特別編・クレーンプット家のハロウィン
忙しすぎて、昨日がハロウィンだと失念しておりました。
なので、一日遅れですが『特別編』です。
「にーた! にぃたぁぁぁぁぁぁっ!」
十月も終わろうかと云うある日。
向こうの方から、子ブタさんが爆走して来て、ボフッと俺に抱きついた。
抱きついて、そのままグイグイと服を引っ張っているのは、ご存じ当家の妹様だ。
「どうした、フィー。そんなに必死になって」
「ふぃー、おかーさんに凄いこと聞いた! 今日、イタズラすると、お菓子を貰える日! ふぃー、お菓子好き! にーたが大好きっ! だからたくさんイタズラする!」
それは歪んだ情報ですよ、お嬢様。
しかし、そうか……。
フィーはハロウィンを知ってしまったか……。
一応、うちでは毎年十月末に家族でお菓子を食べてはいるのだ。
まあ、我が家は毎日お菓子を食べているから、有難味もへったくれもないのだが。
だが、天使様は興奮気味だ。
「ふぃー、やってみたいことたくさんあった! カーテンにのぼったり、壁にお絵かきしたり! 家の中で棍棒を振り回したり! でもそれすると、おかーさん怒る! だから今日は、たくさんやる! ふぃー、メジェド様とブタさんを描く! 棍棒を振るう!」
うん。
普通にマイマザーの激怒案件だと思うぞ?
俺はマイエンジェルをだっこして、腕の中に収納する。
そうしないと、早速行動に移りそうな危うさがあったからだ。
「ふへへ……っ! ふぃー、にーたにだっこされた! 嬉しいっ!」
う~ん、もちもちほっぺが柔らかい……。
そんなところへ、母さんがパタパタとやって来る。
「あ、良かった。アルちゃんがフィーちゃんを捕まえてくれたのね? この娘ったら、私の説明を間違って覚えて、大張り切りで駆けて行っちゃったんだもの!」
あ~……成程。
フィーは今日はイタズラし放題の日だと思い込んだ訳ね。
いつもは家で暴れると、母さんにおしりを叩かれてしまうからな……。
「イタズラしても叱られない! お菓子貰える! 今日、とっても凄い日!」
「アルちゃぁぁぁん……!」
母さんが泣きそうな顔をしている。
まあ、この娘の為にも、間違った知識は正してあげなければダメだろう。
俺はフィーを撫でながら云う。
「フィー。今日は家族でお菓子を食べる日だ。イタズラをする日じゃないんだぞ?」
実際のハロウィンは、日本のお盆のように、『先祖の魂が帰ってくる日』だ。
ただ、その時に悪霊もやって来てしまうと云うので、そいつらを脅かして追い返そう、その為に仮装しよう、と云う所から始まっている。
でも、その辺の説明は省いても良いだろう。
フィーに仮装して貰うのは楽しそうだけど、普段からメジェド様や子ブタさんの格好をしているからな……。
取り敢えずは、平和にお菓子を食べる日、という方向に持って行ければ、それで良い……。
「んゆ……? お菓子を食べる日? なら何で、おかーさんはイタズラして良いって云った?」
「それは、お菓子を貰う時のかけ声みたいなものよぅ……。『お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞぅ』ってね? お母さんも昔、それで色々な所からお菓子を貰ったわー……。お菓子を貰いに行きすぎて、私のお母さんにゲンコツを貰ったくらいに……」
遠い目をして過去を振り返るリュシカ・クレーンプット嬢……。
まあ、うちの母さんも、その娘さんよろしく、ちいさな台風みたいな人だからな。シャーク爺さんやドロテアさんも、さぞ苦労をしたことだろう。
腕の中の妹様は、しかしマイマザーの言葉に唸り出す。
「みゅみゅみゅ……っ! おかーさん、その理屈、おかしい! 『お菓子をくれなければイタズラする』。それ、きょーはく云う! きょーはく、やっちゃだめなこと!」
ビシッと指を指すマイエンジェル。
うん。
子どもって、こうやってたまに正論をぶち上げてくるよね。
これには流石の母さんもタジタジだ。無念そうに、息子のほうを見つめてくる。
やっぱり俺に説得しろってことね。
「まあ、細かいことは良いじゃないか。フィー。今日はとにかく、皆でお菓子を食べるとしようよ?」
「お菓子! そうだったの! 今日はお菓子を食べる日なの! ふぃー、食べたいお菓子、いっぱいある! ケーキにプリンにアイスにポテトチップス! ふぃー、全部食べたい! ふぃー、にーたが大好き! 一緒に食べる! きっと楽しい!」
一瞬で『食べるほう』に意識が切り替わったか……。
(まぁ、でも――)
フィーが幸せそうだし、それでもいいか。
※※※
と、云う訳で、用意しておいたおやつを食べることに。
テーブルの上に置かれた好物を前に、妹様が青いおめめをキラキラと輝かせている。
「ふぉぉおぉおぉおおぉぉぉおぉぉ~~~~っ! にーた、今日、凄い! まるで、ふぃーのお誕生日みたい!」
マイエンジェルは、既によだれが大洪水を起こしそうな勢いだ。
種類自体に代わり映えがなくとも、食べられるだけで、充分嬉しいのだろうな。
「にーた、ソフトステーキ! ここ、ソフトステーキあったら、ふぃー、完璧だと思う!」
フィーよ。
ここはおやつを食べる場所であって、好きなものを貪るところじゃないんだぞ?
