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妹のいる生活  作者: むい
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第六百五十二話 進め! 黒猫魔術団!(その十一)


 クーパー一家、というのが、その冒険者パーティの名前だった。


 どこかのお気楽兄弟冒険者のように、『家族』で徒党を組んでいる。


 家族の絆というのは、結構強い。

 無論、世の中には簡単に離散し、或いは憎み合う一家も存在するが、クレーンプット家のように、『自分の命よりも家族が大切』という、『思い合い』の家庭もある。


 クーパー一家は、まさにこのタイプのファミリーであった。

 互いが互いを大切に思い、そして命もかけられる間柄。


 ただひとつだけ世間一般のそれと違うのは、『家族以外はどうでもいい』こと。


 価値を認めるつもりが無いから、殺し、奪い、蹂躙することに躊躇がなかったことがあげられるだろう。


 そう。

 クーパー一家は、『家族仲良く』略奪することを好んでいたのであった。


 仲良しだから、分け前に不満は出ない。

 仲良しだから、ミスをしても全力でフォローしあう。

 仲良しだから、団結して事に当たった。


 故に、彼らの悪事は明るみに出ることはなかった。


 クーパー一家と関わった者たちが不自然に消えていくという、疑念以外に物証はなかったのである。


※※※


 深い森の奥から、四人の男たちが現れた。

 年齢が近いであろう三人の男と、彼らによく似た、年配の男。


 四人で一組。

 それが、ある冒険者家族たちであった。


 先頭にいる二十代と思しき男が、気さくな笑顔で話しかけてくる。


「よぉ、アンタら、こんなところで何やってんだ? 新人冒険者か何かか?」


「…………」


 二名の貴族家令嬢と幼い平民の兄妹を庇うように前に立っているメイド服の少女は、何も答えない。

 ただただジッと、男たちを見つめ返している。


 一方、『仲良し家族』は、そんな塩対応に気分を害することがなかった。


 何故なら、『極上』だったから。

 眼前にある『獲物たち』が、あまりにも見目麗しかったからだ。


 彼らは友好的な表情を装いながらも、目の前のメイドと、その後方にいるローブの少女に視線を這い回らせている。


 一家の次男は、胸中で呟いた。


(なんてぇ、いい女だ……! 特に、ローブのほう! こりゃ、大当たりだぜ……っ)


 不埒な視線を向けられている当の本人は、普段のゆるさも何もなく、醒めた目でクーパー一家を見つめている。

 彼女は彼らに、致命的な程に興味がない。

 その目的も知っているから、人として見ることもない。


 一家のひとりは、そんな少女たちの警戒心など気にせずに話しかける。


「森の中に、女の子と子どもだけってのはどういう理由なんだい? 何か事情があるなら、力になるが」


 一歩踏み出そうとした男に。


「止まりなさい」


 メイドの少女は、冷たい声を上げる。

 いつの間に取り出したのか、その手には二本の短剣が握られている。


「おいおい、いきなり物騒だな? 双剣使い――。アンタ、戦闘メイドだったのか」


 特に驚いた様子もなく、驚いたフリをする男。


 彼ら家族は経験で知っている。

 目の前の獲物たちは、最初から自分たちを最大限に警戒しているのだと。

 だから迎え撃つかのように、この開けた場所で待ち構えていたのだと。


「…………」


 チラリ、と、男は向こうにいる年少者たちを見つめた。


 男女の子どもだ。

 兄妹か幼なじみか――。

 いずれにせよ、容姿はまるで似ていない。

 髪の色も瞳の色も違うから、血縁ではないのかもしれない。


 だが、重要なのは、その性質だ。


 年長の少年のほうは、どこか不安そうに少女たちを見ている。

 一方で年少の少女のほうは、現状を理解できていないのか、少年に抱きつくことに夢中になっている。こちらには、目もくれない。


 子どもというものは、とても利用しがいのあるものだ。

 獲物たちの警戒心を解くのに使えるかもしれないし、人質にも出来る。

 おつむ(・・・)のほうが良くなければ、ていよく奴隷商に売り払えるかも知れない。


 愚かであるか聡いのか、そこが一番大切であった。


(男のガキのほうは難しいかもしれないが、女のガキのほうは、簡単に売り払えそうだな……)


