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妹のいる生活  作者: むい
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第五百八十五話 深緑に、命尽きるまで(その二十五)


「チッ! 速いな……っ」


 ヴィリーくんが、舌打ちしている。


 他人を認めることが大嫌いな、あのヴィリーくんが、である。


 思わず素直な感想を口にしてしまうくらい、元帝国騎士の能力は優れているのだろう。


「壮語の割には、大したことのない奴だ」


 対するバンクスは、彼を圧倒しながら、そんな言葉を口にする。


 こちらも、素直な言葉が出ているような感じだ。


 少なくとも、煽る意志がないような気がする。

 ごく普通に呆れ、ごく普通に失望しているかのようだった。


 両者の戦いは、ただ速い。

 イケメンちゃんとの打ち合いのときよりも、なお速い。


 ヴィリーくんは革の鎧に布の服という軽装だが、相手の男は金属鎧に大剣を持っているのに、ヘイフテ家のドラ息子よりも身体能力で上回っているように見えた。

 それに、剣の技術も。


 ヴィリーくんの攻撃は変則的で多段的だが、元帝国騎士の男は、『そんなことは先刻承知だ』と云わんばかりに、最低限の動きで躱してしまっている。


 俺のような素人の目から見ても、両者の強さに差があるのは、明かであった。


(でも、妙だ……)


 ヴィリーくん、何で魔術を使わないんだろう?


 彼の異名は、魔術剣士。


 俺が槍も魔術も使うように、彼だって戦いの中で、剣と魔術を効果的に組み合わせて使いそうなものなのに。


 何か考えがあるのだろうか? 

 それとも、頭に血が上っているだけか。


 端正な顔を歪めながらバンクスの相手をする貴族の青年に、俺は首を傾げた。


 両者は、未だに武器と武器をかち合わせていない。

 互いが互いの斬撃を、躱し合うだけで。

 まあ武器というのは実際に壊れやすいから、戦い方として、それは正しいのであろうが。


 バンクスが剣を横凪に放つ。

 ヴィリーくんは、すんでのところでそれを躱す。


 ブウンだとか、ゴウだとか、もの凄い刃風が連続で響いている。

 大木の二本や三本でも切り倒しそうな一撃だ。

 喰らえば一発であの世行きだろうな。


 そのようにしてヴィリーくんが回避をする度に、バンクスはジリジリと距離を詰めていた。


 あれは、ある程度躱されることを想定して、壁際に追い込むつもりなのかな?


 あの剣士、回避力の高い相手との戦いに慣れているようだ。


 ヴィリーくんは、どうするつもりなのだろうか?


「…………」


 彼は、チラリと背後を見やった。


 徐々に追い込まれていることに気付いているのだろう。


「分かっていても、どうにもならんぞ?」


 バンクスは淡々と云いながら、でかい剣を振り回す。


 でたらめなようでいて、そうではない。

 きちんと距離と空間を把握した剣筋だった。


 あれでは脇を通り過ぎるとか、潜り抜けるだとかが無理ではなかろうか? 

 或いは、そう思わせることも戦術のうちなのかもしれないが。


 ヴィリーくんは涼しげな笑みを作る。

 僅かな冷や汗を、浮かべたままで。


「おい、帝国の田舎者よ。一応、この私が恩情を掛けてやろう。――剣を捨て、地に頭を擦りつけ、私に許しを請うつもりはあるか? ならば我が家で、下男として使ってやっても良いぞ?」


「……状況が分かってないのか、お前は?」


 特に怒るでもなく、バンクスは返事とばかりに斬撃を返した。


 たとえ斬られなくても、喰らえば頭が無くなるような重さを感じさせる一撃である。


 ヴィリーくんは、なおも続ける。


「大陸に覇を唱えるなどという誇大妄想狂的・身の程知らず国家を出たと思ったら、金を漁ること以外にやることのない、薄汚い商家の番犬に成り下がる……。そんな人生で良いのか、お前は? ここに栄光と繁栄の約束された名家の嫡男がいるのだぞ? 私の靴をなめ、従うことが最上だと、何故分からぬ?」


 お貴族様……。

 マジで説得する気があるんですかね……?


