第六百四十六話 進め! 黒猫魔術団!(その五)
王都から、約七日――。
それが、件の遺跡の場所であるという。
ただしそれは、大きく迂回するハメになる通常のルートを通った場合だ。
けれども、俺たちは『直進』する予定。
現場まで、一直線。
それだと、大人の足で、一泊程度でたどり着ける距離になるのだと云う。
まさに場所を知る者だけが出来る、インチキのなせる業といえるだろう。
「フィーちゃんのリュックサック、とっても可愛いですね? 良いなぁ、私も欲しいなぁ……」
道を歩く童顔の魔法少女が、前を行くうちの妹様のブタさんリュックを羨ましそうに見つめている。
マイエンジェルは、お日様のように微笑んだ。
「ふへへぇ~っ! これ、おかーさんに作ってもらった! ふぃーのお気に入りっ!」
その場でリュックを見せびらかすように、身体をフリフリしている大天使様よ。
変質者が俺の横に立って、ヒソヒソと耳打ちしてきた。
「アルトきゅんアルトきゅん。フィーちゃんのリュック、私が見たときはお菓子でいっぱいだったんですが、ちゃんとお着替えは入っているんですかねー?」
「いいや。入ってないよ?」
妹様のリュックには、あの子が食べたいと思ったお菓子だけが、これでもかと詰め込まれているのみよ。
なのでフィーの着替えや荷物は、俺のリュックに入っていたりする。
まあ魔術のある世界なので、食料さえあれば、あとは結構なんとかなったりするんだよね。『お湯の短剣』とかも持ってきているし。
「フィー。疲れたら、すぐに云うんだぞ? お兄ちゃんが、だっこしてあげるからな?」
「だっこっ!?」
ぴくくんと、マイエンジェルが反応される。
「にーた! そういえば、ふぃー、なんだか疲れてきた!」
本当かー? 本当に疲れたのかー?
いや、まあだっこしますけどね?
ひょいと抱き上げると、妹様は上機嫌でデレデレになっている。
イフォンネちゃんが、そんなマイエンジェルを見てクスクスと笑う。
「フィーちゃんは、本当にアルトくんが大好きなんですね」
「ふ、ふへへへ……っ! にーた以上に好きなもの、ふぃーにはないっ! にーた、大好きっ!」
ぷちゅっと繰り出されるキス。
そんな俺たちをのんきすぎると思ったのか、戦闘メイドのセルウィさんが、こちらに呆れつつも必死に周囲を警戒している。
朝から歩き出して、もうそろそろお昼になるが、街道を離れて背の低い草むらを進んでいるのに、モンスターも盗賊も出て来ない。
実はこれには、理由がありまして。
(にーた、にーた! あっち!)
(うん、ありがとう。フィー)
魂と魔力を感知できる妹様が、道々の『配置』を教えてくれるのである。
基本的にはこれで無駄な戦闘を避け、どいてくれなさそうな相手は、フィーが『威圧』して追い払ってくれている。
たった今も、視力強化を使わなければ見えないくらい遠くにいる大型のモンスターを逃亡させている。
魂を直接撫でられるというのは、『いつでも始末できる』ということと同義なので、野生の生物程、その恐ろしさに敏感であるようだ。
これに耐えて、しかも強がりまで云えていたヴィリーくんは、本当に凄い根性の持ち主だったんだなァとしみじみ思うわ。
なお戦闘とは別方面の心配事――虫による害は、エイベルの用意してくれた『虫除けの香(無香タイプ)』のおかげで、全く問題がない。
蚊に刺されるだけで病気になったり、場合によっては命を落とすのは、この世界でも同じだしね。
絶対に虫除けを持って行くようにと、マイティーチャーに口をすっぱくして云いつけられている。
やがて前方に、砂地が見えた。そこで一旦、休憩を取ることにする。
「アルトきゅん、アルトきゅん! 新しい発明品の、出番ですねー?」
「え? 発明品? ミアちゃん、何のこと?」
イフォンネちゃんが、可愛らしく首を傾げる。
駄メイドの代わりに、俺が説明をする。
「えーと、ですね。エッセンという名の発明家がおりまして」
「エッセン!? それって、あの稀代の天才発明家、シャール・エッセンのこと!? うちも、ピーラーと爪切りあるよ!? それに、タイヤも!」
「ああ、うん。そのエッセンの、新作です。ショルシーナ商会の方々から、野外炊飯するなら、是非試してみて欲しいと云われてね? まだ販売前の試作期間なんで、内緒でお願いします」
俺は、腰に提げている飯盒を叩いた。
フィーも真似して、毒霧の素が入っているひょうたんを叩いた。
「その、面白い形の鉄の箱が、発明品だったんだ?」
そう。この飯盒は、鉄製なのよね。
アルミは、この世界にはない。
理由は簡単で、鉄より強度が劣るから。
この世界の金属は、まず第一に『戦闘』が考慮される。
