第六百十話 天覧・共催御前試合(その八)
「神童よ。シャークの孫は、我が弟ガイ相手に、何分もつと思う?」
「さあ……? 勝敗ってのは、相対的なものでしょう? 俺は貴方の弟さんの力量も、今日のコンディションも知りませんので」
ブレフのほうは、調子良さそうだったな。
爺さんと一緒に、朝からうな丼を三杯も食べたって云ってたし。
というか、この人ホントにここに居座るつもりなのね。
俺はフィーに手を振るので忙しいのに。
でもマイエンジェルよ。
流石に、ハトコ様の試合くらいは見てあげような?
スラックス兄弟の兄のほう――ベリウス氏は、俺の言葉に唇をつり上げた。
「我が弟ガイは、将来の大器。セロ周辺では、去年から討伐で名を挙げている。現時点でも実績は充分だがな」
えーと……。
セロ周辺のモンスターって、一昨年にあの従魔士が騒ぎを起こした影響で、大きく弱体化してるんじゃなかったっけ?
だから去年のセロは比較的安全だったし、駆け出しの冒険者も安心して仕事にはげめたとかなんとか。
逆にランクの高い冒険者は、他所の街に行ったと爺さんに聞いたが。
「……試みに問いますが、あなた方のランクってどのくらいですか?」
「フフ、それを聞いてしまうか。兄である俺が七級。そして弟は八級だ」
下級じゃん、って思ったが、生き残っているだけ立派と云うべきか。
筋肉ムキムキの執行職は、こんな風に云っていた。
「若ェヤツってのは、兎角無理をしがちでな。将来有望そうなヤツでも、猪突して命を落とすんだ。危険なのは、魔獣との戦いだけじゃねぇ。山歩きの最中に滑落するだけでも、命に関わる。人がいない場所に向かう職業ってのは、そういうモンだからな。『まず、生きること』、これを新米どもには、第一に叩き込むことにしてるぜ、セロではな」
冒険者のランクは、十級から零級までの十一階級。
ただし、十級と零級は、扱いがちょっと違う。
たとえば十級は本当の駆け出しの場合もあるが、別の職を持っている人が、『取り敢えず取得している』という場合もあって、特に本職が戦闘職だと他の冒険者よりも圧倒的に強い十級取得者なんかもいるそうだ。
そういえば『第四王女派』の宮廷魔術師・フィロメナさんが、昔友人に付き合って十級だけ取って、そのままになっているとも云っていたか。
あの人がそこら辺の冒険者に後れを取るとは思えないから、これも『強い十級』に含まれるのだろうな。
『別枠』以外の冒険者をざっくりと区分すると……。
九級から七級までが『下級冒険者』。
六級から四級までが、『中級冒険者』。
そして三級から一級までが、『上級冒険者』となるらしい。
ただし、中級冒険者で、既に相当な猛者揃いになるみたいで、上級冒険者というのは、本当に凄いことのようだ。
特に一級冒険者は、人類全体という区分で見ても、てっぺんに近い存在みたい。
だから、数も少ない。
で、零級冒険者だ。
これは一級の中でも特に功績を挙げた者が、王侯貴族の推薦を受けてなることの出来る地位のようだ。
ただ、ここが面白いところだが、冒険者の中には、そうした『お偉方』と付き合うなんて真ッ平御免だという人も少なからず存在して、だから実績的には零級クラスか、それを上回るのに、一級のままの人もいるんだそうだ。
なので単純に、『零級は一級の上』と判断することは難しいのだとか。
たとえば『世界最強の冒険者』と呼ばれるのは、ハイエルフのルヴァネルという人物だが、この人は『禁忌領域』のひとりでもあるし、世間一般には『ハイエルフ族でも一番強い』と看做されている。
そんなルヴァネルも、やっぱり王侯貴族の相手は嫌いらしい。
いや、エルフだから、単純に人間嫌いの可能性もあるのか。
だがこのハイエルフは、確実に、『零級以上の一級』だ。
ただ、零級になるには、一級で功績を挙げた人だから、『並の一級』よりも強いのは確かだろうが。
いずれにせよ、俺の隣の七級冒険者は、弟の八級冒険者の勝利を確信しているわけだ。
まあ、ブッ飛んで強い子どもなんて滅多にいるわけじゃないから、ある意味で仕方のない判断だとは思うけれども。
(出場者自体、玉石混交って感じだね……)
予選らしきものは、きっとセロ以外でもあったのだろう。
武舞台に上がる年少者たちは、大なり小なり武器が使えている。
ただ、そこは成長力に差が出る子どもだ。
俺のような素人から見ても、しっかり鍛えている子と、なんとか戦えているレベルの子の差が見て取れる。
もちろん中には、「おっ!?」って思えるような子もいるけれども。
この御前試合、対戦は一試合のみが行われているのではない。
数を絞ったと云っても、出場者はそれなりにいるから、年長の部と年少の部で四試合ずつ、計八試合が同時に行われている。
だから目端の利く子なんかは、わざと目立つように振る舞っていたりもする。
逆に注目を浴びることなど考えずに質実剛健に戦う子や、いかにも頭が真っ白になってますって感じの子もいるが。
血の繋がった友人、ブレフが上がったリングは、年少の部では俺の位置から一番遠いところであった。
勢い込んで武舞台に乗り込んだ友人は周囲をキョロキョロし、うちの家族やシャーク爺さんを目敏く見つけ、十手を掴んだ腕をブンブンと振っている。
しかしすぐに、キョロキョロを再開する。
たぶん、俺を探しているのであろう。
やがて彼は俺のほうを見る。
