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妹のいる生活  作者: むい
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第五十八話 小箱の中身


「ゆ、雪……?」


 小箱の中に納められていたのは、溶けかけた雪。

 どうやらこの小箱は、雪を保存するためのものだったようだ。


 この世界には、魔石で冷却する箱型の魔道具――ようは、冷蔵庫や冷凍庫が存在する。

 ただし、冷凍の方がよりエネルギーを使うので、冷凍庫は極めて高価だ。

 冷蔵庫も、かなり値が張ると聞く。が、何にせよ、存在自体はするのだ。

 この小箱も、その一種であるらしいのだが――。


(凄いなァ……。冷気が全然、漏れ出ていない。何と云うか、この小箱の中だけは『別世界』だ。全く違う環境を切り取って、この中に納めたかのような、そんな感覚がある)


 箱の中はひんやりと冷たくても、単純な冷蔵庫や冷凍庫とは思えなかった。

 ちいさな異世界がそこにある。


 そして、一番大事なこと。

 それは、この『中身』だ。

 これ程の魔道具を用意する以上、これがただの雪であるはずがない。

 エイベルが結界を張ってまで見せたくなかったのは、小箱ではなく、この雪の方なのではないのか?


「エイベル、触っても……?」

「……ん」


 雪に触る許可を得た。

 一瞬、主語を省いているから、「許可を取ったのは耳の方でしたー」とか云おうかと考えたが、やめた。こういう場面でそんなしょうもないことが頭に浮かぶとは、俺もアホだな。


 ゆっくりと指の腹で撫でてみる。

 凄く柔らかかった。極めて上質の雪だと分かる、が。


(魔力……! この雪、魔力の塊だ……!)


 魔力で出来た雪。いや、雪の形をした魔力と云うべきか。

 それを理解すると同時に、これがなんだか、おぼろげに理解した。


「これ……。いや、『こいつ』は、何かの死骸だね?」

「……ん。その子は、雪精だったもの。その、遺体」


 雪精!

 魔力を含む雪原や凍土のある場所で目撃されることのある精霊の一種だ。


「どうしてこの箱に保存しているの?」

「……貴方に見せるため」


 雪精は死ぬと魔力となって、世界に溶けていくらしい。

 これは亡くなって間もない、消滅前の存在で、ある意味非常にレアなケースなんだとか。


(さてさて、わざわざ俺に見せるためと云うことは、何かを感じ取れってことだよな?)


 先程触れた時は魔力の塊だと云うことに驚いて、それ以上の状態を見ていなかった。

 なので、ちょっと真剣に、この溶けかけた雪から魔力の残滓を感じ取ってみようか。


「…………」


 俺は目を閉じ、雪精の残骸の根源にアクセスする。何が残っているのやら。


「これは……熱? 炎……いや、炎の派生魔術の熱線か?」


 熱線は地球世界だと赤外線のことであるが、この世界だと高熱を撃ち出す魔術のことを指す。

 或いは、自然現象。

 間欠泉のように、熱魔力の濃い地域だと、吹き出してくる場所もあるのだとか。


 ともあれ、この雪精の残骸は、雪の一部に熱の魔力がこびりついている。

 熱線を浴びて、息絶えたのだろう。


「熱を使う魔術師か、熱線を吐くモンスターにでも、やられたの?」


 自然現象ではないはずだ。

 熱線が吹き出る地域と雪精が棲息する地域は全く別の環境のはずだから。


「……どちらでもある」

「魔術師とモンスターってこと? 撃ち合いにでも巻き込まれたの?」

「……ううん。雪と氷の間から、熱線が吹き出した」

「雪と氷の間から!?」


 しかし、その一言で、おぼろげながら見えてくるものもある。

 エイベルはどちらでも、と云った。

 つまり、熱線が吹き出る不自然な自然現象の影に、作為的なものを感じたのだろう。


「……熱線が吹き出る地域があるように、雪と氷の大地には、強い魔力を帯びた吹雪や冷風が吹き出る場所がある。雪精たちにとって、そこは貴重な住処となる」


 雪精の食料は魔力を帯びた氷や雪や風だと聞いたことがある。

 ただ寒いだけの地域では、生存出来ないのだとも。


「えっと、吹雪のかわりに熱線が吹き出てきた、ってことで良いのかな?」

「……ん。それで、雪精たちに被害が出ている」

「誰かがやった、ってことだよね?」

「……ん」


 イタズラ――な訳はないな。

 何者かが何事かの意志や考えがあって、能動的にやったのだろう。


「犯人がいるとして、心当たりは?」

「……ない」


 エルフ様の言葉は簡潔だったが、他に云いようもないのだろう。

 訊くことは他にもある。


「エイベルは、どういう経緯でこれを知ったの?」

「……私の知り合いに、氷精がいる。その子が助けを求めてきた」


 エイベルの存在を知る極一部の者で、かつある程度彼女と仲が良い存在は、ショルシーナ商会に連絡しておくと、各商会支部を通じてメッセージを届けてくれることがあるそうだ。

 本来はエルフ同士の伝言板として機能していたシステムであるらしいが、氷精の子はそれを使ったらしい。

 ちなみに、母さんが俺を身ごもった時も、この連絡手段を使ったんだそうだ。


「この雪精の遺体も、メッセージと一緒に配送して貰ったの?」


 遺体を配送とか、かなりアレな表現だが、仕方がない。


「……連絡を貰ったから、直接会ってきた」

「ああ、その子、わざわざ王都くんだりまでやって来たのか」

「……ううん。私が会いに行った」


 ん? どういうことだ?

