第五百四十八話 ムーンレインの伏龍鳳雛(その五)
天下の第三王女様と、『奇跡の御子』の名を持つ将来の救世主様。そして、オマケの俺。
そんな三人が、妙なところで邂逅を果たした。
まあ、俺とクララちゃんは最初から一緒にいた訳で、問題は、この娘だ。
「……ミル、久しぶり」
「むむん……。アルは~……いつも忙しい? 私から会いに行ってばかり? 馬ソリ? いまそかり?」
基本、家から出ないしな……。
どうしても、遭遇の機会は少なかろうよ。
クララちゃんも驚いた風に、俺の肩に顎を乗せているぽわ子ちゃんに会釈をした。
「み、ミルティア様、お久しぶりでございます……」
「よーそろー……」
何だその挨拶は。
一応このふたり、オオウミガラスを見に行ったときに出会っているとは云え、気さくすぎだろう。
……と思ったが、俺も大概か。
ぽわ子ちゃんは、ぽわんとした瞳をこちらに向けてくる。
「アル、今日はフィールの代わりに、この娘をだっこしてる……?」
「え? ――きゃっ!?」
クララちゃんは一瞬で赤面し、身をこわばらせる。
うん、でもごめんね?
どんな危険があるか分からないから、まだ降りるのは遠慮して欲しいかな?
「ミル。色々と訊きたい事はあるが、先にひとつだけ。――何でここにいるんだ?」
「むん? ここに来たから……?」
真理ですね。
でも、俺が知りたかった情報じゃァないんだよねぇ。
「質問の仕方が悪かったね。どうしてここに来たんだ?」
「むん? アルがいるから……?」
「俺が……?」
そういえばこの娘、『こっちにいそう』とかで本当にやって来るんだよな……。
つまり、俺がここにいるって分かったから来たのか……?
と云うか、そもそも――。
「ミルは、お城に来ていたのか」
「むむん……。私、ここの託児所に勤めてる?」
預けられてるんであって、勤めてはいないだろうに……。
兎も角、ある程度の事情は分かった。
王城内託児所にいたら、俺がいる気配を察知して、脱走してきたと。
「……後で怒られるんじゃァないのか?」
「むむむむん……。私、常習犯? オオウミガラスたちに会いたくなったら、向かってしまう……? この間は、ついにエサやりをさせて貰った……!」
相変わらずフリーダムな子だな!
そういえば、セロの時も脱走をしていたっけか。
このご時世に危ないぞ。
「ミル、後でちゃんと謝るんだぞ? ――なんなら、俺が一緒に付いて行ってあげるから」
「むむん……。アル、お父さんみたい……?」
ぽわっとした表情のまま、何故だか嬉しそうにしているアホカイネンさん家の娘さん。
この娘も、うちと同じで母子家庭なんだよね。
思わず苦笑してしまうと、腕の中からちいさな声が聞こえた。
「――おふたりは、とても仲が良いのですね……」
クララちゃんだ。
彼女は、捨てられた子犬のような目をして、俺を見上げていた。
寂しさに濡れた瞳は、ほのかに暗闇を帯びているようにも見える。
「アルと私、仲良し……!」
一方、ぽわ子ちゃんは「むふーっ」と息を吐きながら、自信満々にサムズアップ。
まあ、友だちをたくさん作りたいぽわ子ちゃんにとっては、俺とフィーと母さん、それからイケメンちゃんが、最初の友だちだったみたいだからな。
(ノエルも元気かな?)