 ヴィリーくんの提案――と云う名の挑発――を受けたバンクスは、流石に不快そうに眉を顰めた。


「それで今度は、アホのボンボンに仕えろと? 何が悲しくて、生き方のグレードをわざわざ落とさねばならんのだ?」


「はっはは……っ! 生き方のグレードだと!? 家族を捨てて国から逃げ出した卑怯者に、今更下落する株があるものかよ!」


「――――」


 ヴィリーくんが高笑いをすると、バンクスから表情が消えた。


 彼は小声で、


「……よく云った」


 そう呟いたようだった。


(これ、あの男の逆鱗に触れたんじゃないの?)


 俺はバンクスの事情は全く分からないが、彼が完全に『キレた』ことは分かった。


 ヴィリーくん、自分だって触れられたくない過去があるくせに、何でそんなことを云うかなー……?


 スッと目を細めたバンクスは、腰を下ろし、中段からやや下段気味に剣を構える。


 居合いの型に、似ている気がした。


 これが元帝国騎士の大技だと云うことは、俺にも分かった。


 ビリビリとした殺気が、ここまで届いているかのようだ。


「……もう殺す」


「出来もしない壮語はよせ。恥の上塗りになるだけだぞ?」


 なおも挑発を続けるヴィリーくんに、バンクスは大剣を一閃させた。


 その一撃は速く。


 大剣は、ヘイフテ家のドラ息子の胸部を、確かに薙いだ。


 けれども、ヴィリーくんは叫ぶ。


「それを待っていたぞ、愚か者め!」


 騎士の斬撃は、止まっていた。

 大木すら楽々と両断できそうな一撃が、止まっていたのだ。


 バンクスは忌々しそうに呟く。


「頑強で知られるヒラゴルの革の内側に、小規模な魔壁を展開していたのか……っ!」


 それこそが、ヴィリーくんが魔術を使わなかった理由。


 彼は初めから、バンクスの一撃を受けるつもりであったらしい。


 良質で丈夫な防具と、全魔力をつぎ込んだ魔壁によって。


(ヴィリーくん、服の下に鎖帷子も着込んでいたのか)


 これあるを予想していたらしい彼は、こうして十重二十重に防御を固めていたらしい。


 しかしそれでも、彼の身体に血が滲んでいる。

 肋骨も、折れているのかもしれない。


「まんまと挑発に乗ったようだな、帝国の田舎者よッ!」


 口の端から血を滴らせながら、ヴィリーくんは長剣を振り下ろした。


 普通ならば、これで勝負ありだ。


 けれども、相手は名うての傭兵。


 抜群に優れた剣士であるヴィリーくんの一撃でさえ、盾代わりの大剣を頭上にかざし、すんでのところで受け止めていた。

 今度はバンクスの方が、防ぎえぬ攻撃を、防いでいたのだ。


「ぬぅ……ッ!?」


「惜しかったな、貴族のボンボン」


 バンクスの顔には、もう怒りはない。

 努めて冷静な瞳で、目の前の剣士を見つめている。


「俺を挑発したのは、わざとだな? 俺の出自や得意技を調べていて、全力でそれに備えていたか。その点は褒めてやろう。お前はよくやったよ。だが、それもここまでだ」


 男の言葉には、絶対の自信があった。


 バンクスの一撃を受け止めるために魔力を使い、それでもダメージを負ったヴィリーくんでは、最早勝ち目がないと判断したのだろう。


 もとより、この両者には実力差があった。

 それを乾坤一擲の奇策によって覆そうとし、けれども届かなかったのだから。


 だが――貴族の青年は、笑っていた。


「バカめ、勝ったのは、私の方だ……!」


「負け惜しみか……? ――う!?」


 バンクスの目が、見開いた。


 その視線の先。


 ヴィリーくんの剣を受け止めた大剣に、異変が起きていた。


「こ、これは……っ!?」


 ズブズブと。

 まるで分厚い羊羹に沈み込む竹のヘラのように。


 貴族の持つ飾り気のない剣が、男の大剣にめり込んでいた。


 鉄の塊が、泥のように斬れていく。


「な、何だ、その剣は……!? 俺の剣は、サンガスの市で最も高い値の付いた逸品だぞ……!? これまで幾多の敵を、鎧ごと切断した業物だというのに……っ!」


「サンガスの市だと? そのような貧乏人の集いを誇るな、愚か者め! 良いか、よく憶えておけ! 貴様ら薄汚い平民では、我ら尊き貴族の領域には、とても及ばぬと云うことをなァッ!」


