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妹のいる生活  作者: むい
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特別編・リュシカとエイベル


本日9月10日は、投稿三周年の記念日です。


「アルちゃん、これからお母さんと一緒に、エイベルを襲いに行きましょうか」


 ある日の夜。

 妹様たちが寝静まった後に、マイマザーがおかしなことを云い出した。


 俺は読みかけの本を閉じて母さんを見る。


「――母さん、正気?」


「酷いわよぅ、アルちゃん! お母さんは、いつだって本気よぅ!」


「本気で云ってるなら、よりいっそうに問題だと思うけど……」


「これはちゃんと、エイベルのためなのっ」


 へぇ……。

 襲うことが、エイベルのためになると。


 何それ? 

 じゃあ俺が、あの人の魅惑のお耳を少し強引に触りに行っても、許されるのかね?


「む? アルちゃん、エイベルに酷いことするのはダメよ?」


 襲うのは良いんかい。


「で、どうするの? アルちゃんはお母さんと一緒に、エイベルを襲いに行ってくれるの?」


「あのさ、母さん」


「なぁに、アルちゃん?」


「襲うのは、いけないことだよ?」


「ふふん。アルちゃんも、まだまだお子様ね? 女の子は、相手次第では『襲って欲しい』と思う生き物なのよ?」


 八月生まれのマイマザーは、今年で二十四歳のはずだが、果たして『女の子』と呼んでも良いのだろうか? 

 いやまあ、うちの母さん、未だに十代の容姿してて、とても二十代には見えないんだけどね?


「アルちゃん、失礼な顔してるでしょ? でも忘れてない? エイベルのほうが、私よりも、ずっと年上なのよ?」


「エイベルは良いのです」


 たぶん、一万年以上、年上ですけどね。

 俺の中では、あの子は『少女』です。


「そもそも母さん。俺たちがエイベルに襲いかかったところで、返り討ちにあう以外の未来がないよ? 俺たち、哀れな弱者なんだし」


「大丈夫! アルちゃんは、『エイベル特効』だから!」


 初めて聞いたんですが、そんな効能……。


「というわけで、行くわよ? 大事な大事な、エイベルを襲いに!」


 大事な相手なら、襲っちゃダメでしょうに……。


※※※


 結局、母さんに押し切られて、ふたりで屋根裏部屋へと向かう。


 母上様はサンタさんの持つ袋のような――実際に、クリスマスでサンタコスしてたときに使ってたヤツだ――を持っているが、何が入っているのだろうか?


 歩みは、ゆっくりだ。

 これは、物音を少しでも抑えているから。


 その理由はエイベルに勘付かれないため――ではなく、妹様たちを起こさないようにだ。


 あの姉妹(ふたり)、もの凄く甘えん坊で寂しがり屋だから、目を覚ましたときに俺も母さんもいなければ、間違いなくパニックになって大泣きしてしまうだろうからね。


「フィーちゃんやノワールちゃんが目を覚まさないように、ちゃちゃっと襲って、すぐに戻らないとね!」


 乱暴することにこなれているゴロツキのようなセリフを……。


(まあ、エイベルには『誰が来るのか』なんて、先刻ご承知だろうけどね……)


 寄ってくる『魂』がわかる人だからな……。

 俺と母さんが近付いているのは、とっくに知られていることだろう。


 果たして階段をのぼると、ぼんやりとした光の中にいるちいさな少女が、こちらをジッと見つめていた。


「エイベル、こんばんは」


「……ん」


 俺が手を振ると、マイティーチャーはかすかに頷いた。

 ほんの少しだけ微笑んでくれているように見えるのは、気のせいだろうか。


 挨拶をして、反応を返される――世間一般では当たり前のことなんだろうけど、こういう何気ない遣り取りも、俺には貴重に思えたりする。


 一方、親友大好きな母さんのほう。


「エイベル~~っ!」


 マイマザーは満面の笑顔で、友人に突撃していく。


 お師匠様は逃れようとして――。


(逃げ切れなかったか……)


 程なくして、母さんに捕まった。


 ミアもそうだけど、普段の身体能力が高くないのに、ロックオンした相手に襲いかかるときだけ理不尽に素早いのは、どういう理屈なんだろうね?


