第六百二十八話 天覧・共催御前試合(その二十六)
微笑を浮かべながら俺を見ているナゾのオッサン。
俺としては、その存在に首を傾げるばかりだ。
(ただ、あんまりイヤな感じはしないんだよなァ……?)
こんな顔に見覚えはないが、微妙に。
本当に微妙に、『知っている気配』な気がするのだ。
怪しいオッサンは首を傾げる俺を放置し、壁にもたれかけさせられているライオンマンを見、次いでお面ちゃんのママンを見る。
その顔には、驚きと同時に、『悔しさ』のようなものが見え隠れしている。
「チッ。肝心の場面を、見そびれたか……!」
肝心の場面?
一体、何を云っているのだろうか。
答えは、すぐにオッサン本人の口から語られた。
「警報が鳴ってよりの僅かな間に、テオドールとランバーを倒し、しかも治療不可能なはずのルティリアを救ってのけたか……。まさに、人ならざる偉業よな? ん? アルト・クレーンプットよ」
こいつ、こちらのことを知っているのか。
警戒を強める俺に、オッサンは無念そうに続ける。
「信じられんことだが……。俺が一旦避難し、護衛どもを説得して急いで来てみれば、全ては終わった後だとはな。お前、本当に人の子か?」
リュシカ・クレーンプットの子ですがな。
(何者なんだ、このオッサン……? ――少し、探ってみるか。何かが『視える』かもしれない)
気のままの魔力を、薄く、薄く、薄ーく、室内に充満させていく。
余程注意深くなければ、気づけないような微少さで。
この魔力と『根源干渉』を組み合わせて、何か反応がないかを見極めてみる。
(あった……!)
思わず、声が出そうになった。
まず、このオッサンは、いくつかの魔道具を所持している。
魔力の形と編み込まれた術式から、それが分かった。
そのうちのひとつは、警報機。
初めて祭りの時に出会ったぽわ子ちゃんが持っていたそれに似ているが、検知する範囲が、やたらと広い。
おそらく『外』で反応したのは、この警報機なのだろう。
だからこそ、うちの爺さんも驚いていたのだろうな。
もうひとつは、俺が使う――そしてその大元である、『隠匿の魔術』。
アレに極めて近い性質の術式が込められた品であった。
と云っても、あのリュネループの女魔術師の術式と比べれば、月にスッポンの出来映えだ。
だが、そんなものでも有効であるには違いない。
現にこうして俺自身が、このナゾのオッサンの入室に気づけなかったのだから。
そして、一番目を惹くのは、指輪型の魔道具である。
これには、あの『門』に近しい術式があった。つまり、離れたところに移動が出来るものなのであろう。
ただしコンパクトにしたせいか、耐久力があるようには思われない。
おそらく、『一回限りの使い切り品』なのだと思う。
それでも『もしも』に備えるのであれば破格の性能であろう。叶うならば、うちの子たちに持たせてあげたいくらいだ。
そして、こんな魔道具の存在は聞いたことがないから、たぶん魔導歴あたりの遺物なのではないかと思う。
(部屋の外を囲むように、いくつか人間のものと思しき魔力があるな。俺を包囲しているのか? そうでなければ、このオッサンの護衛だろうな……)
そこまで探ったところで、もの凄い疲労と頭痛が襲ってきた。
この力の使い方は、ハッキリ云って燃費が悪い。しかも、効率も良くない。
まだまだ実戦で使えるものではないだろうな。
「うん? どうした、アルト・クレーンプット。顔色が悪いようだが……?」
「いえ、なんでも。――それより、アンタ誰です?」
破格の品を所持しているし、護衛もいる。
この時点で既に当たりは付いているが、一応本人に訊いてみる。
オッサンは、フフンと笑った。
しかし、答えようとはしない。勿体ぶっているようである。
それはつまり、『大物』だということで。
だがら、確信を得た。
この男は、俺の知り合いの――父親だ。
(知らん顔で良いか……。正解を云い当ててもろくな事にはならないだろうし)
俺が黙ると、オッサンは、マジマジとこちらを見つめてくる。
「お前が何者なのかを知りたいのは、こちらのほうだな。――アルト・クレーンプット。お前は、何なのだ?」
何なのだ、とか訊かれてもな。
フィーのにーたですとしか。
「俺には、天才の娘がいてな。だから才あるものの凄さというのを、肌で感じることが出来るのだが――お前からは、そういう『凄味』を微塵も感じん。寧ろ俺と同じ、凡人にすら見えるぞ? しかし、『実績』はそうではない。僅か七歳で段位魔術師にのぼり、しかも写真機なる時代に隔絶した魔道具の発明をしてのけている。これは、まぎれもなく天才の業だ。大いなる矛盾というべきだな」
事情さえ分かれば、矛盾でもなんでも無いんですけどね。
もちろん、それを教えるつもりもないけれども。
「実はな。一度お前を、探ろうとしたことがある」
オッサンは、真顔でとんでもないことを云い出した。
その顔には、笑みがない。
「だが、途中で阻まれた。何者がそれをしたかわかるか? それは、かの商会のエルフたちよ。奴らめ、その気になればいくらでもその存在を韜晦出来たであろうに、堂々と姿を現して邪魔をしたのだ」
「――!」
そんなこと、ショルシーナ会長もヘンリエッテさんも、一言も云っていなかったのに。
「わざわざその身を晒したのは、こちらに対する警告であろうな。つまり、『アルト・クレーンプットに手を出すならば、容赦はしない』という、な。奴らを敵に回すことは出来ぬ。それが分かっていて、姿を見せたのだろうよ。――基本的に人間を嫌い、人との融和を図るラミエル派でさえ、明確な距離があるはずのエルフたちに護られる……。一体、何者なのだ、お前は」
今度会ったら、謝らなくてはいけないな。
いや、お礼を云うべきか。
男は、ベッドのほうへと視線を向ける。
そこには、穏やかな表情で眠る、女性の姿。
「かの名医・ジャクスローが匙を投げた患者であるルティリアが、今はああして安らかな様子でいるのが、こうして目の前で見てもまだ信じられんな。早朝に様子を見せて貰ったときとは全くの別物だ。俺も先程までは、彼女は助からんと思っていたぞ」
オッサンはそう云って、小瓶を取り出す。
見た目から察するに、薬液でも入っているかのようだが……?
