第五百七十三話 深緑に、命尽きるまで(その十七)
ヴィリーくんは、完全にしっぽを巻く気になってしまった。
それでハッピーエンド……と行かないところが、この問題の難しいところだ。
売るの売らないのは最終的にはあのご婦人が決めることではあるが、有力な手札であるヘイフテ家のドラ息子さんに、今離脱されるわけにも行かない。
「…………」
すぐ横に立つイケメンちゃんが、チラリと俺を見る。
この子にはまだヴィリーくんを引き留めるべき理由を話していないが――。
「止めたほうが、いいんだよね?」
小声で、そんなことを確認してくる。
どうやら乗ってくれるようだ。
訳も分からぬままなのに、俺を信じてくれるのだろうか。
「もちろんだよ。アル、キミは信用できる友人だ。だからボクも、それに従うよ」
そんな真っ直ぐな瞳で。
そこまで信用されると、逆に申し訳なくなるぞ?
ヴィリーくんを押さえておくのって、云ってみれば『保険』だし。
一方チンピラ貴族様は、独り言のように呟く。
「今日は予定外に時間が出来たからな。優秀な我が弟を、鍛えてやらねばなるまいよ」
あの弟くん、優秀なのか。
ただの癇癪持ちの少年にしか見えなかったが。
いや、もしかしたら優秀というのは、単なるヴィリーくんの身内びいきかもしれない。
……俺も気をつけよう。
ノエルはお貴族様を引き留めるためだろう。
彼の呟きに乗った。
「……それは貴方の弟君が、『共催御前試合』に出ると云うことなのか」
「当然だ。うちの弟は優れた剣才があってな。出場すれば、必ずや秀でていることを証明することだろう」
部活でもあるまいに、何か試合があるのだろうか。
目線で説明を求めると、イケメンちゃんは何故だか俺を見て、シニカルな笑みを浮かべた。
美形だと、こういう顔もサマになるのね。
「伏龍鳳雛を得れば天下も握れる――。かの大予言者が、ごく最近残した言葉だよ。誰かさんと、誰かさんを指してね?」
ふーん。誰だろうね。知らないなァ……?
イケメンちゃんの説明を要約すると、ミチェーモンさんの予言――実際は違うのだが――の余波で、『伏龍鳳雛を探せ』という気運が盛り上がっているのだという。
まあ、実績のある予言者の言葉なんだから、無視するほうがおかしいのだろう。
それで天下の五侯のうちのひとつ、ブルクハユセン侯爵家と冒険者ギルドの共同で、この王都で武術大会のようなものが催されるのだとか。
つまり、『武』の方面で、伏龍鳳雛を探ろうとしたわけだ。
ただ、今回の開催は王国全土ではなく、王都の周辺のみでの募集。
そして、成人前の年少者を対象にしているのだとか。
その年少者たちも更に二分され、十歳以上の部門と、十歳未満の部門に分かれるんだそうだ。
あのヴォプって少年は俺が見た当時で、地球換算で小六か中一くらいの外見だったから、出るとしたら、十歳以上の部門なのだろうな。
「その試合って、ノエルは出るのかな?」
「ボク?」
俺の言葉に美形の友人は目をパチクリとさせ、その後で苦笑した。
「一応、父には平民会の宣伝のためにも出ろとは云われているけどね。断るつもりだよ。ボクの場合は……ちょっとインチキみたいなものだから」
まあこの子の技量は、既に子どものレベルを遙かに超えているからな。
そこら辺の大人よりも圧倒的に強いだろうし、自重しようとするのは、ある意味で当然の選択然なのかな?
(尤も俺は、そのインチキで免許試験をパスしたけどね)
この辺は、誇りの差かねぇ。
「大会って、武術だけなんだな。魔術戦のそれはなくて」
俺の呟きに、ノエルは呆れたような顔をした。
「あのね、アル。魔術を子どものうちから充分に修めることの出来る者は、殆どいないんだよ? 十級合格者くらいなら、そりゃたくさんいるだろうけどさ」
「……………………」
バカですみません。
そういえばそうだった。
わずか十二歳で魔術師になったイフォンネちゃんは超絶に優秀って評判なんだし。
試験に行ってた俺自身が、そもそもまわりに大人ばかりだという感想を抱いてたはずなのにね。
「そういうアルは、出る気はあるのかい?」
「ないよ」
「即答だね」
あるわけがない。
俺は荒事は苦手なんだ。
そもそも、そんな試合に出るメリットもないし、興味もない。
イケメンちゃんやブレフのようなブッ飛んだ実力者がゴロゴロいるとは思ってないが、一方で俺程度の技量を持った者は、きっとたくさんいるはずだ。
何より重要なのは、俺が槍術を習っているのは自衛の為なのであって、強力なライバルと切磋琢磨するとか、自分の実力を試すだとか、そういう向上心とは無縁のものだ。
(ブレフの奴は、こういうのに出たがるかもしれないな)
年に一回くらいしか会うことのないハトコ様の姿を、俺は思い浮かべた。
一方ノエルは、ヘイフテ家のドラ息子の背中に言葉を投げかける。
「確か御前試合では、ブルクハユセン侯のご息女も出場する予定なのですよね」
「フン。例の『幼剣姫』か。多少使えるからか、己こそが彼の予言者の示した伏龍鳳雛であると、うぬぼれているらしいな。愚かなことだ。社稷の臣として大をなす者がいるとすれば、それは我が弟をおいて他にないだろうに」
平気で人様に蹴りを入れる子が未来の名臣ってのは、難しいんじゃないですかね?