 それも高値で、と彼は考えた。


 一家の三男がメイドに視線を戻し、肩を竦めながらに苦笑を浮かべる。


「おいおい。一体、どうしたって云うんだ? 俺たちは、か弱いアンタらを心配して声をかけただけなんだ。なのにそんな物騒な真似をするなんて――」


「クーパー一家の三男坊ですよね、貴方」


「…………」


 男の顔から、笑みが消える。


 一方で長男は、まだ笑っている。


「あれぇ? 俺たちのこと、知ってるんだぁ?」


「ええ、知っています。ですので警告です。今すぐこの場から立ち去りなさい。そうすれば、見逃してあげましょう」


「フフ……。見逃す……。見逃すね?」


 男たちは、ニヤニヤと視線を交わし合う。


 目の前の獲物たちのうち、戦えるのは戦闘メイドとローブの女くらいのものだろう。

 後のお子様三人は、寧ろ足手まといになるはずだ。


 ローブの女は魔術の素養があるのだろうが、それでもお荷物を抱えたままで充分な詠唱など出来るはずがない。

 詠唱のできない魔術師など案山子も同然だ。


 一家のうちの誰かが魔術の妨害をしてしまえば、残り三人でメイドの相手が出来る。

 或いは二名で侍女と対峙し、残る一名がガキどもを捕らえても良い。

 いずれにせよ、子ども三人という弱点を抱える以上、負けることはあり得ない。


 長男はメイドに警戒しつつも、肩越しに背後を見つめた。


「オヤジ、どうするんだ? まだ『説得』は続けたほうがいいのか?」


 後方に控える歴戦の戦士のような風体の男は、重厚そうに首を振った。


「無理だろう。お嬢様方は、どうやら我々のことを誤解しているらしい。まずは武装を解除して、それから話し合いをするしかなさそうだ」


「取り繕うのをやめて、襲いかかることにした――とは云わないのですね?」


 戦闘メイドの皮肉を、彼らは聞き流すことにしたようだ。


 彼らにとっては、それはいつも通りのこと。


 敵とはなり得ず、証拠の隠滅も簡単な場所で、ただ標的を襲うだけ。

 戦闘メイドとローブの女の力量次第では手傷を負うかもしれないが、勝利が揺らぐことはないだろうと思えた。


「――取り押さえろ」


 家長の言葉に、息子たちは下卑た笑いを浮かべて走り出した。


※※※


 襲撃のベテランであるクーパー一家は、まず子どもたちを見た。

 奴らが逃げるかへたり込むかで、方針が変わるからだ。


 だが、抱きしめ合う男女の子どもは、その場から動くことがなかった。

 怯えているのか、現状を理解していないのか。

 いずれにせよ、逃げ出さないなら、後回しで構わない。

 ならば、まずはメイドを黙らせれば良い。


 家族の三男がローブの少女に向かう。

 残りの三名でメイドのもとへ向かおうとし――ギョッとした。


「※※※※※※※※……!」


 子どものうちのひとりだと思っていたツインテールの少女が、詠唱を始めたのである。


 長男が、顔色を変えた。


「オヤジ、あいつ、魔導士だ……っ!」


「あんな子どもがっ、クソ……ッ!」


 ツインテールの少女――イフォンネは、魔導士どころか、その上の存在――魔術師である。

 それも、僅か十二歳でその地位を得た才女なのであった。


 身のこなしに自信のある次男が、イフォンネに走る。

 そして、慌てて身を翻した。


 横合いから、火球が飛んできたのである。


 ほぼ不意打ちとも云える攻撃を躱したことは、彼が実力ある冒険者であることを物語るが、しかし冷静でいられるかといえば、そうでもない。


「詠唱の邪魔も満足に出来ないとか、何をやっているんだ!?」


 思わず、ローブの女の押さえに回っていた三男に怒鳴った。


 叱責を受けたほうは、忌々しげに怒鳴り返す。


「違う……っ! こいつ、詠唱速度が異常なんだ……っ!」


 それはまるで、複雑な長文を早送りで語るかのように。

 希有な容貌の少女は、美麗な声で呪文を紡ぐ。


「は、早……っ!」


 二発目の火球。


 三男は自分に向かってきた攻撃を、必死で躱す。


 ローブの女との間に、また距離が出来てしまった。

 それはつまり、『三度目の詠唱』を許すと云うこと。


「高速言語の使い手でもないのに、この速度……! クソッ、この女、手練れの魔術師だッ!」


 否。

 ミアは魔術師ではなく、その一段下の存在、魔導士だ。


 けれども彼女には、この詠唱速度があった。

 故に彼らは誤解する。

 この魔術師こそ、一番の難敵であると。


 無論、実像は違う。

 ミアの術士としての実力は、イフォンネに劣る。


 ただし彼女は、聡明であった。

 自分に出来ることと役割を理解し、それを演じることに努めた。


 ミアは自身の持つ詠唱速度を最大限に活かすために、最も言語の必要ない下級呪文を選択している。

 速射を心がけ、自分に注意が行くように仕向けた。


 それにまんまと釣られた三男は、長兄と家長に、助けを求めた。


「オヤジ、兄貴、こっちに手を貸してくれ! この詠唱速度はマズい……ッ! 戦闘メイドより先にこっちを潰さないと、どうにもならない!」


「バカ野郎! それが出来れば、とっくにそうしているッ!」


 目の前に立つメイドの戦闘能力は、相当なものであった。

 ふたり掛かりで斬りかかっても、左右の短刀で弾いてしまう。

 それも、充分な余力を残した状態でだ。

 こんな状況で移動を試みたら、背後から攻撃されかねない。


 セルウィは、子爵家令嬢の護衛をただひとりで任されている。

 つまり、それだけの任に堪えうるだけの存在と看做されているということ。

 名門貴族に戦闘能力を買われて仕えている者が、並の戦力者であるわけがなかったのだ。


 この光景を見ていたアルト・クレーンプットは、


(おおっ、皆、強いじゃん……っ!)


 などと素直に驚いている。


 けれどもこの周辺で一番驚愕している者は――。


「う、うおおおおおおお!? 何故だっ、何故だあああああああぁぁぁぁぁっ!?」


 理不尽な理由で、パリンパリンと貴重な宝珠を失っていく、どこかの大精霊であったことだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] いや、乱戦の最中に、そっと転がさないといけない宝珠を使っちゃダメでしょ。 戦闘直後にやらなきゃ。と、ギャグ担当は後で気付くのだろうか。
[一言] ギャグキャラから大逆転はあるのか!?
[一言] 大精霊、痛い目に遭わせてやりたいですね。二度と手出しする気をなくすようなレベルで。
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