第六百九話 天覧・共催御前試合(その七)
「勇敢なる者たちよ! 栄えある国の、未来の至宝たちよ! 諸君らの奮戦は、この観衆! そして我らが国王陛下がご覧になる! 力戦せよ! そしてその名を、存分に轟かせるが良いっ!」
コロシアムの中央で、ライオンマンが咆哮をあげている。
主催者がブルクハユセン侯爵家だけあって、開幕の挨拶は彼がやるようだ。
一方、この国の王。
村娘ちゃんや孫娘ちゃんのパパンは、特別に設えられた御簾の中から、片手をあげるだけで声を出すこともない。
これは防犯上の理由なのか、それとも『お上』は下々の者に気安く姿を見せる気がないのか。
いずれにせよ、あくまでも『お客様』という立場を貫くようである。
続いて、冒険者ギルドの王都の代表も挨拶をしている。
こちらはライオンマンのように出場者を鼓舞するための言葉ではなく、挑戦者以外にも観客たちにさえ、勧誘じみたセリフを吐いている。
長い言葉を要約すると、『見込みある人は、冒険者になってね?』ということだった。
王国の『伏龍鳳雛』を探すために開催される試合なのに、自分の所の組織に大樹の芽を持ち去ろうとは、なかなかに図々しい人なのかもしれない。
まあ、冒険者ギルドも半分は出資しているのだから、自派に利益誘導をするのは当たり前の権利と云えなくもないが、国王を前にしてこれというのは、あの代表者の性格が剛胆なのか、それとも冒険者ギルドの勢力の強さを物語るのか。
(ライオンマンも、うちの爺さんと揉めるのを避けたいような発言をしていたしな……)
この国のみならず、南北大陸全土に展開する組織の力は、矢張り大きいのだろうな。
俺は、居並ぶ出場者たちの中にいる異相。
あの仮面の幼女を見つめていた。
彼女は何故、あのような出で立ちなのだろうか?
いや、単純に防御面に気を遣って、という可能性は、普通にあるが。
ああいう風に顔の全てを覆っていれば、たとえばうちの妹様の必殺技・毒霧を喰らってもビクともしないだろうし。
開会式らしきものが終わり、広いコロシアムは、その会場を二分される。
即ち年長の部と、年少の部。
どちらも実戦形式で戦うことには違いがないが、年少の部は武器は木製のものか、鉄製でも刃落としされたもの以外は原則使用不可となっている。
例外はブレフの持つ十手や、フィーの大好きな棍棒などの打撃武器を使う場合で、これはもう、どうしようもないという判断のようだ。
粘水を巻き付ければ殺傷力をとことんまで抑えられるが、流石にアレを白日の下に晒すわけにも行かないしね。
他、リングのすぐ傍に医者の待機する治療テントを準備しており、万が一があった場合は、すぐに処置を出来るようにしている。
薬の類も揃えているそうだし、なんちゃらという有名なお医者さんも侯爵家が招いていて、不慮の事故に備えているんだそうだ。
そして、我がクレーンプット一族の配置について。
爺さんは警護役兼、主催者側の戦士のひとりとして行動をするらしい。
基本は会場の守備に当たり、場合によっては試合に参戦すると。
ブレフは、セロの予選を勝ち抜いた出場者で、待機スペースで順番待ちをしているようだ。
母さんとフィーは、観客席にいる。
マイエンジェルは俺と離ればなれになるのを泣きそうになりながらも耐えてくれていたが、爆発しなかったのは、あの子が成長したことと、俺が目に入る位置にいることが理由だろう。
この俺――アルト・クレーンプットは、主催者側の闘者ということになる。
ただし、コロシアム内部の控え室にはおらず、広場の隅にいる。
これは、いつお声が掛かっても良いようにというわけでもあるのだが、フィーが安心出来るようにという理由のほうが大きい。
そして今の俺の姿は、ヤンティーネに持ってきて貰った戦闘服――フード付きのローブを纏っている。
フードはしっかりと目深にかぶり、顔を見えないようにしているのだ。
そんなことに意味があるのかって?
あるんだなァ、これが。
実は今回、侯爵からの出陣要請に対して、顔を隠すことと偽名を使うことの許可を取っている。
お偉方は、俺が『本物』だと分かっているから、それでも良いという判断だし、観客たちは、一部で噂になっている『平民出身の子どもの魔術師』の存在をおぼろげにしか知らないから、偽名の上に顔を隠していても、あまり気にしないはずだ。
いや、顔は見たがるかもしれないが、嘘の名前を使っても、それに気付くことはないだろうからね。
そしてフードは、俺の真の適性――生のままの魔力を使って、しっかりと固定。
これで突風が吹いたり、誰かがコッソリと捲りあげようとしても、顔を見ることは出来ないはずだ。
なお、今回の偽名は『ヴルスト』である。
特に何かを捻るつもりもなく、ドイツ語でソーセージのことね。
観客席のほうをチラ見すると、フードを被って隅にいる俺のことなんか殆どの人が、気にもとめていない。
フィーが懸命に、手を振ってくれているくらいだな。
そうして、俺も手を振り返していると、ジャリ……っと、地を踏みしめる音がした。
すぐ傍に、皮鎧を着た若いふたりの男がいる。
何となく顔が似ているが、兄弟か何かだろうか?