 エイベルはこの離れで一緒に生活していて、旅になんて出ていないはずだが。


「……私は『鍵』の管理者でもあるから」

「――?」


 俺が首を傾げると、エイベルはそれ以上の説明をするでもなく、もうひとつの小箱を俺の前に差し出した。


「……アルには頼みたいことがあるけれど、その前に、試したい」

「こっちの箱には、何が入っているの?」

「……開けてみて」

「びっくり箱じゃないよね?」


 俺は慎重に小箱を開く。

 すると、そこには。


「ミー……」

「ゆ、雪精! 生きている雪精か、これ!?」


 ちいさな異世界のなかには、真っ白な雪が敷き詰められていた。

 そしてそこに、ビー玉くらいの大きさの、まあるい雪が震えていた。


 生きている。

 この雪玉は、確かに生きているのだ。

 初めて見る生きた雪精はしかし、俺に怯えているようだった。


「……雪精はとても臆病。だから、アルが雪精と仲良くなれるかどうかで、頼む仕事が変わると思う。その子と仲良くなれるか、見せて欲しい」

「ミー……」


 雪精は小箱の隅に移動して、怯えるようにこちらを見上げている。

 俺は小箱を机の上に置くと、拱手して考える。


(テイマーでもない俺に仲良くしろったってなァ……。言葉が通じるなら、まずは話しかけるが。多分この子、喋れないだろう?)


 さっきから聞こえる「ミー……」と云うのが精一杯の鳴き声なのだろう。

 会話によるコミュニケーションは望めそうもない。


「エイベル、この子、何歳なの?」

「……その雪精は、産まれたばかり。一週間と経っていない」

「え。そんな幼い子を連れてきちゃったの?」

「……小箱に入れられて、氷原の雪も入れられるサイズだと、その子しか適任者がいなかった」


 可哀想に。心細いだろうなァ……。

 撫でてあげたいが、手を突っ込んだら更に怯えそうだ。


(どうしよう? 俺と云う人間を知って貰う手段は何か無いかな? その上で、仲良くなれる様な何かが)


 自分でも都合の良いことを云っているとは思うが、その路線で考えるより他にないだろう、とも思う。


(言葉は無理。触るのも、怖がられる。他には――)


 そうだ!


 俺は生物の基礎欲求に訴えかけてみる気になった。

 雪精から少し離れた場所に、氷塊を作り出す。

 俺の魔力をたっぷり含んだ氷だ。

 これを気に入ってくれたり、しないかな?


 氷を作ったあとは怖がらせないように、慎重に距離を取る。

 視力強化の魔術は赤ん坊の頃から使えるから、箱の中が覗ける範囲で後退した。


「ミ~……」


 雪精は氷におそるおそる近づく。

 まるで指でちょんとつつくかのように、ちいさな身体を氷に触れさせた。


「ミー!」


 すると、何かに驚いたかのように、雪精は氷に引っ付いた。


「ミー、ミー」


 声のトーンが高い。よくわからないが、喜んでいるのかな?


「……アルの魔力は、美味しいみたい」

「そいつは良かった」


 必死に氷に抱きついているように見えるが、一心不乱に食事をしているだけのようだ。お腹減ってたのかな?


「ミー」


 やがて雪精は食事をやめて、俺の方を振り返った。

 そこには先程までの怯えがない。


(今なら触れるかな……?)


 俺は驚かせないようにゆっくりと近づいて、小箱の中に指を入れてみた。

 雪精は逃げない。

 だから、冷気を纏わせた指の腹で、ちいさな雪玉を撫でてみる。


「ミミー……」


 冷気が気に入ったのか、それとも撫でられて気持ちよかったのか。

 雪精はどこかリラックスした声をあげた。


「他の雪精はどうだか分からないが、少なくとも、この子とは仲良くやれそうだよ」

「……ん」


 単なる餌付けだったような気もするが、エイベルは頷いてくれた。

 一応、合格と云うことらしい。


「……アル。貴方にふたつの仕事を依頼したい」

「何でございましょう、お姫様?」

「……ひとつは雪の魔剣の作成」

「うん」


 それは予想出来ていたことだ。

 何で雪の魔剣が必要なのか、までは、まだわからないけれども。


 さて、もうひとつは何だろうか。

 エイベルはいつも通りの無表情で、淡々とこう云った。


「……私と一緒に、大氷原に赴いて欲しい」


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