特別編・聖夜大戦(後編)
ひょんなことから始まってしまった、フィーとエイベルの魔術戦。
俺が呆然と見ている傍では、マイエンジェルが新たな術式を組み上げていた。
「にゃにゃーーっ!」
両腕から発射されたのは、電気の槍。
たぶん、俺の使う『雷絶』みたいに、サンタを気絶させる為に放ったのだろうが、フィーの魔力量だとヤバいことになりそうなんですが。
何か異常にバチバチいってるし。
(と云うか、雷絶は放電で減衰しないように、密着して使うものなんだがな……)
あの魔力量なら、そういう問題は起きないか。
寧ろ前述の如く、威力がありすぎる事が問題だろうが。
それでも俺がボケッと見ていられるのは、攻撃された対象が、エイベルだからだ。
うちの先生がどれだけ強いのかは、毎日訓練を受けている俺が一番よく分かっている。
果たしてフィーの放った二本の槍は、まるで不可視のレールの上を滑るかのようにして軌道を変え、天空へと吸い込まれていった。
これはアレだね。
高祖姉妹の使う、謎の防御技だ。
これある限り、たとえ古式を使ってもマイティーチャーの防御は崩せない。
(まあ、エイベルが無事であっても、これ以上フィーに攻撃させるわけにもいかないか……)
俺は妹様を抱きかかえる。
「みゅみゅっ!? 急に、にーたにだっこされた!? ふぃー、嬉しいけど、サンタさんの捕獲が出来なくなる……!」
しなくて良いんだぞー?
「フィー。危ない事はしちゃダメだって、母さんにも云われてるだろう?」
「あのサンタさん、強い! ふぃーの見立てでは、エイベルと同じくらい!」
ああ、うん。
俺も同じくらいだと思っているよ。
何にせよ、こうしてマイエンジェルを押さえておけば安心――とは、ならなかった。
何とサンタさんが、こちらへもの凄いスピードで駆けてきたのである。
「みゅぅぅ……っ! サンタさん、やる気!? ふぃー、にーたを守らなきゃ!」
うにゃにゃーっ、とか云いながら、魔術を放つ妹様。
その姿はまるで、『七つ集めると願いが叶う龍の玉を巡るマンガ』に出てくる負け役みたいなエネルギー弾の連射であった。
これもう、完全に『捕獲』が頭からすっ飛んでるな?
一方、サンタさんのほう。
こちらは律儀に、フィーの放った魔術を全部上空に逸らして、周囲に被害が出ないようにしてくれている。
明後日の方向に飛んだものすら、ひとつ残らず。
高速で突っ込んできながらこんな余裕があるのは本当に凄いが、『迷惑掛けてすいません』という気持ちもわき上がってくる。
(これ、本当に眠りの粉を使っていたほうが良かったのでは……)
そんな風に考えていると、謎のサンタさんは既に室内に飛び込んできていた。
顔が見えないように覆面をしているが、世界一魅力的な耳が丸出しなので、フィー以外には正体がバレバレだと思うぞ。
何故これでいけると思った、エイベルよ……。
「みゅうっ! 入って来たっ!」
フィーが室内でも魔術を使おうとしたので、そのまま根源に干渉して霧散させる。
「に、にーた!?」
俺に邪魔されて、フィーが驚いている。
一方エイベルは、既に室内から脱出していた。
一秒、二秒しかいなかったんじゃ無かろうか?
「んゅゅ…… サンタさん、何の為に入って来た……!?」
フィーが不思議がっているが、俺のほうはビックリしている。
だって枕元の大きな靴下の中には、いつの間にかプレゼントが詰められているのだから。
今のほんの一瞬で、エイベルはそれをやってのけたという事なのだろう。
マイシスター程の魔術使いと戦いながら、これだけの余裕とは。
まさに最強の存在に相応しい手腕であった。
「あぁぁ……っ! サンタさん、逃げていくの……!」
悔しそうにジタバタと暴れる天使様を、必死に押さえた。
「フィー。残念だが、俺らではサンタさんの捕獲は出来ん」
「んゅ……」
その言葉に、妹様は項垂れる。
「にーたの云う通りなの……。力不足……。ふぃー、にーたにサンタさんをプレゼントしたかったのに……。にーた、ごめんなさい……っ」
大きな青いおめめに、大粒の涙が浮かんでいた。
この娘は本当に、『俺の為』にサンタを生け捕りたかったらしい。
「フィー。その気持ちだけで充分だよ。ありがとうな?」
「ひぐ……っ! ぐす……っ! にぃたぁぁぁぁぁぁっ!」
よく分からないが、フィーは泣き出してしまった。
そのままよしよしと撫でていると、妹様はいつの間にか眠っていた。
※※※
「お疲れ様。――迷惑掛けてごめんって云うべきかな。それとも、ありがとうって云った方が良いのかな?」
一時間後。
プロレスを終えて戻って来た母さんにマイエンジェルを引き渡した俺は、恩師のいる屋根裏部屋へと足を運んでいた。
エイベルは――まだサンタさんの格好のままだった。
覆面は流石に取ってはいたけれども。
「……後者で良い。私は、アルに謝られるよりも、お礼を云って貰えるほうが好ましい。それに、アルには前向きでいて貰いたい」
徹頭徹尾、気を使って貰ってるねぇ……。
「お師匠様、こちらは謝意でございます。お納め下されぃ」
「……ん。確かに貰った」
お礼に、大盛りプリンを差し出した。
美人女教師はすまし顔で受け取ったが、魅惑のお耳がピクピクしている。
「エイベル、ごめんね? ああ、いや、ありがとうか。『眠りの粉』って選択肢は、やっぱり正しかったかもしれない」
「……そうでもない」
無機質な緑色の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「……フィーには、『サンタを捕まえる』という願いがあった。眠らせるだけでは、それを霧散させる事は出来ずに、問題が先送りになったと思う。『自分の力量では不可能である』と思って貰うほうが、後々の為にも都合が良かったはず」
それは、発散させるという意味もあるのかな?
何にせよ、エイベルはうちの妹様の事も考えてくれていたみたいだ。
「エイベル、色々と見てくれているんだねぇ」
「……ん。私は、アルたちの先生」
そう云って微笑するエイベルの姿は、なんだか誇らしげに見えた。
(それにしても――)
俺は、出し文机の前にちょこんと座っているマイティーチャーを見つめる。
「…………?」
弟子からの視線を受けて、ちいさな先生は不思議そうに小首を傾げた。
何で今更俺がマジマジと見つめてくるのか、疑問なのだろう。
「いや、あのさ」
「……何?」
「サンタさん姿のエイベル、可愛いね?」
「――っ!?」
無表情のまま、エイベル顔が真っ赤になった。
華奢な身体が、ふるふると震えている。
どうやらサンタコスのままだったのは単なるうっかりであり、俺に見られた事で、激しく動揺しているみたいだった。
「……~~っ」
ガタッと立ち上がったエイベルは素早い動きで壁に掛かっていたマントを手に取ると、それを頭から被って、丸まってしまった。
黒いちいさな塊が、目の前でぷるぷると震えている。
「え、エイベ――」
「……だめっ」
「いや、あの……」
「……だめと云ったら、だめ……っ」
何がどう『ダメ』なのかは分からないが、結局その晩エイベルは、丸まったマントの中から出てくることは、ついにありませんでしたとさ。
俺、メリークリスマス、云えてねぇな!?




