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妹のいる生活  作者: むい
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第六百六十八話 ある魔術師の挑戦(前編)


 俺の魔力量を、ビー玉一個分とした場合――。


 マリモちゃんの一回の食事量は、ピンポン球二個分くらいである。


 末妹様は食欲旺盛なので、毎日三食キッチリ食べる。

 他にも、日に、二度三度の『おやつ』も、しっかり食べる。

 これらの量も、ピンポン球二個分くらいだ。


 つまりノワール・クレーンプットの一日の食事量は、大体にしてピンポン球十個から、十二個くらい……ということになる。


 もちろんこの量目は成長すると共に増えていき、減ることは決してない。

 加えて『純度』と『性質』も重要で、これらが粗悪だと、たちまち体調を崩してしまう――らしい。

『らしい』と付いているのは、幸い今まで、うちの子がそういう目に遭ったことがないからだ。

 もちろん、『出会い』のときの半死状態は別ではあるが。


 ともあれ、それらを『ビー玉一個』の俺がまかなうことは不可能で、フィーかエイベルが傍に居ないと、たちどころにこの幼い家族は餓えてしまうのだ。

『星の泉』を使うという手もあるが、あそこに行くにはエイベルの持つ『鍵』が必要になるからね。結局、うちのお師匠様がいないと、どうにもならない。


 加えて云えば、『泉の味』よりも、『俺の魔力』をノワールは好むだろうとは、マイティーチャーの談。

 よくわからないが、この子にとってアルト・クレーンプットという兄貴は、最上のごちそうであるようだ。

 たとえばフィーが睡眠中で、エイベルが不在のときにも魔力をねだられるが、そのときに与える『ほんのひとくち』でも、俺の全魔力量の四割以上を持って行かれる。

 古式をブッ放したり、『天球儀』を発動するよりも、末妹様の『ひとくち』のが負担が大きいというのは、どうなんだろうか?


 いずれにせよ、一般のご家庭で純精霊を育てるのは不可能だろうと思われる。皆も、安易に拾わないようにね?


「にー! しゅきっ! ……けぷっ!」


 と云うわけで、お腹いっぱいになったノワール・クレーンプット嬢である。

 長女様経由で魔力を望むままに与えたが、今日はよく食べた。ピンポン球にして、二個半以上は食べたのではないか?


 俺個人では、絶対にまかなえない魔力量だが、『出所』たるフィーリア・クレーンプット嬢には、消耗した様子がない。

 それもそのはずで、俺とマイエンジェルの魔力量の差は、水たまりと湖以上の差がある。『比べる』ということ自体が、おこがましいのだ。


 そのフィーは現在、俺に取りすがる面食いちゃんと対峙中。

 うにゅにゅにゅにゅにゅ……っ! と、うなり声を上げて、精一杯の威嚇をしている。


 一方、面食いちゃんはどこ吹く風。

 妹様などいないかのように、俺にちょっかいを掛けてきている。


 ここに、軍服ちゃんも加わるのだから、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 あとブレフと爺さんもうるさいが、こちらまで気にしていては果てしがない。


