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妹のいる生活  作者: むい
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第六百二十一話 天覧・共催御前試合(その十九)


「うー……。あー、ぅ~……」


 寒々とした控え室の中で、ちいさな少女は手を伸ばした。


 それは、木剣を拾うために。

 けれども、未来を掴むために。


 彼女はここにいながら、この場にはない、『母』の姿を考える。


 毎年、侯爵邸の庭に、一緒にお花を植えるのが楽しかった。

 共にお世話をして、つぼみが花開くのを喜んで。


 けれどもそれは、もう叶わない。


 ならば、せめて『母』の願いだけは。


「あー……。ぁーぅー……」


 いない誰かに語りかけるその少女に、獅子の如き男は、背中から語りかけた。


「――怪物だぞ、アレは」


「ぅー……?」


「お前の、対戦相手だ。やる気も闘気も微塵もないが、あれこそはバケモノよ。この俺ですら、完全武装で挑んで、勝てるかどうかの予測がつかん。そも、強さの底を計らせなかったのだからな。――ベイレフェルト侯が、気前よく貸してくれるわけよな。つまり、信頼しているわけだ。自らの手駒が、ここで壊れるはずが無しと」


 男の言葉に、少女は何の反応も示さなかった。

 手に持った長い木剣を、呆けたように見つめるのみで。


「フン。お前には、何も理解できまい。語りかける意味も、故に無かったということか」


 男は、懐にあった短剣を投げつけた。

 ちいさな剣は恐るべき速さで少女の背中へと向かう。


 しかし次の瞬間。

 銀色の金属はふたつに分かれて左右に散った。


 男は、満足げに笑う。


「木剣で、鉄の剣を斬ったか。折るでもなく、弾くでもない。ましてや、砕くのでもなく、な」


 あれが魔導の申し子ならば、我が家にも天才がいる。


 男は――ブルクハユセン侯ランバーは、そう考えたのである。


「ベイレフェルト侯よ。卿は俺の盟友であり、尊敬すべき年上の同輩ではあるが、今回ばかりは遠慮無く、あの秘蔵っ子を叩きつぶさせていただく。尤も卿は、そうなっても眉ひとつ動かさぬであろうがな」


 笑う男の傍で、ちいさな少女はぼんやりと長剣を見つめていた。


※※※


「さぁっ! 天覧・共催御前試合も、最後の戦いとなりました! 果たして、どのような結末を迎えるのでありましょうかっ!?」


 インターバルが終わり、再び満ちた観客席は、中央に再設置された武舞台に、その目を集中させている。


 しかし壇上にいるのは、実況役の男だけ。


 最後の闘技者は、これから現れるのである。


「日の出の方角より出でたるは、四戦全てにおいて圧倒的な強さを誇った侯爵令嬢、幼剣姫トゥーリだッ!」


 長剣を引き摺り、首を傾げながら進み出る仮面の少女。


 彼女は実況役の声も観客たちの歓声も聞こえていないかのように、ぼんやりと空を見上げている。


 そんな少女が、勢いよく通路のひとつを振り返った。

 急激な首の動きに、実況役の男はたじろぐ。


「さ、さあ! そして日没の方角より現れるのは、魔導の大才! 本日、二桁以上の戦闘をこなし、その全てを評判悪い勝ち方で制した段位魔術師! その名も、ヴルストォ!」


 フードを目深に被った少年が姿を現すと、会場からはブーブーとブーイングが飛んだ。

 既にこの『寂れた商店街』のような気配を放つ少年は、単なる卑怯者なんじゃないかと思われているようである。


 本人はその不人気っぷりにやけっぱちになっているのか、ちいさく「デストロォイ……」と呟いた。

 それを聞いた実況役の男が、顔を引きつらせる。


 これって、異常な子ども同士の戦いなのかなと思われたのであった。


(戦闘前の口上を訊かなくて良いと、侯爵様に云われていて良かったな……)


 彼は、そう考え、ホッとした。

 実際は、自分の娘に喋らせることは無理だと理解しているランバーが厳命した結果なのであるが。


 そうして、子どもふたりがリングの上で対峙する。


 仮面の幼女は木剣を強く握りしめ、小刻みに揺れていた。

 今にも飛びかかりそうな有様だ。


 他方、フードの少年のほう。

 彼はしきりに長い袖を気にしていた。


 実況役の男は、そんなにサイズ違いが気に掛かるなら、最初からちゃんとした服を着てくれば良かっただろうにと呆れている。

 それをヴルストが聞けば、もう一度デストロイと呟いたことだろう。


 実況役は気を引き締め、自らの職分の忠実な徒であろうとする。


「天覧・共催御前試合、唯一の五戦目ッ! 間もなく開始となります! 幼き剣士の攻撃は、果たしてこの魔術師に届くのか!? そしてこちらの魔術師は、剣士相手にいかに立ち回るのか!?」


