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妹のいる生活  作者: むい
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第六百七十六話 翠玉の瞳に映る空(その五)


「みゅ~んたった♪ みゅ~んたったぁ~♪」


「あきゅ~っ♪」


「まぁるい、まぁるいカメさんのせッなッかッ♪」


「あきゅきゅー♪」


「お池にぃぷかぷか、浮いてます~♪」


「あにゃにゃぁ~~んっ♪」


 目の前を、おてて繋いで仲良く歩くクレーンプット家の幼女姉妹。


 フィーはこの世界の童謡を、機嫌良く歌っている。

 マリモちゃんはそれに、合いの手を入れているわけだ。


 このふたり、俺や母さんを取り合っていないときは、基本的に仲良しだからね。

 ……あ、思い出してみれば、おやつを取り合ったり、おもちゃやぬいぐるみや遊具の順番でも、よくケンカしてるや。


 ともあれ、砂浜を行く妹様たちの機嫌は、前述の通りとても良い。


 この子たちが幸せだと、見ているこちらも嬉しくなってくる。

 事実、母さんやエイベルはもちろん、護衛役のハイエルフズも、笑みを浮かべている。


 フェネルさんは私物のカメラを何度も作動させているし、生真面目で堅物なはずのティーネですら、クレーンプット・シスターズを微笑ましく見守っている。

 彼女も我が家との付き合いも長いし、フィーやマリモちゃんの成長に、思うところがあるのかもしれない。


「ふふふー。うちの子たちが可愛くって、なんだか私まで歌いたくなっちゃうわー。ていうか、歌っちゃおうかしらね? 歌はもちろん、ファイヤーLOVE!」


「……動きが騒々しいから、やめて欲しい」


 親友にダメ出しされているマイマザー。


 いい年した母さんがこの有様なんだし、フィーが大きくなっても、賑やかな性格はそのままなのかもしれない。


「はいはい、アルト様っ! アルト様も笑って下さいね? さっきから、サッパリじゃないですか」


 カメラを連射していた従魔士様が、写真機ごしに唐突に俺へと意識を向けてきた。

 でも、彼女の云い分はおかしいと思う。


「俺、普通に笑顔だったはずですけど……?」


「違いますよぅっ! アルト様の笑みはなんというか、子どもを見守る『大人側』の笑い方ですっ! 気に入りません。もっとこう、年相応に笑って下さいよっ」


 そんなことを云われても。

 俺、八歳の笑顔なんてわかんないし。


 しかし母さんが、そんなフェネルさんの言葉に乗ってきてしまった。

 俺にのし掛かるかのように、抱きついてきたのである。


「アルちゃんは、昔からそうなのっ。お母さんとしては、もっとベタベタに甘えて欲しかったのにっ!」


 ぷくっと頬を膨らませる二十半ばの成人様よ。

 まあ、母さんって甘えられるの大好きな人だからね。


 こちらの動きに変化がないのが不満だったのか、リュシカ・クレーンプット嬢は俺の耳元に唇を寄せてくる。


「実は今日はね? アルちゃんのためにお母さん、大胆に攻めた水着にしてみたんだからっ!」


 何で実の息子相手に、攻めた水着なんて着る必要があるんですかね?


 母さんの言葉に眉を顰めたのは、その親友であるエイベルであった。


「……リュシカはもう少し、慎みを持ったほうが良い」


 てことは、うちの先生様も、マイマザーが持ってきた水着を知っているわけか。


 けれども馬耳東風を地で行くお母様は、逆に俺にこう耳打ちした。


「アルちゃん、聞いて聞いて? エイベルったら酷いのよぅっ! 私がいくらマイクロビキニを薦めても、全く取り合ってくれなかったんだからっ!」


 そりゃそうだろう。

 エイベルがそういうものを、身につけるわけがない。


 見ると、お師匠様はまるで聞こえていないかのようにプイとそっぽを向いている。

 ――が、白い肌がほんのりと赤くなっている。

 思い出しただけで、羞恥心を掻き立てられたようである。

 ……母さん、貴方一体、どんなのを薦めたんですかね?


 俺の視線に気付いたのか、先生はよく通る綺麗な声と赤い顔で、こちらを叱った。


「……アル、考えるのは、めっ……!」


 いや、別に考えてなかったっス……。


 しかし母さんはどこか勝ち誇った様子で、耳打ちを続行した。

 ていうか、わざわざヒソヒソ話形態にする必要があるんですかね?


「ふふ~ん。アルちゃん、感謝してよね? エイベルにマイクロビキニを放棄するかわりに、ワンピースを着て貰えることになったんだから」


 何その、最初に吹っ掛けて望んだ地点に落としどころを作るかのような交渉術は。


 だが、俺とて欲望の忠実な徒ではある。

 表情を変えないまま、ママンにちいさくサムズアップした。


「……めっ!」


 しかし、それを見とがめられて、またまたお師匠様に叱られてしまった……。


 ちなみに、今俺たちが移動しているのは、女性陣が着替えるための岩陰がある場所に向かうためである。

 そこでシスターズと母さんとフェネルさんは水着に着替え、エイベルは白ワンピを着てくれることになっている。


 なおティーネは護衛任務に集中するために鎧姿のままだ。

 尤も、水に入ることも考慮して金属鎧ではなく革鎧を採用しているが。


(水に入れる鎧とかって、作れたら需要あるのかな?)


