第六百四十七話 進め! 黒猫魔術団!(その六)
「にーた! 穴掘れた!」
「うん。フィー、ありがとう」
妹様と一緒に、お風呂代わりにする穴を掘った。
もちろん、魔術でだよ?
手作業だったら、何時間かかるかわからないからね。
なお使用したのは、古式魔術。
それで地面を、一気に半円形に削った。
本当は、こんな穴を掘る必要はない。
粘水をビニールプール状にしてしまえば、それで済む話だからだ。
ただ、あれは俺の奥の手だ。
イフォンネちゃんはともかく、戦闘メイドさんに見せる訳にはいかない。まあ、それでもこっそり、粘水は使うんだけどね?
具体的には掘った穴全体を粘水で覆って、土が溶け込まないようにする。
その上に魔獣の皮製の防水シートを張って、あたかもそちらが、土をカバーしているように見せかけるわけだ。
お湯は魔剣を使うので、何ら問題がない。毎日使っているものなので、湯加減も間違えない。
「よし、フィー。魔力の融通、ありがとうな?」
「ふへ~っ! ふぃー、にーたに褒められた! ふぃー、嬉しい! ふぃー、にーた好き! ふぃー、にーたのお役に立って、もっとにーたに褒めて貰うっ!」
満面の笑みでしがみついてくるマイエンジェルを撫でていると、後ろから足音が聞こえた。
そこには、ツインテールのメイドさん――今は魔法少女か――の、姿が。
「わわっ!? ほんのちょっとの間に、泉のようなお風呂が出来上がってるよ!?」
驚きを隠せないと云った様子で彼女は近づき――。
「みゅあぁっ!?」
何故かうちの妹様をだっこした。
「アルトくんも可愛いけど、フィーちゃんも可愛いです!」
愛用のぬいぐるみでも抱いたかのように、イフォンネちゃんは身体をフリフリ。
ううん……。
やっぱり、小学生くらいにしか見えんなァ、この、子爵家令嬢様は。
「めーっ! ふぃーをだっこしていいの、それ、にーただけなのーっ!」
天使様は、必死にもがいている。
でもフィー。
お前さん、母さんにだっこされるときも、いつも凄く嬉しそうだよね?
なんだかんだ云って、マイシスターは、マイマザーのことが大好きだからね。
懸命に逃れようとする妹様と、絶対に逃がすまいとするイフォンネちゃん。
俺も以前、この子のスペシャルホールドを受けたけど、結構な拘束力だったからな。
フィーじゃ単独での脱出が難しいかもしれん。
それは兎も角――。
「イフォンネさん、こちらには、どうして?」
「うん。テント張り終わったから、少しでもアルトくんたちのお手伝いをしようと思って……。でも、もう終わってて、びっくりしたよ」
そこはまァ、魔術の力ですなァ……。
「と云うか、もう張り終わったんですか? 晩ご飯の支度のほうは?」
俺が問うと、イフォンネちゃんは前者の質問に対して、フィーを抱えたままにVサインを作り出した。
「テントに関しては、いっぱい練習したんです!」
えっへんとドヤ顔。
この子もの凄い童顔なので、イヤミはなく可愛さだけが目立つな。
「練習……したんですか」
「うん。したよー? だって予習しておかないと、今日になって『張れません』じゃ、困っちゃうでしょ?」
まあ、イフォンネちゃんって優等生っぽい雰囲気があるし、そういうこともするかな?
そう思ったが、彼女は目を伏せて笑う。
「私、こうやって少人数でお外に出ること、滅多にないから」
「――――」
そういえば、この子は良いとこのお嬢様だもんな。出発の時も、護衛や世話役がいっぱいいたみたいだし。
従者ひとりのみで出歩くことがある村娘ちゃんのが、おかしいんだよな、冷静に考えると。
彼女は云う。
「だから、楽しかったんですよ。今日という日の、全てが。だから、アルトくんにお礼を云いたかったんです。ありがとうって」
ああ――そうか。
この子にとっては、王都の外の風景が、こんなにも貴重なんだなと思えた。
「私、侯爵様のお屋敷で働くまでは、所謂『箱入り』だったんです。使用人たちだけでなく、『お友達』もどこか余所余所しくてね? ――でも、ミアちゃんだけは違ったんです。真っ直ぐな笑顔で、『私』を見てくれたの」
まあ、ミアはそういうヤツだよね。
変質者である以外に、欠点がないからな。
まあその短所が致命的なんだけれども。
「ミアちゃん、今も晩ご飯を一生懸命作ってくれています。私もお手伝いしますけど、お料理はへったぴぃですから」
そういえば、いつだったかサンドイッチを作ってくれたとき、ミアのは上手に出来ていたけど、イフォンネちゃんのはちょっと歪んでいたっけか。
過去を想起する俺に、イフォンネちゃんは深々と腰を折った。フィーを抱えたままで。
「アルトくん。ありがとうございます。そして、ごめんなさい」
「お礼はもう頂きましたよ。それより、どうして謝るんですか?」
