表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
686/757

特別編・終末に暁を見る


 星を見た。


 その日、姉妹は、ふたり並んで星を見た。


 遙か天空。

 巨木の上から、中天に輝く星を見たのだ。


「あの星は、さ」


「…………」


「間もなくぶつかることになる『敵』なワケだけど、それはそれで置いておくとして――」


「…………」


「やっぱ、綺麗かなと思うワケよ。あたしとしてはさ」


「…………」


「月見酒、ならぬ星見酒ってね。どう? なかなかオツなものでしょ?」


 酒杯を傾けながら、『二番目』のアーチエルフは、『三番目』のアーチエルフに云う。


「……ラミエル」


「なぁに、エイベル? アンタもお酒が欲しいの? でもだ~め。これは、あたしンだから」


「…………」


『姉』の傍若無人さを知る無表情な妹は、真横に座る『二番目』をジロリと見る。


「……ラミエル。私は『大事な話がある』と云われたから、ここに来た。お酒を飲む相手が欲しいなら、ハニエルでも誘えば良い」


「あたしは、アンタがいーの! ていうか、今がまさに『大事』なことよ?」


「…………」


 こつんこつんと肩で肩を叩かれて、エイベルはため息を漏らした。

『姉』の野放図さに閉口しつつも、拒絶することもない。

 つまりはそれくらいに、『姉妹』の仲は良好なのだ。


「こんなふうにさ、エイベル」


「…………」


「こんなふうに、特に意味もなく、大事な家族と一緒に空を見上げられるのって、とても大事なことなんだよ。少なくとも、あたしはそう思う」


「…………」


 エイベルは、姉の言葉を否定しなかった。

 その言葉の意味を知っているから。


「アンタ、そろそろ旅立つんでしょ? レリエルが泣いてたわよ? お姉様と離れたくないって」


「……別れは、もう済ませている」


 淡々と語る無表情な妹の言葉を、けれどラミエルは微笑を浮かべて聞いている。

 この子は感情表現が下手くそなだけなのだ。

 けれどもその実、誰よりも家族思いで。


 だから、ただひとり。


 最も困難な、最激戦区へと赴くことになっている。


「――必ず、生きて帰りなさいよ?」


「……保証は出来ない」


 自らの生と死すらも、そのエルフは無機質に語る。


 何事もないかのように。

 ただ静かに。


「……私とライギロッドの力は、ほぼ拮抗する。加えてこちらは単独。対して向こうには、他の幻想種とオリジナルドラゴンが存在している。この状況で生還出来ると思える程、私は楽観的ではない」


 その言葉に、ラミエルは目を伏せる。

 事実を述べるだけの妹は既に、『帰還』を切り捨てている。


 そういう決断(・・・・・・)をさせたことが、心苦しかった。


「……あたしたち兄弟の中で、『戦闘特化型』はバルディエルとアンタだけだったものね。だからいつも、矢面に立ったのはアンタたちふたり。……まあ、バル兄はもういないけどさ」


「…………」


「だから」


「…………」


「だからさ、アンタくらいは、ちゃんと戻ってきなさいよ。かわりに、皆は――末っ子のレリエルくらいは、あたしが守ってみせるから」


「……私は、『幻想領域』、そして星読みや星辰術士との戦いに専念することになる。一部の精霊や、あの『蛇』との戦いには参加できないし、助けに来ることも、たぶん出来ない」


「そっちは、あたしとハニエルで何とかするわよ。……正直云うと、アンタの戦闘能力とポーションの支援がないのは、本ッ当にキツいけどね」


「……なら」


「要らないわよ。アンタはもう、残せるだけ残せるだけ。ありったけのありったけ。必要以上のポーションをあたしたちにくれた。残りは最後の生命線でしょ? アンタがここに再び、生きて還るための。それを譲ってしまったら、可能性は『低い』じゃなくて、『無し』になる。だから受け取れないし、受け取らない。――大丈夫よ。一番厄介な『蛇』のほうは、『竜姫』がぶつかってくれるかもしれないから。そうなれば、戦闘もだいぶ楽になるし」


「…………ラミエル」


「なぁに、エイベル?」


「……あの『蛇』は下手をすると、ライギロッドよりも恐ろしい相手になるかもしれない。私の受け持ちよりも、場合によってはそちらのほうが苦難に満ちている可能性がある」


「それは良かった」


 あっけらかんと。

 実にあっけらかんと、『二番目』のエルフは笑い出した。


「アンタに最も困難な相手を押しつけるよりも、あたしが最難関に当たれる方が、精神的には、ずっと楽」


「…………」


 魂で感じるまでもなく。

『姉』の言葉は、嘘偽りのないものなのだろうとエイベルは理解した。


 彼女も、そんな『妹』の心の動きを理解したのだろう。

 酒杯を傍らに置くと、パンと掌を打ち鳴らした。


「さぁさ、もうお互いに準備は済んでるし、ついでに云えば、覚悟も出来てる。やるべきことはやったんだから、余計なことは考えなくて良いじゃない。それよりホラ、星でも眺めながら、お酒呑みましょ! バカ話しましょ! 下らないことで笑える時間って、とっても貴重で贅沢なんだからさっ」


