第六百三十六話 写真館とヒゥロイト
「くふ……っ! くふふ……っ! くふふふふふ……っ! 夢のよう、夢のような光景が、広がっていますよぉぉ~~……っ!」
擬態を見破られたミアは、早々に取り繕うことを投げ捨てた。
そして一も二もなくフレイに突撃しようとするも、我が畏友は俺を盾にしてグルグル回転し、接近を阻みきった。
防壁にされる俺こそ良い面の皮だが、悪魔との取引に屈してこの場に連れてきた責任があるので、あまり大きな事は云えない。
接近を一時諦めたミアは、今度は俺とフレイがくっついている姿を見せて欲しいと要求。
とんでもない話だが、何と軍服ちゃんがこれを快諾。嬉々として腕を組んできた。
状況は一変した。
ミアもフレイも、実に晴れやかな笑顔になっている。
「どうしたのかな、アルト・クレーンプット? 雰囲気だけでなく、表情まで死んでいるじゃないか。せっかく、私のような美人とこうして腕を組めるのだから、もっと嬉しそうにして貰いたいものなのだがね?」
これが、悪魔に魂を売った者の末路か……。
セルフざまぁをすることになるとは、思いもよらず。
ともあれ、こうして軍服ちゃんと合流し、うちの家族たちと一緒に、写真館へと向かうことになる。
「むむむー……っ! 本当は私も、アルトきゅんたちについて行きたいですねー!」
お前は仕事しろ。
駄メイドを追い払い、母さんたちのもとへ。
護衛役にヤンティーネ。
案内役にはフェネルさん。
これはセロの同行者ということで、フレイとも面識があるからでもある。
エイベルは当然欠席。
一方、今回はマリモちゃんも同行する。
既に去年のセロで軍服ちゃんとは面識があるから、無理に留守番させる必要がない。
ゾン・ヒゥロイトの子役スターは、マイマザーに抱かれている末妹様を覗き込んだ。
「精霊の子か……。去年よりも格段に、『ヒト』と見分けが付かなくなっているな」
「わかるのか?」
「まあね。先程のメイドもそうだが、私はある程度だが、他人の『擬態』を見破ることが出来る。加えて、『魔術感知』も持つからな」
「魔術感知で、分かるものなのか」
魔力感知ならば、まだ分かる。
けれどもフレイが持つ異能は、『魔術の発動を知る』というもので、魔力そのものは感知できないはずだが――。
軍服ちゃんは抱いている腕を更に強く抱きしめ、片目を閉じる。
「精霊種というものは、存在それ自体が魔力の塊だ。行動のひとつひとつが、魔術の発動にも似た小現象を引き起こすのさ。瞬時にキャンセルされているから普通は影響がないのだろうが、私には、その存在の明滅が分かるというわけだね」
『春と修羅』の冒頭を思い出す云い回しだねぇ。
だが、これで確かにお墨付きを得た。
エイベルの言葉通り、間もなくマリモちゃんは、ヒトと見分けが付かなくなれるだろう。
そうすれば大手を振って、あちらこちらに連れて行ってあげられるね。
そんなわけで、俺に引っ付く軍服ちゃんに嫉妬するフィーたちを連れて、写真館へと移動する。
※※※
ショルシーナ商会が用意した写真館は、二カ所ある。
一方が貴族用で、もう一方が庶民用だ。
建物それ自体を別け、そして立地も離したのは、無用のトラブルを分けるためであるらしい。
場所の確保に骨を折ったと、いつだか会長さんがぼやいていたのを、俺は知っている。
もちろん、内容は基本的には一緒だ。
背景や衣装込みで、写真が撮れるというもので、内装や部屋の広さに差はあれど、サービス自体はそう変わらない。
写真館それ自体は既に耳目を集めているし、オオウミガラス軍団のおかげで写真の凄さも知れ渡っているが、矢張り宣伝には、モデルさんも重要になる。
そこへ行くと今回の歌劇団員たちは、優れた適材であったと云えるだろう。
何しろ、彼らは演じることのプロフェッショナルだ。
庶民の姿も貴族の役も、見事にこなすこと間違いない。
このたび王都へやって来たヒゥロイトは、10人であるようだ。
そのうちの半数ずつを、それぞれの写真館に振り分けているという次第。
彼らに不平が出ないように、後で撮影場所を交代するのだとか。
俺たちがやって来たのは、貴族用写真館のほう。
どうやら軍服ちゃんは、先にこちらで撮影するみたいだ。
「アルト。少し付き合って貰えるかな? 皆にキミを、紹介したい」
「紹介? 必要なの、それ?」
「必要に決まっている。寧ろ、しないとマズいのさ」
「…………?」
それは一体、どういうことだろうね?