大声で何かをわめいているが、声が届かない。
視力強化で見る範囲の唇の動きだと、
「お!? アルーっ! お前かーーっ!?」
だと思うんだけどね。
ブレフの奴にはこのローブは見せてないから、背格好で『俺』だと踏んだんだろうが。
ちいさく手を振ってやると、ハトコ様はニパーっと笑った。
無邪気な笑顔だ。
思わず苦笑いが漏れる。
一方、観客席にいる妹様は、それを見て憤懣やるかたないと云った様子で、俺に向かって更に大きく手を振り出した。
あ、押さえつけようとした母さんに、良いチョップが入ったな。
これは後でお説教コースか。
「ほほう? 我が弟の対戦相手は、不思議な武器を持っているな? 鉤の付いた鉄の棒とはな。目立つために拵えたのか、それとも本当に使いこなせるのか。しかし前者であれば、後悔することになる。うちの弟相手に、不慣れな武器で挑戦した愚をな」
この人も、大概な弟好きだよね。
まあ、兄弟仲は良いに越したことはないけどさ。
「しかし、シャークの孫は、年少の部の出場者にしては、背が高いな。将来的に筋肉も付きそうな体つきだし、パワーはそこそこあるのかもしれん」
あいつ、どんどんでかくなるからなァ……。
190とか、届くかもしれない。
うちの爺さんが、確か187くらいだから、同等か追い越すかは、するのかも。
そしてスラックス兄弟の弟のほうも、こちらに振り返って手を振っている。
お兄ちゃん子か。
あー、あー……。
お兄さん、とても嬉しそうにしているよ。
口元をゆるませて、こんなことを云う。
「フフ……。見ていよ? 八級冒険者の強さというものを。弟のヤツ、一瞬で決めてしまうかもしれんな……!」
弟さん、あんま武闘派に見えないんですけどね。
彼が使うのは、オーソドックスな片手剣のようだ。
所謂、ショートソードと呼ばれるものだが、その中でも更に短い部類に入るものだろう。
もう片方の手には、ちいさめの盾。
共に、木製だ。
いかにも『駆け出しの冒険者』って感じで、なんだか微笑ましい。
いや、今回の装備品は、会場の貸し出し品だろうけれども。
「弟さん、正統派の戦い方をするんですかね?」
「奇抜な戦い方は、まともな戦い方を学んでからでも遅くはないからな。まずは、剣と盾の扱いをキッチリと覚える。これは大事なことなのだぞ?」
うん。
そのへんは同感だ。
俺もエイベルやティーネに、似たようなことを云われた経験があるしね。
(ブレフの奴は、十手一本なんだな……)
朝の会話では、何か他に『隠し球』がありそうな感じだったが、緒戦から全力は出さないつもりなのかな?
あいつの性格だと、ただ単に忘れているだけな気もするけれども。
御前試合は、敗れればそこで失格。『次』はない。
五戦トータルの戦績を比べるほうが、結果としては良いデータが取れそうな気もするんだけどね、不確定要素の大きい子どもなんかだと、特にさ。
代わりに、挑戦者が減れば減る程、試合の『同時開催』がなくなる。
つまり、単純に目立つわけだ。
『五人目』は勝たせるつもりが無いという話だけれども、そこに到達するまでにも開催者側は、きっとある程度は数を絞りたいと考えていると思うのだが。
「さぁ、始まるぞ……っ。背の高い少年よ、『伏龍鳳雛』を志してこの場へ来たのだろうが、相手が悪かったな! だが、これも勉強だ。我が弟、ガイの強さを実地で学ぶが良い……っ!」
兄・ベリウスの独り言(?)と同時に、弟くんが飛び出した。
無闇矢鱈に駆けたのかと思いきや、盾を握る腕に力を込めているのが分かった。
あれは、誘いの手かな。
「先に攻撃させて、盾で捌くつもりですかね?」
「……何故分かる?」
「いえ、単なるカンです」
俺が『見える』ことを教える必要もないだろう。
お兄さんは、リングのほうを見ながら頷いた。
「『後の先』を取るほうが、手加減をしやすいからな……」
ブレフにケガをさせないために、そうしているのか。
この試合、失神と降参の他、リングアウトと審判役が止めた場合も、決着が付くことになっている。
弟さんは、どれを狙ったのか。
いずれにせよ云えることは、ブレフはその誘いには乗らなかったと云うことだ。
駆けてくる弟くんの側面にステップしたのである。
盾を持っていない、右手の側に。
「う、うわわっ!」
と、弟くんの口が動いたように見えた。
おそらく彼の中では、ブレフが進むか、或いは退くかを想定していたのだろう。
それが、横軸に動いた。
予想だにしない行動に、スラックス弟は、剣を振ってしまう。
だが、ブレフはそれを分かっていたかのように、横薙ぎの一撃を、十手の鉤で受け止めた。
よくそんな器用なことが出来るなと、感心してしまったくらいだ。
そのまま十手を捻り上げると、腕に痛みが走ったのか、思わず剣を取り落としてしまう弟くん。
ハトコ様はそれも分かっていたのか、流れるような動作で無防備になった腕に取りすがる。
そして、スラックス弟が反応するよりも早く、リングの外へと投げ飛ばした。
(あいつ、組み技も出来たのか……)
リングアウト。
ブレフの勝ち。
投げ飛ばした先にはクッションがあり、おそらくケガもしていないだろう。
それら諸々も含めて、ハトコ様のほうが明らかに『格上』と分かる勝ち方だった。
「強いじゃん……」
思わず呟いた言葉が耳にでも届いたかのように、ラインケージ家の長男は、俺に向かって笑顔でサムズアップした。




