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妹のいる生活  作者: むい
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第六百三十二話 あるドワーフの兄弟


「おう、兄貴。久しぶりだな?」


「……フンッ!」


 そこは、王都のとある場所。

 ドワーフの男、ボルボンの営業する酒場であった。


 通称を、『ドワーフ酒場』。


 身も蓋もない名称だが、店内を見れば、多くの者が納得したことであろう。

 イスもテーブルも、そしてカウンターも、見事なまでに低いのである。

 それは明らかに、『人間用』ではない造りであった。

 どの種族のために設えた酒場なのか、一目瞭然である。


 ボルボンは云う。


「酒と云えば、我らドワーフであろう! なのに人間どもと来たら、酒場の設計を人間中心に考えおる! 全くもってけしからん! 酒の第一人者がドワーフである以上、どちらが『主』でどちらが『従』か、わかりきっているだろうに!」


 以上の理由により、この酒場は低い(・・)


 別にドワーフ以外が来ても構わないが、座席やテーブルには、『そちらが合わせろ』ということであるらしい。


 ドワーフ以外が来ても良い。

 店主はそう云うが、そこは気難しいことで知られる種族である。

 ボルボンが気に入らない場合と、大きな迷惑を掛けた酔客は、以降、出入り禁止となる。

 特に悪質な客ともなると、晒されることとなる。


 たとえば入り口付近の壁には――。


『エフモント、立ち入り禁止』

『ミィス、絶対立ち入り禁止』


などの文言が、指名手配書のように似顔絵入りで貼り出されているのであった。


 かくの如く気性の荒い店主であるが、(おの)が節を曲げるときもある。


 もしもここに常連のドワーフがいれば、


「がっははは! ボルボンに限って、そいつはねぇぜ! あの男は、死んだって意地を貫き通す男さ!」


 と、笑い飛ばしたことであろう。


 確かにボルボンは『脅迫』や『権力』に屈する男ではない。


 だが――『憧れ』は別である。


 今、彼の目の前には、ふたつの憧れがいる。


 それは彼らドワーフ族にとっての、伝説ですらあった。


(あ、あああああ……っ! 信じられん……っ! ドワーフ族の最高峰が、同時に俺の店に来てくれるなんて……っ! しかも、『作品』まで持ち込んで……っ!)


