第五百六十七話 深緑に、命尽きるまで(その十一)
怪しげな連中に囲まれている――。
それが、現在の俺たちの状況だ。
こいつらの目的はご婦人への脅迫だろうから、俺たちの身柄を確保しようとしているのだろう。
ヴィリーくんの指摘通り、あまり品のあるタイプには見えない。
捕まったら暴力を振るわれるくらいのことはあるはずだ。
だと云うのに。
「すぴすぴ……」
当家の妹様は、ゆるんだ顔で安眠なさっておられます。
ある意味、流石と云うべきだろうか。
『泥事件』の時とかも、夜は基本、寝てたしね。
「アル、キミは下がっていてくれて良い。こいつらは、ボクが黙らせる」
勇ましい言葉と共に鞘ぐるみの剣を構えたのが、我らが友人、ノエル・コーレインである。
確かにこの子はとっても強いから、大人しく守って貰うほうが良いのかもしれない。
五人のチンピラ――ヴィリーくんにやられて、今は四人だ――が、手練れとはとても思えないし。
「お前ら、抵抗するつもりか? なら、痛い目を見て貰うぞ?」
頭目は凄むが、さっきまでヴィリーくんにビビっていたので、威厳はあまり感じられない。
イケメンちゃんは降伏勧告に答えず、黙って剣を構えている。
俺はと云うと、にやけ顔でズリ落ちそうになっているマイシスターに注意を払っているので、彼らに構ってあげる時間がない。
そんな俺たちの態度がカンに障ったようだ。男は胴間声で指示を出した。
「やっちまえっ!」
合図と同時に彼らは走り出し――。
「ぐあっ!」
「ふげっ!」
「うごっ!」
全員が一瞬でノエルの餌食になった。
『子どもを狙う』という点が友人の怒りを買ったのか、イケメンちゃんの一撃は容赦がなかった。
狙ったのは全てが脚であるが、勢いよく叩き付けられているので、骨くらいは折れているかもしれない。
いずれにせよ、同情の余地はないのだが。
「き、貴様ただのガキじゃぁねぇな!? 一体、何も――!?」
狼狽しながらナイフを取り出そうとした頭目は、それを出し切る前に叩き伏せられた。
綺麗な一撃だった。
身体強化もなんも使わなかったら、俺じゃ絶対に勝てないレベルだ。
イケメンちゃんは鞘から剣を抜き放ち、頭目の顔に突きつけた。
もともと美形な子なので、まだちいさいのにえらい迫力がある。
「……無駄だと思うが、一応訊いておく。誰に頼まれた?」
『無駄だと思うが』、というのは、話の出所のことだろう。
メルローズ商会が子どもを誘拐するのに、『こちらはメルローズ商会ですが、子どもをさらってきて下さい』と、わざわざチンピラ相手に正体を晒して依頼するはずがないからだ。
その点、この尋問は期待薄だろう。
だが、それでも何も問わないわけにもいかない。
今後『同様のことをさせない』という意味もあるだろうし、恐怖を刷り込んで、二度とこちらに手出しをさせないという意味もあるのだろうから。
だからたぶん、イケメンちゃんの表情と声は、普段以上に冷たい。
明確に『敵意』と『殺意』を横溢させている。
果たして、頭目を怯えながら首を振った。
「し、知らねぇ……! 本当だ! 俺たちは依頼があって前払いをされれば、荒事を引き受ける。俺たちに仕事を頼む連中も、皆それを分かっていて話を持ってくるんだ! 探らない、探らせない、俺たちの仕事は、それで回っているんだよぉ……っ」
まさかこの男に、セロの友人、軍服ちゃんほどの演技力があるとは思えない。
たぶん、本当に何も知らないのだろうな。
ノエルもそう判断したらしい。
一撃を見舞い、男を昏倒させた。
剣術だけでなく、こういう所作にも手慣れた感じがするが、これも彼女(彼?)の『夢』のなせる業か。
取り敢えず、俺は肩を竦めた。
「……お疲れ様、ノエル。俺たちを守ってくれて、ありがとうと云うべきかな?」
「とんでもない。アルたちを巻き込んだのは、ボクのほうだよ。……キミ達に怪我が無くて良かった」
イケメンちゃんは、倒れた男たちをロープで拘束している。
