第六百十五話 天覧・共催御前試合(その十三)
「そこまで! 勝者、ヴルスト!」
いくつかの第三試合を終えた。
まあ、相手がギルド所属じゃないから、コスい勝ち方をさせて貰ったんだけどね?
具体的には、相手が突っ込んできたら水たまりを作り出し、足を滑らせたところにお尻を蹴っ飛ばしてリングアウトして貰うという寸法だ。
凄く有効的なはずなんだけど、皆に微妙に冷たい視線で見られている気がするのは、どうしてなんだろうね?
「お前……。本当に神童なの、か……?」
スラックス兄弟からの言葉も、疑問系になっている。
まあ、俺の実力なんてこんなもんよ。
(あ~あ、ライオンマンが、睨んでいるよ……)
グランパの言葉通りなら、俺が凄く強く見えないと、意味がないのだろうからね。
でも弁解させて貰うとね、この戦い方は燃費が良いし、何より相手がケガをしないで済むのよね。
俺は楽が出来、向こうも安全に帰れる。
つまり、双方の理にかなうと思うのよ。
「ヴルスト。侯爵様がお呼びだ」
そんな風に考えていたら、呼び出しを喰らった。
俺は、すごすごとついて行く。
「――どういうつもりだ、これは」
冷静さを装いながら、青筋を立てているランバー。
「出来る範囲で、ベストを尽くしました」
俺としては、こう答える以外にないが。
「ベストだと? これがか? 俺は力の限りを尽くせと命じたはずだが?」
「労少なくして最上の結果を得る。つまりは、ベストでしょう?」
うん。
詭弁だってのは、分かっているんだ。
だって俺自身が、ベストを尽くそうとしてこの戦い方をしたんじゃないからね。
ライオンマンは、口元をひくつかせる。
「くく……。労少なくして、か。まるでベイレフェルト侯のような口ぶりよな? これも、あの方の薫陶なのか?」
んなわけ無いじゃん。
取り敢えず、適当なことを云っておくか。
「強き者には強き者の。そして弱き者には弱き者の戦い方というものがありましょう。身の丈に合っていることが重要であり、また肝要であると、自分は考えますが」
「ならば、なおのことよ。段位魔術師が『弱き者』などであるなど、許されることではあるまい?」
「許されようが許されまいが、自分が『弱い』というのは、動かない事実ですので、出来る範囲で、やれることをやるだけですよ」
割と失礼な返し方をしたが、ランバーは激発しなかった。
寧ろ、妙に醒めた目で、ジッとこちらを見据えていた。
「――成程。お前を本当に動かしたいのであれば、相応の『動機付け』が必要と云うことか。よく憶えておこう」
むむむ……?
激情家っぽく見えるのに、冷静な分析とかも出来る人なのかな、この侯爵様は。
すぐに怒ったり、感情を顔に出すタイプのほうが、やりやすいんだけどなァ……。
腐っても、天下の五侯。
一筋縄では行かないということか。
(う~ん、どうしよう? この際だし、もうちょっと無礼を重ねちゃっても良いのかな?)
どうせ、この侯爵との『仲良しルート』とかはないだろうし、無礼討ちされない範囲で、訊きたいことを、訊いておこうか。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「なんだ」
ライオンマンは持ち前の強面でジロリと睨んでくるが、俺の発言を許容した。
普通、平民の小僧からの質問なんて、無礼に過ぎて許可しないだろうからね。
変なところで頓着しないというか、寛容というか。
「つい今し方、『動機付け』と仰いましたが、ご息女は、何のために戦われているのでしょうか?」
この質問には、一応の意味がある。
もちろん単純な興味もなくはないが、彼女の理由――その『根っこ』のところを押さえておかないと、実際に戦闘になったときに、重大な掛け違いが発生しないとも限らない。
そこだけは、きちんと押さえておきたかった。
単純に戦いを好むのか。
家の名誉のためなのか。
或いは別の何かがあるのか。
まさか、あの子相手にも、『水たまり大作戦』を使うわけにも行かない――そもそも通用しない気がするが――からね。
「…………」
意外なことに、俺の質問にランバーは黙り込んだ。
そこにあるのは、奇妙な無表情。
目の前の獅子のような男の胸中が、まるで読めなくなった。
やがて、彼は独り言のように呟く。
「――知らぬ、な」
「知らない?」
だって、ライオンマンが『出ろ』と云ったか、あの子が『出たい』と云ったかしたから、こうして今日、武舞台に立っているんだろう?
そこには願いなり狙いなり、『想い』があったはずで。
「アレが何を考えているのかなど、俺にはわからん。――或いは、考えなど、初めからないのかもしれぬがな」
「…………?」
それは、どういう意味だろうか。
後先考えずに物事を決めるタイプということか?
