第五百六十一話 深緑に、命尽きるまで(その五)
商会の建物を出た。
母さんには、『友人のノエルと遊んでくる』という態で事情を説明している。
まさか『お貴族様と係わって、場合によっては危険があるかも』とは云えないからね。
マイマザーに、「うちの子たちと仲良くしてあげてね?」と云われたイケメンちゃんは、そんな事情があるので、少しだけ居心地悪そうにしていた。
しかしその後の、
「お任せ下さい。このふたりは、ボクが全力でお守りしますから!」
と云うセリフには、とても力が入っていたのが印象に残った。
「ぅ、ぁ、ぁのぅ……」
建物からは出たが、まだ商会の敷地内の時点で、例の陰キャエルフが話しかけてきた。
その対象は我らクレーンプット兄妹ではなく、イケメンちゃんであるらしい。
「ボクに、何か?」
「ええ……。き、極めて重要な話を」
「伺いましょう」
チラリと周囲を見る。
ショルシーナ商会は大店だけあって、お客さんが多い。
なので俺たちは建物の裏側――『関係者以外立ち入り禁止』のエリアへと移動した。
「それで、ボクに話とは何でしょうか?」
「わ、わた、私は、こちらのクレーンプット兄妹を、ま、守れと命じられております……」
「ああ成程、優先順位の問題ということですか」
「は、話が早くて、た、助かります……」
「構いませんよ。寧ろボクからお願いしたいくらいです。元々は、こちらがアルたちを巻き込んだわけですから」
それは、こういうことだろう。
ノエルと俺たち、二者択一であるならば、陰キャエルフのイェットは迷わずこちらを防御すると云うこと。
貴方のことは守らない、とは云っていないので、二択にならない限りは、たぶんイケメンちゃんのことも守ってくれるはずだ。
「つ、次に――」
諜報部のハイエルフは、今度は俺を見る。
「俺たちにも、何か?」
「は、はい……。ええと……。既にご存じの通り、わ、私は目立つわけにはいきません……」
うん。聞いている。
だからこそ、ティーネやフェネルさんではなく、彼女が採用されたんだろうからね。
「で、ですので、護衛と云っても、い、命や重篤な怪我に係わると、は、はん、判断する時以外は、て、手を出しません……」
「小突かれるくらいでは、何もしないよってことね」
「そ、そう、です……」
俺はそれでも構わないが、フィーが殴られるのを見過ごすことは出来ないな。
「ええと……。守って貰う立場で云うのもアレですが、この娘だけはしっかりと守護してあげて下さい」
「…………」
陰キャさんは少しだけ考え込み、
「わ、わか、わかりました……」
と、答えた。
取り敢えずは、これで一安心か。
後は――。
「ノエルは大丈夫なの?」
「ああ、ボクを心配してくれるんだね? ありがとう、アル」
うーん。
微笑まれてしまったぞ。
彼(彼女?)はちょっと機嫌良さげに云う。
「アル、キミも知っての通り、ボクは剣が使える。うぬぼれるつもりはないが、自衛くらいは出来ると思う」
イケメンちゃんはショートソードを手に取ると、ヒュヒュヒュッとその場で振ってみせた。
うん、良い太刀筋だ。
ズバ抜けたセンスを感じる。
が、それ以上に堂に入ってる。
なんというか、ベテランの剣舞でも見るかのようだ。
(ノエルには、不思議な『過去』があるからな……)
夢という形で顕れる、過去の断片。
それが彼女(彼?)の中で、戦闘の技術として根付いているのだろう。
陰キャさんも、ちょっとだけ驚いたふうな顔をした。
「じゅ、熟練の剣士みたいな動きですね……」
その言葉に、ノエルは困ったふうに笑った。
彼(彼女?)は夢のことを、俺以外に話すつもりが無いからだろうな。
「相変わらず、良い腕だな?」
「そう云ってくれるのは嬉しいんだけどね……?」
彼女(彼?)は、こちらにも困った風味の顔。
