第六百六十五話 面食いちゃん、再び現る
俺の背後に降り立った美幼女。
それはまさしく、セロ託児所の『ももぐみ』で出会った、あの面食いちゃんに相違なかった。
彼女は、ぽーっとした顔で、俺のことを見つめている。
「おにーちゃん……。ますます格好良くなってる……。ぽっ……」
ぽっ、とかセリフで云われても。
それ本来、SEであるべきものですよね?
奇妙に顔を赤らめる面食いちゃんに、軍服ちゃんが警戒感を露わにする。
「むぅぅ……っ? き、キミは、ミュゼ・エトホーフト……っ! 何故、セロ湖に……っ!?」
あ、この子の本名、ミュゼっていうのね。
……ん? というか、エトホーフト……?
それって――。
「ふふ……。美形の男性あるところに、私……あり……」
意味不明な出現理由だった。
一歩間違えば、ミアやバブスの『ご同類』にもなりそうなセリフだ。
尤もこの子は、イケメンなら幼くなくても良いのだろうが。
ともあれ、訳のわからない状況で、軍服ちゃんと面食いちゃんが睨み合っている。
根が善良なシスティちゃんが、場の空気を替えようと、怪しげな幼女に話しかけた。
「えっと、ミュゼちゃん……だよね? 私のこと、わかるかな? よく託児所のお手伝いをしているんだけど――」
しかしハトコちゃんの伸ばした手は、ミュゼによって、ぱしんと打ち払われた。
俺を見ているときとは違う、とても冷たい表情だった。
「私は……美しい女は嫌い……っ! 死ねばいいのに……っ!」
なんて酷い子なんだァーーッ!?
どうやらミュゼ・エトホーフトの『原理』は、美形の男を愛し、美形の女は憎悪するというストレートなものであるらしい。
軍服ちゃんが、俺の肩に頬を寄せながら云う。
「この子は、こういうヤツなんだ。かくいう私も、彼女の憎悪の対象でね」
いえ、貴方の性別、女性じゃないですよね?
だがミュゼは、軍服ちゃんをも睨み付けている。
「私のおにーちゃんから離れて、美しい女は、嫌いなの……っ」
バブスには美少年判定され、面食いちゃんには美少女判定され。軍服ちゃんの明日はどっちだ?
「フフフ……。美しい女は嫌い、か……。まあ仕方あるまい。私はこの通り、美しいからな。しかも年々、その美貌に磨きが掛かっている。見ていろアルト・クレーンプット。十年後には、ハイエルフ族や花精よりも美しいと云わせて見せよう」
ミュゼに拒絶されても、『美しい』と云われたからか、軍服ちゃんの機嫌は良い。
一方、ヤンティーネとフェネルさんは、一瞬だけ眉を顰めた。
エルフ族って本来はプライドの高い種族だから、ちょっと思うところがあるのかもしれない。
自分たちの種族の美しさは、敬愛する祖である、アーチエルフたちから引き継いだという自負があるのだろうから。
なお高祖うんぬんを抜きにしても、綺麗な長い耳がある限り、俺はエルフ族の味方だ。
軍服ちゃんは、ちょっとだけ俺から離れ、目の前で華麗にクルッとターンしてみせる。そして、ビシッとポーズ。
媚びっ媚びのアイドルっぽくて、あざと可愛い。
「実は最近、ヒゥロイトの稽古で力を入れていることがあってね。――それは、ダンスだよ」
今腕の中で眠っている妹様が聞けば、たちまち青いおめめを輝かせそうな言葉だな。
セロ声楽隊の三本柱は、歌、演技、そして踊りであると云う。
軍服ちゃんは歌も演技も上手だが、ダンスにも手を伸ばしていると。
「私のダンスは、既に見る者を魅了する魔性の舞踏……。極めれば後世、『美しい魔踏家』と呼ばれることにもなるやもしれんな……っ」
以前の名乗りは、『強い妖戦士』だったりしたんですかね?
「私を放置して、ふたりだけの世界を――作らないで……っ」
しかし、こんな下らない遣り取りにも、面食いちゃん大激怒。
一方、軍服ちゃんは、得意げに笑う。
「世界を作るなだって? おかしなことを云う。我ら役者は、『世界を作る』ことこそが使命。自らの構築した空間に、見る者全てを取り込むことが肝要なのだ。従って、私が私のアルトとふたりだけの世界に入り込むのは当然……っ!」
花精の『世界』になら、取り込まれた経験ありますけどね、俺。
(しかし……このふたりを放っておいたら、キリがないな)
というか、際限なく続ける気がするぞ。
なので、流れをぶった切っておくか。
「えと、ミュゼ……ちゃん?」
「なぁに、格好良いおにーちゃん……?」
「キミは一体全体、何でここにいるのかな?」
「格好良いおにーちゃんが、ここにいるから……?」
あごに指を当て、小首を傾げる面食いちゃん。
これたぶん、本気で云ってるよね?
