第六十四話 雪の魔剣と園の状況
レァーダは、真剣に雪の魔剣を見つめていた。
それはそうだろう。是非にと頼まれた品だ。
どう使うのかは知らないが、彼女にとって重要な位置を占めるのは、間違いない。
「酷いなまくらだな。本当に大丈夫なのか?」
園長の持つ剣を覗き込んで、筆頭騎士様がイケボでのたまう。
造りがヘボいから、不安を抱かせてしまっているようだ。
だが、あれでも今の俺に出来る全力なんだが。仕方がないとは云え、少し傷つく。
「重要なのは魔剣としての性能よ。この際、斬撃性能には目をつぶる」
酷評の嵐だ。
もっと良い剣を打てるように精進しなくては……。
「失礼致します」
そして、レァーダは魔剣の力を解放する。
刀身に雪が生まれ出した。
「おおおぉぉぉ……!」
「こ、これは……!」
おお。驚いている驚いている。
これで魔剣としての性能まで「こんなものか」扱いされたら、立ち直れないところだった。
「凄い……ッ! 凄いわッ! 私の魔力がそのまま雪に変わっていく! ただ単に雪が作れるのではない。使い手の魔力の質に応じた雪を作り出すことが出来るのね!」
「ううむ! これこそ我らの食料であり、身体の構成素材である魔力雪そのものだ!」
「こ、これ程の魔剣が神代のものでなく、現代の人の手によるものだなんて……! 実際手に取っていなければ、とても信じられないわ!」
俺の魔剣は現在の所、コアになる魔石を使っていない。
だから属性魔剣として発動する場合は、使い手そのものの魔力を消費する必要性が生じる。
使用者の魔力を魔芯を通じて別物に変えるもの。
ようは俺の作る魔剣と云うのは、変換器なのである。
「一体どれ程の者が、ここまでの魔剣を仕上げることが出来るのか」
コミカルな雪だるまがそんな感想を漏らす。
このセリフと俺の方に視線を向けない所を見ると、どうやらエイベルは俺が制作者だとは教えていないらしい。
多分、気を遣ってくれているのだろう。魔剣の制作者が少しでも広まらないようにと。
ならば、俺も極力黙っておくべきだろうな。
「これならば、雪精たちの欠けた身体を補ってあまりあります! 高祖様、これ程の魔剣を譲って頂けて、感謝致します!」
欠けた身体……?
欠損を補うために活用するとでも云うのだろうか?
そして、レァーダはエイベルに頭を下げた。
「高祖様、どうか……どうか我らをお救い下さい……ッ!」
俺がフィーと抱きしめ合っている時の事である。
頭を下げられた始まりのエルフは、しかしちいさく首を振る。
「……私に救いを求めるのは、根本的に誤り。私が有するのは、基本的に破壊の力」
「ご謙遜を! こうして素晴らしい魔剣を授けて下さったではありませんか! 氷の魔剣は存在します。吹雪の魔剣も存在します。けれど、こんなに優しい雪を作れる魔剣は、かつて一度も存在していません」
「……一度も、ではない。雪の魔剣は、幻精歴に見たことがある」
そう云うことを云っているのではないと思うが。
ちなみに『幻精歴』と云うのは、魔導歴の前の暦法時代であるらしい。竜姫が存在していた時代だね。
(しかし、そうか。吹雪を起こす魔剣も、雪を出す魔剣も、存在したのか)
そう云えばエイベルは、「作れる?」とか「難しい?」とは訊いてきたが、不可能を前提とした口調ではなかった。
それは過去に存在したものだから、人の手で届くのだと分かっていたのだろう。
「あの~……。すいません、雪の魔剣って、何に使うんですか?」
口を挟むのは失礼かな、とも思ったが、訊いてみることにした。
俺が魔剣を依頼された理由。
そして、同行を頼まれた訳。
そろそろ知っておきたい。
「…………」
「…………」
すると、園長先生と筆頭騎士様が俺に視線を向ける。「何こいつ」みたいな瞳だった。
