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妹のいる生活  作者: むい
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第五百五十一話 ムーンレインの伏龍鳳雛(終)


 ミチェーモンさんが塞いだ岩の壁の前には、すぐに到着した。


 彼のメッセージは変わらず『来るな』だろうが、そうも云ってはいられない。


 この向こう側は絶賛戦闘中かもしれないが、乱入させて貰うことにする。


「駆け上るよッ!」


「えぇ……っ!?」


「むん……? あの壁を昇る……? まるで虫さん……?」


 壁は昇らない。

 そのつもりはない。


 代わりに走りながら目の前に、ブロック状の魔壁を作り出す。


 段差を設けて、複数の。


 それを踏み台にして、タン、タン、タンと三段跳びのようにして、平らな岩を乗り越えた。


「お、おぉぉ……っ!」


 ぽわ子ちゃんが、ちょっぴり嬉しそうな声をあげている。

 この娘、ジェットコースターとかあったら喜ぶタイプだろうか?


 空から見る地上には、無数の屍。


 その殆どが狼だ。


 たぶん、ミチェーモンさんが倒したのだろう。


 他には、地に倒れ伏している老騎士と、ダンと云う名の壮年の騎士。


 そしてイヤでも目に付くのは、ある老いた男。


 不自然なまでに発達した筋肉を持った、『門』を抱えた男。


 魔道具は青い光を放ちながら、不気味に鳴動していた。


『親機』のほうは既に潰したが、こちらの爆発を止める事は出来なかったようだ。


「――――!」


 その男と、目が合った。


 だが彼はすぐに俺ではなく、俺が抱えている女の子を見て、凍り付いたようだった。


 それはまるで、今、会いたくない人に会ってしまったかのように。


(と云う事は、孫娘ちゃんの知り合いか)


 腕の中に目を落とすと、彼女も驚いているようだった。


「スクアーロ様……!」


 それが、あの男の名前か。


 察するに、ヴェンテルスホーヴェン侯爵家の関係者なのだろうが。


 裏庭に着地する。

 男はフリーズしたままで、なんらリアクションを起こさなかった。


 かわりに声を出したのは、織物問屋のご隠居様だ。


「バカな、何故来たのじゃ……!」


 それは決まっている。

 クララちゃんを、守り抜く為だ。


 だから、『結論』だけを云う。


「アレを止めに来たんです」


 凍り付いた男の持つ、魔道具を目で示した。


「お主、アレが何か、分かっているのか……?」


「セロで見ました。止めた事もあります」


 尤もその方法は、俺の『根源干渉』のことは伏せ続けて、現在もぽわ子ちゃんの『謎の加護』のおかげ――という形になっているのだが。


(ヒツジちゃん家の『事情聴取』も、また行かないとね……)


 あの娘も結構な、寂しがり屋だったから。


「お主、アレを止められるのか!?」


「ミルの協力があれば、ですけどね」


 騎士ダンが、俺におぶさっている幼女様を見た。


「星読みの子、奇跡の御子でございますか! 何故、ここに……!?」


「むん……? アルに構って貰いに来た……?」


 身も蓋もないな! 


 けれどもダン氏の瞳は、不思議なことにとても輝いている。


 この人、ぽわ子ちゃんが『将来の救世主』になるという伝説を信じている側の人なのかもしれない。


(まあ、今からまた、俺が『ねつ造』するんだけどね……)


 ミルにも迷惑を掛けっぱなしだよねぇ……。

 そのうち、何か報いてあげなくては。


 俺は筋肉の塊を見つめた。


 彼は首を振りながら後ずさった。


 俺ではなく、クララちゃんに憚って。


「だ、ダメだ……! 殿下、こちらへは来ないで下さい……っ! 貴方を巻き込んでしまっては、俺は――」


 状況から見て、ミチェーモンさんたちと敵対していたのは彼なのだろうが、しかし孫娘ちゃんを危険に晒すつもりは無いようだった。

 いきなりの交戦状態にならないのは、素直にありがたいと云うべきであろう。


「……アルト様、私を降ろして下さいますか……?」


「うん」


「むん……。私は乗ったままが良い……!」


 好きにして下さい。


 地に降り立ったクララちゃんは、ちいさくか細い身体で肥大した肉体を持つ男に近づいた。


 ダン氏が駆け寄ろうとしたが、それはミチェーモンさんが止めたようだ。


「スクアーロ様……」


「だ、ダメです……っ! 早く、早く逃げて下さい……っ!」


 クララちゃんは黙って男に近づいた。


 そして、その不自然に盛り上がった腕に触れる。


「――っ!」


 男が、ビクッと震えた。


 第三王女殿下の顔は、悲痛とも云える表情になっている。


「このお体は、何かの呪いかご病気でしょうか……? とてもツラそうに見えます……」


「う、うぅ……っ」


 スクアーロは動揺している。


 たぶん、実態はどちらでも無いのだろうな。


 それ故に、彼女の無垢で真っ直ぐな気遣いが心苦しいのだろう。


「スクアーロ様は、私が陰口を云われ、落ち込んでいる時に、優しく励まして下さいました。元気づけて下さいました……。私は、それがとても嬉しかったのです。心が救われたのです。――ですからスクアーロ様が苦しんでいるのであれば、今度は私が力になりたいんです」


