第五百六十二話 深緑に、命尽きるまで(その六)
私の名はイェット……。
商会所属のハイエルフです……。
商会で働いている、と云っても、必ずしも『ラミエル派』とは限りません。
人間が好きとも、限りません……。
趣味は骨董品の賞翫と収集です……。
良いですよね、アンティーク……。
素晴らしいお皿や、セクシーな壷なんかを見ていると、心が癒されます……。
フフ……。
正直な話、人間は好きではありませんが、スメット伯らと美術品談義をするのは、とても楽しいです……。
エルフであれ人であれ、芸術を解するものが少ないのは、とても残念です……。
今私は、とある兄妹――及びその友人を、見守っています。
人間族ではありますが、我らの偉大なる高祖様と懇意にしている最重要人物たちです。
粗相や失敗があれば、処罰されても文句が云えない存在なのです……。
不思議な兄妹でした。
兄のほうはどこか茫洋とした、崩壊寸前のアンデッドのような気配を纏った子どもです。
ヤンティーネ様より武技を、そして高祖様より魔術と薬学を教わっているという、全ハイエルフの嫉視を集めそうな男の子なのです。
彼の戦闘能力についてヤンティーネ様に訊いても、何も答えていただけません。
だから強いのか弱いのか、よく分からないのです。常識で考えれば、まあ後者なのでしょうが。
ただ正直な話、護衛対象の強弱が分からなければ効果的な防衛計画を立てられません。
教えてくれないのは、ちょっと酷いなと思いましたが、フェネル局長やヘンリエッテ副会長に訊いても、静かに笑うだけで、決して答えて下さいませんでした。
何なんですか、もう……。
その妹――銀髪の女の子に関しては、更にナゾだらけです。
一見すると、ただの満ち足りた無邪気な子どもでしかないのですが、私のカンがそれだけではないと告げています。
奇妙なのは、この短時間に、何度も私のほうを見てくる、ということでしょうか。
私の隠密能力は、商会幹部の皆様のお墨付きです。
充分な距離を取る限り、まず見破られることがないものなのです。
にも係わらずあの女の子は、お兄さんとイチャイチャしている最中に、チラリチラリとこちらを見てくるのです。
まるで『かくれんぼの下手な子』でも目の当たりにしているかのような、『何やってるの?』という瞳なのです。
まさか私の隠密能力が破られるわけがないですから、ただの偶然なのでしょうが、こう何度も何度も続くと、思わず居場所が把握されていると誤解しそうになります。
ただ私的には、あのヘンリエッテ副会長やフェネル局長にやたらと気に入られている男の子よりも、銀髪の少女のほうが重要だと思います。
だって、ショルシーナ商会長の持つ見事な平皿を作り上げたのは、彼女だという話なのですから……。
優れた芸術品こそは、種族を超えて重宝されるべき全人類の宝です……。
そんなものを産み出せる者は、今後数百、数千、数万年に渡って人々の心を豊かにすることの出来る、真の意味での重要人物なのです。
あの少女だけは、何があってもお守りせねば……。
そしてトラブルは、意外と早く訪れました。
件の子どもたちが、いい年をした大人たちに絡まれ出したのです。
(まさか早速、揉め事とは……)
私はいつでも介入出来る準備をし、けれどもギリギリまで状況を見極める為に、彼らに近づいていきました……。
※※※
「平民会のガキが、こんなところで何してやがる……っ!?」
貴族服を着たガラの悪い男が、子ども相手に凄んでいます。
あまり美しい光景ではありませんが、貧民街などでは、よくある光景だと理解もしています。こういった裏道でも、また。
そんな男に、貴族よりも貴族らしい立ち居振る舞いをした子どもが、応じました。
「ここは天下の往来だ。ボクたちがどこへ行こうと自由なはずだ。それとも、そちらも訊けば答えてくれるのかな? ここでどんな悪事を企んでいたのかと」
「このガキ、俺たちを悪党呼ばわりするか!」
三人組のひとりが声を荒げましたが、私の見る所、あれは半分演技ですね……。
果たして、彼らの背後にいる、『人間にしては整った顔の若い男』が、ニヤリとほくそ笑みました。
「ヴィリーさん、この平民出のクソガキは、貴族である我々を侮辱しました。この屈辱をはらさねば、父祖に対して申し訳が立ちません! 懲罰を下す許可を!」
「ふぅむ……。確かに我ら貴族は『誇り』に生きる者。祖先の名誉と家名を辱められたとあっては、憤るのも無理はない。――しかし一方で、貴族とは寛容さも併せ持たなければならぬ。無学無教養な平民の子どものしでかしたこととして、目こぼしをせぬでもない。……どうだ、コーレインの子よ。自らの不明を詫び、我らに頭を下げるつもりはあるか?」
「白々しい演技はよせ! 魂胆が見え透いているぞ!」
護民官の子が云い切ると、四人の貴族は顔を見合わせて笑いました。
頭目と思しき若い男は、殊更わざとらしい演技で肩を竦めます。
「云われなき侮辱に対し、我らは弁解の機会を与えた。にも係わらず、態度を改めぬとは……。私は争いごとは嫌いだが、父祖の名誉の為に立ち上がらねばならない……。いいか、コーレインの子よ。この騒動の責任は、あげてお前にあるのだよ……」
若い男は二歩、三歩と下がり、それから云いました。
「――やれ」
どうやら本人は、静観を決め込むつもりのようです。
しかし、まだ幼い子どもに暴力を振るおうとするとは、これだから人間族は……。