『ドワーフ酒場』は、午前中は営業していない。

 そんな時間に訪れでもしたら、店主に叩き出されることであろう。


 しかし、今はその午前中であり、『兄弟』の着いたテーブル以外は、壁際に片付けられているという有様であった。

 いずれも、この兄弟のためにボルボンが配慮した結果なのである。


 さて。

 件の兄弟のほう。


 弟は兄に対して挨拶をしたが、呼び出した当の本人――兄のほうは、不機嫌そうにそっぽを向いただけであった。


 どちらも、見事なまでのヒゲを持ち、そしてそれらは、雪のように真っ白だ。

 彼らが歳経たドワーフであることは明らかであった。


 兄の名を、ラドン。

 そして弟の名を、ガドという。


 鍛冶を志すドワーフで知らぬ者はいない程の、名工中の名工の兄弟であった。


※※※


 この兄は、弟が嫌いだ。


 理由は単純に、妬ましいからだ。


 ガドは、全ドワーフ族最高の鍛冶士である。


 その名声を上回る者は、種族の高祖であるドワーフアルケーたちの他は、兄弟の曾祖父であるジオくらいのものであろう。


 負けず嫌いで意地っ張りのドワーフ職人の悉くが、前述の『伝説たち』以外であればナンバーワンと認める程の男なのである。


 無骨な剣を作るくせに、美麗な細工物だってその気になれば造れる男。

 金属(カネ)だけでなく、木工も皮革の扱いも超一流な、反則のような存在。


 しかし、ここまでであれば、ラドンも『自慢の弟』と思えたであろう。

 だが、彼にはどうしても許せないことがみっつあった。


 ひとつは、ガドが武器の制作者として名を成していることである。


 ラドンは、武器職人になりたかった。

 いや、今でも本人はそのつもりだ。


 けれども、彼に武器の依頼なんて来ない。


 来るのは良質の防具を造って欲しいという依頼だけ。

 防具職人としては弟以上の名声があるくせに、ラドンにはそれが妬ましくて仕方がない。


 ふたつめは、弟が『神銀』を所持していることである。


 あれは、ドワーフ族に伝わる最高の秘宝である。

 少なくとも、ラドンはそう考える。


 尤も、その言葉を聞けば、一部の精霊とエルフは、『思い上がり』だと眉を顰めたことであろう。

 神銀――精霊銀は、あの時代を生き抜くために捧げられ、作り出されたものなのである。

 それをドワーフだけの秘宝と考えるのは、傲慢な誤りだと。

 実際、ドワーフ以外に、一部の精霊とエルフが、その希少金属を保有しているのだから。


 だがそれでも神銀とドワーフを結びつけて考えられてしまうのは、精霊銀を加工できるのが、ドワーフだけだからであろう。

 しかしこの希少金属は、今やおとぎ話になる程に数が少なく、ドワーフ族の中にも、実在を信じていない者もいるくらいなのである。


 そんなものを、弟は持っている。

 ラドンにとっては、これも許せなかった。


 そして、みっつめの理由。


 それは、弟が『エルフの高祖』に認められたからなのであった。


 彼ら兄弟共通の恩人であるアーチエルフ、『破滅』。


 あの生ける伝説は、自分を通り越し、ガドに対して依頼したのである。

 とある人物に、鍛冶の指導をしてあげて欲しいと。


「鍛冶の手ほどきならば、このラドンがいくらでも教えるというのに! エイベル様は何故、ガドのヤツを選んだのかッ!?」


 採用を知った当時、ラドンはそのように慟哭した。


 以上のような理由から、彼はガドが大嫌いである。


 しかし、それは口に出せない。

 もろもろ引っくるめて端的に云うのなら、一方的な嫉妬でしかないからだ。


 それで、こんな風に「フン!」と云うしか出来ない。


 弟のほうも兄の心の動きを知っているので、余計なことを口にはしなかったのであった。


※※※


「……それで、持ってきたんだろうな? お前の弟子の、制作物を」


「そりゃ、持ってきたがな、兄貴よぅ。手紙でも伝えた通り、あいつァ、まだまだ半人前だ。とても人前に出せるような作品じゃねぇぜ?」


「既に修行を始めて、何年も経つのだろう? それで半人前っつーんなら、それはガド、お前の指導が下手くそだからだ。お前の無能は、エイベル様に伝えるからな?」


「別に伝えんでも、あいつの作品はエイベル様も目の前でご存じだぜ?」


「……クソッ! エイベル様のお側にいられることを、これ見よがしに自慢しやがって……ッ!」


「別に、自慢してねェよ……」


 つっけんどんな態度の兄に肩を竦めて、弟は『弟子の作品』を取り出した。


「……あん? 短剣……? 初歩の初歩じゃねぇか」


 ラドンはそれを受け取り――それから気味悪そうに首を傾げた。


「おい、ガド」


「あぁ?」


「何だ、こりゃァ?」


「何って、兄貴が云った通りに、短剣だよ。単なる、鉄の剣だ」


「…………」


 ラドンは、不可解なものを見るように、その作品を睨め付けた。


「こいつァ、なまくらだ。触らずとも、一目でわかるぜ。なのに、なんだ、この奇妙な感覚は……? ただの鉄くずのくせに、妙な迫力がありやがる……」


 一言で云うならば、それはあまりにもちぐはぐな違和感である。


 ゴミのような剣が、まるで――そう、まるで魔剣のような気配(・・・・・・・・)を放っているのであった。


 ラドンは、自作のスモールシールドを手に取った。

 そして、短剣で斬りつける。


 なまくらと呼ばれた貧弱な作品は、最高峰のシールドの前に砕け散った。


「……なんだ、こりゃァ?」


 完全に打ち勝ったにも関わらず、ラドンはもう一度、そう呟いた。

 ガドは、何も云わない。

 その必要がない。


「俺の盾は堅い。人間の職人は当然として、ドワーフの武器でも並のモンなら、傷ひとつ付かねぇはずだ。なのにここに、確かに傷跡がある……!」


 彼は、剣と盾を見比べる。

 ガドは兄の腕前を信頼している。だから、すぐに答えに辿り着くであろう事も疑っていない。

 果たして、ラドンは驚愕の表情を浮かべた。


「魔力……ッ! 信じられねェ……ッ! こいつは……ッ! このなまくらは、魔剣だッ!」


 防具職人の叫びに、ボルボンは口をあんぐりとあけた。


 魔剣とは、武具の最高峰である。

 その製造方法は、既に失伝しているとさえ云われている。

 実際には、一部のドワーフやエルフは知っているが、基本的には、『もう無い』ものだ。


 なので武器の頂点は、強い魔力の籠もったもの――魔性武器ということになる。

 だが、この当代最高の防具職人は、あの変な剣を『魔剣』と呼んだのだ。


「……この剣、壊れたのは、なまくらだからってだけじゃねェッ! 内包する魔力に、武器そのものが耐えられなかったんだ! 意味が分からねェッ! 魔剣の製法を知る程の者なら、そもそもなまくらな武器なんか作るはずがねェんだッ! なのにこいつァ、なまくらのままに魔剣として成立してやがるッ! いや、そもそも、ただの鉄が魔剣になるはずが……ッ。――ガドッ! お前ェ、一体、何者に鍛冶を教えてやがるッ!? エイベル様は、どんなヤツに目を掛けているんだッ!?」


「…………」


 弟は、答えることがない。

 店主に事前に用意して貰った、大好物のうな丼を無言でかきこんでいる。


「名前を云えって云ってるんだ!」


「――タタラ」


「あん?」


「そいつの偽名さ。鍛冶職人としてデビュー出来るなら、タタラと名乗ると云っていたぜ?」


「ぎ、めい……? いや、そもそもデビュー出来るならって、そいつァ、鍛冶職人になるために命を張ってるわけじゃねぇってことかッ!?」


 とんだハンパ者ではないか。

 そう云おうとして、ラドンは口をつぐむ。


 そんな性質の者を、果たしてこの弟が、歓迎するだろうか? 弟子として、許容するだろうか?