「…………っ」


 スクアーロは、恥じ入るようにして俯いた。


 これならばたぶん、もう戦いにはならないだろう。


 俺はそっと魔道具に近づく。


「ミル、お願い」


「むむん。インチキする……?」


 そうなんだけどさァ。

 口には出さないで欲しいかな。


 地に降り立ったぽわ子ちゃんは、わざとらしい手つきで俺を撫で回した。


「アルに、ふしぎぱわー注入~……」


 うん。

 何にも感じないね。


 まあ、この娘に付与系の才能は無いだろうからね。

 たぶんだけど。


 俺も俺で、彼女の動きに合わせて、光の魔術で星の光っぽいエフェクトを発生させる。


 クララちゃんとダン氏が目を見開いて驚いているが、ミチェーモンさんは呆れたような顔をしているので、もしかしたらバレているのかもしれない。


(今更、知った事か)


 開き直り、居直って、『子機』に触れた。


(構造はセロのそれと同じだから、爆発のキャンセル自体は可能だが――)


 少し妙なところがある。


 先程の『若木』のような異空間が、『門』の中に存在しているようなのだ。


 大きさは、ビー玉以下だろう。

 だが、その『内部』の本当の広さは分からない。


 本来ならばこちらにも干渉して調べてみたいところだが、先程のカウンター発動の例もある。

 うかつに触れるのは危険かもしれない。


(兎も角、今は爆発を止める事を優先して、この謎の空間に関しては、その後で対処すべきだろうか)


 と、云う訳で、魔力の流れをカットする。

 その途中で、魔術の発動に対してのいくつかの罠を発見した。


 たとえるならば、鍵穴に触れてみようとすると爆発するような感じか。


 根本から根こそぎ停止したから問題なかったが、俺のような反則技ではなく、正攻法でこれにアクセスしていたら、きっと酷い目に遭っていたのだろうな。


 誰が考えたか知らないが、そいつはきっと、性格が悪い。

 巧みと云うよりも、悪質と云うべきだ。


「す、凄い。ほ、本当に鳴動が止まった……! これが奇跡の御子様のお力なのか……!」


 ダン氏が驚いている。


 うん。

 ちゃんとぽわ子ちゃんの力だと思ってくれたようだ。


 一方、筋肉ダルマは青ざめながら、自らの抱える魔道具を見つめていた。


「バカ、な……! 完全に停止するとは――」


 思わず、『門』を取り落とした。


 その、瞬間。


「――クラウディアを守れッ!」


 ミチェーモンさんが叫んだ。


『門』の中から、黒色の木の根のようなものが複数飛び出して来た。

 それはまるで、鞭のように。しなる槍のように。


(どこから出て来た!? いや、そんなものは決まっている! あの、異空間からか!)