「じゃあ、頂きましょうか? お母さんも、早く食べたいし」
母さんを含め、完全に『食べること』が目的になっているが、あえて訂正する必要もあるまい……。
テーブルの上には、無数のおやつ。
母さんとフィーは雑食性で、なんでも食べるつもりのようだが、うちの先生の前には、プリンだけが置かれている。
どうやらハロウィンにかこつけて、ひたすらそれだけを食べ続けるつもりのようだ。
「いただきま~すっ!」
「……ます」
クレーンプット母娘とマイティーチャーの声が響き、おやつの摂取が開始される。
皆、『晩ごはんに備えよう』とか『健康に気を遣おう』とか、そういう意識は寸毫程も持ち合わせていないようだ。
(見てるだけで、腹がいっぱいになるな……)
俺は控え目にしておこう、うん。
「にーた、にーた! はい、あーん!」
「あ、あ~ん」
控え目に……出来るかなァ……?
「ん~~ぅっ! やっぱり、アルちゃんの考えたお菓子は美味しいっ! でも来年は、ちゃんと仮装を用意したほうが楽しそうねぇ……。衣装作るの、私も好きだし!」
母さんが、そんなことを云っている。
俺は自分がコスプレする趣味はないが、皆がワイワイ楽しむのは良いとは思うが。
「アルちゃんとエイベルには、どんな格好をして貰いましょうかねぇ……? やっぱり、かわいい系?」
「――!?」
俺とエイベル――残念師弟コンビは、同時に顔色を変えた。
既に母さんの中では、俺たちが巻き込まれることが既定路線になってしまっているらしい。
「か、かわいい系は、エイベルに任せようかな~……。俺は、アレだ。カボチャの皮でも、被っておくよ……」
「…………アル!?」
うちの先生に、『裏切られた!?』みたいな顔をされてしまった。
でもねエイベル、俺は別に裏切っていないのよ、保身を優先しただけで。
一方、腕の中の妹様は、俺の言葉に顔を上げた。
「んゅ……? にーた、カボチャ頭から被る? 何でそんな、奇行に走る?」
奇行とか云われてもね……。
俺はちょいと中座し、ジャックオーランタンのイラストを描いてきた。
「みゅみゅみゅっ!? にーた、この存在、一体何者!? メジェド様のライバルっ!?」
食いついたか……。
大きなおめめを見開いてイラストを凝視しているフィーに、母さんが『ハロウィンの怪物』の説明をしている。
マイエンジェルは、わなわなと震えだした。
「みゅぅぅ……っ! これ程の存在がいたこと、ふぃー、見逃していた……! おやつ食べ終わったら、さっそく粘土をこねてみるの……!」
でも、食べるの優先するのね。
※※※
そんなこんなで、暴食タイムが終了する。
わかりきっていたことだが、クレーンプット母娘はお腹を押さえて倒れ込み、屍のようになって唸っている。
金魚みたいに、際限なく食べていたから、これは当然なのだが……。
俺はと云えば、フィーや母さんが『あーん』してきた分以外食べてないので、ちゃんと胃袋に余裕がある。晩ご飯も食べられるだろう。
(おやつが余ったのは、まァ良いことだよな……?)
食べる気になるかどうかは分からんが、自分の分のプリンは冷蔵庫にしまっておこう……。
そう考え歩き出すと、途端に異変が起こった。
何者かが、俺の服の背中の部分をつまんでいたのだ。
「……………………」
振り返ると、そこには無表情なのに顔を赤くして俯く先生の姿。
何事かと思っていると、美人女教師は心の底から恥ずかしそうな様子で、こう呟いたのだ。
「…………お、お菓子をくれないと、い、イタズラ……する……」
やっぱりさァ、『A計画』は正しい路線だと思うのよね。
たとえ卑劣と後ろ指をさされようとも。
と、云う訳で、俺の回答は決まっている。
「エイベル、ハッピーハロウィン!」




