第五百五十五話 試食と予約
プリン、という食べ物がある。
我がクレーンプット家では、おなじみのおやつだ。
おなじみ過ぎて、『もう暫くは良いんじゃないのかな?』と個人的には思ったりもするのだが、当家の女性陣たちに、飽きた様子は全く見られない。
毎日毎日、笑顔でパクついている。
つまり、マイノリティは俺のほうだということだ。
ちょっと前にやんわりと、『毎日じゃなくても良いんじゃないの?』と提案したときのエイベルの顔は、今も忘れられない。
だからたぶん、今後もプリンは食卓に登場し続ける事であろう。
(とはいえ、変化が欲しいのも事実……)
環境が変わらないのであれば、別のものを変えてみよう。
ようは、プリンに変化を持たせれば良い。そう考えた。
と云っても、大したことをするつもりもない。
少し手間を加えるだけだ。
今回俺が作るのは、『焼きプリン』。
ただし、一手間加えたものにする。
プリンの作り方は大別してふたつあって、つまり焼いて作るか、蒸して作るかだ。
焼いて作る方はどっしりとした堅さがあり、蒸したほうはよりなめらかになるという違いがあるが、この辺は完全に好みの問題だろう。
ぶっちゃけ、見た目はそんなに変わらない。
では俺が作ろうとしている焼きプリンはどんなものなのかというと、スイーツの専門店で売っているような、表面上部に『焼いた皮状の層』が存在しているもの、なのだ。
似て非なるものに、『クレムブリュレ』があって、あれはあれでとても美味しいのだが、生クリームがないからね。
そちらは今後の課題となるだろう。
まあ何にせよ今回の調理ですることと云えば、『上の部分』を炙るだけなので、そう手間は掛からないだろう。
とは云え、こちらはお菓子作りの素人。
いきなり上手く作れるかは未知数なので、コッソリと夜中に実験する事にした。
(プリン自体は散々作っているからな……。俺も手慣れたもんだ……)
どこに行った、俺の『A計画』……。
と、云う訳で、いくつかの試作品が完成した。
案外上手く行ったのは俺にセンスがあるからではなく、類似品を作り続けて『経験値』が溜まっていたからだろうな……。
「夜に試食は――流石にやめておこう……」
そもそも喜んで試食役を買って出てくれる人は、我が家にはいくらでもいるしねぇ。
そんな時――。
「むむ……っ!?」
突如俺の第六感(持ってない)が、フィーが起き出しそうな気配を察知したぞう。
うちの妹様、寝起きに俺がいないと大泣きしてしまうからな……。
ちょっと様子を見に行っておこうかな……。
俺はソロソロと、マイエンジェルの様子を窺いに出た。
※※※
「ふぅ……。危ないところだった……」
俺が部屋に戻ってすぐ。
ちょうどフィーは、目をこすりながら起き出しているところだったのだ。
「んゆ……。にーた……?」
俺の事を探しているのかその場でキョロキョロ。
当たり前の話ではあるが、俺は近くにいるので、すぐに目が合う。
「ふへへぇ~……! にーただぁぁ~……!」
ボフッと抱きついてくるマイエンジェル。
俺は妹様を撫でながら云う。
「どした、フィー。こんな時間に起きるなんて」
「みゅ~……。ふぃー、おしっこ行きたい……」
ああ、トイレね。
うちの子、おねしょとかしないだけ立派だよねぇ。
「わかった。じゃあ、お兄ちゃんが付いていってあげよう」
「ほんとーっ!? にーた、ありがとーっ! ふぃー、にーた大好きっ!」
眠そうにしながら、天使様はそう云った。
そうして、フィーを再び寝かしつける。
妹様は本当に眠たかったのか、俺に甘えるのもそこそこに夢の世界の住人となった。
マイマザーのボディはマリモちゃんが占有中なので、フィーには大のお気に入りのぬいぐるみ、ブオーンをだっこして貰った。
本当は俺が付いていてあげたかったが、焼きプリンの片付けもあるしね。
そもそも、完成品を出しっぱなしだ。
冷蔵庫にしまっておいて、明日にでも皆に試食して貰えばよいだろう。
そう考え、台所に戻ったのだが――。
「は……っ!?」
薄暗いキッチンに、ひとりいる。
色素の薄い金色の髪。
ともすれば幼子にも見える、ちいさく華奢な体躯。
そして、世界で一番魅力的な耳を持った、大切な家族……。
「え、エイベル……っ」
こちらに背を向けている先生は、しかし何故だか妙な迫力があった。
ズモモモモモ……という効果音でも出ているかのようだ。
「…………っ」
俺が驚き竦んでいると、ちいさな先生は、良く通る澄んだ声を響かせた。
「……………………アル」
「は、はい」
「……これは、何?」
これ? これって――。
(そういえば試作品を、出しっぱなしだった……!)
