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妹のいる生活  作者: むい
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第六十八話 アルの特権、フィーの特権


「どういう……ことでしょうか?」


 レァーダは、胡散臭いものを見るかのような視線を俺に送る。

 そんなことを云われたって、俺にもよく分からない。


 しかし、ハッキリしていることが、ひとつある。

 それは、フィーはこういう場面で嘘を吐くような子ではないと云う事実だ。

 うちの可愛い妹は、適当なことを云うような子じゃないし、勢いに任せていい加減なセリフを口にしたりもしない。

 つまり、この娘は本当に、俺ならエニネーヴェを救えると思っているわけだ。


 この中で一人だけ悲壮感がなかったのも、もしかしたら、それが理由だったのかもしれない。

 ただ、問題は――。


(俺自身が、彼女をどう救えばいいのか、よく分かっていないと云うことだ)


 だが、真実へと至る、よすがはある。

 それは俺の資質――根源魔力だ。

 フィーはそれを口にしていた。

 ならば、彼女のコアへアクセスしてみるより他にない。


「……レァーダさん、雪の魔剣を、渡して貰えますか?」

「え……ああ。それは構わないが――一体、どうやってエニを救うつもりなのですか?」


 氷の園長の瞳には、どこか詰問するかのような気配がある。

 いい加減なことを云えば容赦はしない、とでも云いたげな感じだ。


 一方で、使用人の氷精は、縋るような視線を向けている。

 こちらはどんな些細なことにでも、希望を見いだしたいのだろう。


 どちらも、このちいさな女の子を思っての感情なのが分かる。


「……愛されているんだな。キミは」

「あの……。あなた、さまは、いった、い……? いえ、それ、よりも、本当に、わた、しを、すくって、いただ、ける、の、ですか……?」


 悲壮な決意をしていた少女の瞳に、淡い期待が灯っている。ここで「やっぱダメでした」では、より深い絶望を与えてしまう。

 大丈夫なんだろうか、俺。


(いや、フィーの判断を信じろ! そして、この娘も救ってあげるんだ!)


 俺は無言で園長から剣を受け取ると、雪精の少女の傍に座った。


「魔力を流すよ? 良いかな?」

「は……は、い」


 返事をするだけでもツラそうだ。

 急いだ方が良いのかもしれない。


 俺は少女の肩に掌を添えて、魔力を流した。

 生のままのそれではなく、なるべく優しい冷気にする。

 多分、こちらの方が親和性は良いだろうから。


「ああぁ……」


 エニネーヴェは初めてリラックスしたかのような声をあげた。

 核が破損し、再生がおぼつかなくとも、馴染みのある魔力は心地よいのだろう。


(ああ、こりゃあ厄介だ。この娘を構成している材質は単純な雪でもないし、氷でもない。どちらの性質も受け継いでいるから、調整が難しい……)


 核を調べる前だと云うのに、もうそう思った。

 けれども、投げ出す訳にも行かない。

 この娘を救うと云う為だけではない。

 フィーを嘘つきにしないために、俺は力を尽くさねばならないのだ。


 魔力をコアに到達させる。

 精霊の核に触れるのは、初めての経験だ。


(本当に溶けて無くなっている……)


 雪と氷で出来た玉は、『かろうじて丸かった』と分かるくらいの損傷具合だった。

 よくこれで生きていられたなと思う。

 あの爺さんも、相当な無茶をしたのだろうな。


(で、これが、コアの構造か……)


 天然の魔力炉と云うべきか。

 肉ではない心臓は極めて複雑な造りをしていたが、それでも、どこかに憶えがあった。

 単一ではない。複数だ。


(そうか。これ、エイベルの教材だ)


 魔術の授業で使うもの。そして、将来、魔道具を作る為に憶えるべきもの。

 それは複合型魔石であったり、魔導歴時代の小型のモーターであったり。

 可愛い魔術の先生が、俺のために持ってきてくれている珍奇な品の数々。それらの品を複雑に組み合わせると、このコアに似るのかもしれない。


(と、云うか、フィーはすぐにこの『組み合わせ』に思考が届いたと云うことなのか?)