うん。そりゃあ、得体の知れない人間の子供がクチバシを突っ込んできたら、不審に思うよね。
「……高祖様、こちらの少年――いや、兄妹ですか? ご友人のお子様と聞きましたが、何故我らの園に連れてこられたのでしょうか?」
「……役に立つと判断したから」
エイベルの答えは淡々としたものだが、素直に答えているのだろうと思う。俺が必要だと思ったから、同行を依頼したのだから。
氷精と雪精は顔を見合わせ、
「そ、そうですか……」
と微妙な表情で頷いた。
これはアレだな。半信半疑だが、波風を立てないための頷きだな。
まあ、五歳児と二歳児だしね。
レァーダは、諦めたのか咳払いをひとつして、俺の質問に答えてくれた。
「我々が雪の魔剣を求めた理由は、いくつかあります。まずひとつめは、ちいさな雪精たちに任意に食事を与えられるようになるからです。この園は魔力に満ちた冷気が吹き出る場所がいくつもありますが、最近は危険な場所がありまして……」
ははあ。これが例の熱線が出るようになった場所かな。
産まれたばかりの雪精は人間の赤ちゃんと同じで、あまり大した知能は持たないらしい。
結果、危険な熱線に近づいてしまうのだとか。
「ふたつめは、雪精の身体の補修用です。我々氷精や雪精は核さえ無事ならば、ある程度の損傷からも回復します。しかし治療をより効率的に行うには、自然治癒に任せるだけでなく、魔力を帯びた氷や雪を取り込み、補うことが必要となります。ここでネックになるのが、雪です。高い魔力を帯びた雪を入手する手段は限られていました」
これまでは、この地に積もった雪の中から高濃度の魔力を帯びたものを探しだし、何とか使っていたらしい。
一方、氷に関しては、氷それ自体を生み出す魔石があるそうで、何とかなっていたんだそうだ。
つまり治癒という一点において、これまでは雪精は氷精よりも困難な立場にあったのだと。
それが魔剣によって改善される。
特に自分の魔力で雪を作り出せれば、それは自分のパーツとしての親和性が極めて高くなるのが助かるのだとか。
まあ、俺も他所様の魔力を魔術に行使する場合、パターンがそっくりなフィーのものを用いる方が楽ちんだしな。
そういう気持ちは、よくわかる。
「そして、みっつめですが、ひとつめの理由に似ておりますが、より深刻なものです。それは、もしもこの園を放棄する場合は、氷の魔石と雪の魔剣で命を繋がねばならない、と云うことです」
放棄?
この地を捨てる可能性があるのか?
「……増えた?」
「はい。残念ながら、増えております」
主語をすっ飛ばしているのでよく分からないが、増えたというのは、何事かの被害なんだろうな。
「前回、高祖様が来られた時は三カ所でしたが、昨日、五カ所目が発見されました。このままでは我らのエサ場全てが、熱線に変わってしまいますな」
ダンディな声の雪だるまはそう告げる。
どうやら冷風の代わりに熱線が吹き出る場所は一カ所ではなく、しかも増えているようだ。
(成程、雪精と氷精の懸念は、エサ場の消失か。確かに全部が熱線に変わってしまえば、この地を放棄するしか無くなるだろう)
この時点までの俺は、まだどこか他人事だったように思う。
可哀想だとは思ったし、何とかしてあげたいとも思った。けれども『こちらの話』ではないと、どこかで考えていたことも、また事実だ。
しかし、次のレァーダの言葉を聞いて、息を呑んだ。
「もしこのまま熱線の拡大が止まらぬ場合、園周辺全ての氷が海に溶け出していくでしょう。そうなれば、海面は上昇し、大陸の一部も水に沈みかねません」
おいおいおいおいおい。
案外、シャレにならないことを聞いてしまった。
会話が頭に入っていない妹様だけが、可愛らしく小首を傾げていた。