 ヴィリーくんが力を込めると、大剣は薄いベニヤのように斬れ折れて、貴族の剣が、バンクスの額を割っていた。


 帝国の傭兵は、血と脳漿をまき散らしながら、倒れ伏した。


 バンクスは、息も絶え絶えになって凶器を見上げる。


「ま、まさか、そ、その剣は……」


「漸く気付いたか、貧乏人めが。――遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! これこそは、大陸最高の鍛冶の一門! かのドワーフの名工、ガドの直弟子、その中でも屈指の職人、即ち、『ガド十哲』のひとりが作りだしたる名剣よ! これ一振りで、領地と館と使用人どもをまとめて買っても、なお金貨が山と余る天下の名器物なのだ! 一山いくらの駄作とは、根本からして価値の違うものと心得よ!」


 ヴィリーくんは得意そうに、その剣を掲げている。


(あれ、やっぱりガド関連の剣だったか……)


 作風があまりにも似ているので、そうじゃないかと思ったのだが。


 ちなみに彼の云う『ガド十哲』は、武田二十四将や尼子十勇士のように、人によって微妙にメンツが違い、大体において十四人程いるとされている。


 まあ、師匠のガドが、そんな名称に拘る人じゃないからね、自称やら他薦やら思い込みやらで、まとまりがなくなるのだろう。


 バンクスは、勝ち誇った顔をしたヴィリーくんを睨み付ける。


「……お前が勝てたのは、所詮、金の力だ……。ヒラゴルの革やドワーフの剣を持っていたから、俺に勝てたに過ぎない……。実力は俺の方が勝っていたし、もう一度やれば、最早負けぬ……!」


 身体能力。

 そして技量。

 ともに勝っていたバンクスだからこそ、そんな言葉が出るのだろう。


『もう一度やれば負けない』というのも、おそらくは本当だ。


 横薙ぎへの防御も、その後の武器破壊も、一度限りの不意打ちのようなものであったはずだから。


 けれどもヴィリーくんは、愚者を哀れむように嘲笑する。


「どこまで発想が貧乏なのだ、貴様は。――良いか、よく憶えておけ。強き装備をそろえることが出来ることも、実力のうちである! 貴様は金銭と縁遠い平民故に、そのようなことすら理解できぬのだ。試みに問うぞ? 大国が小国を強大な軍事力で蹂躙したとして、小国の王が『動員兵力に差があったから負けたのだ』とうそぶいたら、どう思う? 負け犬の遠吠えにしか聞こえぬであろうが? 戦とは、既に準備の段階から始まっているのだ! そしてその準備を担保するものこそが、金銭に他ならぬ! そして豊富な金銭は、家門と権勢によって形作られるものなのだ! 畢竟すれば、平民は生まれながらにして、貴族に及ぶことがないと云うことよ!」


 ヴィリーくんは容赦なく剣を振り下ろし、バンクスの命を断った。


 彼のセリフは色々アレだが、ヴィリーくんが『格上』に勝つために工夫し、調査し、準備を整えたからこそ、こうして生き残ったのは事実であろう。

 結局の所、彼は努力もするし、優秀なのだ。


 俺はガドの弟子の剣を見て、呟いた。


「へし切りだね、まさに」


 そんな言葉に、ヴィリーくんは唇をつり上げる。


「フン。『へし切り』か。無骨で華のない言葉よな。しかし、この剣には、それが相応しかろう。もとより名剣でありながら、銘のない器物であった。ならばこれより、この長剣は『へし切り』と名付けよう」


 血を流し、肋骨を折られ、それでも彼は笑っている。


 それはどこまでも貴族らしい、強さと傲慢さの体現なのであった。


 ともあれこれで、大勢は決したと云えるだろう。


 最早この場に、強敵はいないのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここ数話のヴィリー君だけを見ると、主人公並みに格好良いと感じるのがなんか悔しい。
[一言] コネも実力のうちだから・・・!(震え声)
[一言] バンクスさん頭をかち割られて脳ミソ飛び散らされながらそんなに受け答え出来るって化け物なのかな
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