 ……そういや三国志演義に『藤甲鎧』ってあったけど、アレってこっちで再現できないですかね? ファンタジーな植物とかもあるんだしさ。あ、もちろん、耐火性も確保してだけどね?

 まあ、革鎧があるから、売れるかどうかは怪しいか。


 俺の詮ない空想の間も、うちの先生はワンピースを着ることを躊躇っているようである。

 着用の約束はしたが、恥ずかしさは消えていないようだった。


「……あのワンピースは、短い……。ひざこぞうが、見えてしまっている……。ひざこぞう……。こぞう、が……」


 ぷるぷると震えている。


 気の毒にとも思うし、可哀想とも思うが、残念ながらこのチャンスを潰すつもりもない。

 酷い弟子でごめんよ……。


「にぃたぁぁっ!」


「あきゅきゅ~~んっ!」


 そうこうしているうちに、前方を歩いていたはずの妹たちがツバメのように身を翻してきて、俺の左右に取りすがった。

 なお母さんは愛娘たちの動きを予測した時点で、ちょちょいと離れてくれている。


「にーた、にーたっ! ふぃーたち、これから泳ぐっ! ふぃー、シルルルスの背中に乗っけて貰いたい!」


「にー! まーく!」


 マリモちゃんは、おやつの催促ですか、そうですか。


 俺をサンドしてぴょんぴょこと跳ねる幼女ズ。

 その光景に、思わず呟いた。


「ここは平和で良いねぇ……」


「誰もいない島ですからね。何かあるとすれば、あちらに見える大陸の話になりますが、あの街――シルリアンピロードも、賑やかではありますが基本的には平和なところですから、『外』から災いでも来ない限り、平穏無事でいられますよ」


 と、フェネルさんも朗らかに笑う。

 いやでもさ、ふたり揃ってそんなことを云っちゃうと、逆にフラグっぽく感じちゃうよね?


「にーた! あの街、ふぃーたち観光できる? あそこ、灯台の他に、何がある?」


 人嫌いのエルフ様がおられますし、そもそも泳ぎに来たんだから、観光はちょっと難しいような……? 

 そもそも俺たち、思いっきり異邦人だしね。悪目立ちしちゃわないかな?


 妹様の言葉に答えたのは、護衛役のヤンティーネである。

 彼女は槍を手に持ったままに云う。


「シルリアンピロードは宗教地ではありますが、一方で商いで栄えた街でもあります。従って人間の出入りもそれなりに多く、我々がいても、そこまで奇異の目で見られることはないでしょうが――」


 彼女は首を振る。


「滞在スケジュールを考えれば、向かわないほうが無難でしょう」


 一応、日帰りの予定だしね。


 何かあったときのために、『予備日』は取ってあるけどさ。


「みゅぅ……。残念なの……」


 フィーは、しょんぼりとしている。


 でも、『あれもこれも』だと時間が足りなくなっちゃうだろうしね。

 護衛するティーネの負担も増えるだろうし。


 すると子ども大好きのフェネルさんが、ササッとマイエンジェルを抱き上げてしまった。


「フィーリア様、ものは考えようです。聖獣シルルルスと一日中遊べる機会などまずないのですから、今日はそちらを楽しみましょうっ!」


「んゅ……っ! んゅゅ……っ! そうなの……! ふぃー、シルルルスと遊べるの……っ!」


 天使様は、輝きを取り戻した。


 ティーネがコッソリと俺に耳打ちする。


「あちらの街は、良質の粘土が産出することで知られております。後で私かフェネルで粘土を購入して参りますので、フィーリア様の機嫌を取る際にご利用下さい」


 気を遣って貰って、なんかすいません。


 でもそうか。

 あっちの街は、粘土が手に入るのか。それならフィーも喜ぶだろう。

 我が家は安心して泳ぐことに注力しよう。


 ――と思った矢先、うちのプリティーチャーが、海の方を向いた。


「……誰かがこの島に、近付いてくる」


 ささやかな『海の思い出』が、変化の兆しを見せ始めた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前にもコメントしたような内容だけど 兄が「にー」なら姉はどうなるのか そのへんは楽しみにしてる。 [一言] 久々の神回!? 姉妹がなかよしなのは良い。 母上、ダブルバインドの使い手とは…
[一言] フラグ回収が速いっ アルト君愛想笑い以外の笑い方苦手そう
[一言] ようやくプリティーチャーの白ワンピが見れるのか…! その為にも、とりあえず近づいて来てる方には古式でも撃っておけばいいと思う
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