第五十四話 魔剣の時間
「ほらよ。頼まれてた、銀だ」
鍛冶習得の休憩時間に、ガドは俺にちいさな鋳塊を渡してくれた。
粗悪でも良いので、やっすい銀を俺が探していると云ったら、ガドが手に入れてくれたのだ。
もちろん、費用は俺が自分で出す。
商会に物を売れるようになって、こういう自由が利くようになったのは嬉しい。
これはシスティちゃんに贈るアクセサリの材料だ。
俺はこれで、練習がてらに銀細工に挑戦させて貰うつもりだ。
(いずれはフィーに装飾品を作ってあげたいな……)
実はそっちが本命の理由であったりする。
ついでのような扱いでシスティちゃんには申し訳ないが、許して貰うしかない。
「まあ、細工物も教えてやれなくはねェが、そっちはあんま期待すんなよ?」
「何でそんな云い方を? ガド、細かい作業も得意じゃないか」
「技量じゃねェよ。センスの話さ。見栄えの良い形。心を打つ造形。そういう美しさを伝えるのは、正直な所、苦手でな。俺の場合、追及するのは機能美であることが多いんだ」
「ソリの装飾とか良い感じだと思うんだけどなァ……」
「そいつはお前ェが、本当に美しい物を見たことがねェだけさ」
老いたドワーフは肩を竦めた。
うん。
まあ、俺は芸術性とは無縁の男かもしれない。
ガドは美しい物を見たことがないと云ったが、おそらく俺は、ちゃんと見ている。
前世では名画を初めとした、地球世界の芸術品を幾度も目にする機会があったから。
それでも俺の心には響かなかった。
ピカソは訳が分からず、ゴッホはただ気持ち悪いだけだった。
素人さんがCGで描いた街の風景とかの方が、余程綺麗に見えたんだが……。
(詩と絵画は合わないものはとことん合わないって云われるしな……)
考えても仕方がないのかもしれない。
「装飾品ってのは、手先の技術じゃなく、心を形にする作業だな。お前が美しいと思えるものを、物質に投影するんだ。俺が教えてやれるのは、そんぐらいだぜ?」
心にある美しいもの……。
俺は、懸命にまとわりついてくる謎生物を見おろした。
「にーた、どしたの? ふぃー、にーたすきだよ?」
うん。
俺にとっては、この子こそが。
(フィーのことを考えながら作れば、良い物が作れるかしら?)
今度試してみよう。
さらさらの銀髪を撫でると、妹様は笑顔で抱きついてきた。
「ふへへへへ……。にーたになでられるの、ふぃーだいすき! にーたすき! もっとなでて?」
※※※
俺の鍛冶練習の時間は、普通の鍛冶士のそれと比べて、少し歪だ。
鉄を扱う時間が九割方で、残りの一割が、魔力込みの鍛冶術の時間。
普通は半々か、場合によっては魔力の修練により時間を費やす鍛冶士もいるんだとか。
幸い俺には魔力操作の資質があるので、そっちで苦労はしていない。現在進行形で魔術の鍛錬もしているし、この先も多分、問題は生じないだろう。
なので、俺の場合は基礎技術をみっちりと覚えることに専念している。
ただし、魔力込みの鍛冶術も疎かにして良い訳ではない。
『魔芯を通す』と云う作業は、俺にしかできないものだからだ。こちらも磨いていかねば、宝の持ち腐れとなってしまう。
なので、十分の一。
鍛冶に振り向ける、その僅かな時間が、俺にとっての魔剣の時間。
で、この魔剣作成。
実はある種の可能性があるんじゃないかと俺は思っている。
魔力満ちる武器は切れ味も耐久性も段違いだが、それ以上のことが出来るんじゃないかと。
と云っても、これは俺の大発見というわけでもない。
日本でRPGで遊んだことがあるならきっと、誰でも思い付く類のものだ。
――単純な魔力を込めるのではなく、特定の属性を持った魔力を込めれば、属性武器になるんじゃないか?
そういう、雑な思いつきだった。
と云う訳で、作ってみたのは、三本のショートソード。
アルト印の属性魔剣である。
「ほーん……。坊主は色々変なことを思い付くなァ……」
一本目の剣を手にとって、ガドはそんなことを云う。
「こいつァ……。火か! 火の魔力が込めてあるのか」
「うん。試作一号・炎の魔剣だよ」
ガドはマジマジと俺の剣を見つめていたが、やがて魔力を込めたようだ。
ぼうっ、と、炎が巻き上がる。
その量と質で、ガドが結構な魔力持ちだと分かった。
「相も変わらず、剣そのものは、なまくらなのに、保有魔力だけはバカみてェに優れてやがる……。アンバランスすぎて、気味が悪ィぜ……」
心底、いやそ~……な顔をして、ガドは試作一号を作業台に戻す。
次いで手に取ったのは、試作品二号。
「こっちも、ひっでェなまくらだ……。剣と呼ぶのもおこがましいのに……」
キン、と澄んだ音がして、工房内の熱が冷却されていく。
これは氷の魔剣。
火の対と云うと普通は水なのに、属性武器のジャンルだと炎の魔剣の対は氷なのは何でなんだろうね?
「坊主、お前ェ、別に魔石をコアにしてはいないんだろう?」
「うん。魔石を動力にしちゃったら、それはもう魔道具だからね。こちとら、まだ七級魔術師でしかない。魔道具は作れないよ」
「呆れたもんだ。普通、属性を持った魔剣ってのは、『ずっとそのまま』なんだ。炎の魔剣なら、燃えっぱなし。氷の魔剣なら、冷えっぱなし。鞘に収めれば遮断できるタイプが大半とは云え、こんな風に使い手の魔力でオンオフ切り替えできるってのは、聞いたことがねェ」
「その辺は一長一短だよ。俺の剣はある意味で安全だけど、使い手に魔術の素養がなければ、魔剣として機能しないってことだからね。まあ、初段が取れたら、魔力無しでも振るえる魔剣が作れるかもしれないけどさ」
あああ、早く魔石のコア化を合法的に出来るようになりたいね。
実は、魔道具を作れるようになったら作成しようと思っているものは、もう決まっていたりする。
ただ、『それ』を作るのはとても難しいことが分かっているので、多分、俺の魔道具・第一号になることはないだろう。
「んで、三本目は何なんだ? 順番的には、風の魔剣か?」
「あー……いや、それは」
びしゃっ、という音がした。
ガドは顔面に水を浴びて、ずぶ濡れになった。
ふわふわのヒゲが縮こまっている。水に濡れた犬みたいに、間抜けな光景だった。
「……なんだ、こりゃァ。水の魔剣か?」
「いや、炎の魔剣と氷の魔剣を半分ずつにしてみただけなんだ」
二色のボールペンあるよね? 黒と赤の。
まんま、あれのイメージで作ったけど、大失敗だったようだ。
切り替え、使い分けが出来れば便利そうだなと思ったのだが。
「……イタズラ用のパーティグッズには、使えるな」
憮然とした表情でガドが呟く。
俺は風の魔術で恩師を乾かした。
ぶわぶわ動くヒゲが面白い。
「ふぃーもやりたい……!」
待機スペースから愛しい妹様の声がする。
うちの長女、変わったことが大好きだからなァ……。
「ガド、フィーがああ云ってるけど……?」
「……坊主がとっとと終わらせてくれや」
成程、妹様にやらせたくない、と。
「フィー、おいで!」
「何でだよ!」
ガドが目をむいたが、知ったことか。フィーがやりたがっているのだ。やらせてやるのが兄というもの。
笑顔で駆けてくる妹の姿を見ながら、俺は満足げに頷いた。




