第六百五話 天覧・共催御前試合(その三)
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! リュシカァァァァァあぁああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁッ! 会いたかったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
バカでかい声を響かせ、愛娘に突進するのは、セロに住む筋肉ダルマこと、我が祖父シャーク・クレーンプットである。
「きゃーっ! おとーさーーーーんっ! 好きぃーーーーっ!」
その娘のほうも、満面の笑顔で抱きついている。
うん。
このふたり、まさにフィーの母と祖父に相応しい態度だ。
久方ぶりに再会した暑苦しいオッサンは、娘との抱擁を済ませると、今度は孫たちのほうへと突進してきた。
「ぬはははははっ! アル、フィー、ノワールっ! 元気だったかああああああああああ!?」
「やーっ、きんにく、やーっ!」
「あぶ……っ!」
祖父の繰り出す『筋肉の抱擁』は、概ね孫娘たちには不評のようである。
ここは、王都の宿の一室――それも、結構お高い場所だ。
高級貴族が泊まるような場所では絶対にないが、庶民が泊まる範囲では、最上級だろう。
これは滞在費の出所が、御前試合の『開催者側』であることに起因する。
まあ、その辺の事情に関しては、おいおい語ろう。
俺にとっての目下の厄介ごとは、目をキラキラとさせて室内を駆け回っている、ラインケージくんである。
え?
ラインケージとは、誰かだって?
では、こう云い直そう。
爺さんと一緒に王都へとやって来た、ハトコ様であると。
「なーなー、アル! やっぱ王都はスゲーな! 見てるだけで楽しいぜ!」
ブレフト・ラインケージ。
通称、ブレフ。
俺の、血の繋がった友人だ。
シャーク爺さんはブレフのことを方々で『俺の孫』だと云っており、ドロテアさんもそう扱っているのでセロでも誤解されることが多いらしいが、彼は爺さんの妹の孫であって、正確には大叔父だ。
まあ、その辺はあまり気にしても仕方がないのだろう。
シャークのおっさんと、わんぱくハトコ様が本当の孫と祖父のように仲が良いのは事実なのだから、それで良しということみたい。
ブレフがやって来た理由。
それは当然、『共催御前試合』に出るためだ。
彼はセロの『年少の部』の代表者であるという。
爺さんが、グリグリとブレフの頭を撫で回しながら、ニッと笑う。
「セロでもちゃんと、選考試合をやったんだぜ? で、ブレフの奴は自力で勝ち抜いたんだ」
「へへ~っ! 頑張った甲斐があったぜ!」
得意そうに、けれども照れた風に笑う男の子。
身体能力は兎も角、こういうところは年相応だよね。
「そりゃおめでとう……って云いたいけど、ブレフの戦闘能力じゃ、そこらへんの子どもなんか、ハナから相手にならなかっただろう?」
俺がそう云うと、ブレフの奴は首を振った。
「そんなこと、なかったぜー?」
「え、そうなの……?」
あの街に、他にも凄い子がいるのか。
その疑問に答えたのは、爺さんのほうだった。
「まあ、結果だけ見ればアルの云う通り、ブレフの圧勝だったがな。でも、ありゃ一歩間違えば負けもあり得た。なかなか見応えのある試合だったぜ」
「へえぇ……。それは、どんな子?」
「アルも知ってるだろー? 俺の友だちで、ラックってヤツだよ!」
「ラック……?」
って、誰だっけ――?
首を傾げてから、思い出した。
確か『りんごぐみ』に居た、圧迫性魔結晶化症で苦しんでいた兄妹の、兄のほうか。
そういえばうろ覚えだが、あのラック少年、ブレフと、かけっこで互角だか勝るだかって云われてたっけ。
つまりフィジカルお化けが、他にも居たのね。
(と云うか、セロの託児所だと、『面食いちゃん』のほうが圧倒的なインパクトがあったからなァ……)
あの美しい幼女は、精神的には怪物の類だろう、うん。
何にせよ、もう会うことは、無いだろうけれど。
爺さんは、太っとい腕を組んで唸った。
「ラックのヤツ、ろくな稽古もなく、あの強さだったからな。ありゃァ、将来は凄い使い手になるかもしれんなぁ……」
「ラックはこれからは、ルーカスさんに鍛えて貰えるんだろー? なら、間違いなく強くなるぜー」
まあ、このふたりが云うんなら、そうなんだろうさ。
魔力の結晶が体内に出来るって事は、相応の魔力量も有するのだろうしね。
筋肉に怯えるフィーが俺の腕の中に帰ってきて、マリモちゃんが母さんにだっこされると、マイマザーがグランパに云った。
「それにしても、せっかくの王都行きなのに、お母さんもシスティちゃんもいないのねぇ……」
「まあ、そりゃ、しようがねぇよ。観光なんて、ろくすっぽ出来るスケジュールじゃねぇからな。俺もずっと会場に詰めてなきゃならんし、何かあっても、あいつらを守ってやれん。おまけに滞在費は上から出ている。私情で家族を連れてくるわけにも、いくめぇよ?」
そう。
今回は、あのおとなしいボブカットの女の子がいないんだよね。
お兄さん思いで、ブレフの活躍を誰よりも目の前で見たいであろう、あの子が。
すると何故かブレフの奴が、俺を見てニンマリと笑う。
「システィのヤツ、アルに会えなくて残念がってたぜー?」
「うん。俺も残念だよ」
頷くと、ブレフが真顔になる。
「なあ、アルー」
「うん?」
「アルってさー。バカだろー?」
「うん……!?」
何で、急に!?
