を向けてくれた相手を突き飛ばしてしまった(?)ロフは、自らのしでかしたことに、青ざめて震えた。

 おもり役のケーンもスプーンを止めて、護衛対象の様子を見守っている。


 一方、クレーンプット家のほう。


 こちらの家族にとっては『近すぎるスキンシップ』は日常風景であり、エイベルやアルトなどが、たまにリュシカからの逃亡を企てて失敗している姿が散見されている。


 なので、母親への『拒絶』は慣れたものであり、幼い娘たちも『断らないとずっとだっこされる』ことを学び取っている。

 ……尤も、シスターズは揃ってだっこ大好きであり、おやつが絡むなどしない限り、あまりだっこから逃れようとはしないのだが。


 しかし、ロフはそんなことを知らない。


「…………っ」


 いたたまれなくなって、駆け出してしまった。


「あ、おい、坊っ!」


 ケーンは、少女の後を追おうとして立ち上がり――。


「……すまんな。坊に悪気はないんだ」


 振り返って、フォローを入れた。


 クレーンプット家の面々は、誰も『悪気』など考えてもいない。

 寧ろアルトやヤンティーネなどは、リュシカが気安すぎたのだとすら思っている。


 ケーンはお気楽家族の思惑など知る由もないから、すぐにロフの後を追った。


「坊、待て。舟がなきゃ、この島から出られんだろうがっ。どこへ行くつもりだ!」


 そうして、『地元組』は目の前からいなくなった。


 残ったのは、ぽか~んとする家族と。


「ささ、ノワール様、そぼろ丼を、お口に運ばせていただきますね~?」


 とろけた顔で幼児の世話を焼く、ぽんこつ従魔士だけである。


 更に、『騒動』の大元たるリュシカ・クレーンプットは――。


「接し方に、愛が足りなかったんだわ……っ!」


 誰にも聞こえぬ声で、決意を新たにしていた。



※※※



 所変わって、シルリアンピロード、その『聖なる塔』である大灯台。


 そこでは、賊の襲撃の報告を聞き終えた教団幹部たちが勢揃いしていた。

 尤も、事後だけあって、どこか弛緩した空気は流れているのだが。


「鼠賊が烏合の衆であるとは云え、矢張り我が町の防壁は堅牢。何の問題もありませんでしたな」


「うむ。加えて、我らが神殿戦士たちも優秀ときている。住人たちを避難させるのは、流石にやりすぎましたかな!」


 はははは、と笑う一同。


 しかし、教主ルビルスの表情は霽れない。


 慎重な性格である彼は、襲撃してきた賊が、噂に出ていた『強いほう』で無いことに気がついている。


 なので、こう考える。


 ――我が街は、まだまだ襲われるのでは?


 既に報告の上がっている、


「シルリアンピロードはガタガタという噂を聞いたから攻めた」


 という、賊の動機。


 これを意図的にばらまいている者がいるならば、第二第三の襲撃があるものと覚悟せねばならない。


 そして本命と目される、『冒険者たちすら殺す凶賊』は、まだ姿を現していないのだ。


 通常ならば、シルリアンピロードに来るとは限らないが、妙な噂が流れている以上、街の代表としては警戒をしないわけにはいかない。


 なので彼は、幹部たちにこう云い渡した。


「警戒レベルの引き上げと、籠城用の物資を集めておくこと。また、都市内でも不要の外出を避けると共に、護衛無しでの防壁の外への移動は極力制限するように、市民たちにも伝達すること」


 教主の言葉に、一部の幹部は流石に大げさすぎると眉を顰めた。


 交易都市であり、シルルルス教の大本山として『聖獣』の元へと参拝にやって来る人々がいるのだから、移動制限は止めた方が良いのではないかと口にする幹部に対し、教主は云った。


「私の仕事は、皆が安全に暮らせるように気を配ることであって、不確かなこの状況で油断することではないのだ。暫くは苦労もかけるし不満も出るだろうが、どうかよろしく頼みたい」


 こう云われてしまっては、それ以上の反駁が出来ない。

 ただちに伝令が住民と衛兵たちに届けられ、防備が改めて固められることとなった。


「しかし、移動を制限となりますと、聖獣様の『噴気の理由』を探ることは、どうされるのです?」


「そちらも一旦は保留とする。二、三日の間に再度の襲撃がなければ、極少人数で極秘裏に、聖獣様の元へと向かえばよいだろう。今は兎も角、街の防衛に気を配る方が優先だ」


「聖獣様の真意と云えば、我らの巫女姫様は、まだお戻りになられてはいないので?」


「……ああ、うむ」


 教主の答えは、途端に歯切れが悪い。


 ケーンが付いてくれている以上、その身柄は安全だろうが、すぐに帰ってこないことを、『自分と折り合いが悪いからではないか?』などと彼は考えすぎてしまっているのだ。


(一度、話し合う必要があるか……?)


 しかし、どうやって?


