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妹のいる生活  作者: むい
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第六百二十六話 天覧・共催御前試合(その二十四)


 さて、どうする……?


 俺は思い悩む。


 あのイケメンが弱っちい相手なら瞬殺させて貰うのだが、そのへんは望み薄だろうし……。


「どうした!? 何故、出て来ぬ!? そこにいるのは、分かっているのだ!」


 カンって、音がした。


 これはアレだね。

 俺がいる位置の扉の反対側に、ナイフか何かが刺さった音だろう。


 フードをしっかりと被り、姿を現した。

 男の顔が、驚きに変わる。


 そりゃそうだろうね。

 まさか、子どもが出てくるとは思うまい。

 でも驚くって事は、少なくとも御前試合の会場にはいなかった人なんだろうね。


「何者だ、貴様……? 小柄なドワーフ、というわけでは、あるまいな?」


「…………」


 まあ、誰だか分からないってのは、良い材料にはなるのかな? 

 混乱や誤解は、戦う上で重要な要素になり得る。


「ゴーストの類……でもなさそうだな。気配は微塵も感じない。だが、貴様には『音』がある」


 成程ね。

 この人、俺の気配遮断を破ったのではなく、かすかな物音で侵入者に気付いたのか。

 一方通行な場所のおかげで、注意を払うのは前方だけで良かった、ということなのだろうか。


 イケメンさんは、剣を向ける。


「貴様に少しでも誇りがあるのであれば、名と目的を告げよ! 貴様は何者で、何を欲してこの場に現れた!?」


 風の魔術を喉に展開。

 声色を変える。


「――名を問うならば、そちらが先に名乗るべきであろう」


 これは、挑発ではなく、時間稼ぎ。

 僅かでも隙を見つけられれば、それで決められるのだが。

 なお、口調もわざと変えている。

 そのせいか、男は不審げに首を傾げた。


「声と口調が、姿と合わぬな……。つまり、人ではないということか」


 もちろん、そんな呟きには答えてあげない。

 その必要性がない。


 彼はいよいよ、『俺』を不審者だと考えたらしい。


「最後の確認だ。貴様は、名乗るつもりはあるのか?」


 ないよ。

 あるわけがない。


 俺の態度でそれを察したらしい男は――。


「――ッ!?」


 一瞬で距離を詰めて、斬りかかって来やがった!


 身体強化と認識強化がなかったら、即時に両断されていたかも知れないスピードだ。


 斬撃を躱し、距離を取る。

 充分な間合いのうちに避けたつもりだったが、ローブの一部が裂けていた。

 薬瓶は大丈夫か、これ?


 一方で男は、驚きと警戒を同時に抱いたような顔をしている。


「我が渾身の一撃を、躱したというのか……ッ! しかも、この剣の一撃を……っ!」


 その長剣は、奇妙な光を纏っているように見えた。

 あれは、魔力だろうか。

 刀身以上の当たり判定があったのは、きっとそのせいなんだろうな。


「魔性武器……」


 俺は呟く。


 その手の武器が希少なのは知っているが、ガドに実物を見せて貰ったこともあるし、ヤンティーネに『対・魔性武器』の指南を受けたこともある。


(それで服を切り裂かれているんだから、世話無いよね。ここにティーネがいたら、絶対にダメ出しを喰らっただろうな)


 だが、今の一撃で計れたことも多い。

 切り札もあるのかもしれないが、その前に終わらせた方が良いであろうことも。


(長引かせるのは危険な相手だ。そもそも、薬瓶がヤバいだろう)


 たぶん、対応できる。

 自分を信じるしかない。


 次の攻撃でカウンターを取る。

 それに賭けよう。


「……むッ!?」


 相手の男が、眉間に皺を刻む。

 魔力感知はないだろうが、それでも俺の雰囲気が変わったことに気付いたらしい。


「我が剣を見ても臆することなく、しかも素手で挑むつもりか……! よもや貴様、精霊の類ではあるまいな!?」


 精霊ねぇ……。

 家族と知り合いと敵対者には、いるけどね。


 魔力を集中。

 充分に身体に満たし、同時に相手の一挙手一投足を見逃すな。


(来た……ッ!)


 男の身体が爆ぜる。


 認識強化によって、相手が必殺の一撃を狙いつつも、こちらからの反撃を警戒していること。

 そして同時に、動作に細かなフェイントを入れていることが分かる。


 格下の相手ならばそのまま斬れるだろうし、同格でも、これに引っかかるかもしれない。

 つまり、戦慣れしているのだろう。


 ――ただ、俺にはよく見えている(・・・・・・・)


 だから、引っかかったフリも出来る。


 男の剣は、俺の狙い通りの軌道に入った。

 その瞬間に、魔力を込めた両の掌で剣を叩き落とし、同時に無防備な身体に、一撃をお見舞いした。


 雷絶。

 確実に気絶して貰うために、かなり強めに。


「ぐは……ッ!?」


 もしもこの場面を第三者が見ていたら、斬りかかった男が、いきなり吹き飛んだように見えたことだろう。

 俺のカウンターは、上手く当たってくれたようだ。


 男の身体は、廊下の壁に叩き付けられる。


(ちゃんと、気絶してくれたよね?)


