第五百六十六話 深緑に、命尽きるまで(その十)
「平民の小僧……。貴様、ここで何をしている?」
「何と云われても……」
この場で悩んでいただけで、特別何かをしていたわけではないからなァ……。
そもそも、逆に何でこの御仁がここにいるのか? それが不思議だ。
しかし俺の云い澱みを、ヴィリーくんは別方向へと解釈したらしい。
不快そうに眉を顰めた。
「まさか貴様――」
彼は建物を見上げる。
例の薬草畑のご婦人のいる、宿屋を。
そしてドカドカと中へと入って行った。
俺も慌てて、後を追う。
ご家族の部屋についたヴィリーくんは、遠慮会釈もなしに扉を開ける。何と云うか『俺様全開』で、いかにも無礼なお貴族様って感じだ。
ここまで来るといっそ清々しすぎて、逆に怒る気にもならないが。
「ノックもせず、無断で入り込むとは! 失礼だとは思わないのか!」
と思ったが、『善性』の塊みたいな友人は普通に激怒していた。
この辺は属性の違いだねぇ。
「コーレインの子か……。矢張り貴様もいたのだな」
ヴィリーくんはノエルを一瞥し、しかしすぐに夫人に向き直る。
「部下から報告を受けたぞ。――メルローズが来ただろう?」
「う、あ、あの――」
「答えよ。貴族からの問いであるぞ」
「う、は、はい……」
女性は戸惑いながらも頷いた。
ヴィリーくんは、舌打ちをする。
「まさか、奴らに売却をしたのか? どうなのだ?」
「い、いいえ。お、お断りを致しました……」
「ほう? だが、奴らはそれで引き下がると云ったのか? 『また来る』とでも口にしなかったか?」
「い、云いました……」
「そうか。フン……」
ヴィリーくんは鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「奴らは利に貪欲で富を貪る。しかも取る手段は下品と来ている。厄介な連中に目を付けられたものよなぁ? 薬草畑を、早々に当家に売却しておれば良かったものを……」
それはひとりごとか。
はたまた目の前の女性に聞かせるつもりの言葉だったのか。
いずれにせよ、反応を示したのは、性別不詳の我らが友人なのであったが。
「こちらの夫人は、畑を売るつもりがないんだ。ヘイフテ家も、メルローズ商会も関係ない!」
「部外者は黙っていろ! それとも何か? それは平民会及び、護民官の正式な発言だとでも云うのか? ン?」
「…………っ」
言葉尻を捉えられそうになって、ノエルは黙り込んだ。
ヴィリーくんは口が回る人だからな。迂闊なことは云えないよねぇ。
お貴族様はご婦人に向き直り、強い視線で云う。
「この私に土地を売れ。それが貴様ら家族にとっての最善だ」
「…………」
夫人は弱ったふうに黙り込む。
断りたいが、それを口にするのを戸惑っているのだろう。
一方、その娘さんのほう。
こちらはヴィリーくんを『良い人』と不可解な発言をした通り、目の前の貴族を恐れず、母親の腰掛けるベッドの上の端っこを、両手を広げて歩いている。
リラックスしたものだ。
(――あ、バランスを崩したぞ?)
あわや転落か、と云う瞬間、ノエルよりも先に、ヴィリーくんが彼女を支えていた。
それは戸棚から落ちてきた荷物でも受け止めるみたいに、何事も無かったかのように。
彼は幼女ちゃんを母親の傍にそっと置くと元の位置に戻った。
何と云うか、優しい受け止め方だった。
彼の性格だと、平民の子どもなんか顧みもしない感じなのに。
「……なんだ?」
俺の考えが顔に出たのだろう。
ヴィリーくんは不快そうに、こちらを見る。
「あ、いや。その子を受け止めたので、ちょっと驚いただけです」
「……何を云っている? 転落して怪我をしたほうが良いとでもいうのか、貴様は」
「いや、別にそう云う訳じゃ……」
キャラクターと合ってないって話なんですが。
胸中で首を傾げる俺に、ヴィリーくんは真顔で云う。
「種族、身分問わず、子は宝であろうが」
御説はごもっとも。
俺もそう思います。
だけどもさァ……。
「――俺やノエルには、真剣で斬りかかって来ますよね?」
「当然だろう。何を云っている?」
真顔で云い切るお貴族様に、思わずノエルと顔を見合わせてしまったぞ?
