特別編・フィー、おもちに挑む!
「にーた! ふぃー、お餅ついてみたいっ!」
「あきゃっ!」
左右から、クレーンプットシスターズに抱きつかれる。
青いおめめと黒いおめめが、爛々としている。
これはアレだ。
俺が逆らうことの出来ない眼光だ。
なので、自主的に陥落することに決めた。
さて。
では何故、シスターズが餅つきに心奪われているのか?
話は、ちょいと前にさかのぼる。
※※※
「エイベル様っ! 本年最後のご挨拶に伺いましたっ! 本年も、本当に本当に、それはもう、本ッ当ぉ~に、お世話になりましたぁ……っ!」
とろけるような笑顔でぺこぺこと頭を下げているのは、ご存じショルシーナ商会の商会長様その人である。
彼女はヘンリエッテさんとフェネルさんを伴って、暮れのクレーンプット家へと現れたのであった。
名目は我が家への挨拶と云うことだが、ショルシーナ会長の目的は、絶対にエイベル個人に会うことだったのだろうけれども、それは云うまい。
あ。ティーネは当たり前のように、傍に居るよ?
彼女、本来は警備部の仕事があるだろうに、最近はクレーンプット家に入り浸ってることの方が多い気がするんですけどね。
え? 花精などの襲撃に備えて?
ちゃんとした理由あったんですね。
どうもスミマセン……。
そして、我らがお師匠様のほう。
彼女はショルシーナ会長の言葉を字義通りに受け取って、不審そうに首を傾げている。
「……? 特に今年は、そちらの世話をした憶えがない」
「い・い・えッ! エイベル様は、我らエルフ族を照らす光です! 太陽ですっ! ただ存在されるというその一事だけで、我らの心をあまねく照らし、心を満たしてくれるのですっ! この重要な事実を前に、お礼を云わずにおられましょうかっ!? いいえっ! 云わずにはいられませんっ!」
この人、商会のお仕事が忙しくて、ろくすっぽうちに来られていないからなァ……。
久しぶりに我が家のプリティーチャーに会えて、テンション爆上がりなのだろう。
そしてフェネルさんは、当然の権利のようにフィーをだっこして、その感触を楽しんでいる。
マリモちゃんのほうに向かわなかったのは、末妹様がマザーの腕の中で眠っているからなのだろうな。
「アルくん。元気でしたか?」
柔らかい笑顔で身をかがめ、俺に目線を合わせてくれるのは、もう付き合いの長いヘンリエッテさんである。
この人も最近は忙しいみたいで、以前よりも会う回数が減っている気がする。
白い綺麗な指でほっぺをつつかれている俺は、彼女に対して、こう答えた。
「ぼちぼちです。――あ、頼まれてたボトルシップですけど、ふたつ程は作れましたよ。後で持ってきますんで、どうぞお納め下さい」
「ありがとうございます。本当は十月のオークションで売る方がお金になるんですけどね。それだと、入手を熱望されている方に提供できませんから……。結果として、アルくんから買い叩いているような形になってしまって、申し訳ありません」
真摯な表情と声色だが、俺をつつきまわす指が止まる気配がない。
ていうか、近い近い。
妹様が激怒されるので、勘弁してつかぁさい。
「あっ、ヘンリエッテ副会長! アルト様はこの後、私がだっこする予定ですので、適当なところで返して下さいね?」
いつ俺がフェネルさんの所有物になったというのか。
「え? イヤだけど……? ――アルくんは、今日は私が独占しちゃいます!」
何そのドヤ顔。
何で俺、ヘンリエッテさんにだっこされてんの?
ホラ、マイエンジェルが大激怒されているので、解放して貰えると嬉しいんですけどね?
というわけで、フィーが大暴れをはじめてしまったので、眠っていたマリモちゃんも目を覚ましてしまいましたとさ。
あちらでは、こちらの騒動など意にも介さない商会長は、懸命にエイベルに話しかけている。
「ところでエイベル様っ! お年賀には、今年も当商会でついたお餅をと考えておりますが、いかがでしょうか……っ!?」
その言葉に反応を示したのは、去年、お餅の食い過ぎで泣き崩れたはずのオークさんと、その娘たちである。
「にーた、にーた! お餅をつくって、どういうこと!? ふぃー、それとっても気になる! なんだか面白い気配がするっ!」
「あきゅっ!」
そうか。
この子らは、お餅の作り方を知らないんだもんな。
かくかくしかじかと、『餅の出来るまで』を説明する。
「みゅみゅーんっ! それ、とっても楽しそうっ! お米から、お餅出来るっ!? にーた、ふぃーも! ふぃーもそれ、やってみたいっ!」
「にーっ! あきゃっ!」
こうして年の瀬に、冒頭のシーンと相成ったわけである。
※※※
「こちら、昨日からつけ込んでおいた餅米になります」
開けて新年。
商会の果下馬たちに餅つき道具を積み込んで、西の離れにハイエルフズが現れた。
うちの妹様たちの希望を聞いて、庭で餅つきをさせてくれるのだという。
餅米をおもちにする行程は割とシンプルで、長時間水でつけ込んだ餅米を蒸した後、杵でつくだけである。
しかしそこはソツのないヘンリエッテさんのいる美耳集団。
なんとなんと、お子様用の臼まで急遽用意してくれたのだ。
それも、ふたつも。
云うまでもないことだが、それぞれがフィーとマリモちゃん用のだ。
うちの子たち、臼がひとつだと絶対に取り合いの大ゲンカを始めてしまうからね。
それを見越して、最初から個別に用意してくれているのだろう。
どこかの『アヒルさん』をひとつしか作らなかったアホたれに聞かせてやりたい話だねぇ……。
ともあれこれで、うちの子たちにも餅つきを楽しんで貰えるぞ!
