特別編・聖夜大戦(前編)
クリスマスに更新をする投稿者の鑑。
ちく……しょう……!
クリスマス――。
それは決戦の日。
我が子の笑顔を見る為の親御さんの。
或いは恋人との愛を育むカップルの。
そして関連商品を売り出す、各商店の決戦の場。
そして今年。
今夜を『決戦の日』と決め込む、幼女様がひとり――。
「にーた! ふぃー、今年こそサンタさんを生け捕る! にーたに、プレゼントするっ!」
サンタの捕縛に執念を燃やし、何が何でも俺にプレゼントしようと決意する妹様の姿が。
「フィー、捕まえるったって、サンタさんは夜に来るんだぞ? 捕縛どころか、姿を見る事だって――」
遠回しに『寝なさい』という俺の説得は、マイエンジェルの強烈な意思によって打ち砕かれた。
「ふぃー、その日はずっと、お昼寝する! お昼寝して、夜に備える!」
そこまでするつもりなのか。
絶対、母さんが後で怒るぞ?
しかし、困ったことになった。
フィーがずっと起きていては、俺がプレゼントを仕込めないではないか。
(翌朝、プレゼントが無かったらガッカリするだろうしなァ……)
この娘の性格だと、結局寝てしまうような気もするが、この決意だ。万が一という事もある。
何か手を打っておくほうが良いのかもしれない。
とは云え、俺は暗愚なので、名案がポンポン出てくる訳でもなし。
こういう時は、素直に『上位者』に相談するのみよ。
と云う事で、十二月某日。俺は可愛くて頼りになる屋根裏部屋の住人に、ヘルプを求めたのであった。
※※※
「……眠りの粉ならある」
マイティーチャーの出してきた答えは、実にシンプルなものだった。
でも待って欲しい。
流石に大事な妹様に睡眠薬を投げつけるというのは、いかがなものか?
「エイベル、それはちょっと……」
俺が弱り顔をすると、美人女教師は小首を傾げる。
「……けれど、フィーは頑固。本当に夜中まで起きていた場合、面倒な事になりかねない。素直に眠って貰うのが、一番良いと思う。私の作った薬なら、副作用も健康被害もない」
分からなくはないけどさァ……。
もう少しこう、何と云うか、手心というか……。
不肖の弟子が困り顔をすると、その先生も可愛いうなり声を上げた。
「……むぅ」
エイベルは少し考えて、それからちいさく頷く。
「……では、今年のプレゼントは、私が配達する。フィーが眠っていればそれで良し。そうでなくても、気配を断って仕込むくらいは出来ると思う」
「良いのっ!?」
「……他ならぬ、アルの頼み。先生として、そのくらいの骨折りはする」
「良かった! ありがとう、エイベルっ!」
思わず、その両手を握りしめてしまった。
ちいさなおてては、ひんやりとしている。
「…………っ。アルの為に、が、がんばる」
マイティーチャーは、頬とお耳を真っ赤にして目を伏せた。
※※※
そうして、十二月二十四日が訪れる。
フィーは朝からやる気満々で、昼寝を宣言した。
「ふぃー、絶対にサンタさんを捕まえる! にーたにプレゼントして、褒めて貰う!」
俺、云うのかな?
サンタさんを捕まえられて偉いね~って。
云ってあげるべきなのか、それ?
