第五百五十八話 深緑に、命尽きるまで(その二)
「やあ! アル、よく来てくれたねっ」
やあ、とかいう爽やかな挨拶の似合う中性的な超絶イケメンが、目の前で笑みを浮かべている。
ここはショルシーナ商会の一室。
俺とイケメンちゃんが出会う場所を、わざわざフェネルさんが用意してくれたのである。
ここならば気楽に会えるし、エイベルもリラックスできるし、何かあれば頼れるし、お茶やお菓子も出てくるしで、至れり尽くせりだ。
彼女(彼?)からの手紙には、『会って内密に話してみたいことがある』と記されていた。
それで、ここで会う運びとなったわけだ。
「本当に久しぶりだな、ノエル。二年ぶりくらいかな?」
「ああ、久しぶり。キミは逞しくなったね。――ところで、何でそんな登場の仕方を?」
「それは、俺に訊かれても……」
今の俺の姿。
それは商会の優しいおねぃさんに『特権行使』されている状態なのである。
ハッキリ云って、とても恥ずかしい!
しかし、拒む事は許されない。
俺は、か弱い存在なのだから……。
「――改めて、久しぶり。そしてボクの求めに応じて会いに来てくれて、嬉しいよ」
イケメンちゃんは、爽やかに笑う。
男と呼ぶには愛くるしすぎる笑顔であり、女と呼ぶには格好良すぎる笑みであった。
ホントこの子、どっちなんだろうね?
現在、この部屋にいるのは俺とイケメンちゃん、そしてフィーとフェネルさんの四人だけ。
母さんとマリモちゃんとエイベルは、いつもの応接室でくつろいでいるはずである。
ここにいる人数が少ないのは、一応は『内緒話』であるからだ。
俺はフェネルさんの淹れてくれた紅茶をすすりながら訊く。
「……それで、一体全体、俺に何の用なんだ?」
まさか、『ただ会いたかった』と云う訳はあるまい。
それならば、ここで密談じみたことをする必要も無い。
ちょっと気がかりなのは、この子の親御さんが『平民会』という『反・元老院』の組織に属している事だ。
以前までの平民会は貴族派の分裂工作を策しており、しかもそれがかなりの成果を上げていたらしいのだが、そのせいで逆に警戒され、『五候』の切れ者・カスペル老人を敵に回してしまった。
結果、現在の平民会は、その勢力を弱めているのだとかなんとか。
(その手の『政争』に巻き込まれるのは、流石に困るぞ。暗闘の類は、俺は苦手だからな……)
クレーンプット家の『お隣さん』はベイレフェルト侯爵家なので、その動向を探ってきて欲しい、とか云われたら、たとえ友人の頼みでも、流石に躊躇すると思う。
たぶん俺では、カスペル老人には知略戦で歯が立たないだろう。
虎の尾を踏む結果だけが残った、ではこちらとしても困ってしまうし。
イケメンちゃんは直截には答えず、ティカップを口に運んだ。
ただお茶を飲むだけなのに、様になっているのはイケメン度の違いか。
「……アル。キミはエフモント・ガリバルディという人物を知っているかな?」
「――!」
予想外の名前が出て来たな。
エフモント――ミチェーモンさんは、云わずと知れた孫娘ちゃんのお爺ちゃん役だ。
あの枯れた巨木のような老人の名前を出すという事は、或いは第三王女殿下か、その実家であるヴェンテルスホーヴェン侯爵家に関する話なのだろうか?