(ヤンティーネ様かフェネル局長がこの場にいらしたら、あの両名が受けて立っていたのでは……)
そしてそんな場面をメルローズの連中に見られでもしたら、『商会の者が王国貴族に暴力を振るった』として、祭りの出店が出来なくなっていたかもしれません……。
矢張り、私が付いたのは正解でしたね……。
(申し訳ありませんが、先程の宣言通り、ちょっとした怪我くらいならば手を出しませんよ……)
子どもが打擲される姿を見るのは心が痛みますが、我慢出来ない訳ではありませんからね……。
三人の男が、護民官の子に殺到します。
ノエルと云う名の子どもは、すぐさまクレーンプット兄妹から離れました。
あのふたりを、巻き込むつもりが無いのでしょう。
まだ幼いのに、なかなかの気遣いです。
護民官の子は、鞘ぐるみのまま剣を構えました。
貴族相手に一歩も引きませんでしたが、応戦もするつもりのようです。大した胆力と云えましょう。
果たして、迫り来る三人の男をスルスルと躱して、すれ違い様にスネを打ちました。
見事な動きです。
とても子どもの技量とは思われません。
「ぎゃあっ」
「ぐぇぇっ」
「痛ェェっ」
男たちは一瞬で地面に転がりました。
骨折はしていないとは思いますが、かなりの痛みのはずです。
暫くは立ち上がれないでしょう。
これはたぶん、無力化と同時に時間稼ぎも考えてのことでしょうね。
場合によっては、友人の兄弟を逃がす為の。
(無策で打ち込んだのではないのですね……。それなりの戦術眼もあるみたいですね……)
後ろに控えていた若い男は、子分たちの不甲斐なさに軽蔑するような目を一瞬だけ向けましたが、すぐにやれやれと肩を竦めて、護民官の子どもの前に立ちました。
「コーレインの子よ。貴族に手を挙げる――その意味は分かっているのだな?」
「先に手を出したのは、そちらだ。大の大人が子ども相手に三人がかりで、恥ずかしくないのか」
「恥……。恥、か。良いか、コーレインの子よ。先に手を出したのは、我ら貴族を侮辱したお前なのだよ。この者たちは、自らの父祖の汚名を雪ごうとしたにすぎぬ……」
「ならば、訴え出ればいい。子ども相手に云い掛かりで絡んでおいて、しかも敗北したとあっては、世の笑いものとなるだろうけどね。そちらの四家、全てに傷が付くだろうさ」
「ふむ……」
ノエルの言葉に、ヴィリーという貴族は剣を抜きました。
「成程。正義は我ら貴族にあれども、『子どもにあしらわれた』という『事実』がある限り、口をつぐまざるを得ない、お前はそう考えるのだな?」
「誰も口をつぐむようには云っていない。非がないというのであれば、堂々としていればいいと云っている」
「その非礼な挑戦に乗ってやろう。――腕の一本や二本は覚悟して貰うぞ?」
薄い笑みを浮かべながらも、ヴィリーの目は笑ってはいませんでした。
『無礼を働いた平民の子どもを黙らせた』という実績を、まず作るつもりになったようです。
「お、おい、ノエル……!」
「大丈夫だよ、アル。心配しなくて良い」
アルト・クレーンプットが、不安そうにしています。
彼は妹を降ろし、自らの背後に下がらせました。
女の子のほうはこんな事態なのに、だっこが中断されたことに対して、心底落ち込んでおりました。
状況が理解出来ていないのでしょうか。
たぶん、そうなのでしょう。
護民官の子どもも、鞘から剣を抜き放ちました。
つまりあの子の目から見ても、目の前の貴族の男には、抜剣せねばならない相手だと結論付けたことになります。
「高い授業料になるぞ? コーレイン」
「それは、こちらのセリフだ」
両者は同時に駆け出しました。
かなりの速度です。
うちの警備部でも、下の方の者ではついていけない速さではないでしょうか。
速度だけでなく、剣技も大したものと云わざるを得ません。
貴族の男は傲慢そうな外見であるのに、凄まじく鍛え込まれた剣筋でした。
あれは天稟の才がありながら、しかも修練を続けた者の動きです。
そして、その剣技についていけるあの子どもは、何なのでしょうか?
まだ幼い姿をしているのに、明らかに『場数』を踏んでいるかのような所作の数々。
良く見、よく躱し、精妙で的確な剣撃を見舞っています。
(完全に剣舞になってしまいましたね……。怪我をさせずに、助けられるでしょうか……)
幸い、と云ってはなんですが、クレーンプット兄妹のほうは、『間合いの外』です。
これならば、護民官の子どものほうを助けることに集中出来ますが――。
「え……っ、ちょっと……っ!?」
私は思わず、声を出してしまいました。
何と『兄のほう』が、『剣の舞』の最中に、歩いて行ってしまったのです。
(すぐに止めなくては……!)
何でそんな無謀な行動を取ったのかは不明ですが、このままでは重篤な怪我になってしまいます。
姿を晒す気はありませんでしたが、私は覚悟を決めました。
その、直後でした。
「――はい、そこまで」
刃の嵐は、止まっておりました。
驚愕の表情を浮かべる、ふたりの剣士。
両者の中央にいる、崩れかけのアンデッドのような気配を持った少年。
何と彼は左右の手で、ふたつの刃を握り止めていたのです。
(あの速度の斬撃に割って入り、しかも無傷でおさめられるものなのですか……!?)
敵対していた両者が止まっているのも、刃を握られただけではなく、不可解な展開に対する『驚き』があったからなのでしょう。
そしてそれは、この私も……。
人気のない路地裏に、沈黙がもたらされた瞬間でした。




