第五百六十話 深緑に、命尽きるまで(その四)
イケメンちゃんと、薬草畑の持ち主の所まで出向く事になった。
件の人物は祭りの準備の為に、現在はこの王都にやって来ているらしく、まずはそこに向かう。
ノエルは、装備品――武器だろう――を預けているとかで、それを取りに一旦中座した。
そして彼(彼女?)がいなくなると、すぐに詰め寄ってくる御方がひとり……。
「アルト様、外出時の護衛はお任せ下さいっ」
爛々とした瞳で名乗りを挙げたのは、我らがフェネルさんである。
しかし、うちの槍術の先生から待ったが掛かった。
「フェネル、祭りを控えて商会もてんやわんやのこの時期に、貴方が抜けられるわけないでしょう。一応貴方、局長職よ?」
「そんな……っ! でも、ヤンティーネさん、それじゃ私、アルト様とフィーリア様をだっこ出来ないじゃないですか……っ!」
馭者術の先生、『護衛』の意味、分かってます?
俺は云う。
「だっこがしたいなら、我が家の次女とかオススメですが」
「もちろんノワール様も、後で堪能させて頂きますっ。ですがノワール様は、自由にだっことは行かないのです」
ん?
そんなことあったっけ?
首を傾げると、おねぃさんは続けた。
「リュシカ様にノワール様のだっこを頼むと、喜んで渡してくれます。――ですが! その時間はとても短いのです! リュシカ様はすぐにノワール様を取り返してしまい、私には充分に堪能できる時間がありませんっ」
マイマザー、マリモちゃんのこと大好きだからなァ……。
可愛がるのも、可愛がって貰うのも、自慢するのも。
青ざめながら、わなわなと震える従魔士をスルーしてやって来たティーネは、こちらに一礼する。
「アルト様の護衛は、いつも通りこのヤンティーネが務めます。ご安心を」
まあ、それが一番確実だよね。
ティーネは強いし、俺やフィーの秘密も色々知っているしで、何かあったときにフォローもして貰えるしさ。
しかしそこに、待ったが掛かった。
「ヤンティーネさん、ダメです」
何とそれは、フェネルさんから発せられたものだった。
しかし不思議だ。
この美人のおねぃさんも、ティーネが適役ということくらい、分かっていそうなものなのに。
ポニーテールの女騎士もそう思ったらしい。
驚きと不満とが綯い交ぜになったかのような顔で、同僚を見つめている。
フェネルさんは、敷衍を始めた。
「だってヤンティーネさん、隠密行動に全く向かないじゃないですか」
「む……」
ティーネは片目を閉じて黙り込む。
よく分からないが、『隠れて護衛する』って必要な事なんだろうか?
と云うか、堂々としてちゃダメなの?
気になって尋ねてみると、フェネルさんにフィーごと抱き上げられてしまった。
「ええとですね、アルト様。この王都には、『メルローズ財団』という悪の組織がありまして」
冗談めかして云うが、目が笑っていませんぜ?
商会局長様の説明をかいつまんで云うと、どうやら件の集団が、ショルシーナ商会のスキャンダルのネタを嗅ぎ回っているのだと。
商売成績では正式に追い落とすことが出来ないから、イベントなどのある時期になると、あの手この手で嫌がらせをしてくるみたい。
向こうも上手く行くとは思っていないらしく、『成功すればラッキー』みたいな感覚で仕掛けてくるとのこと。
今回のような祭りのパターンだと、醜聞のひとつでも見つけて、『出店を失敗させる』などを企んでくるんだとか。
暇な連中だとは思うが、実際ショルシーナ商会は、『王城への地下進入路を知っていて隠している』という『実績』があるので、どうしても慎重にならざるを得ない。
そんな折に、エルフという非常に目立つ存在を引き連れた子どもが歩いていたら、格好の的になる。
ティーネもフェネルさんも、それを心配しているようだ。
ポニーテールのハイエルフが、馬のしっぽを揺らして同僚に云う。
「では、どうすると云うの? アルト様たちに『護衛を付けない』という選択肢は、絶対に有り得ないし……」
「もちろんです! ちいさなお子様を一人歩きさせるなど、神が許してもこのフェネルが許しませんっ」
彼女の母性は、神に反逆することも辞さない熱量であるらしい。
「そこで――」
フェネルさんは、サササーッと人を呼びに行った。
※※※
「ぅ、ぅぅぅ……」
そして、目の前には居心地悪そうなエルフの女の子が。
失礼な――そして妙な表現になるが、『凄い美形なのに、めちゃくちゃ地味』という外見をした少女だった。
そしてこれも失礼ながら、なんだか『陰キャ』なオーラがにじみ出ている気がするぞ?
心なしか、耳もションボリとしているような……。
部屋に戻ってきたイケメンちゃんが、不思議そうに俺に問いかけた。
「アル、こちらの方は?」
いや、知らんし。
たぶん初対面。
仮に商会に来た時に『その他大勢』にいたとしても、残念ながら気づけていないよ。
と云う訳で、渡されたボールを、そのまま従魔士のお姉さんにパス。
「フェネルさん、こちらのエルフさんは……?」
俺が問うと、商会局長様が答えるより先に、エルフの子が声を絞り出した。
「……は、ハイエルフ、です……。エルフじゃ、ありません……」
うーむ、即座に修正されてしまったぞ?