でも、勢いだけで行動する感じには、見えなかったけれども。
そんな沈黙の間隙を縫うように、後方からは歓声があがった。
件の『幼剣姫』が、三度目の試合に現れたのである。
(やっぱり、ちょっと奇妙な感じだ)
通路の奥から現れた者。
顔全体を覆う仮面を付けた、ちいさな女の子。
彼女は不可解にグニャグニャと揺れながら、リングへと歩いてくる。
長い木剣を、ズルズルと引き摺ったままに。
「神童よ。お前はアレに、何を見るというのだ」
まるで俺の質問が愚かしいことだとでも云わんばかりに、ブルクハユセン侯は呟いた。
対するは、ベテランっぽい雰囲気を持った冒険者。
三戦目あたりから、いよいよ『ふるい落とし』が始まる。
一~二戦目までは、見るべきところがあれば、主催者側は勝ちを譲ったようだ。
もちろん、あの子やブレフのように、その異常な戦闘能力で問答無用に勝利を掴んだ者もいたようだが。
だからか、割と真剣な目をして、冒険者は云う。
「キミが強いと云うことは分かった。ここは年少の部であるのに、或いはこの御前試合の挑戦者中で最強なのは、キミかもしれないな。故に、相応の態度で相手をさせて貰おう!」
その堂々とした宣言に、彼女は答えなかった。
闘志をみなぎらせるでもなく、恐れおののくでもない。
まるで――。
そう、まるで、目の前の冒険者など、認識できていないかのように。
彼女は、カクンと首を折り曲げた。
その視線は、真っ直ぐ、この俺に。
「――――ッ!?」
思わず、身を竦めた。
今の今まで希薄だった少女の『意志』は、明白に俺に向かって放たれている。
何で?
どうして?
彼女は何を思い、俺に感情を向けているのか。
「――考えるだけ無駄だぞ。いや、無意味と云うべきか」
どこか淡々とした声が、背後から響いた。
それは、ライオンマンの呟きである。
(なんなんだ、この親子。何がなにやら、サッパリ分からない……)
どう戦えばいいのかも、分からぬままに。
審判役と医療スタッフがリングサイドに現れて、幼剣姫の第三試合が始まった。
「行くぞ!」
そう云って駆けていくのは、ベテランっぽい冒険者。
その手にある剣と盾は木製ではなく、鉄製であった。
刃落としされているとはいえ、年長者の側がこれを使って良いものなのだろうか?
しかし、ランバーは何も云わない。
こんな不利を、許容するのだろうか。
(身のこなしも、大したものだ)
駆けていく姿で分かる。
この冒険者は、スラックス兄弟よりもずっと強いはずだ。
たとえば横から矢を射掛けられても、躱すか捌いてしまいそうな雰囲気だ。
対して、あの幼女は動かない。
棒立ちのまま、だらりと剣を下げているだけ。
異変があったのは、駆けている冒険者のほうだ。
彼女の間合いに入る前に、ビクリと震えたのである。
「~~……ッ!」
彼は急ブレーキをし、それどころか逆に後方へと跳躍した。
その顔には、明かな『恐れ』があった。
「ほう……? 気付いたな」
ライオンマンが、感心したような声をあげた。
俺が振り返ると、侯爵は口元を歪めた。
「奴は、あのまま突進すれば、その瞬間に頭を割られることに気付いたのよ。こういう嗅覚の良さは、冒険者ならではか」
仮面の幼女は、ちいさく首を傾げたままに男を見ている。
そして、今度は逆方向に首を倒した。
そのまま、一歩前へと進む。
「――ッ!」
それだけ。
ただそれだけで、男は二歩も三歩も後退した。
まるで、これ以上進めば、終わってしまうと思い込んでいるかのように。
「思い込みではないぞ」
侯爵は呟いた。
冒険者は、最大の緊張感を持って盾を構えている。
それはまるで、シールドの陰に隠れているかのようにも見える。
「どうしたーっ! 何で戦わねェーーっ!?」
「まさか、そんな子どもが怖いのかーーっ!」
観客席からは、ヤジが飛ぶ。
けれども男は、そんな非難など耳にも入っていないかのように、盾を前へと押し出していた。
彼が動かないと分かったからか、侯爵令嬢は剣を下げたまま、ゆっくりと前進を始める。
冒険者は退がろうとして、もう後がないことに気がついたようだ。
しかしそれでも、攻撃をしなかった。
防御だけに集中しているようで。
(いや。もっと単純に、恐れているんだ)
対峙する者には、それ程の圧があるということなのだろう。
俺も、彼女から向けられた『敵意』のようなものに、確かに恐怖を感じたのだし。
幼剣姫は緩慢な動作で、冒険者の前へとやって来た。
男は絶叫し、盾を構えたまま、剣を振り上げた。
次の瞬間――。
宙を舞うのは、壊れた盾と、曲がった剣。
そして、頭を割られて吹き飛ぶ、冒険者の姿。
ツバメ返しどころではない。
彼女は刹那の一瞬に、盾を弾き、剣を折り、そして頭部を打ち付けていたのだ。
顔の向きは変わらないままに。
まるで、腕だけが別の生物であるかのように。
恐るべき連撃であった。
凄まじい速さと威力であった。
それでもたぶん、あの少女がその気なら、もっと続いた。
(あれは、ただ間合いにあるものをデタラメに攻撃したんじゃない)
武器と防具を無力化し、無防備になった頭を、明確に狙っていたのだ。
狙いが正確だということだ。
強いのだ。単純に。
「――神童よ。俺の娘が何のために戦うのか、お前には理解できたのかね?」
侯爵は嘲るように、背後からの含み笑いを、俺に届けた。