「……俺とノエルは、子どもではなかった……?」
いやまあ、『実態』はそうなんだけれどもね。
よもやヴィリーくんが、俺の中身を知っているはずもないのだし。
「貴様は私よりも弱いとは云え、腕に覚えのある魔術師。そこな小癪なガキは、平民会に属する者として、既に方々で活動をしている。今回この場にあるのも、どうせその流れであろう? で、あるならば、これは『一人前』と判断すべきであろうが。並みの子どもと同列であるなどと、誰が認めるものかよ」
ええと、それってつまり――。
「一人前として扱うからこそ、剣を向けることも辞さないと?」
「そう云っている。事実、貴様もコーレインの子も、我が剣を前にして、臆さずに向かってくるではないか」
スゲーなヴィリーくん。
自らが『子どもでない』と認めれば、命を絶っても構わないとは。
つーか、価値観が独特すぎるだろう。
俺には『子どもを攻撃する』というのは、とても難しいが。
ヘイフテ家のドラ息子は、ご婦人に視線を戻した。
「――改めて聞くぞ? この私に、土地を売る気はあるのか?」
「…………申し訳、ありません」
振り絞るようにして、夫人は云った。
プライドの高いヴィリーくんは激怒するかな、と思ったが、彼は邪悪な笑みを浮かべている。
「そうか。それがお前の選択か。我が庇護下に入れば安寧と繁栄があるというのに、それが分からぬとは」
やれやれと肩を竦めるドラ息子。
彼は今さっき助けたばかりの少女を見つめた。
「大切な者を失ってから後悔しても遅いのだがな。まあ、それがお前の決断であるならば、この私も、あとほんの少しだけ様子を見てやろう」
ヴィリーくんはそう云うと、クルリと背を向けて、宿屋から出て行ってしまった。
「アル」
「うん」
ノエルの声に頷いて、チンピラ貴族の後を追った。
思わせぶりな云い方をしていたが、彼は何かを企んでいるのだろうか?
それを確かめねばならない。
※※※
ヴィリーくんの足取りは速かった。
歩いているはずなのに、スタスタスタスタと進んでいく。
いっそ同じ早歩きの双璧、カスペル老人と競歩でもさせたらどちらが勝つのか、見て見たいと思った程だ。
彼は行きと同じく、人通りの少ない裏道を通っている。
俺たちが追いついたのも、そんな場所だ。
「フン。矢張り追ってきたか」
ヴィリーくんは背中越しに顔だけ振り向いて云った。
性別不詳の友人が前に出る。
「ひとつ、そちらに訊いておかねばならないことがある」
「訊くだと? たかが平民如きが、王国貴族たるこの私に、質問する資格があるとでも云うのか?」
貴族の青年は、心底不快そうに眉を顰めた。
しかしそんなことで怯む友人ではない。
「そちらがあのご婦人に向けた最後のセリフは、どういう意味だ? まさかあの家族に、何かをするつもりではないのだろうな?」
「『何か』、だと?」
くつくつと、ヴィリーくんは笑う。
「身の程知らずの平民に罰を与えてやることは、貴族の特権であり義務である。あの女が私の心温まる申し出を断るというのであれば、或いはそういうこともあるかもしれぬがな」
「貴様っ!」
「待て、ノエルっ」
激昂するノエルを、俺は止めた。
どうにもヴィリーくんの言葉には、『実行の意思』が欠けているように感じたのだ。
彼は口が回る。
もしもあのご婦人に何かを仕掛けるのであれば、先程の場所で何かを云うと思うのだ。
しかし、彼は『間を置く』と云った。
そこに何かがあるのではないかと考えた。
ヴィリーくんは、俺のほうを冷めた目で見つめている。