「ボクはまだ子どもだからか、思った通りに身体が動かないんだ。理想の動きを、なぞれない」
熟練の技術と記憶に、肉体が追いついていないと云うことか。
この俺――アルト・クレーンプットの戦闘技術は、こちらに来てから後天的に習得したものだ。
だから、彼(彼女?)の抱く『もどかしさ』が分からない。
だが、イケメンちゃんには明確な制限があるように感じるんだろうな。
というよりも、現在は十全に能力を発揮できないという告白か。
ノエルは剣をおさめると、じぃっと俺の顔を見つめた。
「キミのお母さんに誓った通り、アルたちのことはボクが守る。でも、ちょっと訊いておきたい。アルって結局、多少は戦えるのかな? 体つきから察するに、明らかに鍛えているよね?」
「護身が精一杯だよ。それも、色々とあてにならない。俺は荒事には向かない人間だから」
「だいじょーぶなの! にーたのことは、ふぃーが守るっ!」
勇ましく名乗りを挙げて下さる妹様よ。
守ってあげるのは年長者の仕事なんだが、実際俺は、フィーより弱いしなァ……。
「そいつはありがたいが、母さんからも危ないことはしちゃダメって云われているしな。危険があったら、まずは逃げような?」
「みゅぅ……。棍棒さえあれば、ふぃー、誰にも負けないのに……」
「えっ、キミの妹さん、棍棒術を学んでいるのかい?」
「ただ単に、棍棒大好きっ子なだけです」
「ふぃーが好きなのは、にーたなの!」
うーん。
ほっぺにキスされてしまったぞ。
イケメンちゃんは、苦笑して頷いた。
フィーが『戦闘向き』ではないと思ったのだろう。
陰キャエルフが云う。
「で、では私は、皆様の後方に、ひ、控えております……」
その言葉を残し、フッと消えた。
本当に忍者みたいだな。
「速いね、彼女」
ノエルは、目で追えているらしい。
流石は、『前世が達人だったかもしれない』子ども。
「じゃあ、行こうか?」
ノエルは、俺の服を掴んできた。
妹様をだっこしているから、両手が塞がっているからね。それで、こういう形になるのかな?
色々とあったが、漸く目的地へ向けて出発した。
※※※
「そういえばさ、ノエル?」
「うん? 何かな、アル」
道すがら、友人に声をかける。
薬草畑の人とはコッソリ会うという関係上、『裏道』を通ることになった。
無人の時に背後を振り返っても、護衛エルフの姿が見えないのは流石と云えよう。
尤も――。
「イェットどこにいるか、ふぃー、分かる! 魂も魔力も出しっぱなし! 隠れてる意味ない!」
マイエンジェルはこう云っているが、それはお前が特別なだけだからな?
あと、俺も『出しっぱなし』だけど、寝起きにいないと狼狽して大泣きしますよね?
(それは兎も角――)
俺はフィーをなでなでして大人しくさせると、改めてイケメンちゃんに問うた。
「薬草農家の人にヴィリーくんがちょっかいを掛けていると云っていたけど、まさか鉢合わせしたりしないよな?」
「無いと思いたいけど、そうなっても不思議はないかな。流石に彼のスケジュールを、ボクは把握してはいないよ」
ごもっともで。
でも顔を合わせても、絶対ろくなことにならないだろうからなァ。
合わないことを祈るしかないが――。
より人気のない道に踏み込み、角を曲がると、早速フラグを回収してしまった。
「む? お前たちは……?」
そこにいたのは、懐かしのヴィリーくんと、その取り巻きが三人。
思い切り鉢合わせてしまったな。
何という間の悪さ。
「あっ、こいつ、平民会のガキですぜ!?」
取り巻きのひとりが、ノエルを見て声を荒げる。
そこにあるのは、忌ま忌ましさとか怒気であるとか、ネガティブな感情ばかり。
これでは、穏便にすれ違うのは、難しそうだ。
面倒なことにならなければ良いけどなァ……。