 おかげでひとりおとなしいシスティちゃんが割を食って、ぽつねんとしている。

 今年こそは、しっかりと構ってあげたかったのだが。


 他方、子ども好きの従魔士様は、空腹を満たした末妹様を、高速で奪い取った。


「ノワール様、魔力がご入り用でしたら、このフェネルめに申しつけて下されば、いくらでも融通致しますのでっ!」


 積極的にアピールしながら、フードを被せている。


「はぁぁああぁぁ~~……っ! ウサミミ姿のノワール様は、本ッ当に可愛らしいですぅ~……。私、もうダメになってしまうかもしれません……」


 既にダメだと思います。


 彼女はミュゼと対峙するフィーにも構わず近付いて、フードを一方的に被せている。


「フィーリア様のブタさんフードも、とっても可愛いですっ! ――はぁっ、子どもって、最高……っ!」


 やりたい放題だな、この人。

 まあ、仕事のストレスでおかしくなる寸前だったようだし、あまりうるさく云うつもりもないが。


 こうしてこの場に留まる者もいれば、去る者もいる。


 メジェド神の忠実なるしもべたるスヴェン氏がそれで、元々の通りすがりであった彼は、布教用のパンフレットだけをこちらに手渡して去って行った。


 だが、マイエンジェルと面食いちゃんの対立は終わらない。

 シカトを続けるミュゼに、フィーは掴み掛かろうとした。

 これはかなり怒っているな……。


「めーっ! ふぃーのにーたから、離れるのーっ!」


「イヤ……! 格好良いおにーちゃんの傍だけが、私の癒しポイント……! その楽園を奪うというのなら、戦うまで……!」


 うちの天使様が実力行使に出たからか、彼女も無視を決め込まずに、そう云い返す。

 もの凄い剣呑なことを云っているが、我が家の妹様にケンカを売るのって普通に危険だと思うんですが。


 案の定、マイエンジェルは激怒してしまった。


「みゅみゅみゅみゅぅ……っ! ここまで云っても、ふぃーのにーたを奪うつもりなら、こっちにも考えがあるの! ふぃー、本気出しちゃうの……!」


「フ……。貴方の如き無力な幼女の本気など、恐るるに足らず……っ!」


 薄く笑って、挑発の限りを尽くす面食いちゃん。

 というか貴方、フィーを『幼女』呼ばわりしてるけど、どう見ても同じくらいの年齢ですよね?


 面食いちゃんは、とうとう妹様を本気にさせてしまった。


 フィーは躊躇無く、最大最強の必殺技を使うことにしたようだった。

 マイエンジェルの動作で、俺にはそれがわかった。


(いかん……っ!)


 フィーは腰に提げたひょうたんに、手を伸ばしていたのだ。


 あの母さんに禁じられた、毒霧からの棍棒殴打という必殺コンボを、解禁するつもりなのだ!


 当家の長女は素早くひょうたんを持ち上げ――だけど蓋を開けるのに手間取り、ちょっと泣きそうな顔をした。たぶん、固かったのだろう。

「にーた……」と俺に縋るような表情をしたが、こちらに辿り着く前に、蓋が開いたようだ。

 途端に凛然凛乎な表情を浮かべ、迷うことなく『毒霧の素』を口に含んでいく。

 リスのように、もちもちほっぺが膨らんだ。


「フィーちゃんっ、ダメでしょっ!?」


 しかし、毒霧唯一の『犠牲者』たるマイマザーが立ちはだかる。

 まあ、アレが目に入るのって、シャレにならないからね。止めるのは当然だが。


「※※※、※※※~~……っ!」


 妹様は、口がふさがったままに、抗議の表情を作る。


 おかーさん、なんでふぃーの邪魔する……!?


 たぶん、そう云っている気がする。


「フィーちゃん! それは危険だから使っちゃダメって、云っているでしょっ!?」


 なおロッコルの果汁の携行が許されている理由は、『旅の間の危険に備えて』である。

 つまりは、護身用なのだ。

 尤もうちの妹様は、平時でもお構いなしに持ち歩いているのだが。


「※※※※……っ!」


 母さんに叱られても、フィーは抗議の声を上げている。

 この子にとって面食いちゃんは最早、不倶戴天の怨敵となったようである。

 俺を取ろうとしたという、それだけの理由で。


 しかし、マイエンジェルは『即時の発射』を行ってはいない。

 止められれば、ちゃんと立ち止まるくらいの理性はあるのだ。

 うちの子、良い子だし、母さんのことも大好きみたいだしね。


 だが、そこに悲劇が存在した。

 面食いちゃんの恐ろしさを、俺もフィーも、知らなかったのだ。


 彼女は、容赦なかった。


 マイマザーの背後にいるミュゼは、あろうことか全力の『変顔』を繰り出したのだ。

 うちの妹様の視界に、バッチリ入るようにして!


「ブフゥ……ッ!」


 と、盛大に噴き出す音がした。


 毒々しい紫色の液体が、霧状に噴出された。


 その先にいたのは――。


「みぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 両目を押さえ、地面を転げ回るマイマザー。


 母さんは、毒霧噴射(三ヶ月ぶり。二度目)を喰らってしまわれたのであった。


「あ、ひ……っ、に、にーたぁぁ……っ!」


 ダラダラと口元から果汁を滴らせながら、この後起こるであろう惨劇に震え始める妹様。


 以前の悲劇を知るマリモちゃんも、フェネルさんの腕の中で青ざめている。


 俺としても、抱きしめてやることくらいしか出来ない。


 ――結局、フィーは泣いた。大泣きをした。


 我が家の天使様は、面食いちゃんの姦計の前に、敗れ去ったのであった。


 そんな俺たちのほうへ、新たに近付いてくる人影があることを、まだ知らなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 毒霧が再び襲う。フィーの可愛さはいつ読んでも楽しい
[気になる点] 凄まじく酸っぱいはずの果汁を、ずっと含んだままに出来る妹様もある意味すごいな。
[気になる点] そういえば長女様経由ってことだけど 長女様からは食事は取らないんだっけ? 味は変わらない気がするが。 [一言] メガシット。母は恐し。 お尻ペンペン辺りかなw?
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