 すぐにでも木陰の間に走り込みたいが、念のための確認をしてみると――。


「ぬ、ぬぅぅ……っ!」


 男は、震えながら立ち上がっていた。

 その目には、強烈な『執念』のようなものが浮かんでいる。

 つまり、気力で起きてきたということなのだろう。


「ぐ……っ」


 立ち上がった男はしかし、ふらりと身体を揺らした。


 瞳がぐるりと動いて、白目になりそうになり――。


「フン……ッ!」


 魔性武器を失っている男は、予備の剣を抜く。

 そしてそれを、迷わず自らの脚に突き立てた。


 凄まじい痛みがあったはずであるが、結果として、完全に覚醒したらしい。

 震える身体で、血の付いた剣を構え直した。


(いや、おかしいだろ……)


 何だ、その情熱。

 そこまでして、侵入者を防ぎたいのか。


 それでも、フラフラじゃないか。

 しかもケガまで負ったのだから、戦闘力だって大幅に低下しているはずだ。

 立っているだけでもキツいはずである。


「い、行かせぬ……ッ! あの方たちの最後の別れを、決して邪魔立てはさせぬぞォ……ッ!」


 彼が立ってきたのは、忠義。


 つまり、ライオンマンやお面ちゃんが、お母さんと末期(まつご)の別れを出来るように、命を張ってでも俺を止めるつもりということなのだろう。


 なら余計に、その『想い』に殉じさせるわけにはいかない。


 あの子も、そして貴方も。

 彼女を見送るのは、もっとずっと先で良いんだ。


(次の雷絶で、確実に意識を断つ……! 彼が再び起き上がる前に、全てを終わらせる……!)


 そう考えた矢先、ギョッとした。


 彼は自らの舌を、上下の前歯で挟み込んだのである。


(死んでも意識を失わないぞということか!? これ、ヘタに仕掛けたら、この人、死んじゃわない!?)


 適切な手加減を、俺は出来るだろうか? 

 一歩間違うと、お母さんは助かっても、この人が天国行きだ。


 お面ちゃんの心情は知らないが、ここまで尽くしている人が亡くなれば、あの子はやっぱり悲しむような気がするぞ。


 どうする!? 

 どうすれば良い!? 


 戦闘を続行するか? 

 それとも、いっそ置いて逃げるか? 


 いや、無視して部屋に直行しても、この人はきっと追ってくる。

 矢張りここで、何とかせねばならない。


 イチかバチかに賭けるしかないか――。


 そう思った矢先、複数の足音が聞こえた。

 増援が来てしまったのだろうか?


「おーい! おーい!」


 間の抜けた声に、思わずギョッとした。


 それは、俺の知る三人――ハトコ様とスラックス兄弟であった。

 覆面はしているが、間違いようがない。


「な、何でここに!?」


「警報が鳴ったのに戻ってこないって事は、抜け出せなくなったってことだろう? 故に、微力ながら助太刀に来た!」


 そう云い切るのは、たぶん『兄』のほう。


 いや、警報が鳴ったなら、寧ろ逃げろよ! 何で火中に飛び込んでるのよ!?


 ここに来たって事は、当然玄関前を通ったはずで、うちの爺さんも、さぞやギョッとしたことだろう。

 三人とも、後でゲンコツを喰らうんじゃないか?


「よく分からないが、この男と対峙(ケンカ)していたんだろ? なら後は俺や兄ちゃんと、このちっこいので足止めしてやるから、お前は行ってこい!」


『弟』が、そう云う。


「そうだぜ! 俺たちだって、やれるんだ!」


 ブレフまでもが、そんなことを。


 だが、ここで行かねばどうにもならない。

 お母さんの命も、爺さんのことも。


「……分かった。頼む」


 後はもう、信じるしかない。


 このお節介焼きの、大バカ者たちを。


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― 新着の感想 ―
[一言] > 当然玄関前を通ったはずで、うちの爺さんも、さぞやギョッとしたことだろう。 3人通れるようにフォローした爺さん、現在絶賛大ピンチだよねこれ! ゲンコで済むのかなぁ。
[気になる点] 油断したらアルでも瞬殺されるような相手に、ブレフ達で時間稼ぎが出来るようにはとても思えないのだけど、どう戦うのかな。
[良い点] これで間に合わんかったら マジでただの逆賊に… [気になる点] 王国一の医者が匙を投げた病を、 アル(ヴルスト)が治せる事や、 それを治せる薬をエルフから貰える事 これはもうバレても良いの…
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