 そちらのほうが余程に難問だと、教主は胸中で呟いていた。



※※※



「坊。どこに行くんだ?」


 ケーンは、すぐに護衛対象に追いついていた。

 彼女は、既に走ってはいなかった。

 俯いた様子で、トボトボと歩いている。


「おーい、坊? 坊ちゃーん? 巫女姫様~……?」


 神殿戦士の言葉に、彼女は答えない。


 ケーンはやがて、彼女の行く先が、自分たちの乗ってきた舟がある場所だと云うことに思い至った。


「街に、戻るのか?」


「…………」


 コクリと、彼女は頷いた。


「せっかく出来た友だちなのに?」


「…………っ」


 ピクッと、ロフは反応する。


 彼女は立ち止まり、更に俯いてしまった。


「私は、酷いことをしちゃった……」


(あの連中、太平楽だから、あまり気にしてなさそうだったがなぁー……)


 ケーンはボリボリと頭を掻いた。

 ただ、本当に気を悪くしていないという確証はないし、そもそもロフ自体が落ち込んでしまっている。

 そこを何とかしないと、『戻る』ということは難しいのではないか、とも思った。


 少女は云う。


「あいつら、聖獣様に対して無礼だったけど、良いヤツらだった……」


「まあ、飯も食わせてくれたしなぁ……。それにしても美味かったなぁ、あのそぼろ丼とかいうやつは……」


 ケーンもロフも、食べかけだったのでお腹はすいている。まだ食べたい。もっと食べたいと思わせる程の魅力が、アレにはあった。


「坊だって、あいつらとは仲良くしたかっただろう?」


 食欲を振り払って、ケーンが問う。

 少女は、頷こうか逡巡している。


「なあ、坊」


「…………なに?」


「あのアルトとかいう小僧さ、ぶっちゃけ坊の好みだろ?」


「――――ッ!」


 ボン、と、少女の顔が真っ赤になった。


「な、な、な……っ!?」


 覿面な反応であった。


 面白いことが大好きなケーンは、この時点で少女をからかうことに決めた。


「あいつ、えッらいイケメンだったもんなぁ? 将来はそりゃ、簡単に女を落とせるような美形に育つんじゃねぇの?」


 と云いつつ、ケーンは、もの凄い美人でナイスバディだった『自称母親』のほうを思い出している。

 尤も、頭のゆるそうなタイプは、彼の好みではないのだが。


「そ、そ、そんな理由じゃない……ッ! ただ、王子様に似てるって――あ……っ!」


 ロフは、慌てて口をつぐんだ。

 ケーンはニヤニヤとしている。


「成程。『翠玉の王子』か。坊、あの話、大好きだったもんなぁ?」


「か、からかうなァッ!」


 ぽかぽかとケーンを叩くロフ。

 だが、神殿戦士は気にせずに頷く。


「一応、坊も『いいとこのお嬢様』に分類されるわけだしな。将来を考えると、ある程度釣り合いが取れた相手が必要になるよな……? で、あの連中だ」


 着ている服は上等だったし、高級な卵や肉を惜しげもなく使っていた。

 しかもハイエルフを護衛に従えていると来た日には……。


「アレ、どこぞの王族とかかもしれんなぁ。少なくとも、貴族階級なのは確定だろう。しまりがないのに、どこか気品があった。平民とは思えないくらいに言葉遣いは綺麗だったし、発音も流暢だ。何より、まだガキんちょなのに学があったぜ。相応の身分なのは間違いねぇな」


 実際は普通の平民以下の、賎民に位置する人々ではある。

 尤もあの家族の暮らしぶりは、並の貴族よりも恵まれているのは確かであろうが。


「坊、いっちょ口説いちまえよ。坊だって、結構な器量好し。意地っ張りなことを除けば、性格だって悪くはない。案外、お似合いなんじゃねぇの?」


「ば、バカなことをいうなァッ!」


「いやいや、バカなことじゃねぇぜ? ――考えてもみな? あの聖獣様と心を通わせるなんて奇跡がなせるのは、今や坊ひとりだ。となれば、遅かれ早かれ結婚相手を決められちまう。子どもを残すことは、坊にとっては義務だろうからな。だが、お前さんの性格だと、そういう強制はイヤだろう?」


「そ、それは……」


「だから、ヤツさ。王族や貴族なら、例の教会にでも属してない限り、大きな問題にはならない。この街に気楽な観光に来てたことを考えると、遠方の人間ってこともないだろう。近場の国のどこかだ。しかも使う言語がサウルーン語ではなく大陸公用語だったことを考えると、候補は更に絞れるぜ。案外あのガキ、本当に王子様なのかもしれねぇなぁ……」


「お、王子、様……」


 彼女の脳裏に、優しそうに笑う少年の姿が思い出される。


 彼は、妹たちに優しかった。

 ケーンのたわごとを抜きにしても、彼ならば自分の欲した、『温かい家庭』を築けるのではないか。

 一瞬そう思ってしまい、ロフはムキになって首を振った。


「ケーン! 『翠玉の王子』は神聖なヒーローなんだ! 軽々しいことを云うなッ!」


「ま。坊にとって、『王子』は特別だからなぁ? 物語みたいに、坊のピンチに颯爽と駆けつけて助けてくれる、なんてことは無いだろうしな」


「だから、からかうなァ! それより、早く舟を出して!」


「神殿に戻るのかい?」


「いや、師匠の所に行く! さっき見た土鍋、アレは凄かった! 今は、一刻も早く土をいじりたい気分なの!」


「へいへい……」


 ケーンは苦笑しながら、舟に付く。


 彼らは知らない。


 自分の渡したお土産の粘土が、どのような形になっていくのかを。


 そして、街に迫る深刻な脅威のことを。


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― 新着の感想 ―
[一言] 呂布ちゃんはもしかして レギュラー入りする予定はあるのかしら?
[一言] 妹様がカンカンになってしまいますなぁ
[良い点] 私はあなたがいなくて寂しいです、私はもっと多くの章が必要です。 私も小説を書こうとしていますが、ヒントはありますか?
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