第六百三十一話 夏へのきざはし
「ぶーぶー、ブタさん、ぶぅぶぶーっ!」
目の前で、小ブタさんが踊っている。
「にゃんにゃん猫さん、にゃんにゃにゃーーんっ!」
機嫌良さげに、おしりをフリフリ。
しかし、ダンスを披露してくれているのは、ひとりだけではない。
「あにゃにゃん、あにゃにゃん、あにゃにゃんにゃぁーん♪」
黒いウサギさんの格好をした幼女様が、何故かやっぱり、俺の目の前で、おしりをフリフリしている。
クレーンプット姉妹が着込んでいるのは、お馴染みの『なりきり動物さんシリーズ』ではあるが、これはどちらも商会の既製品ではなく、マイマザーの手作りだ。
フィーがブタさんを好きなのは今更云うまでもないが、マリモちゃんは初お目見えのウサギさん姿。
これは造形もさることながら、カラーリングがいたくお気に召したようだ。
末妹様は闇の純精霊だからか、はたまた単なる個人の嗜好なのか、『黒色』が好きみたい。
なので動物さんスーツ以外の私服も、黒いのを着たがるノワールなのであった。
さて、本題。
クレーンプットシスターズがどうしてハイテンションなのかというと、今日は前から母さんがせっせせっせと家族のために作っていた洋服をプレゼントしてくれると云ったからなのであった。
なりきり動物さんシリーズの影響もあってうちの子たちは、『着るのは楽しい』と学習しているので、新しい服が待ち遠しいようだ。
まあそれでも、俺の前でおしりをフリフリする必要はないはずなんだけどね?
「何とか、暑くなるまでに間に合ったわー……」
疲れ果て、けれどもどこか満足そうな笑顔で、マイマザーは俺にのし掛かってきた。
実際、本当に大変そうにしてたからね。特に帽子のほう。
母さんの登場に、俺の目の前でおしりをフリフリしていた子たちが、一目散に駆け寄ってくる。
「おかーさん! およーふく、どんなの作った!? ふぃー、とっても気になる!」
「あにゃにゃーん!」
ガバッと抱きつかれて、何とも嬉しそうな母上様よ。
俺が勉強したりボトルシップを作ったりするのは、うちの子たちが寝静まってからの時間だが、母さんもそのときに俺の横で、頑張って服と帽子を作っていたのだ。
「んっふふ~! じゃあじゃあ、まずは帽子のほうから見て貰おうかしら?」
じゃじゃーんと、マイマザーは帽子を取り出す。
それは、夏の風物詩と云っても良いものであった。
「あっ! ふぃー、これ知ってるッ! この帽子、草で作ってあるヤツ! ふぃー、前から気になってた! セロのお祭りで見た!」
母さんが作ったのは、麦わら帽子である。
もともと編み物をする人なので、これもリュシカ・クレーンプット氏がいちから編み上げたものなのだ。
帽子に巻かれたリボンには、ワンポイントで動物――フィーのはブタさん。ノワールのは、ウサギさんの顔が付いている。
更にはパワフルに動き回る娘たちの行動を想定して、あごヒモも完備という念の入れようだ。
妹たちは、差し出された帽子を見て気にいったみたい。
或いはデザインよりも、大好きな母親にプレゼントを貰えたことが嬉しかったのかもしれないが。
「ふぃー、この帽子のかたち好きっ! ブタさん付いてる! かわいいっ!」
マイエンジェルは、ぴょんぴょことその場で飛び跳ねている。
一方、末妹様のほう。
彼女は何故か、一心不乱にジャングルジムへと突撃していく。幼児特有の、危なっかしくも力強い足取りで。
そして落ちそうになりながらも懸命に遊具の頂上まで登り――。
「にゃーーーーっ!」
コロンビアのポーズ。
喜びを精一杯表現しているらしい。
しかし悦に入っていたのも束の間。
ひとりぼっちで高いところにいるのが不安になったようで、マリモちゃんは泣きそうな顔をして、俺に両手を伸ばしてくる。
「にー……」
「はいはい」
抱きかかえて降ろしてあげる。
すると表情は一転。満面の笑顔になった。
だが今度は、それを見た妹様がやきもちを妬いて、大激怒されてしまわれて……。
俺は下の子たちをあやしながら、母さんに訊いてみた。
「フィーやノワールは子どもだし、せっかく作った帽子も、すぐに入らなくなっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫っ、毎年作るつもりだから! 夏には麦わら帽子。冬には毛糸のお洋服。大事な我が子たちのために編み物が出来るなんて、幸せで仕方がないわ~」
云い切るマイマザーの顔は言葉通りに幸せそうで。
この人が心から、子どもたちを愛していることが分かった。
※※※
夜になった。
フィーとマリモちゃんは、ブオーンに左右から抱きついて寝息を立てている。
だが、俺と母さんはまだ眠ってはいない。
それは作り物があるからではなく、『もうひとりの家族』の帰りを待っているからなのであった。
夜十時くらいになって、その人は戻ってきた。
「……? リュシカが起きてる」
出会い頭の言葉が、それである。
この言葉には、一応の意味がある。
つまりエイベルは、母さんが夜なべして服を作っていたことを知っているのだ。
その完成予定日が、今日であったことも。
服が完成していればいつも通りに眠っているはずで。
なのに起きているということは、まだ作業が終わっていないのではないかと思ったのであろう。
「エイベル、逆だよ。既に完成したから、母さんは起きているんだ」
「…………?」
可愛らしく小首を傾げる先生様よ。
うん。
これは分かってないな?