「ふぉおおぉぉぉ~~っ!」
案の定、妹様たちがおめめをキラっキラに輝かせている。
「にーたっ! これでお餅作る!? 楽しそうっ!」
「きゃーっ!」
左右からシスターズが抱きついてきて、ぴょんぴょこぴょんと飛び跳ねている。
うちの子たちのお祭り好きは、ちょっとしたもんだと思う。
「はい、クレーンプット家の皆さん注目……っ! 餅米を蒸している間に、餅つきのやり方と注意点を説明しますから、良く聞いて下さいね?」
ちびっ子大好きなフェネルさんが、ノリノリで『司会のお姉さん』と化している。
「はーいっ!」
それに対して、笑顔で挙手をするシスターズよ……。
その影で黙々と準備をしてくれているティーネと、餅つきセットそっちのけでエイベルのご機嫌取りにいそしむ商会長様。
そして。
「アルくん。今日はアルくんも、餅つきを楽しんで下さいね?」
俺の横に陣取って、ニコニコしている副会長様。
クレーンプット家の新春餅つき大会は、こうして始まった。
※※※
「フィーリア様ぁ。はい、ぺったーん!」
「ぺったーんっ! ふへへ……っ! お餅つくの、楽しい……っ!」
ニコニコ顔のフェネルさんに付き添われたフィーが、子供用の杵で嬉しそうにお餅を付いている。
向こうでは、ティーネと母さんに付き添われたマリモちゃんが、懸命に餅米に挑んでいた。
「きゃーっ!」
「ふふふー。ノワールちゃん、とっても上手よーっ?」
「あきゃっ!」
マリモちゃんが使っているのはハンマータイプの杵ではなく、彼女でも扱えるように、ドスンと落とすタイプの棒状のものである。もちろんこれも、子ども用だ。
「にーたっ! ふぃー、良いこと思いついた! 杵の代わりに、棍棒でお餅つく! そっちのほうが、きっと楽しいっ!」
妹様の思いつく『良いこと』は、大体の場合ピントがズレている。
「ふぃー、急いで棍棒取ってくるっ!」
「は~いストップ~。フィーリア様は、この杵でお餅をつきましょうね? でないと、この子が可哀想ですよぉ? この杵は、お餅をつくために生まれてきたんですから」
「みゅぅ……っ!? 確かに、そうなの……。ふぃーも、にーたにだっこして貰うために生まれてきた……! 存在りゆー、ねじ曲げたら可哀想なの……!」
よくわからない理由で説得に応じるマイエンジェル。
俺も長いことこの子の兄貴をやっているが、未だにその思考パターンが理解し切れてはいない。
「にーた、だっこ! ふぃー、にーたにだっこして貰いながら、お餅つく! そうすればおもち、もっと美味しくなるっ!」
「フィーちゃん。アルくんにだっこされるほうが、お餅が美味しくなるんですか?」
ヘンリエッテさんが俺に密着したまま穏やかな笑顔で問うと、我が家の天使様は、満面の笑みで頷いた。
「お食事、皆で一緒に食べる方が美味しいっ! なら、にーたと一緒についたお餅のほうが、絶対に美味しくなるっ!」
成程。
一応の理由はあるらしい。
食事ってのはつまり、空腹と幸福のふたつが、スパイスの双璧だろうからね。
ナチュラルにそう思える子に育ってくれたことを、嬉しく思う。
すぐ近くでは、マイマザーも笑顔になっている。
「きゅきゃーっ!」
そしてそれは、マリモちゃんにも伝わっていて。
「うふふー。それじゃノワールちゃんは、お母さんと一緒に、お餅をつきましょうか?」
「あにゃっ! にゃんっ!」
そこにあるのは、皆が笑顔だ。
全員が笑顔で過ごせるお正月を、俺は貴重に思う。
「はーい、ついたお餅は、色々な食べ方が出来ますから、楽しみにしてくださいね? そしてなんとお雑煮は、高祖様が手ずから担当して下さったんですよ!?」
「……ん。がんばった」
「でも、落ち着いて少しずつ食べて下さいね? ――それから、食べ過ぎはダメですよ?」
あ。フェネルさんの言葉に、マザーだけ笑顔が消えたぞぅ。
「にーた! ふぃー、お餅いっぱい食べる! おかわりするっ!」
「にー! まー! まーく! おもち、まーく!」
魔力をまぶしたお餅が食べたいのかな? それはちょっと、難しいかな~……?
わいわいガヤガヤ。皆が浮かれる。
(イザベラ嬢にも、あとでお餅を持って行ってあげようかな?)
それは『食べ物』というよりも、『笑顔』のお裾分けで。
こうしてクレーンプット家の新年は、慌ただしく――そして幸せに始まったのであった。
新年、明けましておめでとうございます。
本年も拙作を、どうぞよろしくお願い申し上げます。