そうか。
こちらに振り向かないエイベルは、焼きプリンを見つめていたのか……!
「ええと……。や、焼きプリンだけど……」
「……やき、ぷりん……」
ピククっと、魅惑のお耳が蠢いた。
エイベルは漸くこちらを振り向く。
相も変わらぬ無表情っぷりだが、心なしかエメラルド色の瞳が、熱に浮かされたかのようにトロンとしているようにも見える。
たぶん頭の中は、『プリン欲』で満たされているのだろう。
(と云っても、就寝前に甘いものを与えるわけにもねぇ……)
ここはひとつ、何食わぬ顔で冷蔵庫にしまってしまおう。
食べて貰うのは、明日以降でも――。
「う……っ!?」
明日のおやつに手を伸ばした俺の袖を、ちいさく白い指がキュッとつまみこんでいた。
「え、エイベル……?」
「…………」
うーん。
お顔を真っ赤にして俯いておりますな。
すぐにでも食べたいけど、それを云い出すことも出来ないのだろう。
どうやらその辺の羞恥心はあるらしい。
この場に母さんがいれば、きっとこう云うのだろうな。
「もうっ、エイベル、ダメよぅ! 夜遅いんだから、明日にしなさい!」
うちの母さんってゆるい人だけど、云うべきことは云うからなァ……。
しかし、今の俺に「明日にしろ」というだけの気概はない。
結果、屈する。
美人女教師の、邪気にまみれた恥じらいに。
これこそが、『残念師弟コンビ』のあるべきようですよ。
※※※
「……焼かれた薄皮が、甘く香ばしい……」
そうして目の前には、ふるふると震えながら焼きプリンを頬張るエルフ族の高祖様のお姿が。
どうやら、好物の新たなる可能性に感動しているみたいだ。
しかし――。
「…………っ」
俺と目が合うと、顔を伏せてしまう。
マイティーチャー、まだ恥ずかしいのね。
「……アル」
「はい」
「……何か話して……?」
「はいはい」
目を合わせないまま、気を紛らわせよとの仰せ。
まあ、話題のタネは無くはないんだけれどもね。
「こないだガドに頼んでおいたユーちゃんの為の開発品が、どうやら完成するみたいだよ」
先月産まれたばかりのエルフ族のお姫様。
あのちいさな赤ちゃん用に、またぞろ地球の知識から引っ張ってきたものがある。
例によって例の如く、俺には地球から持ち込んだ構想はあっても、技術不足の壁が立ちふさがるので、いつも通り『厳しい風味で実際はダダ甘なドワーフ様』に制作をお願いしたのだ。
「…………」
しかし話題を振っても、エイベルはダンマリだ。
寧ろ何故か、よりほっぺとお耳が赤くなったように見えるが――。
「……アル」
「うん」
「……アルは、ユーラカーシャの蘇生の為に、がんばってくれた……」
「頑張るっていうか……。あの場面で手伝うのは、当然だと思うけど……」
せっかく産まれた赤ちゃんが可哀想なことになるのは、流石に俺が耐えられないし。
「……ん、その……」
「うん?」
「……がんばってくれたアルには、ご、ご褒美をあげたい……」
「ご褒美!?」
それは、耳か!?
もしや、耳を触らせてくれるのかっ!?
「…………」
俺の淡く切実な願いに対し、エルフの先生はこう云った。
「……アルを、どこかに連れて行ってあげたい」
「おぉっ、外出かァ!」
耳じゃないのはもの凄くもの凄く、もの凄ォ~く残念だが、外に出られるのは、それはそれで楽しいし、嬉しい。
それに……。
「フィーや母さんも、きっと喜ぶね」
「…………」
「うん……?」
しかしエイベルは俯いたまま、ちいさく首を振った。
「……アルを、連れて行ってあげたい……」
成程。
単数形が正解であると。
それはアレですか。
つまり、ふたりっきりと云う事ですかね?
別の言葉で云い換えるのならば――。
「……デート……?」
「……~~~~っ」
エイベルは、完全に沈黙してしまった。
ぷるぷるふるふる、小刻みに揺れてはいるけれども。
(でも、否定はしなかったな……)
うん。
願ってもないことだ。
「エイベル、嬉しいよ。楽しみにしてるね?」
「……………………………………………………ん」
うちの先生は消え入りそうな声で頷いた。
心なしかマイティーチャーの機嫌が、更に良くなったような……?
「…………今日のプリンは、一層美味しい……」
そう呟いてピッチを上げたエイベルは、台所に置いてあった試作品を全て平らげてしまったのでありましたとさ。
他の人の分、どうしましょ?