でもそんな、虫が湧くのとは違うんだから、セロ湖へ来た理由自体があるはずなんだけど。
俺が再度理由を問い直すと、彼女はオーリーフィッシュの水揚げが行われている一角を指さした。
「あれ、うち……」
うん。
やっぱり彼女の実家が、『エトホーフト交易』であるらしい。
単なる『同姓の家の子』って訳ではなかったようだ。
「家の仕事で、たまに仕入れ先に同行するの……。顔と媚びを売るのも、必要なことって……」
清々しい程にストレートな理由だった。
面食いちゃんはしかし、顔を曇らせながら首を振る。
「でもダメ……ッ! 行く先々に、美しい男があまりにも少ない……っ! つまり仕事の同行は私にとって――ただの拷問の時間……っ!」
ワナワナと震える面食いちゃん。
これ、本音なんだろうなァ……。
ミュゼは縋るように、俺の身体にしがみついた。
「だから私には、癒しが必要……。――遊んで? 格好良いおにーちゃん……」
『周囲に美形がいないから癒されたい』って、凄い理由だな、おい。
そんな彼女に、子爵家令嬢様が待ったを掛ける。
「そうはいかない……ッ! アルトは私のものだ……ッ! 顔の良い男と遊びたいなら、シェラインにでも行くが良いっ!」
「貴方の所の、ご先祖のように……?」
クスッと、面食いちゃんはちいさく笑う。
『シェライン』というのは、住民の美形率が極めて高いことで知られる有名都市だが、フレイの先祖――当時のバウマン子爵も、そこから嫁を貰ったことがあるのだとか。
同子爵家は元から美男美女の家系だったが、それ以降、より一層、一族の美貌に磨きが掛かったという話。
実は案外有名な小話だが、昔のバウマン子爵家は、あまり素行が良い存在ではなかったらしい。
所謂、見た目が良いだけの典型的なクズ貴族であったとも。
一方、デネン子爵家はその逆で、昔は容姿はよろしくなくとも、民を慈しみ真面目に政務をこなす温かみのある貴族であったようだ。
それが今ではバウマン子爵家が誇り高い貴族家となり、デネン子爵家のほうが悪徳貴族をやっているのだから、歴史の変転というものは無情だ。
先祖のことを指摘されたフレイは、それでも勝ち誇ったように笑う。
「フッ。我らが祖先が更なる美を追究したお陰で、こうして『私』という最高傑作が完成したのだ。父祖の行いは正しかったと云えるだろうよ」
ふぁっさぁ~と、髪をかき上げる子爵家令息。
動作のいちいちが、他人に見られることを想定しているかのように、優雅で洗練されており、かつ、どこか艶めかしい。
というか、俺にそういう視線を向ける意味は何?
「現にキミはこうして、私の美しさに目を奪われているだろう?」
そうかな? そうかも。
一方の面食いちゃんは、綺麗な顔を憎悪に歪ませてフレイを睨め付ける。
「これだから、顔の良い女はイヤ……ッ!」
「人という種族の身で、この私の美貌に張り合うのは、少しばかり無理がある。素直に、諦めることだ」
人という種族の最高美な男の娘は、そう云って俺の腕を引っ張る。
「私の怨敵……。フレイ・メッレ・エル・バウマン……っ! 格好良いおにーちゃんまで奪おうだなんて……!」
軍服ちゃんを睨みながら、反対の腕を引っ張って来る面食いちゃん。
「あの、左右から引っ張られると、フィーのこと落っことしそうで怖いんですが」
何で俺はこんなことで、身体強化の魔術を使わねばならないのだろうか。
だが、災難はそれだけでは終わらない。
「おーい、アルぅー。そんなの良いから、ここで俺と試合しようぜ試合ーっ! どれだけ腕を上げたか、試させてくれよー?」
「いや、アル。このおじいちゃんと遊ぼうぜぇ? お前、バウマン子爵家の息子と自分の妹とばかり遊んで、俺のこと全然構ってくれねぇじゃねぇか……」
「アルちゃんアルちゃん、システィちゃんにも、もっと構ってあげないとダメよぅ? この子、私と同じで、とっても引っ込み思案なんだからっ!」
「アルト様。ノワール様のだっこ待ちの間、私にだっこさせて下さい。これは『特権』の正当な行使だと思うのですが」
何で揉みくちゃにされているんですかね、俺は。
そして、それでも笑顔で眠り続けるマイエンジェルの逞しさよ。
(うん……?)
何か、いかつい連中がこっちに向かって歩いて来てるな?
結構な使い手が多いんだから、皆そのことに気付いてそうなんだけど、俺にたかるのを優先なんですかね?




