表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹のいる生活  作者: むい
569/757

第五百五十八話 深緑に、命尽きるまで(その二)


「やあ! アル、よく来てくれたねっ」


 やあ、とかいう爽やかな挨拶の似合う中性的な超絶イケメンが、目の前で笑みを浮かべている。


 ここはショルシーナ商会の一室。


 俺とイケメンちゃんが出会う場所を、わざわざフェネルさんが用意してくれたのである。


 ここならば気楽に会えるし、エイベルもリラックスできるし、何かあれば頼れるし、お茶やお菓子も出てくるしで、至れり尽くせりだ。


 彼女(彼?)からの手紙には、『会って内密に話してみたいことがある』と記されていた。

 それで、ここで会う運びとなったわけだ。


「本当に久しぶりだな、ノエル。二年ぶりくらいかな?」


「ああ、久しぶり。キミは逞しくなったね。――ところで、何でそんな登場の仕方を?」


「それは、俺に訊かれても……」


 今の俺の姿。

 それは商会の優しいおねぃさんに『特権行使』されている状態なのである。


 ハッキリ云って、とても恥ずかしい! 


 しかし、拒む事は許されない。

 俺は、か弱い存在なのだから……。


「――改めて、久しぶり。そしてボクの求めに応じて会いに来てくれて、嬉しいよ」


 イケメンちゃんは、爽やかに笑う。

 男と呼ぶには愛くるしすぎる笑顔であり、女と呼ぶには格好良すぎる笑みであった。

 ホントこの子、どっちなんだろうね?


 現在、この部屋にいるのは俺とイケメンちゃん、そしてフィーとフェネルさんの四人だけ。


 母さんとマリモちゃんとエイベルは、いつもの応接室でくつろいでいるはずである。


 ここにいる人数が少ないのは、一応は『内緒話』であるからだ。


 俺はフェネルさんの淹れてくれた紅茶をすすりながら訊く。


「……それで、一体全体、俺に何の用なんだ?」


 まさか、『ただ会いたかった』と云う訳はあるまい。

 それならば、ここで密談じみたことをする必要も無い。


 ちょっと気がかりなのは、この子の親御さんが『平民会』という『反・元老院』の組織に属している事だ。


 以前までの平民会は貴族派の分裂工作を策しており、しかもそれがかなりの成果を上げていたらしいのだが、そのせいで逆に警戒され、『五候』の切れ者・カスペル老人を敵に回してしまった。


 結果、現在の平民会は、その勢力を弱めているのだとかなんとか。


(その手の『政争』に巻き込まれるのは、流石に困るぞ。暗闘の類は、俺は苦手だからな……)


 クレーンプット家の『お隣さん』はベイレフェルト侯爵家なので、その動向を探ってきて欲しい、とか云われたら、たとえ友人の頼みでも、流石に躊躇すると思う。


 たぶん俺では、カスペル老人には知略戦で歯が立たないだろう。


 虎の尾を踏む結果だけが残った、ではこちらとしても困ってしまうし。


 イケメンちゃんは直截には答えず、ティカップを口に運んだ。

 ただお茶を飲むだけなのに、様になっているのはイケメン度の違いか。


「……アル。キミはエフモント・ガリバルディという人物を知っているかな?」


「――!」


 予想外の名前が出て来たな。


 エフモント――ミチェーモンさんは、云わずと知れた孫娘ちゃんのお爺ちゃん役だ。


 あの枯れた巨木のような老人の名前を出すという事は、或いは第三王女殿下か、その実家であるヴェンテルスホーヴェン侯爵家に関する話なのだろうか?