 その発言は、会場の全員が思っていたことであろう。

 魔術師と剣士の戦いは、どちらかのワンサイドゲームになりやすい。


 即ち、剣士の速度の前に、一方的に魔術師が倒されるか。

 魔術師の射程の前に、なすすべ無く剣士が敗北するかである。


 だから試合を見る実力者たちは、戦いの鍵は『詠唱の隙間』であると考えていた。

 距離と時間の勝負だと思ったのである。


 しかし次の瞬間、ギャラリーたちは二度驚くことになる。


 なんと開始前の時点で既に、魔術師ヴルストは巨大な水球を発現させていたのであった。


 バランスボールくらいの大きさの水の球の出現に皆が驚き、そして『良いの、これ!?』と云った様子で、審判を振り返る。


 しかし審判としても、元は武技と武技の戦いの判定者なのである。魔術による『事前準備』の取り決めなどは考えていなかった。


 なので審判役も、どうしますかとランバーを振り返る。

 侯爵は鷹揚に頷いた。


 ブルクハユセンの若き当主は、こう考えたのである。


 ――魔術の準備も出来ぬ段階で一方的に我が娘が勝利しても、皆は『間抜けな魔術師が敗れただけだ』と、相手の弱さしか考えぬであろう。寧ろ魔術の用意をした相手をたたきのめしてこそ、その強さが注目されるはずである。


 以上のことから、ヴルストの行為は黙認された。

 しかし観客たちからはフードの少年に、大きなブーイングが巻き起った。デストロォイ。


 次の瞬間、二度目の驚きが巻き起こる。


 空中に浮かんだ大量の水。

 それが棒状に伸びたのであった。

 そして、瞬時に凍り付く。

 人々は、その形状の意味を知った。


「槍……ッ! これは、氷の槍です……ッ! まさかヴルスト少年、幼剣姫相手に! この剣の達人にッ! 武術で試合を挑むようですッ!」


 実況役の男は、何故フードの少年が袖の長さを気にしていたのかも理解した。

 体格に不釣り合いな服を着ている理由はナゾのままではあったが。


「図に乗るな、卑怯者ーっ!」


「負けたときの云い訳のつもりかーっ!」


 観客や、ヴルストに負けた出場者たちからはヤジが飛んだ。

 彼らには、まともに戦うつもりが無いものと思われたのである。


 尤も、ヴルストの中の人――アルト・クレーンプットにそのあたりのことを訊けば、


「まともに戦うつもり? あるわけ無いじゃん。だって普通にやったら、俺より腕前は上だと思うよ? 最初から、八百長試合で良かったと思うんだけどなァ……?」


 と、当然のように答えたことであろう。


 かくの如く不評な『氷の槍』であったが、一部の者たちは表情を変えていた。

 それは会場にいる、一定以上の実力者たち。


 そして、当の対戦相手である幼剣姫。


「これは驚いたな……。様になっておるわ」


 ランバーも、そう呟く。


 槍を構えたヴルストの姿は、堂に入っていたのである。


「魔術も武器も使いこなすか……。しかし、そうでなくては面白くない。我が娘よ。こういう手合いを打倒してこそ、その勝利にも価値が出るというものだ」


 彼は、天を仰ぐ。


 まだ昼間だけあって、蒼い月は見えない。


「ムーンレインは月の女神ゆかりの国。ならば俺が祈っておこう。――月神よ、我が娘に、七難八苦を与え給え!」


 その声と同時に、始めの合図が響き渡る。


 幼剣姫は相手が難敵であると認識をしたが、退くつもりは一歩もなかった。


 彼女の母親の命は、間もなく尽きる。

 今、この瞬間にも。

 だから一刻でも早く勝負を決め、報告へ行かなければならなかったのだ。


「ぅ~……っ! あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 裂帛の気合いと共に、仮面の少女は跳躍した。


 柔軟性を最大限に活かした踏み込みは弓を射るのにも似て。


 およそ人間の子どもの出せる速度であるとは思われなかった。


 けれども彼女の対戦相手は、僅か七歳で段位魔術師に至った、この世界ただふたりのうちのひとり。


 この異常な速度による一撃に、焦りもしない。恐れもない。


 氷の槍を静かに構え、超高速で迫る少女を、ジッと見据えていた。


「キミが守ろうとしているものは、俺が守ろうとしているものでもある。だから、わかるよ、その気持ち」


 彼はそう考え、観客席にいる、最愛の家族たちを思い浮かべた。


 こうして、天覧・共催御前試合。


 その最終戦が始まった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔術師だから武器はないと 思わせるための氷の槍(現地調達)かな? [一言] 試合はじまた。
[一言] 一般の人たちから見るとやっぱアルト君てば化け物扱いなんですなぁ。 自分の中での比較対象が世界トップクラスしかいないのが運のツキなのか。
[一言] ヴィリーくんの時も思ったけど子供達が背負うモノ、重たいの多いなぁ・・・角度は違えど、家族のために頑張ってるのは少しでも救われて欲しいな
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