俺の沈黙を『否定』と判断したらしいイケメンちゃんは、こう説明する。
「エフモント翁は、放浪の予言者と呼ばれる予知能力者だ。これまでも大陸各地で、数々の予言を的中させてきた」
そうか。
冷静に考えれば、この子は俺がミチェーモンさんやクララちゃんと親交がある事を知らないんだものな。
もしもそのことをノエルが知っていたら、先程のように、『知っているか?』などと訊かずに、『親しいらしいね?』とでも云うはずだしな。
俺は努めて冷静な表情で尋ねる。
「……で、その予言者がどうかしたの?」
「うん。つい先々月の話なんだけどね。彼は新たな予言を出したらしい。それも、とびきり重要なものを」
「それは……?」
あの大予言者が重要な未来視をしたならば、確かに聞き捨てには出来ないね。
我が家と関わり合いのない話なら良いんだが、波及してくるようなら対策も立てないといけないし。
ノエルは、神妙な顔をして云う。
「――ムーンレインに、伏龍鳳雛有り。そのうちひとりも得れば、天下も握れる」
何だ。
あの時の与太話じゃん。
それ、予言じゃないんだぞ、と教えてあげる訳にもいかないが。
「それで、その予言がどうかしたのか?」
あれに関しては俺の名前とか出されていないはずだから、安心して『外野』でいられるぞ。
実際俺は、伏龍でも鳳雛でもないのだしな。
「――ボクがその噂を聞いたとき、思い浮かんだ人物がふたりいる」
「ほーん? 誰と誰?」
「キミと、ミルだ」
わーお、ピンポイントで当たってるぅぅ。
俺は顔を引きつるのを我慢して、ノエルに訊いた。
「何で俺? ミルはまあ……ある意味で大物だけどさ」
「わからない。ただのカンだよ。けれどもボクの知る範囲で大を成すだけの人物は、キミかミルだろうと思っている。これはエフモント翁の予言が無くても変わらない予想だ」
「んな無茶な……」
俺は肩を竦めた。
「この国で将来を嘱望されている子と云えば、それは村むす――第四王女殿下にならなきゃおかしいんじゃないの?」
「確かに、才気煥発と云えば、かの王女殿下だろうね。けれども、エフモント翁の予言は、『得れば天下も握れる』、だ。これはつまり、『人の上に立つ者』ではなく、王佐の才――『社稷の臣』を表しているのだと思う。もちろん、第四王女殿下が宰相なりなんなり、王を補佐する立場にならないとも限らないけどね。――いずれにせよ、ボクもそれ以外も、件の人物が『王族以外』から出てくるのではないかと思っている者は多いよ」
うん。
前提が間違ってるから、考えるだけ無駄だと思うぞ?
繰り返すが、あれは予言じゃないからね。
イケメンちゃんは長い脚を組み直す。
ただそれだけの動作なのに、いちいち格好良いんだよなァ……。
「……で、だ。その話を聞いて、ボクはキミに連絡を取りたいと思ったわけだよ。かの予言者の言葉がどうであれ、有能にして信頼できる人間がいるならば、用いない理由は無いからね」
有能にして信頼できるって、それ誰の話?
お前の目の前にいるのは、ただの小市民だぞ?
「ええと……。つまり俺に、何かさせたいことがあるってこと?」
「うん。ボクのお供を頼みたいんだ」
「お供」
こりゃまた、意外な言葉が出て来たね。
どこに出かけるのかは知らないが、帯同を提案されるとは。
しかし――。
「俺、あんまり家から出られないんだけど……」
「行く先が、お祭りでもかな?」
「お祭り?」
「みゅみゅうっ! 今、お祭り云った!? ふぃー、お祭り好きっ! にーたが好きっ!」
今の今まで俺にだっこされ、夢見心地になっていた妹様が、その言葉に激しく反応されてしまった。
うちの子、楽しいの大好きだからね。
「ボクの見る限り、キミには能吏や名臣になれる資質があると思う。そういう者に、随伴を頼みたいんだよ。――もちろん報酬は支払うし、お祭りでの飲み食いなんかも、こちらが持つよ」
「ふぅむ……」
能吏やら名臣やらという評価は的外れだが、お祭り会場を歩けるのは良いことだねぇ。
市場調査やアイデアの着想が得られるし、それに何より、フィーたちを喜ばせてあげられるし。
(でもなァ……)
それには、ひとつの前提がある。
「危険とか、厄介事に巻き込まれるのは、率直に云って、困る。その辺はどうなのさ?」
友人を助けたいのは山々だけど、それで家族を危険に晒すのでは意味がない。
『家内安全』こそが、俺のモットーな訳でして。
イケメンちゃんは、居ずまいを正して云う。
「正直に云うと、全くないとは云わない。キミもボクの性格は知っているだろう? 曲がった事は嫌いだから、それを見かければ正そうとするよ。でも、逆に云えばそれだけだよ。たとえば平民会と元老院の諍いに巻き込まれるとか、政争に係わる事はないはずだ」
コップの中の嵐と無縁でいられるのはありがたいんだけどね。
「切ったはったは、あるかもしれない訳だ」
「うん。それは素直に、認めるよ。でも、その場合も戦うのはボクだ。アルには迷惑を掛けないつもりだよ」
「俺は荒事は苦手だからね……」
でもノエルは、確か妙に強かったんだっけか。
その辺も安心……なのかなァ?
「……で、ノエル。お祭りで、具体的には何をするの? 俺、そこのところが分かっていないんだけれども」
そう問うと、イケメンちゃんは真面目な顔で、こう云った。
「ヘイフテ家の問題児、魔術剣士のヴィリーのことは、憶えているかな?」
「また懐かしい名前を……」
以前の祭りの時。
そして、二級試験の時に悶着のあった相手だね。
性格がひん曲がっていて、へりくつが大好きで。
けれども、ひとかどの剣術と高速言語を使う、貴族出身の冒険者――。
「あのヴィリーくんが、どうかしたの?」
「あの男と、係わる事にはなると思う」
うん。
全く嬉しくないぞ、友人よ。




