第六百六十九話 ある魔術師の挑戦(中編)
私の名は、エスメイ。
平民出身の魔術師です。
一時は国の魔導研究機関を目指しましたが、紆余曲折あって、現在はエトホーフト交易所属の戦魔術師をしております。
趣味は魔術の研究と――良き魔術師を見ることです。
この国には、優れた魔術師が何人もおりまして、従って私の注目対象も、多岐にわたります。
研究者として優れている方。
指導者として優れている方。
そして、戦力として優れている方。
尊敬すべき存在が、幾人もいるのです。
……尤も、全部の魔術師を尊敬できるわけではなく、国中で軋轢を起こしている『魔術至上主義』の例の集団だけは、あまり好きにはなれませんが……。
逆に、この国最高峰の魔術師であるクナーティン副魔導長の戦闘能力は、驚愕以外の何ものでもありません。超リスペクトです。
というか、あの方、ものすっごい美形ですしね。
……超絶の道楽者で、そのために結婚どころか彼女も作らないと、もっぱらの噂ではありますが。
そしてこの国の魔術師を語る上で決して外すことの出来ぬ御方が、『天才』シーラ第四王女殿下です。
史上最年少。
わずか六歳で段位魔術師へと到達した、正真正銘の才女。
その才覚は魔術だけでなく、多言語を操るなどの別方面にも発揮されている、もの凄い御方です。
一方で、王女殿下の『戦闘』を間近で見た人間は少なく、どのような戦い方をするのかを知らない者のほうが遙かに多いので、その実像は謎に包まれていると云ってしまって良いかと思います。
そして、謎に包まれていると云えば――。
魔術師ヴルスト。
この人物も、その多くが『謎』ということになっております。
シーラ殿下に次ぐ七歳での段位取得。
『時代を変える世紀の大発明』と呼ばれる、『写真機』の制作者。
そして何より、未曾有の大発見と騒がれた『生きた神代遺跡への到達』など、既に歴史に残るような偉業をいくつも達成している、生ける伝説。
その魔術師ヴルストの戦闘能力は毀誉褒貶激しくて、圧倒的な力量を持つという評判がある一方、卑劣な作戦だけで勝ち抜いているといったものもあったりします。
記憶に新しいところでは、今年の六月にブルクハユセン侯爵家主宰で開かれた御前試合。
あの戦いの全てに勝利しながらも、その内容は『対戦相手をペテンに掛ける』というものだけであったとも云われております。
けれど、私は知っています。
魔術師ヴルストの強さも、その素顔も。
何故なら私は、第四王女殿下の近習試験に、コネでお手伝いに出ていたからです。
だから魔術師ヴルストが、まだ幼少の身でありながら、宮廷魔術師三人を相手にして歯牙にも掛けぬ大天才であることを知っております。
宮廷魔術師とはつまるところ、『魔術の専門職』です。
故にその戦闘能力は強烈。
魔力の扱いに長ける三大種族でもない限りは、基本的に手も足も出ないはずの存在なのです。
それを、年少の身で圧倒した――。
あれこそが天才。
その存在こそが奇跡。
だから私は、一度だけでも。
『彼』に、挑んでみたいと思ったのでした。
※※※
「えぇ……っ!? またうちのお嬢様が、デネン子爵家の人間と、問題を起こしたんですかぁっ!?」
その日は、オーリーフィッシュの契約の場にミュゼお嬢様が向かわれておりました。
ええ。
イヤな予感はしていたのですが、案の定です。
勤め先の誇る面食いお嬢様は、相手方を散々罵倒し、契約をご破算にさせておいて、早々に行方を眩ませてしまったそうなのです。
デネン家は正直、あまり良い噂がありません。
なので万が一に備えて『戦闘担当』であるこの私が、ミュゼお嬢様の捜索に駆り出されたのでありました。
幸いにして、お嬢様は、すぐに見つかりました。
湖の傍にいたからです。
そこに、デネン家ゆかりの連中はおりませんでした。
既に去ったのか、私が先んじて見つけられたのは定かではありませんが――。
「な、な、な……っ!?」
思わず、声が出ました。
だって!
だって、何ですか、あのメンツ!?
希少種族のエルフがいますよ!?
ショルシーナ商会のセロ支店にでも行かないと見ることの出来ない、少数種族ですよ!?
流石にハイエルフではないとは思いますが、それにしたって貴重です。
それが、ふたりも。
その横に見えるのは、セロの貴族家の令息・フレイ氏でしょうか?
ゾン・ヒゥロイトの花形スターであり、身分尊い彼が、どうしてこんなところに?