あとヴィリーくん、他派閥だと、侯爵令嬢相手でも容赦ないのね。
ともあれミチェーモンさんの予言(の誤認)が広まって以降、我こそが伏龍鳳雛である。或いは、あの人物こそがそれである。という自薦他薦が巷に溢れているようだ。
織物問屋のご隠居様が、滅多に予言をしたがらないのも、こうやって影響が大きくなるからでもあるんだろうな。
「そういう訳だ。私は戻らせてもらう。お前たちのような不快で身分卑しい者どもの相手をするよりも、大切な弟の為に時間を使いたいのでな!」
ヴィリーくん、弟さんと仲が良いのかな?
何ちゃらかんちゃらとかいう試合の話題が出たせいで、却って帰心を煽ってしまったようだ。
(仕方ない。こうなったら婉曲な云い回しはやめて、直球を投げ込もう)
ヴィリーくんの歪さが、良い方向へ出ることを願うしかない。
「あの――」
「もう話しかけるなと云ったぞッ!」
「うおっ!?」
振り向きざまに、斬りつけてきやがった!
やっぱちょっとおかしいよ、このお貴族様!
けれども、こんなことで諦めてはいられない。
だっこしているフィーだけは守れる体勢にしておいて、俺は彼の前に立つ。
「道を塞ぐな! 邪魔だ!」
この貴族は鼻っ柱が強い。
だから『話を聞かせる』状態に持ち込むことすら一苦労だ。
俺は、真っ直ぐに彼を見つめる。
伊達や酔狂で話しかけているのではないと、理解してもらうために。
「塞ぐなと云ったぞ! この私を愚弄する気か!」
邪魔だと云われたのにどかなければ、そりゃおちょくっていると思われるわな。
激昂して再び斬りつけてくるヴィリーくん。
けれども俺は躱さない。
その必要がなかった。
俺と彼の間に素早く入り込んできたイケメンちゃんが、それを弾いてくれていたからだ。
ヴィリーくんは、忌々しそうにノエルを睨み付ける。
「またしても貴様か! たわむれで見逃してやったというのに、どうしても斬り捨てられたいのか!」
「アルが貴方に話があると云っている。それを聞いてあげてほしい」
「話があるだと? 薄汚い平民如きが、貴族である私に話を聞かせる資格があると思っているのか!」
まあ無いんだろうけどね。
それでも聞くだけ聞いて貰わないと。
なので俺は、構わずに口を開く。
激おこ状態のヴィリーくんはもう一度斬りつけてくるが、ノエルの鉄壁は崩せない。
「ええと、貴族様。このままメルローズ商会にあの薬草畑が買い取られたとしたら、あの一家はどうなると思いますか?」
「知るわけがない。私は星読みでも予言者でもないのだからな! 未来など、分かるものか!」
俺の云い方が悪かったのか。
いや、違うな。
ヴィリーくんの得意技は、屁理屈と曲解。
曖昧な喋り方をすると、ひねくれた返しをされてしまうのだ。
「じゃあ、所感で良いです。――あの親子、それで幸せになれると思いますか?」
「私がどう思おうと、不幸になるなら不幸になるだろう! 幸せになるなら幸せになるだろう! 無益な質問をするな!」
う~む、ごもっとも。
そして、もの凄い斬撃の嵐。
けれどもノエルは、その全てを捌いてしまっている。
攻撃をする必要がないから、防御だけに専念出来るもんな。
これはヴィリーくんでも、突破は無理だろう。
「じゃあ、云い方を変えます。俺はあの親子に不幸になって欲しくありません。なので、助けてあげて貰えませんか?」
「平民である貴様が、貴族であるこの私に、命令だと!? しかもその内容は、平民を助けろだと!? 許し難い侮辱だ! 貴様はどうあっても、斬り捨てねばおさまらぬぞ!?」
殺気解放は勘弁してください。またフィーが激怒してしまうので。
そして俺が『助けてあげて欲しい』と云ったときの、イケメンちゃんの驚き顔よ。
まあそりゃ、彼(彼女?)はヴィリーくんのことを微塵も信用していないだろうしね。
しかもこうやって、現在進行形で『斬り捨て御免』に走っているのだし。
彼女(彼?)からすれば、俺がおかしくなったと思えるかもしれない。
(それでも、きちんと俺を守り続けてくれているのは、流石と云うべきだよねぇ)
頭から湯気をくゆらせて剣を振り下ろしてくるヴィリーくんと俺を見比べながら、ノエルは云った。
「ボクは正直、アルの今の言葉に動揺している。けれども、それが他ならぬ親友の言動ならば、それを信じるまでだ」
おぉう。
そこまで信頼されるのはありがたいことではあるが、将来、詐欺に引っかからないようにな?
イケメンちゃんは、俺に小声で囁いた。
「彼が何か、メルローズに対する切り札を握っているってことなんだよね?」
成程。
そう考えたかァ。
まあ、ヴィリーくんの人間性に任せるつもりだなんて、思えるわけもないもんねぇ。