エルフ族の人たちって、血筋に誇りを持ってる子が多いからな……。
俺の知るハイエルフたちも、その悉くが、『エルフ呼ばわり』すると訂正してくるからな。
逆に『至尊』の地位にいる高祖ふたりは、そういうことに拘泥してないみたいだけれども。
フェネルさんが、彼女の両肩に背後から手を置いて云う。
「この娘の名は、イェット。当商会の『諜報部』所属のハイエルフです」
「へぇ――。諜報部、ですか……」
イケメンちゃんが、探るような目を向けた。
「ショルシーナ商会には『非合法』か、それに近いチームがあると父から聞いていましたが、実在したのですね」
その言葉に、フェネルさんが薄く笑う。
そこには、いつものような優しさが見えない。
「彼女とその所属部署を晒したのは、ひとえに我々の『信頼の証』であるとお考え下さい。信用とは相互の誠意によって担保されるもの。どうかその点を重々承知なされますよう、伏してお願い申し上げます」
「……父やその他外部に吹聴して回るつもりはありませんから、そこはボクを信頼して頂くしかありません。ここで諜報部の者を出してきたのは、ボクや護民官に対する厚意ではなく、アルたち兄妹の為だと理解しています。――ボクは貴方たちを敵に回すつもりはありませんし、それ以上にアルに迷惑を掛けるつもりもありません。自らの誇りと名誉に掛けて、そこは誓わせて貰います」
「――懸命なご判断、痛み入ります。貴方様がアルト様方の敵に回らぬ限り、当商会は今後も良き隣人であり続けるでしょう」
むむむ……。
フェネルさんってひたすら『優しいお姉さん』ってイメージだったけど、別の顔も持っているのね。
いや、大店の幹部なんだから、そこは当たり前なんだろうけれども。
イケメンちゃんが、俺の耳に口元を寄せてくる。
「アル。これだけエルフたちに重きを置かれているキミは一体、何者なんだい? 最初は単なる常連か何かだと思ったんだけど――」
単に、師のコネですがな。
気を遣って貰えるのは、その余禄にすぎませぬ。
俺は笑って誤魔化して、局長様に向き直った。
「ええと……。話の流れからすると、こっちの――」
「い、イェット、です……」
「イェットさんが、俺たちの護衛に付いてくれるってことですか?」
「はい、その通りです。イェットは隠密能力に長けたハイエルフ。アルト様たちを陰から見守るのに、今回の場合、最も適しているかと」
忍者みたいな、スパイみたいな?
なんだか陰気な感じのするハイエルフは、どこかじめじめとした視線を俺に向けてきた。
「め、名誉エルフ族を、陰ながらに護衛します……」
ちょっとォッ!?
何でその設定知ってンのよ!?
というか、まだ生きてたのかよ!?
「うん? 名誉、エルフ……? それは何かな?」
イケメンちゃん、憶えなくて良いからね?
俺の重大な秘密を知る陰キャエルフは、キョロキョロと周囲を窺うようにしてから俺たちに近づき、フィーを見ながらヒソヒソ話を始めた。
イケメンちゃんは気を遣える子なので、空気を読んで自分から距離を取っている。
「あ、あの、そっちのだっこされてる子……。ひとついいですか……?」
「んゅ? ふぃーにご用?」
「ご、ごよーです……。――ちょっと確認なのですが、商会長が秘蔵されている、あの見事なお皿を作ったのは貴女だというのは、本当ですか……?」
「ふぃー、確かにお皿作る。こないだも、一枚作った。プレゼントした」
「YAHARI……!」
何か変な子だな?
イェットは陰キャ独特の含み笑いをすると、マイエンジェルにこう云った。
「ひ、ひとつ相談なんですが、わ、私にもお皿を一枚、作っては貰えませんか……?」
「みゅぅぅ……。ふぃーのお皿、ほしーの?」
「ほ、ほしーです……」
いつの間にか、妹様の作品にファンが産まれていたのか……。
期待に口元をヒクつかせながら立つ陰キャエルフに、フィーはしかし、首を振った。
「ふぃー、にーたの許可無いと、お皿、外に出せない。ふぃー、にーたが大事だから、良い子でいる。にーたがダメ云うなら、お皿渡せないの……」
「――――」
イェットは、震える瞳でこちらを見つめた。
いや、そんな目をされてもね。
別に出し惜しみや嫌がらせで『門外不出』にしているわけじゃァないのよ?
マイシスターが思うがままに作り上げると、その焼き物は強い魔力を帯びてしまうのだ。
それを世間に知られるわけにはいかないから、待ったを掛けているだけで。
「め、名誉エルフ様……」
その呼び方、やめて。
「こ、今回の外出で私が手柄を立てたら、お皿を私に下さい……」
それは構わないけど、平和な外出だったら、どうするのよ?