俺が商会の人間なら挨拶に行く理屈も分かるし、写真機の制作者としてオープンになっているなら、これもまた分かる。
でも、俺って世間的には無名の平民よ?
段位魔術師うんぬんは、『ヴルスト』に押しつけているから、なおさらに。
だから、『俺』が会う意味がよく分からないね。
(まあ、ミアに頼まれてた写真を手に入れることを考えると、顔をつないでおくのは重要なんだけどさ……)
軍服ちゃんの口ぶりだと、フレイにとって重要そうなんだよなァ……?
首を傾げながらついて行く。
ゾン・ヒゥロイトの中でも花形スターたちを招集しているからか、警備が厳重だった。
その中をかいくぐり、控え室にやって来ると――。
(うわぁ……っ! もの凄い『女の園』だな……!)
思わず、目を見開いた。
そこにいるのは目もくらむような、美女。美少女。美幼女たち……。
いや、これ、全員、『男』なんだろうけどさ。
一切、そんなことを感じられない。
ただ、その中に『例外』がひとりだけいるが。
「ふぅん……? その子が、フレイのお気に入り?」
長い髪をかき上げながら、美少女が口を開く。
この人、去年のセロで『天使の歌姫』の主役やってた人だ。
たぶん、トップスターなんだと思う。
もの凄いオーラがあって、住む世界が違うって感じ。
一方軍服ちゃんは、嬉しそうに俺の腕に抱きついた。
「そうだ。彼がアルト・クレーンプット。バックギャモンの開発者さ」
あー……。そんな設定、あったねぇ。
スポーツドリンクとあのボードゲームは、本名が野ざらし状態だったな、そういえば。
フレイは云う。
「彼はいずれ、大を成す男だ。そして、この私の親友でもある。だからここで、正式に宣言をしておく。――アルトは私のものだ。決して、手を出さないように」
「え~……? 独り占めぇ……?」
すっごい美女が、俺の顔を覗き込んでくる。
ううむ。
こちらも男性とは思えんな……。
声とか、どうやってるんだろう……?
(それは兎も角――)
俺は軍服ちゃんの袖を引っ張る。
この宣言の理由を質したのだ。
フレイは云う。
「我々が人々に人気があり、従ってしばしば取り合いになることは知っているだろう?」
俺は頷く。
なんだか、ファン同士で流血沙汰になったことがあるとかないとか。
「実はね。その事情は、役者側も同様なんだ。パトロンを取り合って揉め事を起こすことがあってね」
成程。
芸事に集中するなら、そりゃ後援は必要だろうが、それにしても庶民の子どもの俺を取っても意味がないだろうに。
俺、金銭的支援とか出来ないよ?
「そのへんは関係ない。キミは私にとって、一番のお気に入りなんだ。だから他のヒゥロイトメンバーに、譲る気はないのさ。というか、絶対に渡さない。知らぬところで手を出されたら、我慢がならない。だから宣言をしておくのさ」
彼が睨め付けると、美女と美少女が、さりげなく目を逸らした。
え? 何?
本当に、そういうことがあるの?
おっかない世界なの?
そして美幼女(男)は、スタスタと俺に寄ってきて、もう片方の腕を掴む。
「あたしの支援とか、どうですかー?」
舌っ足らずに、上目遣いをしてくる。
何と云うか、『媚びること』を既に知っている感じだ。凄いな、この世界。
「リープ! 手を出すなと宣言したはずだぞッ!?」
演技じゃなく、軍服ちゃんが怒ってる。
なかなかの迫力だが、リープと呼ばれた美幼女(男)は、どこ吹く風だ。
「だって、フレイちゃんの宣言って、一方的じゃない? そんなの、無意味だしー?」
その言葉で、理解した。
たぶん相互の宣誓あって、はじめて効力を発揮する類のものなのだろう。
軍服ちゃんは舌打ちをし、それから俺を見た。
宣誓してくれってことなんだろうね。
(まあ、変なことになっても困るし、フレイが俺におかしなことをするはずがないから、誓うのは構わないんだけど――)
部屋の隅にいる、ひとりだけ会話に入ってこない子が気になった。
最初に云った、『例外』だ。
俺は、小声で友人に尋ねる。
「フレイ。あの子は何なの? なんだか、元気がない感じだけど」
「ん? ああ。彼女も一応、今回の撮影のためのメンバーだよ」
自信なさげに俯いているのは、少年の格好をした女の子。
いや、完璧な女顔なので、無理に男装している幼女に見えるのよ。
年齢は、俺たちと同じくらいだろうけど。
というか、男相手でもメンバー同士だと『彼女』っていうのね。
そちらを見ていると、フレイは口を尖らせて袖を引っ張ってきた。
「まさかアルト。私以外にうつつを抜かすつもりではあるまいな?」
ああ、うん。貴女相手に、うつつを抜かした憶えもないですけどね?