謝罪されるようなことは、された憶えがないんだけれども。
それに対し、彼女は再び目を伏せる。
「今、ここにいること。それを謝りたかったの」
「ここにいること?」
「そうです。ここにいること。だって――全部、私のためでしょ?」
「…………」
出発点は、『イフォンネちゃんの婚約を妨げること』。
それを彼女は、気にしているのか。
「今日はたまたまモンスターに会わなかったけど、『外に出る』って、『命をかける』ってことでしょう? 私のために、ミアちゃんもフィーちゃんも、そしてアルトくんも危険な目に遭わせているから」
確かに端から見れば、ほぼ未成年だけのパーティで外に出るのは、危ないと思うよね。
俺もそう思ったからこそ、色々とインチキやら準備やらをしたんだけれども。
ただ、ひとつだけ確信を持って云えることはある。
「ミアは迷惑だとか、そんなふうには微塵も考えていないと思いますよ?」
今回の『婚約回避』は、ミア自身にも適用される話だし、何よりあいつは――。
「イフォンネさんのこと、大好きなので」
「――――」
俺の言葉に一瞬だけキョトンとしたイフォンネちゃんは。
「うんっ! 知ってますっ!」
本当に、花のような笑顔で頷いたのだ。
(そうだよね。ミアがイフォンネちゃんのことを好きなように、イフォンネちゃんもミアのこと、大好きだもんね)
それを再確認できたのなら、『申し訳ない』なんて気持ちは、全部吹っ飛んだはずだ。
目の前の魔法少女は、何かを思い出したかのようにクスクスと笑った。
「ミアちゃん、鼻歌を歌いながら、楽しそうにお料理をしてました。今回の旅が、楽しいって思ってくれてるんだなって」
いや、あいつ西の離れで料理するときも、しょっちゅう鼻歌、歌ってるよ?
まあ楽しんでるのは、本当だろうけどね。
「お風呂でアルトくんのことを襲うって、素敵な笑顔で宣言していました。残り湯を飲むって云ってました。お食事にクスリを入れるか、迷っていました」
いや、それは止めてよ!?
笑い事じゃないけど、彼女は笑い、それから『俺』を、ジッと見つめた。
「アルトくんは、どうしてなのかな?」
「うん?」
「アルトくんは、どうして危険を顧みず、私を助けてくれたのかな?」
リスクヘッジはしてるから、ある程度気楽なんだけどね、実際は。
「好きでやってるだけですよ」
「ふぇっ!? 好き……っ!?」
イフォンネちゃんは、顔を真っ赤にする。なんでさ。
ミアや目の前の魔法少女にはお世話になっている。これは事実。
親しみをおぼえているから、力になってあげたい。これも事実だ。
それだけでも骨を折るには充分だけれど――。
(自己満足なんだよねぇ、結局)
あるところに、ひとりの女の子がいた。
その子は少数種族で。
だから『繁殖』というのは、絶対の義務で。
けれどもその子は、『繁殖のための繁殖』を嫌がって。
ずっとずっと遠い昔から、未婚で生きてきた。
彼女は自分が義務を放棄したことを気にしている。
だから、始祖でもないのに『高祖』と呼ばれることが好きじゃない。
嫌っているというよりも、苦しいのだと思う。
だから『その子』は、かわりに戦った。
誰よりも前に出て。
誰よりも、一族のために。
一番強い敵。
一番多い敵。
そんなものと、戦い続けた。
それは彼女なりの、『義務の果たし方』なんだろう。
彼女の妹は、こう云った。
「あの人は、バカですよ。子孫を残すよりも、ずっとずっと多くの命を守った。世界そのものだって、救ったんですよ? なのに未だに、あのときのことを気にしている。『他の六人』がこの場にいたら、誰ひとり、姉さんを責めることなんてしないでしょうに」
彼女のことと、イフォンネちゃんのことは関係がない。
ただ、あの人もイフォンネちゃんも、子を残すというのは、本来は義務なんだろう。
だから、俺の考えがおかしいのかもしれない。
それでも、思うのだ。
嫌な義務なら、無理に果たさなくて良いんだよって。
せめて時間があっても良いじゃないかって。
(うん。本当に身勝手な自己満足だ)
俺は結局、イフォンネちゃんを手伝うことで、『彼女は間違っていない』と思いたいだけなんだろう。
この行動は、八つ当たりの亜種なのかもしれない。
そんなふうに、ぼんやりと思った。
ツインテールの女の子は、そんな俺を見て、目を細める。
「アルトくん、凄く優しい顔をしていますね?」
「うえっ!? そ、そうですかね……!?」
「うん。誰かを想う、とっても素敵な顔。アルトくんのそんなお顔、初めて見ました」
「…………っ」
俺は照れて、視線を下げた。
その先には――。
「フィー?」
「…………」
珍しく笑顔のない妹様が、ジッと俺を見つめていた。