「万が一にも役に立てぬかと思い持ち込んだ栄養剤だ。これには、覿面の効果があるとされるカシャバン草が配合されている逸品でな――」
カシャバン草?
カシャバン草だって?
俺は思わず、眉を顰めた。
「あの草は、劇薬の類ですよ。効果は高いが、身体に掛かる負担も大きい。死の床にあえぐ女性にそんなものを与えたら、逆効果になりますが」
「フフン? 成程」
男は、ニヤリと笑う。
「カシャバン草の副作用については、古来よりその判断が分かれていてな。明確に負担があると認定されたのは、ごく最近のことだ。なのに辺境はもちろん、有力都市でもまだ広がりきっていないはずの情報を、どうしてお前が知っている? 余程に耳敏いのか? いや、そうではあるまい。おそらくお前は、知っていたのだ。カシャバン草の効果と害について、当たり前のようにな」
「…………」
「魔道具を作る才知。幼剣姫とすら渡り合える武力。そして既にこの国の大半の術師を上回る魔術の技量。それに加えて、薬学の知識まで一般のそれより逸脱するか……。本当に、お前は何なのだ? アルト・クレーンプット」
口を滑らせたことを、俺は悟った。
或いは、引っかけか。
カシャバン草の副作用を知っているのであれば、この場にそれを持ってくるはずがないのだから。
誤魔化すように、俺は云う。
「……そちらも、随分と薬学に精通しているようで」
「そうでもないが、必要だったのでな。最低限の知識だけはあるさ。ひとつは、俺自身が毒殺を警戒せねばならぬ立場ゆえ。そしてもうひとつ――こちらのほうが重要だが、俺には、生まれつき身体の弱い子どもがいてな。栄養剤の類には、それで詳しくなったのだよ。まあ、薬草に限らず、草花は大好きだから苦にはならなかったがね」
「へえ。草花が好きなんですか」
「ああ、大好きだ。叶うことならば早々に楽隠居して、あとは庭園の世話だけをして余生を過ごしたいくらいにな。――試みに問おうか。エルフと親しいのであれば、希少植物の行方について、何か知らぬか? 繰り返すが、俺は本当に庭の手入れが好きでな。美しく希少な花は、手元に置いておきたいのだ。たとえば、イェイヌーンと呼ばれる花は魔導歴を最後にその存在が途絶えたと云われているが、一方で神聖歴でも、それを見たという者もいる。ちいさく美しい、黄色の花が咲くといわれているのだがな」
希少な草木ばかりの庭園ならばもちろん知ってはいるが、それを教えるつもりはない。
というか、オッサンの目がマジだ。園芸が好きというのは、だから本当なのだろうな。
(これ以上話していると、俺もどんどんとボロが出そうだ。強引に軌道修正をしてしまえ……!)
園芸好きのオッサンに対して、根本的な問いかけをする。
「話が進まないんで教えて欲しいんですが。何で。そしてどうやって、俺を助けてくれるんですか?」
その言葉に、園芸おじさんは真顔になった。
「ふむ。ではまず、『どうやって』、から答えようか。――そこで寝ているブルクハユセン侯に頼むのさ。『今回のこと、無かったことにはしてくれぬか』とな。俺が頼めば、まあたぶん聞いてくれるだろうさ。尤も、死人がたくさん出ているようだと、流石に難しくなるだろうがな。そこはそちらの行いが跳ね返ってくるものだと承知してくれ」
頼む、ね。
そりゃこのオッサンの身分であるなら、相当な無茶も出来るだろうな。
だが、最初の問いが、残っている。
そして、それが最も重要だ。
「じゃあ、こっちを助けてくれる理由は何です? 場合によっては、天下の侯爵家を敵に回す可能性すらあるんですよ? そこまでするメリットは、そちらに無いでしょうに」
「…………」
園芸のおじさんは、目を伏せたままで笑った。
それから、ベッドの女性に視線を移す。
「彼女――ルティリアとは、昔からの知り合いでな。御前試合の観戦に来たのも、彼女を見舞う口実ではあったのさ。だから、ベイレフェルト侯の提案は、渡りに船だった。かのご老人が云ってこなければ、こちらからブルクハユセン侯に『試合を見たい』と云っただろうさ」
男は理由を語った後、ジッと俺を見つめた。
今までのようなふざけた雰囲気のない、ともすれば苛烈さすら感じられる瞳であった。
「――俺の妻を助けてくれたのも、お前なのだろう?」
「…………っ」
一瞬、身を竦めた。
けれども俺は、すぐに平静を取り繕って首を振る。
「違いますが。何か誤解をしてません?」
「そうか。語りたくないのか、或いは語れないのか。ならば、重ねて問うまい。だから、これは独り言だ。――大切な者を救って貰った。ならば、その礼くらいはするさ。お前がどう思おうと、俺にとっては、それで充分なのさ。つまりはまあ……こいつはただの自己満足だな」
そう云って男――この国の王は、ニヤリと笑った。