もう暫く会っていない護民官の子どもの姿を、俺は思い浮かべた。
「…………」
クララちゃんは、無言で俺を見続けている。
いつの間にか、彼女は俺の服をきゅっとつまんでいた。
「どうかした?」
「い、いえ……。何でもありません、なんでも……」
そう云いながらも、クララちゃんは指を離そうとしなかった。
一方、ぽわ子ちゃんは大きなお目々で、間近にある俺の顔を覗き込んでくる。
「アルは~……。ここで何をしていた? もしや、虫さん……? 虫さん探してた……? それとも、虫さんのフリをしようとしてた……? アルはやっぱり、虫さん……?」
「だから、俺は虫じゃァないって。――捜し物だよ」
モノがモノだけに、本来は『門』については秘しておくべきなのかもしれない。
けれども、ぽわ子ちゃんはセロの災厄で一緒にいたのだ。
ある程度の『前提』を知っている。
あちらの事件の解決にも、大いに役立ってくれた。
だから、この娘には『門』を探していると説明しても良いのではないか。
信頼しても、良いのではないかと思案した。
(本当は、クララちゃんに了解を取りたいところだけれど――)
何も知らないこの娘は、たぶん『門』のことも分かっていないだろう。
何で魔物が急に湧き出したのかも。
(今は、時間が惜しい。ぽわ子ちゃんに協力して貰って、『門』を探すべきではないだろうか?)
勝手な判断だが、そう決めた。
「……ミル」
「むん……。大事な話?」
聡い少女は、俺の表情から、すぐに重大な事だと理解してくれた。
「ミル。もしかしたら、たった今この場で、あの時のセロと同じことが起きてしまうかもしれないんだ」
「……………………」
ぽわ子ちゃんは、無言で背中から降りた。
ぽわっとしていても、どこか真剣な瞳を、こちらに向けてくる。
「……私が探す……?」
「出来るのか?」
「む~ん……」
ぽわ子ちゃんはキョロキョロと周囲を窺っている。
これはたぶん、物理的に探しているということではないと思う。
なんとなくだけれども。
「……アル、ここ少し不思議……? お母さんがいても、ここでは星は読めない気がする……?」
それはミチェーモンさんの未来視が封じられていたのと、同質の妨害なのだろうか?
「ミルでも無理かな?」
俺の言葉に、ぽわ子ちゃんは頷いた。
「私、まだ子ども……? 魔力が少ない……。言葉も難しい……。だから、そもそも星を読むこと自体が大変……? 無理……?」
そうか。
云われてみれば星読みの力は、成人でも一度使うと暫くは使用不能になるくらいの大仕事なんだし、本来は多くの補助具が備え付けられた『観星亭』で行うべきものなんだもんな。
それをサポートも無しに幼いミルが行う事は不可能か。
(そう考えると、簡単に『先』が見えるミチェーモンさんて、本当に破格の力を有しているんだな……)
何にせよ、これでぽわ子ちゃんに頼るのは無理になったな。
でも考えてみれば、まだちいさいミルに負担をかけるようなことはすべきではなかったのかもしれない。
ここは当初の予定通り、俺が自力で何とかするしかないだろう。
そう思っていると、ぽてぽてと目の前に歩いて来たぽわ子ちゃんが、俺の袖をつまんだ。
クララちゃんもつまんだままなので、まるで託児所か何かの保育士さんにでもなった気分だ。
「どうした、ミル?」
「むん……。カンでも良い……?」
「カン?」
それは星読みの力ではなく、全くのカンで探すという事か?
(普通なら、何をバカなと思うところだけれど――)
ミルティア・アホカイネンという少女は、確かにカンがいい。
建物裏であるこんな場所に『俺がいる』と当たりを付けて本当に辿り着いているが、こんなことは普通は不可能だろう。
この娘には、もしかしたら何か特別な力でもあるのではなかろうか?
カンと云えば、この世界には『第六感』なる超絶の能力も存在するのだから。
俺は決断した。
「――ミル。頼めるかな……?」
「むふん、任せて……? でも、真剣にカンを使うと、少し疲れる? だから終わったら、アルが私をおんぶして……?」
疲れる?
カンを働かせることって、疲れを伴うものだろうか?
不可解に思っていると、ミルはぽてぽてと広場の中央に立ち、天に向けて両手を広げた。
「むむ~ん……。お~こげ、おこげ、かりか~りん……」
詠唱のような呟きを発してゆらゆらと左右に振れているが、俺の知る限りアレは、古代精霊語でも幻想真言でも神代聖句でもない、と思う。
腕の中のクララちゃんが、「あれは呪文なのでしょうか……?」と不安そうにしている。
「むむ、ん……? 見つけた……?」
やがてぽわ子ちゃんは、ある一点を指さした。
そこには魔道具のようなものは何もなく、一本の若木だけが生えていた。