「…………」


 真面目な姿でないほうが、実にラミエルらしいと、心の底からエイベルは思った。



※※※



「――そこでマクドゥーエルのヤツが云ったのよ! 『私をマックと呼ぶことは許そう。だがしかし、マクドと呼ぶことだけは、死んでも許さんっ!』って」


「……アレは、『ケンタ』呼びの時も、同様のことを云っていた。東西のお国柄の違いは、もう埋めようがない」


 そうして姉妹は、宣言通りに下らない四方山話に興じている。

 けれどもそれは、両者が望んだことで。

 そしてきっと、大事なことで。


 ふたりの益体もない会話は、空が白むまで続いた。


「……もうすぐ、夜が明ける」


「そ。いつだって、夜は明ける。どこにいようと、何をしていようとね」


 ラミエルは、空になった酒杯を指で弾く。


 そして、薄明かりを背に、『妹』へと振り返る。


「月を見ながら酒を呑む風習は昔からあるけどさ。――こうして日の出を見る習慣も、また広まったりしないものかしらねぇ? 綺麗じゃない? 明けの空って」


「……朝日を見る為には、相応の時間に起きて無くてはならない。『活動時間』という枷がある以上、そうそう広まるとは思えない」


「なら、年一。その年の始まり限定にすればどう? これなら、『一回くらいだし見てみるかぁ』って物好きたちに広まると思わない?」


「……思わない。そんな暇人ばかりが、何人もいるはずがない。ラミエルの云うことは、不合理」


「そうかなぁ……?」


『放浪』のエルフは、小首を傾げる。


「暇人が多いこと。ただ空を見る為だけに起きていること。そんな時間にわざわざ起き出すこと。そういう無駄を楽しめる者が多いって、それはきっと、凄く幸せなことなんだと、あたしは思う。下らないことをありがたがって、それをわいわいみんなで楽しんで。――そんな世の中のほうが、ずっと面白いし、あり方として健全だと思うのよね」


「…………」


 エイベルは目を伏せる。

 自分と、この『姉』とでは、きっと見ている世界の範囲が違うのだと思う。


「……私にとって、『世界』とは手の届く範囲のこと。自分が、愛おしいと思える者たちのいる場所のこと。『他』に対して、どうこう思うことはない」


「ん~……」


 ラミエルは、酒杯を指でもてあそぶ。


 その後、微笑を浮かべたままに、真剣な瞳を『妹』へと向けた。


「エイベル」


「……?」


「アンタはやっぱ、何があっても帰って来なさい。他でもないエイベルこそが、あたしの云った『バカバカしい未来』で生きていくべきだと確信したわ」


「……意味がわからない。生存のために最善を尽くすのは当然のこと。けれど、ラミエルの云う『未来』を生きるということは理解の埒外」


「今はそれで良いわ」


 放浪のエルフは、夜と朝の狭間の光に目を細める。

 エイベルも、それに倣った。


 ラミエルは、前方を見ながらに云う。


「朝日、綺麗でしょ?」


「…………ん」


「いつかさ。アンタのとなりで、こんなふうに何の意味もなく、朝日を一緒に見てくれる人が現れると良いね」


「…………」


「それが何百年先か、或いは何千年先になるのかはわからないけど、そういう相手を。或いは、新しい家族を。アンタが得られることを、お姉ちゃんとしては望むワケよ」


「……意味がわからない。家族なら、ここにいる」


「……だから、今はわからなくて良いんだってばさ。――アンタはこれから、死地に赴く。それは大切なものを守るために。でもさ。それだけじゃなくて、『幸せになるために戦う』。そんなふうにアンタがなれたら、きっとあたしが嬉しいのよね」


「……結局は、ラミエルの自己満足」


「あははっ。そうかもっ」


 エイベルの『姉』は、ニッコリと笑った。


 それは『幻想領域』との戦いの始まる、直前の風景だった。



※※※



 ――そして、神聖歴。


 初日の出を待つ夜の時間に、ふたつの影が寄り添っている。


 それは、ちいさな師弟だった。


 ツバの広いとんがり帽子を被った小柄なエルフと、うち捨てられた粗大ゴミのような雰囲気を持った、奇妙な少年の。


「もうすぐ夜明けだねぇ……」


「……ん」


「初日の出のためだけに家を抜け出して来ちゃったね。バカバカしいけど、なんだか楽しいや」


「……………………ん」


 ちいさなエルフは、目を伏せながら口元だけで笑う。


 魔術の師弟は、ただ朝日を見に来ただけだ。


 誰もいない。

 誰も来ない草原の上で。


 夜の終わりと新たな年を見る為だけに、ここにある。


「何でもないことって、きっと幸せなんだよねぇ」


 少年は、ポツリと呟く。


 その言葉に、エイベルはしっかりと頷いた。


 ここにはささやかながら、何よりも大切な風景がある。


 彼女はそれを、ようやく知ることが出来たのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] しんみりとくるいいお話でした。 エルフ米の話とかでも思ったけどやっぱりエイベルはラミエルに振り回されていたんですね。。 セロでの15歳の誓いも過去の話から来てるのかな?楽しみです!
[一言] 明けましておめでとうございます。 ラミエルお姉さん素敵です。 別の兄弟、姉妹のお話も読みたいです。
[一言] このいちごっこレベルになってようやくアルト君はフィーと比べるかどうかなのかなぁ…。 アルト君の周囲に集まる女の子は難しい子が多いけど攻略難度が抜群で高いのはアルト君自身だよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