 俺の沈黙を『否定』と判断したらしいイケメンちゃんは、こう説明する。


「エフモント翁は、放浪の予言者と呼ばれる予知能力者だ。これまでも大陸各地で、数々の予言を的中させてきた」


 そうか。

 冷静に考えれば、この子は俺がミチェーモンさんやクララちゃんと親交がある事を知らないんだものな。


 もしもそのことをノエルが知っていたら、先程のように、『知っているか?』などと訊かずに、『親しいらしいね?』とでも云うはずだしな。


 俺は努めて冷静な表情で尋ねる。


「……で、その予言者がどうかしたの?」


「うん。つい先々月の話なんだけどね。彼は新たな予言を出したらしい。それも、とびきり重要なものを」


「それは……?」


 あの大予言者が重要な未来視をしたならば、確かに聞き捨てには出来ないね。


 我が家と関わり合いのない話なら良いんだが、波及してくるようなら対策も立てないといけないし。


 ノエルは、神妙な顔をして云う。


「――ムーンレインに、伏龍鳳雛有り。そのうちひとりも得れば、天下も握れる」


 何だ。

 あの時の与太話じゃん。


 それ、予言じゃないんだぞ、と教えてあげる訳にもいかないが。


「それで、その予言がどうかしたのか?」


 あれに関しては俺の名前とか出されていないはずだから、安心して『外野』でいられるぞ。

 実際俺は、伏龍でも鳳雛でもないのだしな。


「――ボクがその噂を聞いたとき、思い浮かんだ人物がふたりいる」


「ほーん? 誰と誰?」


「キミと、ミルだ」


 わーお、ピンポイントで当たってるぅぅ。


 俺は顔を引きつるのを我慢して、ノエルに訊いた。


「何で俺? ミルはまあ……ある意味で大物だけどさ」


「わからない。ただのカンだよ。けれどもボクの知る範囲で大を成すだけの人物は、キミかミルだろうと思っている。これはエフモント翁の予言が無くても変わらない予想だ」


「んな無茶な……」


 俺は肩を竦めた。


「この国で将来を嘱望されている子と云えば、それは村むす――第四王女殿下にならなきゃおかしいんじゃないの?」


「確かに、才気煥発と云えば、かの王女殿下だろうね。けれども、エフモント翁の予言は、『得れば天下も握れる』、だ。これはつまり、『人の上に立つ者』ではなく、王佐の才――『社稷の臣』を表しているのだと思う。もちろん、第四王女殿下が宰相なりなんなり、王を補佐する立場にならないとも限らないけどね。――いずれにせよ、ボクもそれ以外も、件の人物が『王族以外』から出てくるのではないかと思っている者は多いよ」


 うん。

 前提が間違ってるから、考えるだけ無駄だと思うぞ? 

 繰り返すが、あれは予言じゃないからね。


 イケメンちゃんは長い脚を組み直す。

 ただそれだけの動作なのに、いちいち格好良いんだよなァ……。


「……で、だ。その話を聞いて、ボクはキミに連絡を取りたいと思ったわけだよ。かの予言者の言葉がどうであれ、有能にして信頼できる人間がいるならば、用いない理由は無いからね」


 有能にして信頼できるって、それ誰の話? 

 お前の目の前にいるのは、ただの小市民だぞ?


「ええと……。つまり俺に、何かさせたいことがあるってこと?」


「うん。ボクのお供を頼みたいんだ」


「お供」


 こりゃまた、意外な言葉が出て来たね。


 どこに出かけるのかは知らないが、帯同を提案されるとは。


 しかし――。


「俺、あんまり家から出られないんだけど……」


「行く先が、お祭りでもかな?」


「お祭り?」


「みゅみゅうっ! 今、お祭り云った!? ふぃー、お祭り好きっ! にーたが好きっ!」


 今の今まで俺にだっこされ、夢見心地になっていた妹様が、その言葉に激しく反応されてしまった。

 うちの子、楽しいの大好きだからね。


「ボクの見る限り、キミには能吏や名臣になれる資質があると思う。そういう者に、随伴を頼みたいんだよ。――もちろん報酬は支払うし、お祭りでの飲み食いなんかも、こちらが持つよ」


「ふぅむ……」


 能吏やら名臣やらという評価は的外れだが、お祭り会場を歩けるのは良いことだねぇ。

 市場調査やアイデアの着想が得られるし、それに何より、フィーたちを喜ばせてあげられるし。


(でもなァ……)


 それには、ひとつの前提がある。


「危険とか、厄介事に巻き込まれるのは、率直に云って、困る。その辺はどうなのさ?」


 友人を助けたいのは山々だけど、それで家族を危険に晒すのでは意味がない。

『家内安全』こそが、俺のモットーな訳でして。


 イケメンちゃんは、居ずまいを正して云う。


「正直に云うと、全くないとは云わない。キミもボクの性格は知っているだろう? 曲がった事は嫌いだから、それを見かければ正そうとするよ。でも、逆に云えばそれだけだよ。たとえば平民会と元老院の諍いに巻き込まれるとか、政争に係わる事はないはずだ」


 コップの中の嵐と無縁でいられるのはありがたいんだけどね。


「切ったはったは、あるかもしれない訳だ」


「うん。それは素直に、認めるよ。でも、その場合も戦うのはボクだ。アルには迷惑を掛けないつもりだよ」


「俺は荒事は苦手だからね……」


 でもノエルは、確か妙に強かったんだっけか。

 その辺も安心……なのかなァ?


「……で、ノエル。お祭りで、具体的には何をするの? 俺、そこのところが分かっていないんだけれども」


 そう問うと、イケメンちゃんは真面目な顔で、こう云った。


「ヘイフテ家の問題児、魔術剣士のヴィリーのことは、憶えているかな?」


「また懐かしい名前を……」


 以前の祭りの時。

 そして、二級試験の時に悶着のあった相手だね。


 性格がひん曲がっていて、へりくつが大好きで。


 けれども、ひとかどの剣術と高速言語を使う、貴族出身の冒険者――。


「あのヴィリーくんが、どうかしたの?」


「あの男と、係わる事にはなると思う」


 うん。

 全く嬉しくないぞ、友人よ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィリーくんのキャラ [気になる点] 高3です。 僕もフェネルさんに抱っこされたいのですが どうすればいいのでしょう? [一言] 更新ありがとうございます。 受験勉強の支えになってます。
[気になる点] フェネルおねぃさんは、フィーを抱っこしたアルをだっこしていたのかな。 ママンいわくの禁断のダブルだっこ。
[良い点] 相変わらず面白かったです。前話との絡みもあり、少し強引な展開かもしれませんが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