 黒い槍は人間を探知でも出来ているのか、俺たちに等しく向かってきた。

 かなりの速度だ。


 ミチェーモンさんは魔術で、ダン氏は剣技でそれらを叩き落とし、俺は無防備状態のぽわ子ちゃんを抱えて跳んだ。


 クララちゃんは――呆然としていた。


 それは黒い槍に反応できなかったと云うのではなく、目の前で起きた事に驚いているのだろう。


 あの筋肉の肥大した男が彼女を庇い、胸を刺し貫かれていたのだ。


「す、スクアーロ様……っ!」


「で、殿下、ご、ご無事で……!? ぐ……っ!」


 片膝を付いた。


 黒い槍は男の身体から引き抜くようにして動いて自由になり、再び孫娘ちゃんに迫った。


 けれども。


「フン……ッ!」


 ひとりの別の老人が、折れた剣で黒い凶器を両断していた。


 それは先程まで倒れ伏していた、ピストリークスという名の騎士であった。


 それが『門』に仕掛けられていた最後の罠であったのか、魔道具は完全に沈黙している。


 スクアーロは、地面に転がった。


 胸に空いた穴は大きく、手持ちのポーションでも、最早助からないだろうと思われる。


 ピストリークスは、そんな同僚を見おろす。

 その瞳には、いくつもの複雑そうな感情が浮かんでいた。


「……スクアーロ殿、お見事」


「で、殿下を守る、は、わ、我らの当然の役目だからな……」


 急速に生命力の抜けていく老人は、それでも笑っていた。

 どこか誇らしげに、笑っていたのだ。


「ぴ、ピストリークス……。お前こそ、折れた剣と毒に侵された腕で、よくも見事に、りょ、両断してのけたものよな……。お、俺には出来ん芸当だ……」


「虚仮の一念というやつですな。尤も、今の一撃で壊れたようですがね。我が腕、最早動きますまい」


 そう云い切る男の瞳には、後悔の類はなかった。

 忠義を貫いた事に満足している騎士の顔であった。


「あ、ああぁ……! スクアーロ様! スクアーロ様……っ!」


 孫娘ちゃんが、倒れた男に取りすがっている。


 そんな彼女の頭を、ミチェーモンさんが撫でた。


 巨木のような予言者は、倒れ伏した男に云う。


「そなたは、真の騎士であったの」


「ふ……。と、とんでもない……。私は、道を踏み外した外道です。き、騎士と呼ばれる資格は無いのです。……ですが、最後はせめて、『人』としては、死ねたようです……」


 男は目を瞑る。


 彼は最後に、「殿下、貴方は……」と呟いたが、それ以上の言葉は聞き取れなかった。


 そうして、動かなくなった。


 ふたりの騎士は黙祷した。


 クララちゃんは声をあげて泣き、ぽわ子ちゃんは、彼女の頭を撫でていた。


 ミチェーモンさんが、こちらに一礼する。


「お主――いや、お主らには、大きな借りが出来たようじゃな」


「俺は兎も角、ミルには報いてあげて貰えると助かりますね」


 尤も、『借り』と思ってくれるのであれば、こちらはそれを材料に、村娘ちゃんの時と同じく、近習を辞退させて貰うつもりではあるが。


「むん……? 私、何もしてない……」


 ぽわ子ちゃんは、俺によじ登って来た。

 おんぶをしてあげると、嬉しそうに笑う。


 老いた予言者は、フッと唇を釣り上げた。


「下手をすれば城が吹き飛ぶような騒動を鎮めておいて、その反応か。――差し詰めお主らは、伏龍と鳳雛よな」


「むん……? 聞いた事のない言葉……? アル、意味を教えて?」


「ん~……? 伏している龍と、鳳の雛ってことだよ。伏龍は伏しているだけだから、すぐにでも飛べるけど、鳳雛は育つのに時間が掛かるかな……?」


 即戦力になる人と、いずれ大を成す人の差とも云えるか。


「私、オオウミガラスのほうが良い……!」


 まあ、ぽわ子ちゃんなら、そう云うだろうさ。


 ミチェーモンさんは、頷きながらこう云った。


「ムーンレインに伏龍鳳雛在り。そのうちひとりも得れば、天下も握れよう」


「それ、予言じゃないでしょ」


「ああ、適当に云っただけじゃよ」


 老いた予言者はぬけぬけと云うと、孫のように思っている少女の傍へ、そっと寄り添った。


※※※


 ――ムーンレインに伏龍鳳雛在り。そのうちひとりも得れば、天下も握れる。


 この言葉は、騎士ダンによって、ティネケ王妃に伝えられた。


 彼はこれが単なる褒め言葉であることを知っていたし、王女と城を救った子どもたちに迷惑を掛けるつもりもなかったから、そう評された両名の名前を、ついに出さなかった。


 結果、かの放浪の予言者が『そのような託宣を得た』のだと誤解された。


 この日以降、ムーンレイン王国では、伏龍鳳雛を探そうとする者が増えて行くことになる。


 また、自らをして伏龍鳳雛であると確信した者もいる。

 おませ少女の、マノンのように。


※※※


 この日、ひとつの奇跡が起きている。


 猛毒の後遺症によって、ついにその腕の動かなくなったひとりの老騎士が、完治を得た。


 朝起きると、痛みも痺れもなくなり、変色していた皮膚は瑞々しい肌色へと変じていたのだ。


 医者も匙を投げ出す怪我が何故治ったのか? 

 周囲も本人も、心の底より不思議がった。


 騎士ピストリークスは引退を撤回し、ただひとり生き残った楼の四剣士として、今後も第三王女に仕えていくこととなる。


※※※


 かくして、第三王女殿下の近習試験は、表向きは(・・・・)波乱無く幕を閉じている。


 二十余名の受験者の内、採用された者は三名。


 いずれもが王女と歳の近い少女であり、護衛や将来の部下と云うよりも、『良き友』であることを望まれたのだと噂をされた。


 ――いずれにせよその中には、『アルト・クレーンプット』と云う名の少年の姿は、ついに無かったのである。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] むん、こうして着々とぽわ子ちゃんは救世主の道を歩むことになるのか・・・。 [一言] 美少女仮面ポワ〇リン。(古い)
[気になる点] (ヒツジちゃん家の『事情徴収』も、また行かないとね……) ※事情徴収  事情聴取 聴取だと思うけど❗️
[一言] 三人? マノンは確定としてミルは違うかな、もしや参加していない幼女(妹)とか?
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