 しかし小生意気な弟は、美味そうな飯を頬張りながら、ニヤリと笑っている。

 つまり、それだけの才能。それだけの人材ということなのだろう。


「ほらよ、兄貴」


 ガドは咀嚼の片手間に、別の剣を放った。


 放物線を描いて飛んでくるその剣を、ラドンは一目で『鉄くず』と看破した。


 だが――。


 受け取った器物には、先程と同じ……。

 否、それ以上の『迫力』がある。


「兄貴よぅ。そいつに、魔力を込めてみな。――ああ、身体からは、出来るだけ離すんだぜ?」


「な、何……?」


 云われるままに引き離して魔力を込めると、刀身全体を氷の結晶が覆った。


 それは意識すれば、氷の形状を自在に出来るだけでなく、自らの意志で氷片を飛ばすことすら出来そうな有様であった。


「こ、氷の魔剣……ッ!? バカなッ、これには、魔石を使った形跡なんて――。いや、そもそもさっきの短剣もそうだが、ただの鉄が魔剣になることなんて、あり得ねェ話なんだ……ッ!」


 そこにあるのは、これまでの鍛冶の常識を覆す、あまりにも異形な武器であった。


 ラドンは今度は、鉄の塊を取り出す。


 ある程度の不純物を取り除いているとは云え、強度それ自体は大したことのないインゴット。


 そこに向かって、剣を振るう。


 鉄塊は、いとも容易く、真ッ二つに切れていた。


 それを見ていたボルボンは、目を瞠る。


(あれが、なまくらだって!? 鉄を簡単に断つ剣で、その評価なのか……ッ!?)


 あの兄弟の常識は、少なくとも自分とは大きく違うようだと、店主は思い至った。


 そんな彼の目の前に、ドワーフ最高の名工が歩いてくる。

 年甲斐もなく、胸が高鳴った。


「店主。こいつは、迷惑料兼口止め料だ。知り合いに頼みこんで作ってもらったものだが、良い出来でな。受け取ってくれ」


 そう云って差し出されたのは、見事な大皿であった。

 吸い込まれそうな程に、卓越した出来映えだ。


 魔剣のほうは見ただけでは凄味を感じられなかったが、こちらは違う。凄まじいまでの存在感を示している。


(こ、こいつは……途方もない名品なのでは……!?)


 天下一の名工が『価値有り』として渡してくるのだから、逸品であるのは明かであった。

 だが、『誰の作』かは口にしない。

 つまり、教えるつもりが無いのであろう。

 ならば、惜しいが訊いてはダメだ。


 ボルボンは、すぐにそう結論づけた。


 彼は後日、これをカウンターの中央に飾り付けることになる。

 そしてそれは、『ドワーフ酒場』の名物のひとつとなり、ここを行きつけの店としていた『王国審美会』のメンバー、ドワーフのゴゴルに、「頼む、譲ってくれ!」攻勢を受け続けるハメになるのだが、神ならぬ身に、そんな未来は分からないのであった。


「…………」


 ラドンは、魔剣と大皿に、視線を行ったり来たりさせている。

 この弟は、どんな世界に住んでいるというのか。


「何者なんだよ、こいつは……」


 防具職人は氷の魔剣を見つめながら、もう一度そう呟く。


 席に戻り、うな丼のかきこみを再開した弟は、真顔で云う。


「そいつは、この俺の人生最後の弟子になる男だ。絶対にハンパはさせねぇ。兄貴は色々と心配してくれているようだが、それだけは誓わせて貰うぜ」


 そんな弟にラドンは、心の底からこう思った。


「――ああ、ちくしょう。羨ましいぜ」と。


 彼がふてくされる理由が、またひとつ増えそうであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] どんなに嫉妬してても「フン!」しか言えない性格の良さ見える。 [気になる点] アルがいくら修行しても超一流からしたら剣そのものはなまくらか頑張っても凡作程度にしか見えなさそう。
[良い点] ミィス エフモント やっぱり入店禁止だった! [一言] 鉄だけで魔剣を作る 6歳にしていよいよ異才の片鱗を見せ始める主人公 「タタラ」ですか いかにもな名前ですね
[良い点] アルは鉄をアッサリ切るぐらいの凄い剣を打てるのか…。 人間基準なら既に名工な感じですね。
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