フィーはお気に入りのブタさんぬいぐるみを抱きしめて、ぼふっと布団に倒れ込んだ。
「フィー、まだ朝食が終わったばかりだぞ!? 流石に眠れないだろう……?」
「へーき! ふぃー、眠るの好きっ! 甘いのや、にーたには全然敵わないけど、それでも寝るの得意!」
青いタヌキと同居している眼鏡の少年じゃないんだから、そんな簡単には――。
「すぴすぴ……」
「もう寝とるーーっ!?」
俺はこの娘を、甘く見ていたのかもしれない。
その後も昼食の時間と、おやつタイムだけは起きてきてたっぷりと食べ、他の時間は眠っている妹様は、ついに元気満々なまま、夜を迎えてしまった。
「にーた、ふぃー、ぜっこーちょー! これならサンタさんを捕まえられるの!」
ここまでするのか、マイエンジェルよ……。
外は既に暗く、窓の向こうの世界からは、
『クリスマス死すべし! カップルには裁きを!』
と云う天誅組たちの怨嗟の声が響き渡っている。
この声も、最早風物詩だよねぇ。
「みゅふふふふふ……っ! 長い事ふぃーから逃れて来たサンタさんも、今宵限りなの!」
何と云う悪人顔。
俺は天使様に問いかける。
「なあフィー。流石に私的な理由でサンタさんを捕らえるのは、どうかと思うぞ? ここでお前がサンタさんを捕まえちゃったら、サンタさんを待っている世の子どもたちも困っちゃうだろう?」
「それは問題ないの! ふぃー、クリスマスになったら、袋を外に置いておくの! 皆、プレゼントはそこから取ればいい! 皆が待ってるのはプレゼントであって、サンタさんじゃないと思う! プレゼントが届けば、何の問題もない!」
待ってるのはプレゼントだけだって、それサンタの実物がいれば、きっと落ち込むところだぞ……。
闘志をたぎらせるフィーは、今か今かと哀れな老人を待ち構えている。
俺はと云えば、妹様をだっこして撫で回し、少しでも早く眠って貰おうと小細工をするより他にない。
「みゅ~ん……。にーたにだっこして貰っていると、ふぃー、眠くなる……。でも、サンタさんをにーたにプレゼントする為に、ふぃー、頑張るの……!」
捕縛の理由が『我欲』じゃなくて、『俺の為』なんだよねぇ……。
これはマズいぞ。
この娘、俺の為だと本当に頑張ってしまうから。
八方手を尽くしたが、フィーが眠る事はなかった。
――そして、深夜が訪れる。
既に外は静かで、天誅組の叫び声すら聞こえてこない。
「ふ、ふへへへ……! にぃたぁぁ……っ」
俺にだっこされっぱなしで夢見心地になっているフィーは、ぐんにゃりの茹で蛸状態だ。
そんな妹様が――。
「……来たのっ!」
カッと目を見開いた。
「な、何だ……? 一体、何が来たんだ……!?」
「きっとサンタさんなの! 魔力も魂も感じないけど、誰か来た! ふぃー、それ分かるっ!」
魔力も魂も感じないで、どうやって――。
(と云うか、魔力も魂も遮断してるなら、それはどう考えてもエイベルだよな?)
音もなく、気配も感じないが、フィーは窓の外を警戒しだした。
果たして窓の向こうに、赤い衣装がチラリと見えた。
(エイベル、サンタコスしてくれているのか……。後で見せて貰おう……)
俺が煩悩にまみれたことを考えていると、妹様はもう動き出していた。
「えいやー、なのーっ!」
魔術かよっ!
フィーは躊躇無く、窓の外にいるであろうエイベルに、魔術を発射した。
(な、何だこれは……!? 網か! 魔術で編み込まれた、投網なのか……!?)
間近を通った『網』に触れる。
俺は、その根源をのぞき見た。
ゾッとした。
網を構成する『糸』の一本一本が、バカげた量の魔力で出来ている。
髪の毛よりも細い一本の糸に、俺の展開する魔壁よりも何倍もの強度を感じた。
それらをたっぷりと作り出し、ギッシリと濃密に組み立てている。
フィーは一瞬で、こんなものを編み上げたのか。
対する謎のサンタさんは、一瞬で『網』に気付くと、横薙ぎに手刀を振るった。
するとフィーの放った魔力の捕獲具は、刹那の間に切断される。
(いや……無理だろ……!)
フィーの投網の強度は、手刀で何とかなるレベルのものではないはずだ。
――だが、斬れた。
それも、いとも容易く。
一振りで、バラバラに。
ということは、あれは魔術による切断か?
しかし、何も見えなかった。
周囲が揺れなかったから、風の魔術でもなさそうな感じだが、何をどうやったのか。
というか、フィーの投網は瞬時に切断出来る強度ではなかったはずだが……。
「みゅぅぅ……っ! にーた、サンタさん、手強いっ! ふぃーより、魔術上手かも!」
魔術、と妹様は断言した。
ということは、矢張りエイベルは魔術で網を断ったのか。
「ふぃー、大好きなにーたのために、何としてもサンタさんを生け捕るの! サンタさんを捕らえて、にーたに喜んで貰うっ!」
マイエンジェルは、途方もない量の魔力を集め始めた。
まさかこんなところで、フィーとエイベルの魔術戦が始まってしまうとは……。
と云うか妹様よ、兄ちゃん、サンタを捕まえてくれなんて、一切頼んだ覚えはないからな?