より強く。頑強に。
それこそが、生存と繁栄に繋がることだ。
だから人間たちはもちろん、ドワーフですらが、『強度を落として利便性を確保する』という発想には至らない。
それはもっと、平和な世の中であってこそ着目されることなのだろう。
なので、今回の飯盒は、鉄製だ。
と云っても、例によって例のごとく、これはガド先生が作ってくれたものなので、薄くて軽くて丈夫に仕上がっているのだが。
「お鍋を使わずにご飯が炊けるなんて、凄い発想だね?」
「そーだねー……」
俺としては、無難に対応しておくしかない。
くそう、ミアのヤツが後ろでニヤニヤしているじゃないか。
一方、戦闘メイドさんのほう。
「あの、わたくしには、このお湯の出る短剣のほうが、凄すぎると思うのですが……。これ、もしかして途方もない貴重品なのでは? べ、便利すぎます……」
「あ、それもエルフの人たちからのレンタル品なので、内緒でお願いしますね?」
お湯の短剣は、手洗い、洗面に向いたぬるま湯タイプのものと、お茶を淹れるのに使う、熱湯タイプがある。
紅茶は、セルウィさんが淹れてくれた。
ミアもイフォンネちゃんもメイドさんなので淹れることは出来るけど、『従者』であることを至上とする戦闘メイドさんが、譲ってくれなかったのだ。
彼女は岩に腰掛けながら、不可解そうに自身の淹れたお茶を睨んでいる。
「朝からただの一度も戦闘がありませんし、ご飯は炊きたてで美味しいですし、とても冒険に出ているようには思えません……。まるで、そう、まるでピクニックにでも来ているかのようです……」
「ピクニック! ふぃー、それ好き! おうちのお庭で、にーたたちとたまにやる! お弁当、とっても美味しい!」
うん。
嬉しいのは分かったから、棍棒を振り回すのはやめような?
お腹いっぱい食事をし、おやつもしっかり食べて、改めて歩き出す。
『戦闘』が発生しないので、精神的にも肉体的にも疲労が少ない。
歩く時間は、本当に『移動』だけに使えるので、とても早いペースだと云えるだろう。
暫く進むと、木々の乱立した森が見えてくる。
(にーた、あそこ!)
(ああ、あそこか。了解)
森の入り口には、外部からの侵入者を惑わす、古代の結界があるのだと云う。
これのせいで、王都のそばなのに誰も近づけなかったということらしい。
(てことは、ネルさんは、これを易々と突破しているのか……)
流石はハイエルフというべきなのだろうか。
ともあれ、ミアたちが掛からないように、根源干渉で、一時的に無効化しておく。
戦闘メイドさんが、森に入った瞬間に首を傾げた。
「妙ですね? この森、人間が立ち入った形跡がまるでありません。こんなに王都に近いというのに、何故でしょうか……?」
そりゃ結界があったからですなァ。
でも、森に入ってすぐに、そういう点に気づけるのは、彼女が優秀な証拠なんだろうな。
その後も談笑しながら歩くが、セルウィさんだけは、終始首を傾げっぱなしだ。
「な、何で一度も戦闘が発生しないのでしょうか……? お、おかしいです……っ」
「安全なら、それは良いことだと思うけど……?」
魔法少女は、そんなことを云っている。
妹様の恩恵を知らないのだから、これは仕方がないか。
(でも、木々で視界が悪くなっているから、気をつけないとね)
そこに、鳥の鳴き声のようなものが響く。
これはヘンリエッテさんの従魔のイーちゃん――ではなく、隠密エルフのイェットさんの合図だ。
彼女、こういう動物の声帯模写も出来るみたい。
ちなみに内容は、『見通しの良い草原から森に入ったので、すぐ傍に参りました』という意味ね。
更に続けて、鳥の鳴き声が響く。
これは、『後方に異変有り』の合図だ。
フィーに『そうなの?』と訊く前に振り返ると、ずっと遠くの草原に、冒険者のような風体の男たちが見えた。
何だろう?
たまたま、あの辺を歩いているだけなのかな?
それともまさか、後を付けて……?
(と思ったが、遠ざかっていくな。じゃあ、偶然だったのかな……?)
まあ、何かトラブルの種ならば、改めてイェットさんが教えてくれることでしょう。
その後、特におかしなこともなく森の中を進み、夕方になる。
ちょうど開けた場所を見つけたので、今日はここで野営をする。
当然の話だが、『夜になってから』野営の準備をすることはない。
戦闘メイドさんが、「周囲を見て参ります」と哨戒に出てくれる。
「じゃあ、私とイフォンネで、食事の準備とテントの用意をしておきますねー?」
「うん。ありがとう」
見張りと食事と寝泊まりの準備は、女性陣がやってくれる。
じゃあ俺は何をするのかだって?
決まってる。
お風呂の支度をするんだよ。




