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妹のいる生活  作者: むい
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第五百九十二話 ミチェーモンさんの来訪


 神聖歴1207年の五月。


 今日は珍しく、我が家にお客様がやってくる日だ。


 まあ今までも、トルディさんとかミアパパとかが来ていたが、基本的には他人が来ない場所だからね。

 レアな日であるのは間違いないだろう。


 と云っても、そう気負うつもりもない。

 来訪者は、顔見知りだからだ。


「おう、久しいの、クレーンプット兄妹」


 現れたのは、背の高いご老人。

 バクチ狂いで酒飲みという、謂わば救われない人間である。


 名を、エフモント・ガリバルディ。


 当家においては、ミチェーモンさんで通っている予言者だ。


「あ、どうも」


「お久しぶりです! ふぃー、にーたが好きですっ!」


 子ブタさんスーツに身を包んで元気よく手を振るのは、当家の妹様である。


 巨木のような爺様は、そんなフィーを見て苦笑する。


「お主は、いつも元気一杯じゃなぁ」


「にーたが傍にいてくれる! だから、ふぃー元気!」


「ホント、仲の良い兄妹じゃのぅ……」


 云いながら、ミチェーモンさんは室内をキョロキョロ。


 俺たちふたりと給仕役のミア以外は姿が見えないから、それが不思議なのだろう。


 さて。

 今日ここにミチェーモンさんがいる理由と、俺たち以外がいない理由。

 そろそろそれを、説明しておこうか。


 発端は先月――。

 俺が『花の精霊王』に襲われる直前に、ダメエルフのミィスから貰った手紙だ。


 目の前にいる、この織物問屋のご隠居が、俺に話があるとかなんとかというアレね。

 ようは今回、それを受けたというわけだ。


 で、クレーンプット家の他のメンツがいない理由。


 それは一応、ミチェーモンさんを警戒したからだ。


 この人は、たぶん良い人だ。

 しかし、だからと云って、エルフ族の高祖や闇の純精霊を、進んで他所様に見せようとは思わない。

 それでエイベルとマリモちゃんには、先んじて避難して貰うことになった。


 そうして出発の段になったのだが、その時に母さんと別れることを寂しがったノワールが、泣き出しそうになってしまった。


 我が子大好きな母さんは、当然それにほだされる。

 結局、末の娘に一緒について行くことになったという次第。


 今頃はショルシーナ商会でくつろいでいるか、オオウミガラス軍団と戯れているか、どちらかなのだろう。


 以上の理由で、ここには俺とフィー(あとミア)しかいないというわけだ。


 その辺をバカ正直に説明しても仕方ないから、他の家族は用事があって出払っていると云っておいた。


「ふぅむ……。そうか。では、わしの持ってきた土産の菓子は、多すぎたということだの」


「へーき! お菓子、全部ふぃーが食べる! ふぃー、甘いの好きっ!」


 これ幸いと独り占めするつもりか……。

 何と欲望に正直な……。


 フィーはミチェーモンさんの持つお土産を強奪しに行こうとし、動きが止まった。


「んゅ……? 何か、変なの付いてる……?」


 マイエンジェルが見ているもの。

 それはご隠居様が腰に付けている、ひょうたんだった。

 中身はまあ、訊くまでもないのだろうな。


「む……? こいつが気になるか。子どもは、ひょうたん好きじゃのぉ。クラウディアのやつも、ひょうたんを欲しがっておったしな」


「ひょうたん? それ、ひょうたん云う? それ、何に使う? ふぃー、気になる!」


「こりゃ、ただの水筒じゃよ」


 中身は飲むでないぞと念を押しながら、妹様に触らせてくれるミチェーモンさん。


 フィーは上機嫌でそれを手に取っていたが、やがて俺に振り返った。


「にーた! ふぃー、これ気に入った! ふぃーも、ひょうたん欲しい! これに、どくぎりの素を入れて持ち歩く! きっと楽しい!」


 懲りてねぇな?


 ご隠居様は、うちの子がひょうたんに魅せられたことを理解したのか、こう云ってくれる。


「ひょうたんが欲しいのか。なら、今度持ってきてやろう」


「ほんとーっ!?」


「おう。王都ではないが、しっかりとしたひょうたんを売っている所があってな。そこに寄ったときに、買ってきてやるわい。ミィスやデボラの奴からバクチで金を巻き上げれば、わしのフトコロも痛まんし、何の遠慮も要らんぞ?」


 勝ったらね……。

 それ、一体いつになるんでしょうか。


 まあ遠い未来は置いておくとして、本題。

 ミチェーモンさんが、何の用があって来たのかを訊いておかないとね。


 俺がそれを質すと、ご隠居様は「ふむ……」と云いながら、白い髭を撫でつけた。


 それを見たフィーが触らせて欲しいと頼むと、ご老人は笑顔で応じてくれていたが、すぐに痛そうな顔をした。

 これはうちの妹様が、遠慮会釈もなく力一杯引っ張ったからか。ホント、すいません。


 ミチェーモンさんは、俺の目を見る。


「お主……。六月は何がある日か、知っておるかの?」


「六月ですか……?」


 はて、何だろうか? 