 母さんはエイベルに頬ずりをしている。

 アレ、耳も当たってるんだよな、羨ましい……。


「……アル……」


「はいはい……」


 そんな心細そうな声で助けを求められたらね。


 しかし、いざ引き離しに掛かっても、マイマザーが結構な抵抗をする。


「む~……。アルちゃん、引っ張っちゃダメ。今日は特別な日なんだから。ね、エイベル?」


「……別に、今日だけでは……」


 お師匠様も、歯切れが悪い。


 抱きつき攻撃に困ってはいるが、完全に拒絶できていないようだ。


「母さん。結局、何がどういう事なの?」


「ふふふ~。よくぞ訊いてくれました! 今日はね、記念日(・・・)なの!」


「記念日? 何の? 今までこの家でずっと暮らしてきたけど、初耳だよ?」


「それはね、私とエイベルだけの話だったから。ちょっとしたお祝いは、今までもしてたのよ?」


 何それ、普通に羨ましいんですけど。


 このふたり、親友を名乗るだけあって、本当に仲が良い。

 俺がエイベルとふたりだけで過ごす時間があるように、母さんも母さんで、しょっちゅうエイベルと話し込んでいる日があるが、過去の『祝日』というのも、その中のひとつだったのであろう。


「……お祝いうんぬんは、リュシカが勝手に云っているだけ」


「そんなこと云って! せっかくの記念日なんだから、アルちゃんも呼びたいって云ったの、エイベルでしょう?」


「…………」


 お師匠様は、無表情のままに俯いてしまった。

 魅惑のお耳が赤い。

 どうやら、恥ずかしかったようだ。


(でも、そうか。エイベルが俺を呼んでくれたのか)


 そのことが、ちょっと嬉しい。


「ありがとう、エイベル」


「………………………………………………………………ん」


 先生の声は、とてもちいさくて。


 そこに流れる空気に、やっぱりこの人も、母さんの云う『記念日』とやらが大切なんだとわかった。


「それで結局、今日は何の記念日なの?」


「ふふふー、それはねー?」


 ギュッと。

 母さんは親友を抱きしめなおす。


「八月の今日は、私とエイベルが初めて出会った日なの!」


 成程。そう来たか。


 しかし、確かにそれは俺にとっても重要な意味を持つ日だ。


 俺の人生の大半は、エイベルの助力で成り立っている。


 魔術を覚えることが出来たこと。

 エルフの皆と知り合えたこと。

 フィーと母さんの命を助けられたこと。

 マリモちゃんと巡り会えたこと。


 このちいさくて可愛らしいお師匠様が母さんと出会わなければ、俺の人生は全然別の、もっと凄惨で暗い色になっていたことだろう。


「……それ以前に、アルは生まれていなかったと思う」


「えっ!? どういうことなの……!?」


「……私は、魔物の徘徊する森の中でリュシカと出会った。私がこの子を保護しなかったら、そもそもアルの母親は、この世にいない」


 大恩人だった。


 母さんは、照れくさそうに笑う。


「ほら、八月って、私の誕生月でしょう? それでお父さんに無理を云って、旅行に連れて行って貰ったの。そこでちょっと、フラフラ~っと……」


 流石はフィーのマザーというべきか。実にフリーダム。


「私結局、一週間くらい行方不明だったから、戻ってきたとき、もの凄く怒られたの」


 シャーク爺さんとドロテアさんの心労、推して知るべし。


「でもそのおかげで、私は生涯の親友と出会えたんだし!」


「……あまり反省の色が見られない」


 エイベルは呆れているが、それでもどこか親しみを感じさせる口調だ。ちょっと羨ましい。


「俺がエイベルに出会ったのは、生後十ヶ月だったから――四月だよね。なんなら俺も、記念日が欲しいな」


「あ、良いわねアルちゃん! 人生に『楽しい日』は、いくらあっても困らないもの! 四月もお祝いしましょうよ!」


 母さんはそんなふうに喜んでいるけど、エイベルは、「……生後十ヶ月の記憶を鮮明に」とか呟いている。

 もちろん、知らない振りをした。

 天才のフィーですら、持ってるのは二歳からの記憶だしね。


「ささ、じゃあじゃあ、ささやかなお祝いをしましょ? 私、クッキー持ってきたの! エイベルは、紅茶を淹れて?」


 サンタ袋から、お菓子を取り出すマイマザー。

 クッキー以外にも、甘いものが色々と出てくる。


 あとでまた体重を気にしても知りませんぜ?