「魔術師の小僧のほうが、冷静だな。コーレインの子は薄っぺらい正義感に駆られて、常に直情的すぎるな」
「……くっ」
まあ、イケメンちゃんのほうからケンカを売っちゃうのはマズいよねぇ。
冷却期間を設ける為にも、俺は青年貴族に問いかけた。
「……貴方は、何を待っているんです?」
「ほう。そこに気付いたか。……それはすぐに分かるだろう」
その言葉と同時に、物陰から五人のチンピラが出て来た。
彼らは、俺たちをニヤニヤと見つめている。
「これは……っ!?」
イケメンちゃんが何事かと警戒感を強めた。
俺はヴィリーくんに問う。
「……あの人らの視線から察するに、貴方の『お友だち』ってわけではなさそうですね?」
「当然だ。奴らは身なりも気配も卑しい。つまり、お前たちと同じく、薄汚い平民であろう。しかし、私は古参の名族だ。傍に置くのは、同じ貴族と決めている」
ここにいないあんたの取り巻き、目の前のチンピラさんたちと見分けが付かないんですが、それは。
ともあれ、こいつらはヴィリーくんとは『別口』であるらしい。
イケメンちゃんが、「何者だ!?」と問うている。
「へっへっへ……。さぁてねぇ……?」
男のひとりがニヤニヤと笑い、それからヴィリーくんを見つめた。
「あんた、このガキ共とは無関係なんだろう?」
「当たり前だ」
「なら、どこへなりとさっさと消えな。そのお綺麗な顔に、怪我をしたくないだろう?」
「――ほう?」
ヴィリーくんはピクリと眉を顰めると、瞬時に距離を詰め、発言者に膝蹴りを浴びせていた。
雑な蹴り方ではない。
酷く的確だ。
どうやら彼は、体術にも覚えがあるらしい。
「う……っ! ぐげ……っ!」
男は倒れ、口から吐瀉物を撒き散らしている。
しかも白目を剥いて蠕動しているから、内臓に深刻なダメージが発生しているのかもしれない。
手加減など微塵もせずに腹を蹴りつけたというのが、ありありと分かった。
「手前ェ! 何をしやがる……ッ!?」
チンピラたちが、敵意を顕わにする。
しかし彼は、不快そうな視線のままに睨み返す。
「『何を』は、こちらのセリフだ。王国貴族たるこの私に、無礼な物云いをしてただで済むと思っているのか? しかも私は、このガキ共とは無関係だと云った。貴様らも非礼を働くのであれば、ただでは済まさぬぞ?」
ヴィリーくんが柄に手を掛けると、チンピラたちは明らかに怯んだ。
その目には、冷たい殺意がある。
もしも男たちが仕掛ければ、彼は躊躇無く切り捨てるつもりなのであろう。
それは向こうにも伝わったらしい。
頭目と思しき男が、たじろぎながら云った。
「あんたの邪魔をするつもりはねぇ。行ってくれ……」
「フン。初めからそう云えばいいものを」
ゴミを見るような目でヴィリーくんは云い、それから俺たちを振り返った。
それは、どこか小馬鹿にするような視線だった。
「……これが、メルローズのやり方というわけだ。お前たちは商会のクズ共が来た時に、どうせその場にいたのであろう? だから狙われたのだ。あの女に対する、脅しとしてな」
云うだけ云って、ヴィリーくんは足早に去って行ってしまった。
これがメルローズ商会のオットーが云っていた、『色よい返事』を貰う為の手段であり、そしてヴィリーくんが去り際に娘さんを見た理由でもあったのだろう。
「なんて卑劣な! こんなことは、とても許せない!」
ノエルは完全に怒っている。
チンピラたちはヴィリーくんが見えなくなった後、改めて余裕を取り戻したかのような笑みを浮かべた。
(イェットさんは、援護してくれるのかなァ……)
取り敢えずは、この場を切り抜けねばならないようだ。