「エイベル。母さんは、誰のために服を作ってたか、知ってる?」
「……子どもたちのため。私はそう聞いて、材料を調達した」
麦わら帽子の素材は、マイティーチャーが持ってきてくれている。
一方、服のそれは、ショルシーナ商会で購入したものだ。
だから彼女は、マイマザーが買った生地の量を知らなかったのだ。
「えっとね、エイベル。母さんは、『我が子のため』じゃなく、『家族のため』に、服を作ったんだよ」
「――――」
聡い先生は、それだけで意味を察したのだろう。
揺れる瞳で親友を見た。
エイベルの友人は、笑顔で服を差し出した。
「はい、エイベルの分! 頑張って作ったんだから、大事にしてね?」
母さんが渡したのは、夏用のワンピースである。
マイマザーは麦わら帽子と併せて、家族にワンピースを作ったのであった。
フィーやマリモちゃんは贈られた服が気に入ったようで、動物さんスーツの上から着込んで、踊りを踊っていた。
ちなみに云うまでもないことだが、俺の服はワンピじゃないよ?
「…………」
エイベルは、畳まれていた服を広げる。
真っ白なワンピースを。
「んっふふ~……! エイベルってば小柄で華奢だから、絶対にワンピが似合うわよ? ね、アルちゃん?」
パチッとウィンク。
確認なんぞされるまでもなく、俺もそう思う。
母さんの作ったワンピースは、どれも丈がやや短い。膝こぞうが見えるくらいに。
エイベルは脚が凄く綺麗なので、きっと破壊力が凄まじいことになるだろう。
「………………みじかい……」
マイティーチャーも、そのことに気付いたようだ。
うちの先生、ハイパー照れ屋で極端に露出の少ない服しか着ないからな……。
ちゃんと脚が見えたのって、サンタコスのときくらいしかないぞ?
一方女性陣は、彼女と一緒にお風呂に入ることもあるので、日常的に全身を見ているはずである。
「……生地が白くて薄いから、うっすらと透ける……」
エイベルは、無表情のままで顔が真っ赤になっている。
それはもう、気の毒になるくらいに。
母さんは、そんな親友の胸中を知ってか知らずか、グイグイと押していく。
「絶対、絶対、ずぇ~~~~ったい! 似合うわよ? だから、ね? それを着て、皆で海に行きましょ?」
「…………こんな服で、外を」
こんな、っていうけど、膝が見えるくらいだからセーフのような気がするが。
(あ、ダメだ。エイベルがプルプルしてる……)
先生様は俺の視線に気付いたのか、無表情なのに泣きそうな顔でこちらを見つめた。
「……見ちゃだめ……っ」
いや、まだ着てないでしょ?
え? それでもダメ?
そうですか、ダメですか。
その後、母さんとふたりがかりでなだめすかして、説得をし、何とか海に行くことを了承して貰った。
ワンピースも受け取ってはくれたけど、果たして着てくれるのだろうか……?
何にせよ、今夏の楽しみが出来た一日だった。