※※※


 というわけで、母さんとエイベルと三人で、プチお茶会をした。


 出会いの日を偲ぶ会だからか、いつものような世間話ではなく、昔話が多い。


 その中には、俺の知らないふたりの過去なんかもあったりして、それが新鮮で楽しかった。


「ねえ、エイベル」


「…………?」


「さっき母さんが『特別な日』って云ったときに、『今日だけでは』って云ったのは、どういうことなの? 他にも母さんとの記念日があったりしたの?」


「…………」


 俺が問うと先生は、傍に置いてあったとんがり帽子を目深に被った。

 理由は不明だが、恥ずかしがっているらしい。


「ふふふ~、アルちゃん。エイベルをいじめちゃダメよ?」


 別にイジメているつもりは……。


 しかし、わずかに見えるマイティーチャーの白いほっぺは、真っ赤になっている。


 母さんは、親友と息子を同時に抱きしめた。


「エイベルにとっては、毎日がかけがえのない日なの。だからいつでも特別で、それを大事にしてくれているのよ。ね?」


「…………っ」


 母さんは大切な友だちの心境を、正確に云い当てたようだ。

 お師匠様は一瞬だけ帽子のつばを捲って、綺麗なエメラルドグリーンの瞳を覗かせた。

 尤も、すぐに帽子をかぶりなおしてしまったけれども。


「……私がアルやリュシカと過ごせる時間は、百年にも満たない。わずか数十年で終わってしまうものだから……」


 感覚の差だねぇ。

 でも、エイベルが途中で戦死でもしない限り、見送る側になるのは、この人なのだろうし。


(俺としても、彼女には『取り残される』という感覚は持って欲しくないな)


 過去を振り返ったときに、『寂しさ』よりも、『楽しさ』を思い浮かべて欲しいと思う。

 そうなってくれたらと、心の底から思うのだ。


「そ! だから、今日という日も、存分に堪能しないとね?」


 母さんは、サンタ袋からカメラを取り出す。

 エイベルも私物で持っているはずなのに、わざわざ自分用のそれを出してきたのだ。


(皆で今夜の記念を残すのかな……?)


 俺は単純にそう考えたが。


「――――っ」


 マイティーチャーは、身を竦めた。


 これは、『恐怖』を感じているのだろうか。


「んっふふ~~! 今日のために作ってきた、エイベル用のコスチュームよ?」


 なんとなんと! 

 マイマザーが取り出したるは、コスプレ衣裳であった。


 ドレスに、メイド服に、なりきり動物さんシリーズの黒猫さん服に、サンタコスに、写真がロストして無念の涙を流した、割烹着まであるじゃァないか!


「……わ、私は、そんなものは着ない……。着たくない……っ」


「ダメよ、エイベル。お洋服を替えるのって、とっても楽しいことなんだから! きっと素敵な思い出になるわ?」


 母さんがにじり寄って行く。


 エイベルはぷるぷると震えながら、こちらを見た。


「…………アル」


 助けてあげたい! 

 助けてあげたいんだけどもさァ!


「アルちゃんも、見たいわよね? 色々な、可愛いエイベルを」


 心の天秤が、ギッコンバッタンしている。


「……あ、アル……」


「ふふふ~……。アルちゃんに助けを求めても無駄よ? だってここに来る前に、今日は『エイベルを襲う』って伝えてあるもの」


 あぁ。

 あれって、そういう……。


(まあ、確かにコスプレエイベルは見たいけれども……)


 やっぱり恥ずかしがっているのを、無理矢理ってのは――。


「写真。わけてあげるわよ?」


 だからマイカメラを持ってきていたのか。得心いきました。


「……アル」


「アルちゃん」


 俺の大好きなふたりは、異なる感情の色をした瞳を向けてくる。


(俺の取るべき行動は――)


 そんなの、決まっている。


 ――この後どうなったのかは、俺たちだけの秘密だ。



 エイベルとリュシカの出会いの物語自体は、一応、設定されてはいます。(エピソードタイトル・『この世界に、ふたりだけ』)


 ただ、アルの出て来ない閑話が何話も続くのは、ちょっと違うかなと考え、執筆を見送っております。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 全体的に丁寧に書かれていて読みやすいです。 登場人物皆魅力的です。 [一言] 3周年おめでとうございます。 そして更新お疲れ様です。 前月この作品に出会い3周しました。 良い作品に出会え…
[良い点] エイベルがアルの隠し事を 不審に思いつつ聞かないのは、 アルから話してくれるの待ってる感じがして好き。 (実際はどうかわからないけど…
[一言] いやあ、もう3年ですかー そんなに経った気がしないですねえ。 実際の投稿量見ると凄いですが。 無理をせず執筆して頂ければ幸いですわ。
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