こういうところにも手抜かりがないのは、流石と云えよう。
「――フィーちゃんは……大物だね?」
ノエルはクスリと苦笑する。
うちの妹様は大立ち回りがあったのに、結局目をさまさないままだ。
ふへふへと笑いながら、幸せそうによだれを垂らしていた。
「にーたぁ……。好きぃ……」
寝言を云いながら、俺の服をキュッと掴む。
太平楽なことだ。
尤も、この娘はそれで良いのだけれども。
「ノエル、このチンピラたちはどうするんだ?」
「平民会と懇意にしている王国騎士に引き渡すさ。情報が出てくる可能性は低いだろうけど、尋問もして貰えるだろうしね。ついでに、あの親子も見張って貰う。完璧とは行かなくとも、それならばある程度の被害は防げるはずだ」
ちゃんと打つ手を考えているのか。
優秀だな、イケメンちゃんは。
ただ――。
(それでメルローズの恫喝が止むかどうかは、別の話だな)
あのご婦人も更なる脅威に晒されると思ってしまえば、弱気にもなるだろう。
ノエルのしてくれることの意義は大きいが、それでもそれは、対処療法に過ぎない。
そもそも騎士たちも、ずっと見張っているなんて不可能なことだろうし。
(何とか出来ないもんかねぇ……)
俺は唸りながら、少し気になることを思い出した。
「――イェットさん、出て来られますか?」
「……な、なに、か……?」
彼女は音もなく、背後に現れる。
「ちょっと調べて欲しいことがあるんですよ。まあメルローズのことじゃなくて、あくまで個人的な話なんですが」
「……そ、それ、うちの商会と、か、かん、関係ないなら、出来れば、お、お断りし、したいん、ですが……?」
「ああ、それならそれで構いませんよ。――ただ」
「た、ただ……?」
「もしも骨を折ってくれたら、貴方の為にお皿を作ってくれるように、フィーに頼んでみようと思ったんで――」
「YARIMASU……!」
即答だった。
※※※
チンピラたちを引き渡し、宿屋を見張って貰ったところで、本日の外出は終了。
帰宅することとなった。
母さんには踏み込んだ内容を教えていないし、まだ幼いフィーをいつまでも外に出しておくわけにもいかないからね、適当なところで引き上げねば。
ただ、事件が中途半端なので、翌日もノエルと会う約束をした。
その際の外出はフィーと俺で、コソコソと出ていくことになるだろうな。
許可なんかそうそう下りないし。
不在の間の口裏合わせは、ミアに頼むしかないだろう。
「フィーちゃん、今日の外出は楽しかった?」
「うん……っ! ふへへ……っ! ふぃー、にーたに、いっぱいだっこして貰えた! 幸せ!」
それ、外出関係ないのでは。
母さんはマイエンジェルを抱きしめて、嬉しそうにしている。
この人にとっては、今日は本当に単なる息抜きだったろうからな。
大好きな恋愛小説を何冊も買えて、ご満悦だ。
「にぃたぁぁっ!」
母さんから離れた妹様は、笑顔で俺に飛び付いてくる。
この娘の『だっこ欲』に、終わりはないらしい。
俺はフィーを抱きしめながら、イェットさんへの報酬をお願いしてみた。
「んゅ……? ふぃー、イェットに、お皿作る……?」
「うん。頼めるかな……?」
俺の言葉に、マイエンジェルは、にぱっと笑った。
お日様のような笑顔だった。
「ふぃー、土をこねるの好き! それに、にーたのお願いなら、何でも叶えちゃうの!」
うん。
これはある意味で、危うさでもあるのだろう。
俺がエイベルに必要以上に頼りすぎてはいけないように、俺の為に頑張ってしまうフィーに対する自制心を持たねばならない。
焼き物を外に出すことを禁じているのも俺なら、自分の都合で作って貰おうとしているのも、また俺だ。
この手のお願いの乱用は基本的にはあまりしないと、自分自身に誓っておかねばね。
俺はフィーを撫でる。
腕の中の妹様は、満ち足りた笑顔を返してくれた。
何のことはない。
幸せを貰っているのはつまるところ――俺のほうなのだ。