 演繹し、一歩一歩を踏みしめて回答に至るのではなく、始点から終点まで跳躍して辿り着いたような感じだ。

 俺のような常人の感性ではない。『連想』と『発想』の差と云うか、『歩く』と『飛ぶ』の差と表現すべきか。


 魔力量だけでなく、別の面でも、俺はこの娘に及ばないのかもしれない。

 ただ、この作業――核の修復に関しては多分、俺でなければ出来ないことなのだろう。


 コアとは物質的な魔力の塊だ。

 生のままの魔力を炎や水に変換するように、この世ならざる魔力を物質的なものへと変えるには、根源から構造を変質させねばならない。

 その為には核の状況を理解出来るだけではダメで、中心部からの構成を知悉しつつも、魔力そのものに干渉し、作り替える能力が求められる。


 だから普通は治せる者が存在しない。それでフィーは俺の名前を出したのだろう。

 これは、俺だけの特権だ。


「む、ん……」


 魔力を核に送り込み、補修を開始する。

 魔力を構成素材に変えていくのは、結構気を遣った。

 精密な魔術操作が出来なければ、根源にアクセスする能力があっても失敗すると思われる。


 しかし、それよりも別の問題が立ちはだかった。


「うっは……!」


 俺は脂汗を浮かべ、大きく息を吐いた。

 エニネーヴェの核はそう大きいものでもなかったが、雪精の根本を成す部位だ。

 ひとかけらであっても、再構築するために必要な魔力量がとんでもない。

 俺には一般の魔術師を凌駕する魔力量があるが、それでも彼女を治すには、とても足りる量ではなかった。


「フィー」

「なぁに、にーた? ふぃー、にーたすき!」


 俺が声を掛けて呼び寄せると、マイシスターは嬉しそうに駆けだして、俺の身体に抱きついた。剣を持っているので、勢いよくくっつくのは、やめて欲しい。


「ふへへへへ……。にーた、にーたあああ!」


 この娘は俺が修復作業を始めた時点で、もう大丈夫だと思っているようだ。

 実際は魔力が全然足りていないのだが。


 自分基準で考えているのか、そこまで思い至っていないのか。

 どちらにせよ、マイエンジェルにはどこか抜けた部分があるのも事実だ。

 もう俺に甘えて良い時間なのだと思い込んで、スリスリとほほを擦り付けている。


「フィー、お前の魔力、使わせて貰っても良いか?」

「ふぃーのまりょく? いーよ、にーた。ふぃーはにーたのだもん! じゆーにつかって?」


 俺に治すことを提案しておきながら、自分の魔力を何に使うのか理解していない顔だな、これは。


(まあいい、使わせて貰おう)


 自前の魔力だと『積み木事件』の時のように血を吐いてぶっ倒れるだけだろうからな……。


「こりゃあ、楽だ」


 魔力をフィーから引っ張ってきて、もの凄くやりやすくなった。

 妹様の保持する魔力量は桁外れで、複数のことを同時に出来るようになった。

 具体的にはコアの補修と再生。雪の魔剣を使った肉体の構築。それから生命エネルギーとしての冷気をエニネーヴェに送り込むことだ。一部は魔芯を通す作業に似ていて、鍛冶術がこんなところで役に立つとは、と自分でも驚いた。


「し、信じられない……! エニの身体が、治っていく……!」


 レァーダ園長が目を見開いている。


「複雑な魔術を、複数使用されているのですか……!」


 使用人の氷精の子が驚愕の声をあげるが、エイベル先生門下では、複数の魔術を同時に取り扱うのは当たり前なんですよ。

 多分うちの先生、素質や素養がない人間にものを教えるのには向いていないと思う。

 けれども逆に、ある程度以上のことが出来る人には、ピタリとハマる感じ。

 教え手を選ぶ教師なんだと思う。ピーキーなのだ。


 そのお師匠様は、俺を見てぽつりと呟いた。


「……これは、私がアルにやって貰おうと思っていたことの反対」


 どういうことだろうか?

 俺がそもそも氷雪の園に来た理由は、熱線を解決するためだったはずだが、それに関連することなのだろうか?


「にーた、にーたあああ。ふへへへへへ……。ふぃー、にーたのにおいすき……!」


 この娘は全くブレないね。

 エニネーヴェを見てもいない。

 既に俺だけしか視界にも思考にも入っていない感じだ。


「フィー、魔力は大丈夫か? ツラくなったら、云うんだぞ?」

「うん! ふぃーへいき! ふぃーげんき! ふぃー、にーたすき!」


 自分で使わせて貰っているので、まだまだ余裕があるのは分かっているが、魔力の欠乏がどんな事態を引き起こすのかも知っているので、気は遣わねばならない。

 大事な大事な家族だからね。


 しかし改めて理解するマイエンジェルの保有魔力量のデタラメさよ。

 俺個人の貯蔵を使っていたら、何回ぶっ倒れているか、想像も出来やしない。


「ああああ、神様……!」


 そして、涙をこぼしながら俺を見上げている雪精の少女。

 顔色は明らかに良くなっているし、声にも張りが出てきている。


「貴方様は、何者なのでしょうか? これ程の奇跡を行使出来るなんて……!」

「何って……人間の平民としか。あ、魔術の師匠はエイベルだよ」

「エイベル様の……! 隔絶された超位の魔術師である高祖様が、弟子に取る程の方なのですね……!」


 いや、単なるコネ採用ッス。マイマザーの友達なもんで。

 なのでそんなキラキラした瞳を向けないで。頬を染めて俺を見ないで。


「めー! にーたみる、めーなの! にーたはふぃーの! ふぃーだけのとっけん! いろめつかう、ゆるさないの!」


 ……色目と云う単語を覚えたか。

 絶対に母さんのしわざだな、これは。


「こ、これは……! 一体、何が起きている……ッ!」


 そんな時、弱々しい大声が背後から響いた。

 どうやら彼女の祖父が戻ってきたらしい。


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