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妹のいる生活  作者: むい
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第五話 幼妹と兄の心得


「おぎゃあああああ!」


 触れる。


「あ~い~!」


 泣き止む。

 離す。


「ぴぎゃあああああああああああ!」


 泣く。

 触れる。


「きゃっきゃ!」


 離す。


「あぎゃああああああああああああ!」


 触れる。


「あーあー」


 これが産まれたばかりの妹、フィーリア・クレーンプットである。

 我が妹は産まれた瞬間から既に、俺がいないとダメになってしまう子供だった。

 なにせ触れていてあげないと泣きだしてしまう。

 俺がいないと大泣きしてしまう。


 フィーリア――愛称呼びでフィーは、産まれる前から莫大な魔力を持っていた。

 産まれてからも当然巨大な魔力があるし、胎児時代よりも更に大きな力に育っている。

 そんな子が赤子故の無自覚で荒れ狂ったら大変なことになる。

 つまり、俺が傍にいてやらないと部屋が崩壊するのだ。

 唯一、妹の力を押さえ込める魔術の師匠のエイベルは、俺にこう説明する。


「……フィーは胎児の頃の記憶があるのだと思う。頭ではなく、魂が覚えている。誰が自分を救ってくれたのかを、しっかりと」


 ははあ。あれで懐かれたと。

 俺は嬉しそうに笑っている妹を見つめる。

 銀色の髪と青い瞳。顔かたちから母さんに似ていると思うので、将来はナイスバディの美少女になることが濃厚の勝ち組。


「きゃ~う~、きゃー!」


 自我なんてまだないだろうに、視線は俺を追いかけてやまない。掴んだ指も、決して離そうとしない。

 ホントに気に入られたんだなぁ、と、しみじみ思う。

 弛んだ視線を向ける俺とは違い、エイベルはやや深刻そうに云う。


「……この娘には、早々に魔力の制御を覚えて貰った方が良い」


 大泣きしたり寂しがったり、感情が大きく振れると、フィーからは強い魔力が放出される。

 それらは全て、エイベルがなんとかしてくれている。

 妹の魔力は凄まじい。少なくとも、俺では押さえきれない。

 しかしエイベルには、それが可能だ。漏れ出た強大な魔力を苦もなく霧散させている姿を見ると、どうしても疑問に思ってしまう。


「こんな事まで出来るなら、お腹にいたフィーの魔力もなんとか出来たんじゃないの?」

「……無理。私の場合は単なる力尽く。必ず母胎を傷つけた」


 出産までに俺たちがやっていたことは、奇跡の領域なのだと云う。矢張り、あれは共同作業で正しかったようだ。

 俺も大事な妹の生存と出産に関われたのは素直に嬉しい。母さんやフィーの役に立てたことが、ちょっとだけ誇らしかった。


 あ、今更だけど、俺、メチャメチャ流暢に喋れるようになりました。育ったからね。


 俺の誕生は神聖歴1199年の6月。

 フィーが産まれたのが神聖歴1201年の11月。

 二歳と零歳の兄妹だ。

 まだ、妹は産まれてから二週間しか経っていない。

 けれど、懐いてくれている。


「フィーちゃんはアルちゃんのこと本当に大好きみたいだから、大事にしてあげてね?」


 恋愛小説を読みながら母さんはそんな風にウィンクする。

 母さんは半分冗談で云っているだけだが、こちらはもとよりそのつもりだ。

 フィーが俺から離れないと云うのもあるが、俺も妹が可愛いのだ。頑張って救った命という思い入れもあるし、前世に兄弟はいなかったから、憧れもある。


「もちろん大切に可愛がるよ」

「ふふふー。つまりは両思いなのね。それなら、もしも大きくなってもアルちゃんとフィーちゃんの仲が良かったら、ふたりで結婚してしまいなさいな」

「ぶふっ!」


 思い切りむせてしまった。

 何云ってるんだ、この人。

 云うまでもないが、俺とフィーは完全に血の繋がった兄妹だ。父も母も同じ。義兄妹なんかじゃなく、『素材』は100パーセント同じものだ。何を考えているのだろうか。


「あら? アルちゃんはフィーちゃんのこと、嫌い?」

「いや、まだ嫌う程の材料なんてないよ。問題なのは、実の兄妹ってとこだよ!」

「……それが?」


 母さんが首を傾げた。もしや、と思う。


「……兄妹同士の結婚って、問題ないの?」

「法律で認められているのに、何が問題なの?」


 ……衝撃の事実。

 この世界では近親婚はOKらしい。

 ついでに聞いた話だが、重婚も同性婚も認められているんだそうだ。

 いや、しないよ、そんなこと。多分。きっと。


「それでね、おにーちゃんになったアルちゃんには、是非にでも、『兄の心得』を覚えておいて欲しいのよ」

「兄の心得……?」


 母さんは居住まいを正す。

 また妙なことを云い出したぞ? それとも、心得とやらも法律であったりするのか?