更に更に、その傍に居るのは、セロの街最強の冒険者、シャーク・クレーンプットです。
うちの職場でも、『あの男とだけは揉めるな』と念を押される、大物中の大物です。
その足元には、両目を押さえて地面を転げ回る女性の姿が見えますが、アレは何なんでしょうか……? パフォーマー……?
いえ、今重要なのは、それではありません。
青ざめた様子で、そのローリングレディを見つめている、少年のことです。
(魔術師ヴルスト……ッ!)
それは幼少にして、既にこの国の伝説となっている、あの天才に相違ありませんでした。
何故、彼がここに……!?
理由はわかりません。
ついでに云えば、女性が転げ回っている理由もわかりません。
しかし、これはチャンスです。
私の興味の対象であり、謎多き少年たるヴルストと知己を得る絶好の機会なのです。
あわよくば、彼との力比べが叶うかもしれません。
そして更にあわよくば、魔術師たちの垂涎の的である、あの新進気鋭の魔術結社・『黒猫魔術団』に、加盟することが出来るかもしれません。
(ぜ、是非彼とは、お近づきにならなくては……っ!)
私は自らの欲望を平静さで包み隠し、ゆっくりと『謎の豪華メンバー』たちへと近付きました。
「ミュゼお嬢様っ」
「……チッ、エスメイ……」
吐き捨てるようにして、お嬢様は呟きました。
誠心誠意お仕えしているつもりなのですが、何故だか彼女は、私に打ち解けてはくれません。
「貴方の顔が気に入らない……! 本当に嫌い……っ!」
かつて憎々しげに、そう云われてしまい、以降、拒絶され続けているのです。
雇い主の愛娘に嫌われているとしても、仕事は仕事です。
私は彼女に、護衛と迎えの意図があってやって来たと告げました。
すると彼女は、よりいっそう、忌々しそうな顔を作り、逆にシャーク・クレーンプットやフレイ・メッレ・エル・バウマンなどは、どこかホッとしたような表情になりました。
共に曰く。
「さっさとその子を回収してくれ」
お嬢様、ここでも揉め事を起こされていたのですね……。
私の視線を受けたミュゼお嬢様は、青い顔をしている魔術師ヴルストにしがみつきます。
「イヤよ……っ! 私は帰らない……っ! この格好良いおにーちゃんと、おもしろおかしく仲良く過ごすの……っ!」
「その、少年と……?」
彼の正体はとっくに存じてはおりますが、これはチャンスだと思い、わざと胡散臭いものを見るかのような目つきをしました。
間近で見る彼は、まだ幼いながらも、既に端麗な容姿です。
将来的には、あのクナーティン副魔導長よりも優れた容貌を得るかもしれません。
これなら、大の面食いであるミュゼお嬢様が気に入るのも得心行きます。
私は云います。
「貴方はミュゼお嬢様と、このままここで遊ぶつもりなのですか?」
「いえ。迎えに来たなら、どうぞどうぞ……っ!」
あれ? アッサリと、譲ろうとしてきますね?
まさかお嬢様、皆に厄介者扱いされているのではありませんよね……?
彼は自身にしがみつく少女よりも、同じように青ざめて震えている銀髪の幼女と、地面の上を右へ左へローリングしているパフォーマーの女性に、より心のリソースを割いているようでした。
いけませんね。
これでは、『彼』に力比べを挑む大義名分がなくなってしまいます。
私はこれでも、自分の腕には多少の自負心を抱いております。
二年前の大災厄でも、交易本社の防衛を成功させ、エトホーフト交易とアッセル伯爵家より表彰されたという過去もあります。
仮に宮廷魔術師と戦ったとしても、結構良い線行くかもという自信もあります。
宮廷魔術団の実力上位陣であるフィロメナやロルフのような怪物級魔術師でも出て来ない限り、相当な勝負が出来ることでしょう。
なのでここで彼に自分の腕をアピール出来れば、魔術結社入りが出来るかもしれないのですが――。
「…………」
魔術師ヴルストは、パフォーマーに怯えているようでした。
そもそも、彼女は何をアピールしているのでしょうか?
私も、投げ銭のひとつでも、しておいたほうが良いのでしょうか?
どうにかして、『彼』と競える方法はないものかと思案していると、うちのお嬢様が、その機会を回してくれました。
彼女は、ヴルスト少年の服を引っ張り、あざとく上目遣いをしながら云います。
「格好良いおにーちゃん……。私たちの仲を裂こうとする、この気に入らない顔の女を、グーパンして……? 腹パンでも可……」
「いや、出来るわけ無いでしょっ!?」
彼は、うちのお嬢様に比べれば、圧倒的常識人であるようでした。
しかし、申し訳ありません。
このチャンスは、絶対にものにさせていただきますよ。
 