いや、バカなのを、否定する気もないけどさァッ!?
母さんも母さんで、何故だかクスクスと笑っている。
逆に怒ってくれているのは、妹様と末妹様くらいだ。
マイマザーは、マリモちゃんを撫でながら云う。
「ねぇねぇ、お父さん。お父さんは、今回ずっと会場のほうにいるのよね?」
「単なる御前試合だったのが、天覧御前試合になっちまったからなぁ……」
天覧――つまりは国王も、ご覧になるということなのだろうか。
もともとは、いち侯爵家と冒険者ギルドが、『私的に』開催する予定だったもののようだが……。
(と云っても、ブルクハユセン侯爵家はこの国有数の大貴族。冒険者ギルドに至っては、大陸各地に支部を持つ大規模な組織だから、初めから『私的』なんて規模じゃなかったのかもしれないけれども)
となると、最初から王様を巻き込む算段だった?
それとも、王様のほうが見たがって、声を掛けた可能性も……?
考えていると、シャーク爺さんが口をへの字にして腕を組んだ。
「聞いた話じゃ、どこぞの侯爵様が、上手く国王陛下を丸め込んだって話だがな」
と云って、俺を見る。
(えっと、それって――)
こないだ目の前に現れた男。
カスペル老人の仕業って事なのか?
「まあ、話自体をベイレフェルト侯爵家に持ち込んだのは、ブルクハユセン侯爵家みたいだがな。噂に高い、『伏龍鳳雛』を探すという単純な話じゃなく、上の方では、小癪な政治的意図もあるんだろうさ。――まあこちらには、そういう小難しくて胸クソ悪い遣り取りが降りかかってこないだけ、マシと思うしかねぇがな」
「お父さんが忙しくなるのも、国王陛下が観戦なさるからなのよね……?」
「ぬはは……! 流石にそれを、『はい』という程、俺は非国民じゃないぞ?」
爺さんは笑いながら、愛娘の髪を撫でた。
一方の、子ども組。
彼ら彼女らは、こんな話など退屈でしかないのだろう。
マリモちゃんは俺に、『かまってかまって、あと魔力ちょうだい』と両手を伸ばし、フィーは俺のほっぺをもにゅもにゅしながら、ふへへと笑い、
そしてブレフは――。
「なあアル! 俺の訓練に付き合ってくれよー!」
とか云って、袖を引っ張ってきている。
「あらあら、アルちゃん。もてもてねぇ……?」
退屈しのぎに指名されることを、もてると云って良いものなのだろうか。
本当に今すぐ身体を動かしたいのか、ブレフは少し離れて、十手をブンブンと振り回しだした。
それは棍棒を精一杯振るう妹様のへろへろスイングとは違って、適当に振り抜いてはいても、鋭い風切り音を立てている。
「……ブレフ、一年前より腕を上げたなァ……」
「一年訓練して来たんだぜー? 上がってなかったら、冗談じゃねぇよぉ」
そりゃ、そうなんだがね。
そこらの大人たちと比較をしても、普通に強そうに見えるんだよな、こいつ。
「ふふん! 何たって俺は、今回五人抜きを狙っているんだからなー!」
五人抜き。
つまりは、全勝である。
御前試合はトーナメントではない。
選抜されて試合場に上がれる者たちが、主催者側の用意した者たちと戦う、という形になっている。
緒戦は優しく。
けれども、全勝はさせるつもりもなく。
そういう案配で調整されているのだと、爺さんがコッソリと教えてくれた。
そして、そんな状態でも抜きんでる『嚢中の錐』こそ、伏龍鳳雛に相応しいと考えられているのだとか。
シャーク爺さんは、意気込むブレフに息を吐く。
「志を高く持つのは大事だがな、慢心はするなよ? お前の場合は、そっちが心配だぜ」
次いで、俺を見る。
何だか、期待にワクワクしているような目だ。
ブレフをそのまま、大きくしたような目だ。
「えと、何……かな?」
「いやな。もしも、かの予言者の云う『伏龍鳳雛』がいるならば、それはお前じゃねぇかと思ってなぁ?」
「ないない。それはないよ」
だってあれ、予言じゃないんだし。
しかし爺さんは、ニヤリと笑った。
「御前試合は、ひとりにつき五戦。だが、それに付け足さないとは云ってねぇ。或いは、飛び入りが無いとも云ってねぇ。天才な俺の孫よ。そのどちらかにお前が参戦してきたとしても、俺はちっとも驚かねぇぜ?」
そんな風になったら、俺のほうがビックリだよ。