「……リュシカの言葉は話半分で良い。この娘はいつも恋愛脳」


 エイベルがちいさく吐息する。どうやら真剣に取り合わなくても良さそうだ。


「そんなこと無いわよエイベル。愛するお兄ちゃんと妹には、絶対に必要な心得だもの」

「いや、愛するって……」


 確かに今はフィーに懐かれているが、まだ自我を持つ前だ。

 そのうちに「お兄ちゃんきらい!」とか云い出すかもしれんのに。……想像して落ち込んだ。


「……その心得って何?」


 よくぞ訊いてくれました、と母さんは胸を張る。ぷるるんと何かが弾む。


「まずひとつ目。『身を退いてはならない』よ」


 初っぱなから意味不明な発言が来た。


(身を退くって、アレだろ? Aさんが好きだけどAさんには既に恋人がいるから諦めよう、とかの。全くもって『妹』という存在と関係ないと思うんだが)


「ふふふ。分からないようね?」

「……分かるはずがない。リュシカ、頭は大丈夫?」


 俺の云いたいことをエイベルが云ってくれる。少し辛辣に。


「も~。酷いじゃない。大事なことなのよ?」

「母さん、それなら、具体的に頼むよ」

「具体的には、こういうことよ? 『あいつの成長のためには俺はいない方が良いんだ! 身を退こう!』とか『俺が傍にいると妹を不幸にしてしまう。傍にいない方が良いんだ! 身を退こう!』とか『あいつには支えてくれる仲間がいる。俺がいなくてもやっていけるさ! 身を退こう!』とかね。ようは愛する妹の気持ちも確かめないで独りよがりの自己満足で傍を離れようとするのは絶対にダメ! ってこと」

「う、う~ん……?」


 わかるようなわからないような。

 まあ、一方的な気持ちの押しつけはアウトだ、というところまで拡大解釈すれば含蓄のある言葉だと云えなくもないが。

 しかし普通に考えれば妹から身を退く、なんて事態はないはずで、おそらく、いや、間違いなく、恋愛小説に毒されての発言なのだろう。


「……アル。リュシカの発言は深読みする意味がない」


 エイベルが冷たく云い放った。

 しかし母さんはどこ吹く風だ。真剣な顔をする。


「愛し合う兄妹は絶対に離ればなれになっちゃダメなのよ? 特にダメなのが、『黙って傍を離れようとすること』なの!」


 前半部分の離れるな、は正直無理があると思うが。

 だって、離れる時は離れるものだろう?

 日本の基準でも進学先やら転勤やら、あと、両親の離婚やらで離れる場合もあるだろう。

 こちらの世界に目を向けても、我が家の都合ではなく、ベイレフェルト家が何かしてきた場合や、戦災による行方不明とかもあるだろうし。


(まあでも、ちりぢりはいやだな)


 ただ、後半部分の『黙っていなくなるな』は云われるまでもなく守るつもりだ。

 前世の俺の過労死のように急なことで連絡が取れないパターンでも無い限り、ホウレンソウは会社だけでなく、家族円満の秘訣であろうから。


「次はふたつ目よ」

「……まだ続くの?」


 エイベルの冷たい声。マイマザーの『心得』とやらが恋愛小説発だと分かっているから、聞くに堪えないのだろう。

 しかしそれを無かったかのように華麗にスルーしている母上。メンタルお強いのですね。


「ふたつ目。それは『記憶喪失になってはならない』よ!」

「…………」


 意味不明なの、また来たね。

 記憶喪失になるな、ってどういうことだよ? 身を退くうんぬんは個人の選択と決意だからまだわからなくもないが、記憶喪失は自己都合でオン・オフする類のものではないだろうに。

 俺とエイベルの冷たい目を浴びたままの母さんは、恋愛小説をギュッと抱きしめる。


「……お母さんね、仲の良いアルちゃんとフィーちゃんが記憶を失ってギクシャクする姿を見たくないの……」


 本当かー?

 本当に俺かー?

 今抱きかかえている恋愛小説の話じゃないのかー?

 呆れる俺の肩を、エイベルがとんとんと指で叩いた。


「……リュシカは悲恋が嫌いなくせに、読むのは大好き」


 何その『ホラー映画で泣き叫ぶけど、しょっちゅう見ます』みたいなの。


「みっつ目の心得は身分差のある兄妹が――」


 いや、あんたの子供、血筋全く同じだから。

 俺はもう心得とやらを聞く気がなくなり、フィーをあやすことに専念する。


「きゃ~ぅ~!」


 俺に手を握られ、心底嬉しそうな声を出すマイエンジェル。

 そんな姿を見るこちらも嬉しい。

 妹とはまだ言葉すらかわしていない。どんな娘に成長するかもわからない。

 けれど現時点では、俺とフィーは両思いなのだと断言出来る。


(大事にしよう……)


 天使のような女の子になるように、しっかりと育てていこう。

 妹の笑顔を見ながら、俺はそう決意した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 翻訳アプリで失礼します。今読み始めたばかりです。 『兄の心得』…素晴らしい親の指導だ!
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