「お前が、例の神童だろう……?」
「いえ、違いますが」
俺は即答した。
神童と『誤解されている』とか、『勘違いされている』って文言が入っていれば、特に否定はしなかったけどね。
こちらの言葉に、ふたりは顔を引きつらせる。
なんというか、整った容姿ではあるんだけど、素直に二枚目とは云い難い雰囲気だ。
二枚目半っぽいと云うかなんというか、アニメや漫画の主人公の引き立て役っぽい感じなふたりだった。
ただ、そんな気配のせいか、とっつきやすそうな気はするが。
「何でそんな嘘をつくんだ?」
「兄ちゃん、こいつ何か企んでいるのかも!」
やっぱり兄弟だったか……。
というか、『兄ちゃん』って呼び方が、いかにも下っ端気質で好感が持てる。
たぶん、俺と同じく平民だろうし。
「ええと……。あなた方は、どちら様ですか?」
フィーに手を振りながら訊いてみた。
ふたりは、顔を見合わせてから、コホンとわざとらしく咳払いをする。
「俺たちは、王都やセロを中心に活躍する冒険者で、スラックス兄弟だ」
『活動する』、じゃなくて、『活躍する』、なんだ。
兎も角、兄弟なのはこれで本当に確定ね。
「俺が兄の、ベリウス」
「俺が弟の、ガイだ」
「はあ、どうも。アル――いえ、自分はヴルストと云います」
で、何しに来たんだろうね、この人たち。
俺は今、マイエンジェルに手を振るので忙しいのだが。
スラックス兄弟は俺の横の壁に、揃って背を預けた。
え、何なの?
もしかして、ここに居座るつもりなの?
兄のほうは格好でも付けているのか、足を交差させながら云う。
「この御前試合は、注目すべき点が多い。王都周辺で将来性のある年少者が出てきているというのももちろんだが、国王陛下や貴族のお歴々はもちろん、ギルドの上役までいる」
「つまり、俺たちの力量をアピールするチャンスってわけさ!」
冒険者なら、日々の仕事でいくらでも力量をアピール出来るんじゃないんでしょうか?
実力主義の現場ですよね、冒険者って。
「ええと……。おふたりは、『主催者側』ですか?」
「ああ」
「もちろん!」
まあ、どう見ても十五歳は超えてそうだしね。
でも見た目から、ギリギリ十代くらいなのかもしれないが。
兄のほうは、訊かれてもいないことを語り出す。
「俺たちの相手は、まだほんの子どもだ。負けることはあり得ない。だが、ただ勝つだけではダメだ。安全に。そして気持ちよく負けさせてあげることが重要なのだ。つまり、上手な戦い方が要求されると云うこと。それが出来れば、俺たちスラックス兄弟の、良いアピールになる」
セリフは野心的だが、子どもたちを気遣ってあげるつもりがあるなら、まあ良い冒険者なんだろうさ。
このふたりと戦う子は、少なくとも大ケガはなさそうだ。
弟のほうも、矢張り訊かれてもいないことを喋る。
「運も実力のうちっていうけど、俺と兄ちゃんは、その運も良いんだ! 注目株と当たれるかどうかってのも、アピールには欠かせない!」
「はぁ……。どなたか、有名な子と試合うんですか」
やる気のない俺の呟きに、兄弟は目を輝かせた。
「ふ……っ! 兄である俺が、『幼剣姫』の相手をし」
「弟の俺が、あのシャーク・クレーンプットの孫の相手なんだ!」
ほー……。
侯爵家令嬢と、ブレフの対戦者か。
爺さんの『孫』という情報は微妙に間違ってはいるが、そこをいちいち訂正する必要はないだろう。
「幼剣姫の武威は云わずもがな。ブレフト・ラインケージという子どもの強さは知らないが、セロでトップの冒険者だったシャーク・クレーンプットが方々で自慢している相手なんだから、弱いと云うことはないだろうな」
グランパェ……。
ブレフのことは構わないけど、まさか俺のことも吹いて回っていないよね?
しかし、そうか。
この冒険者が、ハトコ様とねぇ……。
深く被ったフードの隙間から見るふたりは、お世辞にも強そうには思えなかった。
もちろん人は見かけのよらないわけだし、相応の実力者という可能性もあるが。
「……おふたりは、『何人目』なんですか?」
確か爺さんの話では、最初は優しく。
最後は勝たせるつもりもなく。
こんな感じだったよね?
果たして二名の冒険者は、自信満々にニヤリと笑った。
「当然――」
「一番手だ!」
あ、うん。
がんばって下さい。
おっと、フィーが、両手を振り出したぞ?
ならば俺も、両手で返してあげないとな。
「神童よ。お前は、何番手なのだ? そもそも、魔術師なのに、武器は使えるのか?」
「…………」
俺は、妹様に伸ばしている腕を見る。
急ごしらえだったからか、この服、袖が余ってしまっているのよね。
今日は魔術だけしか使わないから問題がないけれども、この状態で槍を使えと云われたら、きっと俺は困惑したことだろう。
「何番手かは、知りません。声が掛かったときに投入すると云っていましたので、会場の盛り上がり次第なのかもしれません。あと、見ての通り魔術師なので、武器は使いません。剣の試合なのに、魔術で戦ってくれと云われております」
「ほう? では、演出のための存在というわけか」
「出るか出ないか分からない後手番よりも、初っぱなで目立てる俺や兄ちゃんのが、ずっと恵まれているな!」
まあ、解釈はご自由に。
そんなことを話していると、ブレフ初陣の時がやって来た。
スラックス兄弟の弟のほうは、勢い込んで進んでいく。
「ガイ!」
「何だい、兄ちゃん!」
「相手は子どもだ! くれぐれも、ケガをさせないように戦うんだぞ!?」
「任せとけ!」
この兄弟、良い人たちっぽいから、頑張ってくれると良いんだけどね。
あとブレフ、お前も頑張れよ~?
 