 前世でも、『今日が何かの祝日なのは分かるが、何の日かは分からない』ということの多い人生だったからな。

 こちらの世界で何かがあっても、ハッキリ云って、サッパリだ。


 しかし俺とは違って、元気よく手を挙げる子ブタさんがひとり……。


「はいはーい! ふぃー、分かる! ふぃー、知ってる! 六月、もの凄く大切な月!」


「ほう、大切とな? それは何じゃ?」


「ふへへ~……! それはねー……」


 ガバッと、子ブタさんが抱きついてくる。


「ふぃーが世界一大好きなにぃさまの、お誕生日がある月です!」


「なんじゃ、お主の誕生月なのか」


「まあ、一応は……」


 正直、自分の誕生日には、あまり興味はない。

 フィーたちが笑顔で祝ってくれるのは、凄く嬉しいんだけどね。


 ミチェーモンさんは、頷いている。


「成程のぅ……。お主も、か」


『も』? 

 今ご隠居様は、『お主も』と云ったのか。

 つまり、他にも誕生月の人が――。


 思考の途中で、思い至った。


 そういえば、あの子(・・・)も俺と同じ月の生まれだったなと。


「……ミチェーモンさん。それが理由で、来たんですか」


「ああ、その通りじゃ。大切な者に祝って貰う。誕生日とは、そういうものじゃろう?」


 理屈は分かる。

 俺だって祝われるのは嬉しいし、大好きな家族の誕生日は、毎年盛大に祝っているのだから。


 けれども。

 そう、けれどもだ。


「――相手は、王女様ですよ?」


「親しい人に祝って貰いたい。その気持ちに、身分の貴賤はあるまいよ? あやつはきっと、お主に祝って欲しいと思っておるはずじゃ」


 そう云われると、否とは云えなくなる。


 五歳の誕生日以降、クララちゃんはずっと寂しい思いをしているのだ。

 ならばせめて、我が家くらいはあの子を祝福してあげたい。


 俺の胸中を察したらしいご隠居様は、満足そうにニヤリと笑う。


「どうやら、その気になってくれたらしいの?」


 くそう。

 掌でコロコロされとる……。


 ミチェーモンさんは続ける。


「お主の事じゃ、どうせ王宮やら侯爵邸やらには、来たがらんじゃろう。場所はミィスの奴にでも、用意させるわ。クラウディアとお主らが、ひっそりと健やかに過ごせる場所をな。それなら、問題はなかろう?」


 提案なのかな、これは。

 それとも、外堀を埋められているだけか。


 まあ、クララちゃんのことは祝ってあげたいから、今更断る話でもないしねぇ……。


(彼女の誕生日まで、一ヶ月以上ある。それなら、俺が何か細工物でも作ってあげる時間もあるだろうしね)


 俺は、お手上げのポーズを取った。


 ミチェーモンさんは、それを見て微笑む。

 けれどもそれは、事が成ったという笑みではなく、ここにはいない誰か。

 その子を思って安堵する、『保護者』としての笑みだったのだ。


「礼を云うぞ、アルト・クレーンプット」


「お礼、ですか」


「あやつは、自分の誕生日にトラウマがあるからの。実際、周囲の目は、今も冷たいままじゃ。このまま、盛大だが誰からの祝福もない冷え切った誕生日を迎えても、クラウディアの為にはならぬ。じゃが、お主らが祝ってくれると知れば、これからの一ヶ月を、あやつはきっと、笑顔で過ごせることじゃろうて」


 ああ、本当にこの人は、どこまでもあの子のことを。


「近習試験のときに迷惑を掛けた詫びもある。お主にはいずれ、しっかりとお礼をさせて貰うことを約束しよう」


 ミチェーモンさんはヴェンテルスホーヴェン侯爵家に仕えているわけではないんだから、そこまで気にする必要はないだろうに。


 ただ、突っぱねるのも違うか。

 これはこの人の、気持ちなのだから。


「にーた! ふぃー、にーたのお誕生日、いっぱいいっぱいお祝いする! いつもふぃーを幸せにしてくれるにーたに、ふぃー、お礼がしたい!」


 この子はこの子で、俺のことで頭がいっぱいのようだ。


「人は結局、大切な人の為に生きているということじゃな」


 ミチェーモンさんは笑っていた。


 それはその通りだと、俺も思う。


 アルト・クレーンプットという人間は、祝われるよりも、祝うほうが好きなのだ。

 今俺を笑顔で見上げてくれている、可愛い可愛い子ブタさんのように。


 妹様を抱き上げると、フィーはお日様のような顔をして、俺にキスをしてくれた。


 幸せを与えあえる相手がいる。


 それはなんと幸福なことだろうかと、俺は思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] むらむらむすめちゃんの嫉妬が加速するのか……! そしてこれはきっと、イザベラが持ってる銀細工に気が付いてしまうパターンでは。
[一言] 子は宝とはよく言ったものだなと。千利休だぅたかな? 忘れた。
[一言] いい話なんだけど。 これはこれで、地雷に繋がっていくんだろうな。 村娘ちゃんの嫉妬が加速するだろうなぁ。
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